ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

147 / 147
第二十七話『かごめと紛い物の矜持』②

 記憶ミュージアム。正式名称、神浜記録博物館。

 その場所は今や、『悲憤のアルベド』が巣食(すく)う魔性の城と化していた。

 まさかこんな場所にもう一度、自分から足を踏み入れることになるなんて、思ってもみなかった。

 でも、あの時とは違う。

 

「かごめよぉ。嫌なら別に来なくてもよかったんだぜ?」

 

 前を歩いていた逆沢さんが、首だけ振り返って言った。

 両手をズボンのポケットに入れて、気後(きおく)れした様子もなく、いつも通りの態度だ。

 

「いえ。私はここに来たくて、来たんです。それに結末を知らないままでいる方がずっと怖いですし……」

 

 何より、また逆沢さんと会えなくなることの方が怖かった。

 逆沢さんが負けるなんて思ってない。

 でも、あの白い化け物には言葉だけでは表しきれない恐ろしさがあった。

 強い弱い、じゃない。

 もっと原始的で、根源的な得体の知れない恐怖を感じた。

 人が暗がりを恐れるように、人が足の付かない水底を怖がるように。

 心の根っこの部分を掴み上げてくるみたいな、“怖さ”。

 

「かごめ」

 

 いつの間か、(うつむ)いていた私は名前を呼ばれて、顔を上げる。

 まっすぐな視線が私の瞳に差し込まれる。

 

「だったら、よーく見とけ。俺サマがあのヤローをぶっ潰すとこをよぉ!」

 

「……はいっ!」

 

 自分でもびっくりするくらい、勢いよく声が出た。

 怖さが、恐ろしさが、(ほど)けていく。

 大丈夫。心配ない。

 

「覚悟は決まったかしら?」

 

 二枚扉が外れ、洞穴のような暗闇が広がる記憶ミュージアムの入り口。

 そこで待たせていた、やちよさんたち魔法少女が私と逆沢さんへ聞いてくる。

 

「今更、聞くまでもねーだろ」

 

「私も、大丈夫です」

 

「そう。それじゃあ……行くわよ」

 

 返事を聞いたやちよさんは一度頷いてから、ソウルジェムを入り口に(かざ)す。

 光が差し込まない、四角く切り取られた闇が魔力に反応して、縦に開かれた。

 黒から白へ変わった闇が、私たちをその内側へと引き込む。

 一瞬の揺らぎの後、視界に映ったのは……広大な円形の劇場だった。

 

「前に来た時と、全然違う……」

 

 濁った白い石で造り上げられた劇場は、以前の底なし沼のような空間とは完全に別の風景。

 しっかりと踏みしめられる床がある。縁の外周には、段状に積み上げれた観覧席まで用意されていた。

 おまけに天井はなく、吹き抜けになっていて、雲の浮かぶ大空が見えていた。

 ただし、青空とは程遠い、酷く(よど)んだ白で染め上げられている。

 例えるなら、灰が混ざった白一色の絵の具だけで描き上げられたコロシアム。

 それがこの場所……。

 

「気に入ってもらえたか? 内装を変えたんだ。こっちの方が相応(ふさわ)しいだろ?」

 

 観覧席の合間にある階段を降りてくるのは、『悲憤のアルベド』。

 この白く濁った世界で、墨汁を一滴だけ垂らしたような黒い髪が目立つ。

 一歩前に出たやちよさんは、その発言をまともに取り合うつもりはないようで彼に問い詰める。

 

「望み通り、あなたのコピーは連れて来たわ。いろはを返して! あの子はどこに居るの!?」

 

「慌てない慌てない。すぐに会わせてあげるから」

 

 『悲憤のアルベド』はパチリと指を鳴らした。

 私たちから見て、正面に当たる観覧席の奥。そこから長方形の壁が生える。

 壁から()り出すようにいろはさんの姿が出現した。

 

「いろは……!?」

 

「お姉ちゃん……」

 

 彼女の身体は壁に手足を拘束され、(はりつけ)になっている。

 項垂(うなだ)れているせいか、白いフードから覗くピンク色の髪が顔にかかって表情が確認できない。

 やちよさんやういちゃんたちは、すぐにそこへ行くために劇場の柵を乗り越えようとするけれど、『悲憤のアルベド』は手で(せい)す。

 

「駄目駄目。まだ環さんは返せないって。彼女は決着が付くまでの賞品なんだから」

 

