ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 薄桃色の悔恨

 私の心から後悔の気持ちが消えない。

 

『ういちゃんが、あいつを……あの偽物を連れて来たのかっ!?』

 

 涙を溜めて、怒りの感情をぶつける中沢さんの顔が目に焼きついて離れない。

 私はただ、中沢さんを助けたかった。

 近くに居る助けてくれそうな人を探して、見つけられたのが中沢さんのコピーの逆沢さんだった。

 でも、それが中沢さんを深く傷付けてしまった。

 

『魔力!? ……ああ! そうだよ、俺は魔力ももう持ってない無力な一般人だよ! でも、俺だって、俺だってぇ!』

 

 力を無くしたことを誰よりも気にしていた中沢さんの気持ちを踏み(にじ)ってしまった。

 ごめんなさいって、謝りたい。

 そんな風に思ってないって、伝えたい。

 なのに、今の中沢さんと上手く話せるか自信がなかった。

 また傷付けてしまったら。また気持ちを踏み躙ってしまったら。

 そう思ったら、会うことがどうしようもなく怖かった。

 ……お姉ちゃんに相談しよう。

 話を聞いてもらって、どうしたらいいか一緒に考えてもらおう。

 それがいい。きっと、お姉ちゃんなら私じゃ浮かばない答えを導き出してくれる。

 だから、その日、私はお姉ちゃんを待っていた。

 

 

 ***

 

 

「お姉ちゃんがまだ帰って来てないって、本当なんですか?」

 

 リビングに居るやちよさんに聞いてみると、少し困ったように答えてくれた。

 

「……ええ。最近、いろはは一人で魔女退治に出ることがあって、まだ戻って来てないの。スマホも電源を切っているみたいで繋がらないわ」

 

 やちよさんはリビングのテーブルの上にある、ラップで保温していたお姉ちゃんの分の夕飯を見つめた。

 もうすっかり冷たくなってしまった食事は、食べてくれる人を待つようにそこへ置かれていた。

 魔法少女としてのステップアップとして、お姉ちゃんが一人で魔女退治を自分から提案したことは知っていた。

 やちよさんは多少反対したようだったけど、意外と頑固なところがあるお姉ちゃんに根負けして、許可を得ていたことも。

 お姉ちゃんは、魔法少女として強くなった。

 不自然なほどに急激に。

 きっと、私やみかづき荘の皆にも言えない理由があるからだと気付いていた。

 だけど、お姉ちゃんの方から話してくれるまで、私は聞こうとは思わなかった。

 何か言えない理由があるって、感じていたから、私は何も尋ねようとはしなかった。

 それが間違いだったのかもしれない……。

 私の不安は、顔に出ていたみたいでやちよさんは安心させるように微笑む。

 

「大丈夫よ。いろはなら、心配しなくても今に帰って来るわ」

 

「そう、ですよね」

 

 ちょうどその時、玄関のドアレバーがガチャリと音を立て、続けて扉の開く音が聞こえた。

 やちよさんと顔を見合わせる。

 

「ほら、言った通りでしょう?」

 

「はい! 私、お姉ちゃんを迎えに行ってきます」

 

「じゃ、私はいろはの分の夕飯温めておくわね」

 

 リビングの扉を上げて、廊下の方に出る。

 疲れて帰ってきたお姉ちゃんに、お疲れ様と言おうとして、私は固まった。

 玄関から上がって来たのは、お姉ちゃんじゃなかった。

 

「あ……中沢、さん……」

 

「やあ、ういちゃん。元気にしてた?」

 

 中沢さんだった。

 白いテールコートを着た姿で廊下に立っていた。

 靴のままで、廊下の床板を踏み、私の方まで歩いてくる。

 どこか異様な雰囲気に圧され、私は呆然と立ち竦んでいた。

 

「見てくれよ、ういちゃん。俺、魔法を取り戻したんだ。なあ、役立たずじゃなくなったんだよ」

 

 その言葉通り、中沢さんからは魔力の反応がある。

 だけど、この魔力は酷く嫌な感じがする。

 

「おめでとうって言ってくれないのか? すごいって褒めてくれないのか? ……それともまだ」

 

 黒い手袋が私の顔へ伸びてくる。

 

「──あの偽物の方がいいって言うのかよ」

 

「ちがっ……」

 

 否定の言葉を言おうとしたのに、怖くて声が詰まってしまう。

 足が棒になったみたいに後ろに下がることもできない。

 

