ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第十四話『中沢君と噂の守り人』②

 あり得ない。何だこれは……。

 どうして、ヌルオさんと上条が戦っているんだ!?

 黒いステッキと青白いバイオリン弓が、巨大な引き出しの足場の上でぶつかり合う。

 鍔迫(つばぜ)り合いのように互いの武器が擦れ合い、不快な異音を響かせた。

 上条は身体を捻って、ステッキを受け止めたまま、バイオリンを鈍器として振り落ろす。

 脚を狙ったその一撃を避けるために、ヌルオさんは床を蹴って、大きく後ろへ退(しりぞ)いた。

 それを待っていたというかのように、仮面から露出した上条の顔が攻撃的に笑う。

 バイオリンの後部に顎を乗せ、弓で弦を勢いよく弾き、演奏を開始した。

 

「『ギフト・ゾナーテ』……!」

 

 その瞬間、何がバイオリンを介して溢れるように生み出される。

 あれは……灰色の音符?

 具現化した音符に見えたそれはひどく歪な形をしていた。

 音符の玉の部分がCGで再現したウイルスのように、ボコボコした突起に覆われている。

 生み出された歪な音符たちは一斉にヌルオさんの元へと流れるように飛来した。

 咄嗟にステッキを布に変えて、打ち振るい、消していくが、それでも一度では包み切れない。

 捉えきれなかった音符がテールコートの右袖口についたカフスボタンに触れた。

 どろり、と溶けたカフスボタンは灰色に変色し、一秒もかからず液状化して、床に()け落ちた。

 

「……!」

 

 すぐに布を溶けた場所へ押し当てから剥がすが、腐食したように袖の生地が床に崩れて(こぼ)れる。

 何だ、この魔法は……。

 酸か何かか? いや、化学の実験でもこんな融け方をするものは見たことがない。

 ヌルオさんも同じように考えるように床でどろどろに融けている灰色のカフスボタンを見つめる。

 

「“腐敗”だよ。僕の魔法は。触れたものは魔法の武器であっても腐り落ちる」

 

 僕自身には効かないけどね、と上条は答えを教えてくれる。

 

「教えてくれるなんて優しいね。まるで漫画のやられ役だ」

 

「伝えた方が怖がってくれると思ったんだ……。魔女相手にしか使ったことはなかったけど、身体が融けて、零れ落ちる姿は想像を絶する(おぞ)ましさがあったよ。お前には恐怖と絶望を受けてから消えてもらう」

 

 皮肉を平然と受け止めて、恐ろしい脅し文句を口にする上条。

 クラスの人気者の姿はそこにはなかった。

 居るのは淡々と恐怖を巻き散らす処刑人。

 何があれば、あの優しい上条がこんな台詞を言うようになるのだろう。

 俺には分からない。

 ヌルオさんは、襤褸切れになった右の袖を伸ばすように掴む。

 次の瞬間、袖口まで黒い生地が元通りになっていた。

 

「君のいう恐ろしさはこんな数秒足らずで直る魔法のこと?」

 

「……口が減らないっていうのはお前のような奴のことをいうんだろうね。わざわざ、僕が魔法を説明したことも含めて、まだ気付かないのかい? あえて、今回は数を減らしたんだ」

 

 酷薄に口元を歪める上条に俺は心底恐怖した。

 腐らせ、融かす腐敗の魔法。

 猛毒の音符は衣装ならともかく、一部でも肉体に触れれば、ただでは済まないだろう。

 否定の魔法があるとはいえ、無事で居られる保証はない。

 再び、上条が演奏を始める。

 ヌルオさんは距離を取るために背後にあった別の引き出しの上に移動した。

 

「そこだ! 『ギフト・ゾナーテ』!」

 

 ざらついた音色に乗って、湧き上がる灰色の音符。

 それをあえて最小限の動きで(かわ)し、誘導する。

 にやりと上条が笑った。

 流れた毒音符がちょうどヌルオさんの頭上の引き出しを真下から腐敗させた。

 引き出しの中にあっただろう、大量の鉄筋が落ちてくる。

 わざと彼を狙う振りをして、この鉄の雪崩を狙っていたのか!