 再度、指の鳴る音が響いたかと思えば、いろはさんの壁の両脇からそれぞれ一つずつ大きなシルエットが生まれた。

 一体は既に見たことのある、巨大な銃の腕を持つサボテンの怪物。宮尾さんのN(ナイトメア)・ドッペル。

 もう一体は麻のような繊維質のものを束ねて人型にしたようなカカシの化け物。多分、あれは安積さんのN(ナイトメア)・ドッペルなんだ。

 あの時助けられなかった彼女は、宮尾さんと同様に『悲憤のアルベド』の操り人形にされてしまったんだ……。

 赤いドレスを着た麻カカシのN(ナイトメア)・ドッペルは、先端が刃になった腕をいろはさんへ突き付ける。

 

「紹介するよ。こちらは俺の仲間の宮尾時雨さんと安積はぐむさん。あ、腕が銃の方が宮尾さんで、剣の方が安積さんね」

 

 どちらがどちらなのか伝わらないと思ったらしく、後から付け足すように補足を加えた。

 間の抜けた発言だけど、そのやり方は容赦がない。

 

「っ……」

 

 牽制(けんせい)される形で二の足を踏むやちよさんたち。

 それを満足気に眺めてから、『悲憤のアルベド』は言葉を(つら)ねた。

 

「うん。よかった。二人とも、まだざっくりとしか俺の言うこと聞いてくれないから、あんまり余計なことしないでほしかったんだ。まあ、一応は環さんを無理やり奪おうとしてこなければ傷付けないように指示してあるから──」

 

 言葉の途中で金色の軌跡が、()ぜた。

 弾いたコインの弾道が『悲憤のアルベド』へ一直線に飛翔する。

 反射的に取り出したであろう白濁した布地がコインと混じり、融け落ちて穴が空く。

 徐々(じょじょ)に広がる穴から無表情の顔が(のぞ)いた。

 

「……まだ話の途中だろ?」

 

「ゴチャゴチャゴチャゴチャ、うるっっせぇんだよ! いいからさっさと掛かって来いや、カスッ!!」

 

 怒号を叩き付けたのは、他ならない逆沢さんだ。

 この人にはセオリーも、ルールも関係ない。

 人質が居るとか、相手が優位だとか、そういったことも無視してワガママに振る舞う。

 それが逆沢さんなんだ!

 

「……いいよ。分かった。こっちも我慢の限界だったからな」

 

 布地が完全に融けてなくなったのと同時、『悲憤のアルベド』が劇場へと(おど)り出る。

 逆沢さんと対峙したその姿は、まさに鏡合わせ。

 唯一、異なるのは色合いだけだ。

 澄んだ黒と濁った白。

 まったくの逆。

 そして、それは内面も同様だ。

 

「俺が……本物だって証明してやる。俺が、俺こそが『顔無し手品師』で、あの人の“後継者”なんだ! 偽物なんかに奪わられて(たま)るか!」

 

「オメーは会う度に男を下げてやがんなぁ、劣化原型(レッサーオリジン)。こっちもオメーのカスぶりにもウンザリしてんだ。ここらでブッ殺してやっから喜べや、カス!」

 

 視線と視線がぶつかり合い、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 目を離せずにいた私をこのはさんが呼ぶ。

 

「かごめさん。上にあがりましょう。ここに居たら戦いに巻き込まれるわ」

 

「は……はい」

 

 二体のN・ドッペルもいろはさんへ無理やり近付こうとしない限りは、私たちには何もして来ない様子だった。

 やちよさんやういちゃんたちは悔しそうにそちらを見た後、振り切るように反対側の観覧席まで移動する。

 

「かごめさん。よければこちらにどうぞ」

 

 一足先に高みの見物を決め込んでいたらしいななかさんが、隣に座るよう(うなが)した。

 

「ななかさんも……来たんですね」

 

 精一杯の嫌味のつもりで言ったけど、ななかさんは意にも(かい)さない。

 

「ええ。どのみち、アレが闊歩(かっぽ)できるから逃げ場などありませんから。それにこの戦いの行く末は神浜に大きな波紋を引き起こす。であれば、大局を見据えるためには直接私が出向くのが一番かと思いまして」

 

「そう、ですか……」

 

 このはさんの家で出し抜かれた時はかなり憤慨していたのに、もう気持ちを切り替えたのか平静を保っている。

 打算的だけど、その感情の制御については尊敬すら感じた。

 

