私は走る。無我夢中で。
私は走る。一生懸命に。
走る。走る。走り続ける。
振り返りたくて堪らない気持ちを必死で抑えて、私は観覧席の柵を乗り越える。
それの行為に反応して、最上段に居る宮尾さんの
大砲と呼んでも差し支えない大きさのそれから魔力の弾が放たれれば、私の身体くらい跡形もなく消し飛ぶことは簡単に想像できた。
だけど……──。
「かごめさん! 伏せてください!」
言われた通りにその場で身を伏せた。直後、緑色の光線が頭の上を通過して、宮尾さんの
『…………!!』
突然の認識外からの襲撃者に、反対側の腕の銃で対応しようとするN・ドッペル。
「余所見、よろしないネ」
斜め上の背後をヒラリと舞う影が、袖から伸びた爪刃を振るう。
三本爪がサボテンに似た外皮へ切り裂こうと、
でも、三本爪は切り裂くことは叶わず、外側に僅かな傷を残すだけに留まる。
「……頑丈。でも、
「かこさん! 美雨さん!」
私を助けてくれた魔法少女二人の名前を呼ぶ。
ななかさんが『悲憤のアルベド』に捕まる前に教えてくれた。
『逆沢さんが敗れた今、この場に居る魔法少女は即座に全員死亡、ないし無力化されます。ですから、保険として空間外に残してきた待機組を呼び込みます。このウワサ空間の性質を利用し、内側から彼女たちを引き入れ、環いろはさんを奪還する。これが
臨時同盟……。
つまり、逆沢さんも自分が負ける可能性があると理解していた。
そして、負けた後に起死回生の一手があることも。
『かごめさん。魔法少女ではないあなたは、一旦は銀羽根のウワサの標的から外れます。だから、あなたが鍵になります。……お願いします。必ずやり遂げてください。そこまでの道程は、私の仲間がお護りします』
あの絶対に主導権を握らせないななかさんが、私にそう言った。
“お願いします”と。
そう言ってくれた。信じてくれた。頼ってくれた。
それなら、その想いに応えたい。
宮尾さんのN・ドッペルは、まだ私を狙おうとしている。
多分、私が一番弱いからだ。
今度は両腕を真っ直ぐに揃え、さっきよりも低く構えを落とした。さながら、砲身を定めた重戦車のようだ。
かこさんと美雨さんがそれぞれ遠距離と近距離で攻撃を仕掛けるがビクともしない。
腕の中に掻き抱いたアルちゃんと、逆沢さんから渡されたトンファーを握り締める。
大きく息を吸い込んでから、できる限りの大きな声を吐き出した。
「皆さん! 私を助けてください! お願いします!!」
銀色のベリーショートの髪が私の前で揺れた。
身体がフッ、と一瞬軽くなる。
抱き上げられたと感じた時。
「ありがとう」
「えっ?」
感謝の言葉に戸惑う私へ、あきらさんが微笑んだ。
「ボクに……ボクたちに助けを求めてくれて、嬉しいよ」
本当に嬉しさを噛み締めるように彼女はそう言った。
あきらさんが何故そう感じたのかは分からない。だけど、彼女にとって、私の助けを求める声が特別な意味を持つものだったんだろう。
魔力の砲弾が、観覧席の段差を抉り取るように吹き飛ばす。
私を抱えたあきらさんが跳躍し、身を
「かごめさん。ボクが送れるのはここまでだ。後は別の子を頼って」
「あきらさんたちは……!」
「ボクたちはこっちの子を助けてあげないと、だからね」
私を降ろしたあきらさんは、宮尾さんのN・ドッペルへ視線を向けた。
彼女もまた『悲憤のアルベド』によって、怪物の姿に変えられて苦しめられている魔法少女だ。
あきらさんへお辞儀をして、私もまた目的のいろはさんの方へ駆け出す。
後ろであきらさんの声が高らかに響く。
「聞こえてるかは分からないけど……助かりたいって思ってるなら、全力で助けを求めてよ。必ず、ちゃんとボクが応えてみせるから!」
それは宮尾さんへ向けた言葉。
自分に向けられた訳じゃないけど、迷いのない声音が走る私の心に勇気をくれた。
そう、なんだ。
あきらさんの感謝の意味が分かった気がした。
助けるって行為は、助かりたいって想いと
その二つが“繋がっ”て、初めて本当の『助け合い』なんだ。
ななかさんが私に頼んだように。私が魔法少女の皆に助けを求めたように。
誰かの求める想いがあって、初めてそれに応えることができる。
助けを求めることは。
誰かに頼ることは。
恥ずかしいことでも、情けないことでもない。
人と人が繋がるために必要な要素なんだ。
私は一人じゃない。頼ってくれたななかさんと、助けてくれたあきらさんたちと繋がってる!