 

「こんなもの僕には……っ、まさか!」

 

 布での消去を行おうとしたヌルオさんだが、打ち振るわれた布は鉄筋を消すことができず、降り注ぐ。

 頬や腕に落下してきた鉄筋が掠めた。

 俺に痛みはないが、その光景に激しい恐怖が巻き上がる。

 それでも辛うじて、重傷を避けてヌルオさんは跳び退いた。

 

「そうだよ。この引き出しに入っているものはウワサとは関係ない、現実空間のものさ。この時のためにわざわざ外装から外して、入れておいてもらったんだ」

 

 上条君はバイオリンを抱えたまま、突き刺さった鉄骨の剣山を挟む位置に降り立つ。

 

「これでの情報からお前が魔力で作ったものを消せることは分かっていたんだ。それなら、現実の物質は消せるのか。その答えが今出た。顔無し手品師……お前の魔法は現実の物質には通用しない!」

 

「…………」

 

「図星を突かれてだんまりかい? それでもいいさ。どうしてこの場所をお前との戦場にしたのか、その身を持って知るといい!」

 

 否定の魔法にそんな弱点があったのか……。

 俺はずっとこの魔法もヌルオさん自身も無敵だと思っていた。

 今までも魔法少女を取り逃したことはあっても劣勢になることは皆無だった。

 だが、その事実は(くつがえ)された。

 ヌルオさんが窮地に立たされている。

 その事実が俺をどうしよもなく動揺させた。

 舞い上がった毒音符が頭上から迫り出ていた複数の引き出しを下から融かして崩す。

 落下してくる鉄筋とコンクリートの破片が容赦なく、ヌルオさんへと降り注いだ。

 布をステッキに戻し、それを弾いて飛ばすが、同時に低空飛行する毒音符が迫る。

 しかし、ヌルオさんは決して魔法頼りの戦い方でこれまでやって来た訳ではない。

 片方の手で新たに布を生み出して、ステッキで瓦礫を迎撃しつつ、毒音符に対応する。

 テールコートを削り取る傷が見る間に増えていく。

 それでも大きな傷自体は付いていないのは流石としか言えなかった。

 

「手一杯に見えるけど、ここから駄目押しさせてもらうよ」

 

 上条は弓を縦に構える。

 一部の毒音符が蜜に誘われた虫のように群がると、灰色の巨大な剣へと変貌していく。

 

「これで仕留めてやる……『レッツト・ゼレナーデ』!」

 

 腐敗の音符で作り上げられた猛毒の剣が、鉄筋と毒音符の対応で追われるヌルオさんへ横()ぎで振るわれた。

 激しく続いていた音が一瞬、完全に消えた。

 だが、ヌルオさんはその攻撃を待っていたのだ。

 そうでなければ、説明が付かないほどの速攻。

 頭上を駆け抜ける死の剣を屈んで潜り抜け、鉄筋の雨を防ぐ傘へと変えた。

 落下物を相手の攻撃を利用して防ぎ切りつつ、毒音符は布で打ち消して進む。

 接近する速度を維持したまま、反対側の手で握っていたステッキを上条の顔へと伸ばした。

 狙うは顔を半分だけ覆う白い仮面。

 形勢は逆転――するはずだった。

 

「中、沢……お前が顔無し手品師の正体だったのか……?」

 

 驚愕した上条がその台詞を放った。

 いつも視界に移っていたシルクハットのツバがいつの間にか消えていた。

 俺の顔が、見られた……?

 一番尊敬できる友達に、俺の正体が知られた……?

 衝撃が俺の心に波紋のように広がった。

 狙いを付けていた黒いステッキの先端は上条の僅か手前で静止する。

 

「どうして、お前が……答えろよ! 中沢ぁ!」

 

 泣きそうな、怒りに満ちた顔で絶叫する上条に、俺はまともに考えることさえできなかった。

 違う……ごめん……そんな……俺は……嫌だ……違う……ごめん……。

 頭が真っ白になり、まとまらない思考の中で一つの単語だけが何度も拾われる。

 嫌わないでくれ。嫌わないでくれ。嫌わないでくれ。

 たった一人の友達に嫌われたら、俺は……。

 ぐちゃぐちゃに混乱した俺は、絶望的な気持ちでなりゆきを黙って見る以外になかった。

 

『……はは……あははっはははっははは』

 

 笑い声がぼんやりとした頭に聞こえた。

 笑っている? 誰が? この状況で?