「それで、座りませんか? それとも……保護者さんの方たちの方へ行きます?」

 

 あからさまな挑発。だけど、それに私はあえて乗る。

 

「お言葉に甘えて、お隣に座らせてもらいます」

 

 このはさんが心配そうな視線を向けてくれたけど、私は首を横に振って言葉なく大丈夫と伝える。

 物言いたげな表情を浮かべた彼女は、それでも意図を()み取ってくれたようで、私とななかさんの一列後ろの席へと着いた。

 やちよさんたちは私から見て二段手前の観覧席に横並びで座っていた。皆、祈るように前で手を組んで見守っている。

 当然だ。この戦いには、いろはさんの命がかかっている。仲間である彼女たちからすれば、不安で気が気じゃないはずだ。

 

「かごめさん。そろそろ戦況、動きそうですよ」

 

「え……」

 

 ななかさんの言葉を聞いて、私は急いで目をコロシアムへ移す。

 睨み合ったまま膠着(こうちゃく)状態だった二人が、突如予兆もなく動き出した。

 動いたのは、ほぼ同時。

 互いに踏み込みからの急接近。一瞬で間にあった距離がゼロになる。

 交差して打ち出される黒と白のトンファー。

 そして、激突──。

 

「とりま死んどけや、劣化原型(レッサーオリジン)!」

 

「とっとと消え失せろ、偽物!」

 

 激しい打撃音と共に相反する色の光が(またた)き、弾き合う。

 吹き飛んだのは両者。

 だけど、そこからが違う。

 逆沢さんは空中で身を捻り、弧を描いた宙返り(ムーンサルト)で体勢を整える。

 一方、『悲憤のアルベド』は身を屈めて重心を落とし、地面を擦過させて素早く着地を済ませていた。

 滞空状態のまま、逆さまに構えた黒のトンファーから金色のコインを連射する逆沢さん。

 放たれた無数の金の軌跡。煌めく弾道は標的に向けて突き進む。

 それを『悲憤のアルベド』は、銀色のコインを撒き散らして迎撃する。

 天と地に分かれて、金と銀のコインが稲妻のように乱れ飛ぶ中空。それぞれ弾き合い、消し飛び、あるいは融け落ちていく。

 遠距離戦は互角。

 そう感じたのは、観戦している私だけじゃない。

 直接戦闘をしている両者はそれを肌で理解しているはずだ。

 つまり……決着は接近戦!

 地面に着地と同時に逆沢さんは駆け出す。

 身を屈めていた『悲憤のアルベド』はバネ仕掛けの人形のように跳躍。

 開いていた距離は再び、ゼロに戻る──。

 逆沢さんの右回し蹴りが相手の側頭部へ迫った。

 だけど、『悲憤のアルベド』はそれを読んでいたように一瞥(いちべつ)すらなく、左手の白いトンファーを縦に構えて受け止める。

 

「……かかったな?」

 

 ニヤリと逆沢さんが笑う。

 

「……!」

 

 白いトンファーに掛けた足を軸にして、逆沢さんの身体がコマのように一回転。

 捻り上げた身体は飛翔し、空中で残った足で(かかと)落しをお見舞いした。

 回転の遠心力の込められた一撃は『悲憤のアルベド』の脳天を穿(うが)つ、はずだった。

 

「なっ……」

 

「足癖が悪いのは知ってたからな」

 

 頭上に落ちる寸前、(かかと)は右の白いトンファーが防いでいた。

 それだけじゃない。

 受けに回っていた左のトンファーの先端が傾き、銀のコインが射出される。

 空中で身を捻った体勢の逆沢さんは自分のトンファーで防ごうとするも、一手及ばなかった。

 銀の弾道は無常にも右目を捉えていた。

 

「逆沢さんっ!!」

 

 観覧席から立ち上がった私に映ったのは、右目を抉られ、吹き飛ぶように地面を転がる逆沢さん。

 そして、勝ち誇ったように顔を歪めて叫ぶ『悲憤のアルベド』。

 

「ははっははははははははははっ。勝った。勝ったぞ! 俺の勝ちだ! 俺が本物の“顔無し手品師”だ!!」

 

 噴き出す哄笑(こうしょう)は裏返り、正気とは思えないほど血走った目で逆沢さんを見下ろしていた。

 私には目の前の光景が理解できなかった。

 呆然とする中、不安定で不快な笑い声だけが白く濁った世界にこだましていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:10文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。