これは正しい人たちのための物語じゃない。
これは魔法少女のために紡がれた物語じゃない。
きっと全部間違っていて、きっと全部削除されるべき物語。
偽物と本物。コピーとオリジナル。
この話を記すなら、このテーマを避けることは叶わない。
誰もが、自分である為に手を伸ばす。それは偽物も、本物も変わらない。
きっと、そこに違いなんてありはしない。そこにあるのは願いだけ。
こうありたいと願うだけ。
***
記憶ミュージアム跡地から逃げ延びた私は、翌日登校した学校でも上の空だった。
授業中、先生に何度か指摘されて、普段なら恥ずかしくて縮こまる出来事のはずなのに、それすら実感があまり持てなかった。
今までだって怖い思いは体験してきたのに、今回だけは違った。
……理由は分かる。
解決していないからだ。
今までの出来事は全て、一応の解決はしていた。
だけど、今回は違う。
『悲憤のアルベド』はまだ倒されていない。
まだ、神浜市の中で殺意を
怖い。
張り付いた恐怖が拭えない。
私は分かってなかった。踏み込もうとした世界が、こんなにも理不尽で、不条理なの場所なのかを。
「あれ? 葉月さんからだ」
下校する最中、連絡先を交換していた葉月さんから、SNSで通知が来ていることに気付いた。
学校では消音設定にしているから、通知音が聞こえなかったんだ。
何だろう。
通知をタップして開く。
『逆沢君の件で話をしたいって魔法少女が今、家に来てるんだけど居るんだけど会わない?』
その内容を見た私は、『すぐに行きます』とだけ返事を書いて、教えてもらっていた住所へ向かった。
バス停でバスを待つ間ももどかしく思うほど、気持ちが急いでいた。
このはさんの自宅の最寄りバス停で降りた私は、自分でもどうかと思うくらい、彼のことで頭がいっぱいだった。
息切れしながら目的地に辿り着き、震える指でインターホンを鳴らす。
玄関から出てきたのは葉月さん。
「かごめちゃん、早いね。息荒いけど、ひょっとして走ってきた?」
「は、はい……。その、居ても立っても居られなくて……」
「あはは。じゃあ、中入って」
家の中に招かれた私は、リビングへと案内される。
先にテーブルへ掛けていたのは、青い髪をストレートにした女性。この人とは、一度だけ合ったことがある。
やちよさん。鏡屋敷でいろはさんと一緒に居た魔法少女。
その隣に居るのは、初めて会う人だ。
銀髪をポニーテールに纏めた女性。ここに居るからには魔法少女なんだろう。
私の視線に気付くと、朗らか挨拶をしてくれる。
「初めましてねぇ。私は八雲みたま。調整屋さんをしてる魔法少女よぉ」
「さ、佐鳥かごめです……。調整屋さん?」
「ソウルジェムの調整をしてるの。あなたはまだ魔法少女じゃないみたいだから、細かくは説明しないけど。魔法少女のメンテナンス役みたいなもの、と思ってくれればそれでいいわぁ」
そ、そういうのもあるんだ。
魔法少女って、奥が深い……。
知らない概念に驚きを隠せないでいると、トレーにティーポットとカップを四つ載せたこのはさんが現れる。
「かごめさん!? あなた、何でここに……って、葉月よね? こういうことするのは」
戸惑ったのは一瞬。即座に誰の手引きか理解して、片手で額を押さえつつ、テーブルにティーセットを並べていく。
その反応からすると、私を呼んだのは葉月さんの独断だったんだろう。
申し訳なくなり、彼女を見上げた。
すると、このはさんは首を左右に振る。
「いえ、いいの。別にかごめさんを責めてる訳じゃないから。ただ、彼女がかごめさんの同席を許すかどうか分からなくって」
「彼女……? それって」
私が口にするより一足早く、もう一人リビングへ現れた。