 誰の声だ。でも、聞いたことある。

 この、ノイズが入り混じったような声音は確か――。

 気付けば、俺の意識が身体にしっかりと(かよ)っていた。

 

「……あれ? ど、どうして……俺の意識が」

 

『あーあ、それなりに利用できたけど、こんな雑魚じゃ、この程度が限界か……』

 

 呆然とする俺の後ろでノイズが入り混じったような声が聞こえ、上条の方へと蹴り飛ばされた。

 振り返った俺の目には、シルクハットを被った人型の影法師(シルエット)

 久しぶりに見るヌルオさんの本当の姿。

 

『適当に見繕った雑魚なら、頑張った方かな? でも、ゴミと一緒にくたばる気なんてさらさらないんでね』

 

 何を言われているのか、最初はまったく理解できなかった。

 雑魚? ゴミ? それって俺のことなのかよ、ヌルオさん……。

 悪態を吐くシルエットに、上条が激昂(げっこう)する。

 

「そうか……お前がっ、中沢を操っていた顔無し手品師の正体か!」

 

『だったらどうする? 雑魚の身体でも勝てそうなお兄さん。ああ、そうだ。今度は君の身体を使わせてよ。そこのゴミよりは有能そうだ』

 

「ふざけるなよ。消えてなくなれ!」

 

 怒りを込めた灰色の剣がシルエットへと逆袈裟(けさ)斬りに振るわれた。

 へたり込む俺の目の前で、防ごうとしたステッキごと斬りつけられた黒い身体がぐらりと揺れて、引き出しの足場から落ちていく。

 

「……え?」

 

 思考が追い付かない。

 何だ、これ……俺は何を見ているんだ。

 下にあるミュージックの床へと叩き付けられたシルエットは、這い(つくば)って黒ウサギに変身する。

 身体からポタポタと黒い液体を流しながら、開いた状態だった正面玄関の扉へと懸命に逃げていく。

 

「放っておいても終わりだろうけど。……黒羽根!」

 

 上条の一声で壁の上から黒いフードの黒羽根の魔法少女が一人降りてきた。

 片膝を突き、上条の前で(かしこ)まる。

 

「お呼びでしょうか、上条様」

 

「栄区に居る全黒羽根に伝達してくれ。手負いの顔無し手品師は黒いウサギに化けて逃走中。見つけ次第に狩れ、と」

 

「はっ……直ちに」

 

 即座に引き出しの足場から飛び降りた黒羽根の魔法少女は、耳に手を当てた。

 きっと念話をして、今の上条の言葉を送っているのだろう。

 それを眺めていた俺に上条はそっと屈んで手を差し伸べた。

 

「大丈夫かい。中沢。……大変な目に合っていたようだね。でも、もう平気だから」

 

 言葉と共に仮面が消え、灰色の気泡模様のタキシードが私服に変わる。

 だけど、優し気な表情と眼差しは見滝原で見ていたものと何も変わらない。

 

「……上条。俺……どうすればいいのか分からない」

 

 混乱する俺の言葉に上条は穏やかに頷いた。

 

「とりあえず、中沢の身体が心配だ。知り合いに詳しい人が居る。見てもらおう」

 

 そう言って彼は俺を担ぐように抱き起すと、引き出しの足場から降りて、記憶ミュージアムから連れ出された。

 何も考えられなかった。

 いや、何も考えたくなかった。

 俺は空っぽになっていた。

 

 

 ***

 

 

 ぼんやりした頭のまま、灰色のローブを脱いだ上条に連れられて新西区へと戻ってくる。

 何かを上条が話しているが、頭にまるで入って来なかった。

 半ば無意識に相槌を繰り返していた俺だったが、『神浜ミレナ座』という看板のある映画館のような廃墟に連れ込まれた頃には、どうにか思考がまとまってきていた。

 俺は守ってもらったのだ。

 あのまま戦闘が続いていれば、十中八九はヌルオさんの勝ちで終わっていただろう。

 だが、俺が上条に嫌われたくないという心情を()んでくれた彼は、わざと俺を無関係な一般人として見せるために、その身を犠牲にしてくれたのだ。

 魔力さえ融かす一撃を受け、記憶ミュージアムから逃げた彼は今、どうなっているのか分からない。

 俺のせいだ。

 この期に及んで俺が何の覚悟もしていなかったせいで、ヌルオさんが危機に陥っている。

 

「本当に大丈夫かい? 顔色が悪くなってるよ」

 

 俺の浮かない表情を体調のせいだと勘違いした上条は肩を貸して歩いてくれていた。

 

「……いや、大丈夫だから、そんな心配しなくていいって」

 

 中学一年生の時、スポーツ大会でやったドッチボールでも、ボールを顔面に受けて倒れた俺を保健室に連れて行ってくれたことを思い出す。

 本当に友達思いなのは変わらない。

 変わってしまったのは、きっとこいつの立場だ。

 

「こんにちは、上条です。みくもさん、今、手は空いています?」

 

 みたま。聞いたことのある名前だ。

 確か、家の近くの公園で出会った銀髪のポニーテールの変な人。

 