「そこまでよ……っ!」

 

 私の後ろにあるリビングの入り口から、魔法少女の姿に変身したやちよさんが槍を持って、飛び込んできた。

 中沢さんの手元の空間が揺らぎ、牛乳を零したように白いトンファーが現れる。

 後ろに下がらせるために突き出しただろう、やちよさんの青い槍は白いトンファーに触れた瞬間、トロリと零れて床に(こぼ)れ落ちる。

 

「……『融合の魔法』!!」

 

 とっさの判断はベテランの魔法少女。やちよさんはすぐに槍から手を離す。

 落ちた青い槍は穂先から持ち手まですべてが白く濁って、液状に変化していた。

 液化した白い水溜まりは酸のように床を()かして、穴を開ける。

 背筋が凍った。もしもあのまま武器を握っていたら、やちよさんの手もああなっていたのかもしれない。

 

「酷いな、七海さん。いきなり武器を向けるなんて」

 

 何でもないように中沢さんはそう言って、やちよさんを見た。

 何気ない口調が、目の前の異常をより際立たせ、私は身を強張(こわば)らせる。

 

「あなた、本当に中沢君なの……? 一体、どうしたっていうの?」

 

「見て分かりませんか? 俺、力を取り戻したんです。もう、誰にも負けません。魔女にも、魔法少女にも、あの偽物にだって……」

 

 そう言って、両手を広げる中沢さんの瞳は(よど)んでいた。

 魔女の口付けを受けた人でも、ここまでの目はしないだろう。

 

「……とても正気のようには見えないわ! あなた今、ういちゃんを殺そうとしたのよ!?」

 

 私を守るようにやちよさんは前に出て、声高に批難する。

 それを言われた中沢さんは、やちよさんの反応が理解できないように首を傾けた。

 

「何言ってるんですか、七海さん。魔法少女を殺すことが、絶望からの解放なんですよ? 魔法少女を解放してあげたいって行為の何が気に入らないんですか?」

 

「……っ!?」

 

 言葉を失うやちよさんから興味がなくなったみたいに、中沢さんは目を再び、私に戻した。

 

「ういちゃんなら分かってくれるだろ? 魔法少女を解放しようとしていた、ういちゃんなら」

 

「……ち、違います! 誰もこんなこと、望んでません! 中沢さん、お願いだから元に戻ってください!!」

 

 違う。間違えてる。

 中沢さんは魔法少女の解放を曲解している。

 どうして、こんな風になってしまったの……。

 どうして……。

 

「また、そうやって俺のこと、否定するんだ」

 

 穏やかだった表情が一変して、憎悪の色で埋め尽くされた。

 睨み付けるその瞳は、私の瞳を貫くように向けられている。

 

「元に戻れって? 何もできない役立たずに戻れって!? そしたら、見限ったのはそっちだろ! 俺はこんなに頑張ってるのに! 俺はこんなにも強くなったのに! ……“僕”はこんなにも魔法少女を救おうとしているのに!! 何で何で何で何で何で何で、誰も認めてくれないんだよっ!!」

 

 叫ぶ中沢さんの気迫に私はたじろぐ

 そんな中、足音がリビングの方で聞こえてきた。

 

「何だ何だ!? 急に叫び声が響いてきたぞ」

 

「どうか、したんですか……?」

 

「どしたの、どしたの? って……中沢君?」

 

 フェリシアさんとさなさん。それに泊まりに来ていた鶴乃さんが騒ぎを聞きつけて、部屋から集まって来る。

 状況を理解できていないようで、混乱している三人だったけど、すぐにやちよさんの鋭い声が飛んだ。

 

「三人とも変身して! 今の中沢君は何かに操られてる!」

 

「……!」

 

 即座に魔法少女の姿へ変わったフェリシアさんたちは、それぞれの武器を構えて臨戦態勢を取る。

 ほぼ同じタイミングで廊下からリビングへとやちよさんは私に腕を回して、ジャンプした。

 中沢さんは血走った目で腕を振るって突き進んでくる。

 

「何で何で何で! “僕”を願ったのは君たち魔法少女なのに! 魔女になるくらいなら死んでしまいたいと祈ったのは君たち魔法少女なのにぃ!! 何で、それを否定する!? 何で、それを拒絶する!?」

 

 白いトンファーが振るわれる度、白く濁った飛沫が飛び散って、触れた床や壁をドロドロに融かしていく。

 『僕』……?