「魔法少女同士の会合の場、という話でしたが、どうやら魔法少女でもない方が混じっているようですね」
「ななかさん……」
「お久しぶり……というほどではありませんね。未だ魔法少女としての契約もせず、生半可な覚悟でフラフラとこんな場所にまで現れて……一体どういうつもりですか?」
容赦のないななかさんの言葉に、私は打ちのめされそうになるけれど、それでも生半可な覚悟でここまで来たつもりはない。
「私はまだ魔法少女になる気はありません……。でも、何の覚悟もなく、ここに来た訳じゃありません。私は……もう一度、逆沢さんと会うためにここに来たんです」
きっぱりとななかさんの目を見て、そう言い切る。
ななかさんの目は冷徹に、私の動作を観察しているようだった。
「そうですか。ですが、残念ながら彼はこの場には連れて来てはいません」
淡々した返答は、予想してたはずだったのに気持ちが沈んだ。
やっぱり、逆沢さんはこの家には来ていないんだ……。
私とななかさんのやりとりを眺めていたみたまさんが、小さく手を挙げる。
「はいはぁ〜い。二人だけお
「同感ね。暇を潰しに来た訳じゃないわ」
ななかさんへ鋭利な眼光を向ける。
早く椅子に座るよう、言外に圧力を掛けていた。
「いいでしょう。私としても無駄話をするつもりはありません」
ななかさんは、残されていたこのはさんの隣の椅子に腰を下ろす。
私はこのはさんの後ろへ移動し、立ったまま話を聞かせてもらうことにした。
正直、この位置の方が全体を見易くてありがたかった。
「さて。では、議題進行役は誰が行いますか? 差し支えなければ、私がお引き受け致しますが?」
自ら進行役を買って出ようとするななかさんだったけれど、このはさんが待ったを掛ける。
「待ちなさい。今回の主催は私よ。私が話を進めるわ」
「それではどうぞよろしくお願いします、このはさん」
てっきり主導権の取り扱いになるかと思ったものの、あっさりとななかさんは会話の
私と同じように考えていたらしく、このはさんは拍子抜けした様子を見せる。しかし、すぐに気を取り直して話し始めた。
「
その名前を聞いて、とっさに肩が揺れた。
背筋が凍りつく。頭の片隅に追いやっていた粘り着くような恐怖が再び、思考に広がる。
「あらゆる魔法を融かし崩す『融合の魔法』に加え、魔力を与えた魔法少女を強制的にドッペル症にしてコントロール下に置く“ユナイト”という能力……直接目にした私からすれば、あれはもう魔法少女だけで対処できる範囲を超えている」
「それについては同意するわ。戦闘にもならなかった。触られたら負け、触っても負け。武器で防いでもほとんど一瞬で融解されてしまう。悔しくけど、本物の銀羽根に匹敵する強さだった」
やちよさんがそれに
だけど、……言い方が妙だ。まるでやちよさんも実際に出会ったみたいな口ぶりで……。
疑問はすぐ解消された。
「
…………え?
やって来た?
あれが?
あの空間から、外へ出てきたっていうこと?
全身の毛穴が逆立つ。室温が急激に冷えたような錯覚がした。
自分の認識がどれほど甘いものだったのか、心の底から思い知らされた。
頭のどこかで、あの存在と現実世界が切り離されていた。
ウワサ空間から『悲憤のアルベド』は自由に出て来られるんだ……。
安全な場所なんて、もうどこにもない。
私と同じ恐怖を感じたのか、ななかさんの顔色も変わる。
「なっ……それでは中沢さんは自由に神浜市を歩き回れると……!? いや、それならどうしてあなたは無事なのですか?」
「見逃してもらった……。ううん、少し違うわね。あれは私たちに対して、立会人になるよう強要するため」
立会人……?
何の、立会い……?