勇気の炎が胸の中に灯った。
私はいろはさんが
最上段にまで辿り着いた今、
けれど、当然もう一体の……安積さんのN・ドッペルが立ち塞がっていた。
麻を縛って作った巨大なカカシに真っ赤なドレスを着せたような怪物。
片方の腕は肘から先が
どちらの手も、私の身体を引き裂くことくらいは容易だろう。
でも、今は手をこまねいている暇はない。
戦いの音はこうしている間も続いている。怖気付いてる余裕はない。
だからこそ、私は呼ぶ。
信じてるから、助けを呼ぶ。
「助けてください!! 葉月さん! あやめさん!」
振り下ろされるN・ドッペルの鉈と爪。
その双方が、二種類の斧によって防がれる。
「いや〜、良かったよ。ちゃんとアタシらの名前呼ばれて。もし別の人の名前で出てったら、気まずいでしょ?」
D字型の刃を持つ斧と──。
「あちしはかごめを信じてたよ。葉月とは違うもん!」
弓形に反れた一枚の刃の両端を棒で繋げたような斧。
「え〜、そうかなぁ?」
「そうだよ! もうっ! 葉月はいつもそーやってあちしをからかって!」
まるで日常のワンシーンみたいな気楽な会話を繰り広げる葉月さんとあやめさん。
だけど、そこに油断はない。
バチバチと音を立てた葉月さんの斧が、電撃を
「あやめ。文句は後で聞くから、ちょっと真面目にやろっか」
尖った指の間に刃を無理やり押し込み、突き立てた。
「やってるし! 葉月の方が不真面目でしょ! てか、硬いなこいつ……ワラみたいな見た目なのに」
「という訳で、かごめちゃん。ここはアタシらに任せて先に行きな」
「あー! それ、あちしが言いたかったヤツ〜」
気が抜けるやり取りを前にして、私は
「はいっ! 二人ともありがとうございます!」
「お互い様さ。かごめちゃん、頼んだよ。はい、次あやめの台詞」
「あちし!? あ、えーと、かごめ……ガ、ガンバレー!」
二人の声援を背中に受けて、私はN・ドッペルの脇を潜り、いろはさんを拘束する壁の前に辿り着く。
足元にアルちゃんをそっと降ろしてから、黒いトンファーを両手で棍棒みたいに握り締めた。
何をすればいいのかは分かってる。ずっと近くで見てきたから。
でも、それが私にできるかは分からない。
……だけど、私は逆沢さんに頼られたんだ。
初めて、逆沢さんが私に頼みごとをしてくれた。
その想いに応えたい。
彼と、一緒に居たいって思うから。
繋がっていたいと願うから。
だから──。
「……リジェクト!」
振り上げたトンファーを、壁に叩き付ける。
想いを込めて振り下ろしたトンファーは、薄いガラス板のように粉々になって砕け散る。
「わわっ……」
慌てて、トンファーを手放してから、倒れ込んでくるいろはさんの身体を抱き留めた。
私とあまり変わらないサイズなのに、意識を失っているせいか想像よりも重くのしかかる。
よく見ると身体中が傷だらけで、魔法少女の衣装もボロボロになっていた。
気を失うまで戦っていたんだ……。
そんな彼女に、私は言うしかない。
この状況を変える方法があるのは、もう彼女だけだから。
「いろはさん! ……お願いします! 起きてください!」
私には頼ることしかできない。
だからこそ、
「助けてください! 今、あなたの魔法が必要なんです!!」
希望を信じて願い続ける。
その手を掴んでもらうために。
これが魔法少女じゃない、ただの一般人の私にできる戦い方だから。
「いろはさん! 私たちに、どうか力を貸してくださいっ!」