 中沢さんの一人称は『俺』だったはず……。

 それにその魔法は銀羽根、上条恭介さんのもの。

 魔法少女が願った……? 

 もしかして、『この人』は……。

 

「うるさいっ! 今、喋ってるのは“僕”だろう? 何もしたくないんだったら、もう黙っておけよ。ああ、うるさい! 余計なモノが混じってる! ……あああああああああああああ!」

 

「……中沢、なのか。お前、どうしちまったんだよ!?」

 

 フェリシアさんの声に叫び声を上げていた中沢さんは、一旦、目の焦点が定まったように彼女を見つめた。

 

「深月、ちゃん……? ああ、久しぶり。待ってて。すぐ、本当にすぐだから、俺頑張って、魔法少女が魔女にならないようにするから……」

 

 頭を押さえてブツブツと言葉を吐き続ける。

 警戒していたフェリシアさんも、その様子に思わずといった風に中沢さんへ近付いた。

 

「中沢! おい、しっかり……」

 

「駄目よ! フェリシア! 不用意に近付かないでっ!!」

 

 ななみさんが止めようとする。

 だけど、それより早く、中沢さんがフェリシアさんへ黒い手袋を伸ばす。

 

「“僕”が、必ず、殺してあげるからぁ!」

 

「……っ!」

 

 伸ばされた黒い手袋を、とっさに彼女がハンマーで防ぐ。

 巨大なハンマーは触れられた瞬間、粘土のようにぐにゃりと歪み、やちよさんの槍と同じように()け出した。

 

「早く武器を捨てなさい!」

 

 やちよさんの言葉にフェリシアさんがハンマーを手放す。

 崩れたハンマーは床に白い水溜まりを作って、数秒で消えていった。

 顔を押さえて、独り言を吐き続ける中沢さん。

 

「はあ、はあ、……違う。まだ。まだ駄目だ。ちゃんと認めさせないと、俺が『本物』で、あいつが『偽物』だって皆に思い知らせないと。解放は、殺すのはその後だ! だから、環さんをまだ殺してないんだから!」

 

「今、何て……?」

 

 聞き逃せない言葉に私は問いかける。

 狂気と正気の間を揺れているような、不安定な中沢さんの目が私に留まる。

 

「そう、そうだよ。それを言いに来たんだ、俺……。環さんは預かってる。返してほしかったら、『あいつ』を連れて、記憶ミュージアム跡地に来てくれ」

 

「『あいつ』……? それより、いろはを預かってるって、どういうこと!? あの子は記憶ミュージアムに居るの?」

 

 やちよさんが矢継ぎ早に尋ねる。

 だけど、中沢さんの喚き声に掻き消された。

 

「『あいつ』は偽物のことだよ! 俺の偽物! 俺の、俺の大切なものを全部奪ったあのコピーの俺を連れて来い! 言うことを聞けよ! 今すぐ、ここで全員殺したっていいんだからな!」

 

「……中沢。お前……何で、何で……」

 

 フェリシアさんの言葉ももう、彼の耳には届いていない。

 本当に、今はきっと中沢さんはギリギリのところに居る。

 中沢さんと、魔法少女が望んだ“ウワサ”が混ざり切らずに心の中に渦巻いている。

 私のせいだ……。

 少なくとも、彼をこんなに力に魅入られるほど追い詰めてしまったのは、私のあの時の行動のせいだ……。

 そのせいでお姉ちゃんまで危険な目に合ってる。

 だから、私は責任を持たないといけない。

 中沢さんを追い詰めてしまった責任を。

 

「……わかりました」

 

「ういちゃん……!」

 

 やちよさんの声を聞かず、私は彼に答えた。

 

「中沢さんのコピーを……逆沢さんを連れて、そこへ行きます」

 

「……はは。それでいいんだよ。わざわざ、出向いた甲斐(かい)があったよ。……あいつを殺して、俺は取り戻すんだ。『否定の手品師』の名前を。俺は……!」

 

 低く唸るような声は、暗い喜びと澱んだ凶器で(あふ)れていた。

 彼はもう私たちじゃ、止めることができない。

 中沢さんを止めてくれる人が居るとするなら、きっとそれは……。

 ──逆沢さんだ。

 




次のチャプターに移る前にこの話だけは書いておかなければと思いどうにか投稿しました。
転職活動を始めるため、少し期間が空くかと思いますが、緩やかに投稿していきます。
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