やちよさんは私の視線に気付いたらしく、更に言葉を続けた。
「自分のコピー……“逆沢”を倒し、自分の方が優れていると見せつけるための戦いよ」
……! 逆沢さんとの戦い。
脳裏に浮かぶのは最初に鏡屋敷であった、二人の争い。
あの時の勝負は、逆沢さんの勝利で終わった。
ななかさんがカップに口を付けて、中身を飲む。
「それで今回の会合に彼と協力関係にある私を呼んだと。なるほど、読めてきました」
「話が早くて助かるわぁ。それじゃあ……」
みたまさんが結論を出そうとする前に、ななかさんが台詞を被せる。
「──お断りします」
「えっ……!」
「!?」
「……どういう意味かしら」
ここに居る三人の魔法少女の全員が、ななかさんの発言を疑う。
だけど、ななかさんは動じることなく、話を続けた。
「暴走した中沢さんは確かに捨て置けません。しかし、今は二木市から来た魔法少女のグループ『プロミスド・ブラッド』を排除することが先決でしょう」
「あなた、状況を分かっているの!? 銀羽根の恐ろしさはあなただって知っているはずよ!」
このはさんが椅子から立ち上がって、ななかさんを糾弾する。
「知っていますよ。だからこそ、です。『プロミスド・ブラッド』は逆沢と接触後、表立った活動を控えている。これは逆沢さんが抑止力として成立しているからに他なりません。万が一、彼を失うのは協力関係にある私たちにとって痛手になる……」
そこで一旦、一拍置いてから彼女は再度話し始める。
「そこで、どうでしょう? 『プロミスド・ブラッド』を排除するまで、マギアユニオン、このはさんのチーム、そして、調整屋は私の指揮下に入る、というのは。その条件で逆沢さんをお貸出し致しましょう」
カップをテーブルに置き、ななかさんは超然と微笑む。
この人、この状況を利用して、神浜市の魔法少女たちの権限を得ようとしている……!
「あなた、こんな状況でそんなことを……」
「こんな状況だからこそ、一致団結しましょう。そう提案しているのはおかしなことですか? それとも私たちだけが無暗に戦力を削れとおっしゃる? それは筋が通りませんよ」
批難するこのはさんに対し、わざとらしく肩を竦めてみせるななかさん。
みたまさんは何も言わないが、その目付きで苛立ちを
唯一、やちよさんだけが落ち着いた様子で、手元のスマートフォンを
「……話が付いたようね」
「ええ。それでは、これより皆さんは私の指示に従っていただきます」
「いいえ。
「はい?」
やちよさんの発言の意図が分からなかったようで、ななかさんは首を傾げた。
私も話が見えてこない。
やちよさんは、持っていたスマートフォンをテーブルの上に置いた。
覗き込むと液晶には、テレビ通話の画面が表示されている。映っているのはピンク色の髪の女の子、ういちゃんとあきらさん。
そして……。
『話はういから聞かせてもらったぜ。ななか。オメー、俺サマをダシにセコいやり方してんじゃねーよ』
「あ……」
その隣にはずっと会いたかった顔があった。
黒い真ん中分けの髪形。目付きの悪い瞳。
中沢さんとパーツ自体は同じなのに、受ける印象が全然違う。
粗暴で、乱暴で、堂々としたその在り方に懐かしささえ感じさせる。
「逆沢さん……!」
『……応。久しぶり、ってほどでもねーな。かごめ』
頬を掻きつつ、目線を逸らす。
らしくないと思いつつ、あの別れ方じゃあ、逆沢さんでもバツが悪いんだと納得した。
「感動の対面、申し訳ないんだけど、後にしてくれる? それじゃ、逆沢君。あなたは戦ってくれるのね?」
やちよさんは冷静に割り込んだ。
そして、その対応から彼女がこうなることを織り込み済みだったのだと知る。
ななかさんが不公平な条件を付けてくることを見越して、ななかさんを逆沢さんの傍から引き離した。
つまり、この会合は
本命はういちゃんだったという訳だ。
『望むとこだぜ。あの身の程知らずのカスに、格の差ってヤツを教えてやんよ』
凶暴に笑うその顔が、今はとても頼もしく映る。
苦々しく、画面を睨むななかさんを
『この、逆沢さんがなぁ!!』