ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十六話『かごめと甦る皆殺しの救世主』④

 何が起きたのか。

 私には理解できなかった。

 感情が理解を拒んだから?

 状況の把握を諦めたから?

 違う。

 本当に、何が起きているのか、私には判断できなかったからだ。

 『悲憤のアルベド』が振り抜いた白いトンファーで、いろはさんの首元にあるソウルジェムを砕こうとした。

 ここまでは分かる。

 分からないのは、その次だ。

 拳を縦に突き出す要領で放たれた白の打突は間違いなく、首のベルトに付いたソウルジェムを捉えていた。

 凸状の先端が喉元(のどもと)ごと穿(うが)つのは誰の目から見ても明らかだった。

 このはさんも、いろはさんの背後の二人の魔法少女でも、それを防ぐのは不可能だったはずだ。

 『悲憤のアルベド』自身が直前で攻撃を逸らしたのとも違う。

 だけど、本当にギリギリの、寸でのところで、先端はいろはさんの首から外れていた。

 それなら一体、誰が彼女を救ったのか。

 

 ……決まっている。他に誰も居ない以上、いろはさん自身にいる訳ない。

 だけど、後ろを振り返っていた彼女では、反応できていたとは到底思えない。 

 そう、だから、何が起きたのか私には分からなかった。

 トンファーの真横に()()()()()()()()()()()()()()()()()()しか、私には判断できない。

 

「本当、呆れるくらいのお人よしだね、『私』は」

 

 いろはさんが再び、顔を引き戻す。

 桃色の髪の下には仮面が()められていた。

 白い仮面。この空間を取り巻く濁り白色とは異なる、漂白された“白”。

 あれは……何? 雰囲気もまったく違う。本当にいろはさんなの?

 

「あんた、環さんじゃないな?」

 

「人に言える立場? でも、お生憎様(あいにくさま)。『私』は『いろは』で、『いろは』は『私』。寄生してるだけあなたとは違う」

 

 『悲憤のアルベド』はその台詞を聞いて、何かを察したように言った。

 

「ドッペル? いや。魔女としての意識なのか? まあ、どっちでもいい」

 

 ドッペル? って、逆沢さんから聞いたことがあるような……。いや、それより魔女の意識って……。

 沸き立つ疑問を深く考える暇もなく、目の前の光景は目まぐるしく変化する。

 白いトンファーに突き刺さるピンクの矢が、接触した部分から()け出して、トンファーの表面と一体化する。

 『否定の魔法』でも『腐敗の魔法』でもない。

 まるで何もかも融かして吞み込むような、知らない魔法。

 

「魔女なら殺すし、魔法少女なら殺してあげる。うん。変わらない変わらない」

 

 仮面のいろはさんがローブの内側から、包帯のような紐を大量に生み出し、それを操って斜め背後の空中へ跳んだ。

 空中へ退きながら、左腕に付いたボウガンで魔力の矢を連射する。

 

「無駄に足掻かないでくれよ。こっちまで悲しくなる」

 

 彼は握った黒い手袋を無造作に投げる。

 銀色のコインが放られたかと思うと、グニャリと(うごめ)き、光矢を吞み込んでいく。

 コインはそのまま、直進を続け、距離を取った仮面のいろはさんを狙って飛来する。

 彼女は石膏像の足場へ着地して、伸ばした包帯で防御を取った。

 けれど、コインは包帯に触れると侵食するように形を変えて、広がっていく。

 

「やっぱり銀羽根と同じ、『融合の魔法』……!」

 

 仮面のいろはさんは即座にボウガンの構えを解き、右腕の方から短剣を取り出す。

 躊躇なく、融合された包帯を切り落とした。

 切除された包帯は白く澱み、不定形な地面へと落下する前に融解して無くなる。

 

「だから、無駄なんだって」

 

 地面から『悲憤のアルベド』に足場に乗り上げる。

 すぐ、近くに居る浅緑色の髪の魔法少女は、悲鳴を上げて逃げ出そうとした。

 

「……っ、は、はぐむんには手を出さないで……」

 

 横になったままの薄茶色の髪の魔法少女を庇うように、手を広げた。

 

「そんなに怯えないで、宮尾さん。これでも感謝してるんだ。あなたの“願い”が俺が目を覚ますことはなかった」

 

「感、謝……? だ、だったら、ぼくたちをここから逃がっ……ひっ」

 

 言葉を(さえぎ)って、黒い手袋が彼女の肩を掴む。

 

「力が、ほしかったんだよな? 変わりたかったって言ってたろ。叶えてあげるよ」

 

 宮尾さんと呼ばれた彼女の襟元。

 そこにぶら下がる菱形の宝石にもう片方の手を伸ばす。

 

「やめっ……」

 

 黒の指先が萱草(かんぞう)色のソウルジェムに触れた。

 

「──『結合する(ユナイト)』」

 

 宝石の色が、白く濁った。

 宮尾さんの瞳が大きく見開かれ、そして……。

 シルエットが膨らんだ。

 それは、巨大なサボテン。

 冠を被ったサボテンの化け物。

 あれは、まさらさんの時と似てる。確か、逆沢さんはあれを『ナイトメア・ドッペル』と呼んでいた。

 両腕の代わりに伸びているのは、SFじみた曲線だらけの銃だろうか。

 異形のサボテンと化した彼女に、『悲憤のアルベド』は言った。

 

「変われたんだな。よかったよかった。じゃあ、力を存分に発揮してきなよ」

 

 サボテンのN(ナイトメア)・ドッペルがふわりと浮かび、仮面のいろはさんへと飛んでいく。

 両手の銃は黄緑の魔力を溜めて、仮面のいろはさんへと発射した。

 

D(ドリーム)・ドッペル!? あれは銀羽根が作り出した空間内だけのイレギュラーだったはず……! 何より、ドッペルシステムは神浜の結界が壊れた時点で破壊されて……くっ」

 

 サボテンのN(ナイトメア)・ドッペルは足場ごと、魔力の砲弾で一掃していく。

 仮面のいろはさんも、包帯を伸ばして別の足場に逃げるものの、足場は次々に破壊されて追い詰められていった。

 

「さて、安積さんの方にも力を与えてあげるとするかな」

 

 安積さんというらしい、薄茶色の髪の魔法少女の方にも『悲憤のアルベド』の魔の手が伸びる。

 私はせめて大声を上げて、彼女を起こそうとした。だけど、その寸前に私の身体は持ち上げられる。

 

「っ、このはさん……!!」

 

「注意が逸れてる今しか逃げる隙はないわ」

 

「でもっ!」

 

 反論しようとする私を(ひそ)めた声で(しか)り付けた。

「魔法少女でもどうにもならない状況を、ただの一般人のあなたにどうにかできると思ってるの?」

 

「それは……」

 

「今は生き残ることだけを考えなさい」

 

 このはさんの正論に私は何も返す言葉が出て来なかった。

 何か考えがある訳でもない。どうすればいいかも検討が付かない。

 それでも、意識もない人に危害が加わりそうな状況に、背を向けることへ抵抗があった。

 

「なあ、あんたら。そこでチョロチョロしてるの、気付いてるからな?」

 

 顔だけを横へ振り向かせた『悲憤のアルベド』と目があった。

 

「ひっ……」

 

 姿形は中沢さんなのに、致命的に人間性らしさが欠落していた。

 人間じゃない何かが、人間の仕草を真似ているような、おぞましい違和感。

 

「逃す訳ないだろ」

 

 彼が片手を上げて、こちらに向ける。

 それだけで、取り返しの付かないことを仕掛けられていると分かった。

 けれど、黄緑色の砲弾が彼の後ろから放たれる。

 放たれた魔力の光は、『悲憤のアルベド』が広げた白い布に呑み込まれるに融けて消えた。

 砲弾が発射された方向を見ると、包帯を使い、サボテンのN・ドッペルにしがみついている仮面のいろはさんが映る。

 腕の銃を逆に利用して、『悲憤のアルベド』を撃たせたんだ。

 

「早く、逃げて!」

 

 仮面に覆い隠されて、表情も見えない。

 だけど、魔女の意識と呼ばれていた彼女は『悲憤のアルベド』の何倍も人間らしく思えた。

 

「……恩に着るわ」

 

 このはさんは短く言葉を残すと、私を抱き上げ、振り返りもせずに石膏像の足場を駆け抜ける。

 逃げる最中、私は『悲憤のアルベド』の呟きを耳にする。

 霧の魔法を周囲に散布しながら、ひたすらにこの場から遠ざかろうと移動し続けた。

 逃げて。

 逃げて。

 逃げ続けて。

 ようやく、景色に変化が訪れる。

 見覚えのある外れかけの二枚扉が目に飛び込んでくる。

 石膏像だけが浮かぶ白濁に沈んだ世界で、そこだけが唯一まともな見た目を保っていた。

 そうだ。ウワサ空間は、現実の世界と一部が繋がっている。

 

「このはさん!」

 

 彼女もそれだけで、私の意図を理解してくれた。

 

「ええ! このまま、飛び込むわ!」

 

 加速した勢いを削がないまま、このはさんは扉へと突撃する。

 覚悟はしていたのに、想像していたよりも激しい衝撃が私の身体を襲った。

 

「ぎ、ぅっく……」

 

 押し殺した悲鳴が歯の隙間から漏れ出る。

 二枚の扉はぶつかった反動で外側に吹き飛び、宙を滑った。

 砂埃塗れの石造りの床へこのはさんと共に転がる。

 激痛に視界が歪む。

 (にじ)んだ涙のせいだと理解できたのはその数秒後。

 擦りむいた手足からじわりと垂れる血を見て、生きて出られたことを実感した。

 

「はあっ……はあっ……。かごめさん、無事?」

 

「はい。何とか……」

 

 息継ぎもまともにできないほどの全力疾走を見せてくれたこのはさんは、傍目(はため)で分かるくらい消耗していた。

 疲れによるものだけじゃない。

 恐怖から来るものだ。

 

「早く、ここから逃げましょう……」

 

 私も同じ気分だ。

 あの空間から逃れても、不安が拭えない。

 きっと、彼が残した呟きのせいだ。

 

「どこへ逃げたって必ず、俺は迎えに行くよ」

 

 このはさんにも聞こえていたはずだ。

 あの悪意のない、純然な殺意の言葉を。

 それからのことはあまり、覚えていない。

 葉月さんたちと合流して、少し話をしたけれど、まったく頭に入って来なかった。

 頭にあるのは、ただ一つだけ。

 

 私は……最悪の存在が生まれる瞬間に立ち会ってしまった、ということ。

 

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