「忙しいわぁ。今、チーズケーキに山盛りのケチャップをかけてぇ、その上にカツオ節をふりかけてるのぉ」

 

 やはり見たことのあるその変人が、テーブルの上で食べ物で遊んでいた。

 上条はそれを見て、俺を傍にある一人掛けのソファに座らせる。

 

「つまり、暇なんですね。魔法少女ではないけど、ちょっとこいつ、観てやってもらえませんか?」

 

「あらあらぁ、上条君の彼氏ぃ? 初めまして、八雲みたまです」

 

 俺のことを初めてみるような顔で自己紹介してきた。

 何か理由があるのだろうかと思いながら、頭を下げて挨拶をする。

 

「えっと、中沢です……こんにちは。上条の友達です」

 

「見た感じ、特に何の変哲もない男の子だけど、私に何を観ろっていうのかしら?」

 

 俺も彼女の意見と同じだった。

 八雲さんは医者には見えない。本人も、調整屋とか言っていたが、俺の何を観てくれるというのだろう。

 しかし、上条は頑なに頭を下げて頼み込む。

 

「お願いします。こいつ、正体不明の何かに()りつかれていたんです。調整屋のみたまさんなら、ソウルジェムじゃなくても何か悪影響が残っているかぐらいは分かるはずです」

 

 テーブルの上に小さな黒いオブジェを二つ並べて置いた。

 それはグリーフシード。ヌルオさんが前に環さんに渡していたものとほぼ同じものだった。

 

「代金はこれで」

 

「……いいの? グリーフシードを掻き集めてるマギウスの翼の幹部が、そこまでの対価を払ってまですること?」

 

 俺にはグリーフシードの価値はよく分からない。

 だが、八雲さんの口ぶりから、これがとても貴重だということが伝わってくる。

 たかだか、俺のために上条はそれを差し出したのだということも。

 

「組織は関係ありません。僕は僕の友達を助けたいだけです」

 

 まっすぐに八雲さんを見つめ、上条はそう答えた。

 彼女は目を瞑って、一つ溜め息を吐く。

 

「分かったわ。引き受けましょう。向こうのパーテンションの裏に回ってくれる?」

 

 八雲さんはそう言って、俺に青い幾何学模様が浮かぶ壁の方へ行くよう指示を出した。

 それを見た上条は再び、頭を下げる。

 

「ありがとうございます。みたまさん」

 

「お礼はいいわぁ。報酬なら多すぎるくらいだもの。それより、調整屋は中立。マギウスの翼の方は早く出て行ってもらいたいわねぇ」

 

「中沢をよろしく頼みます」

 

 それだけ言い残した彼は、俺の肩を叩いて笑顔を見せた。

 

「こんな再会になってしまったけど、また会えてよかったよ。じゃあね」

 

「上条……」

 

 俺は何か言おうとしたが、彼に言うべき言葉が見つからなかった。

 去って行く彼の背中は何故だか、遠い存在に思えた。

 その後、八雲さんのいう通り、椅子に腰かける。深呼吸をさせられ、胸に手を数十秒触られた。

 

「……はい。おしまい。思った通り、何の影響も感じないわぁ。もう帰っていいわよ」

 

 あっさりと終わりを告げられたが、俺としては彼女に聞くべきことがあった。

 

「あの、何で俺のこと知らない振りしたんですか?」

 

 するとキョトンとした顔で彼女は首を傾げた。

 後を追うように銀色のポニーテールが揺れる。

 

「……? ひょっとして、どこかで会ったかしら?」

 

「えっ……公園で会いましたよね? 宝石見せてって言われて」

 

「ああ、あの時の面白いものを持っていた子ね。全然、気が付かなかったわぁ」

 

 あっけらかんとした態度で答える八雲に項垂(うなだ)れた。

 何のことはない。ただ俺を覚えていなかっただけの話だった。

 がっくりとして肩を落とした俺に、更に追い打ちをかけるように彼女は言う。

 

「ごめんなさいねぇ。私、興味のない人間の顔は覚えられなくて」

 

「あははは。そうですか……」

 

「他のお客さんが来るかもしれないから、早く帰ってもらえるかしらぁ」

 

 柔らかい雰囲気に反して、対応は塩辛い。

 悲しくなってきたが、あることに気付き、再度尋ねた。

 

「あの、お客さんって魔法少女ですか?」

 

「普通はそうねぇ。それがどうしたの?」

 

 魔法少女が客としてくるのなら、彼女たちが持つ情報がこの場所には舞い込むはずだ。

 それならば、あの後のヌルオさんの情報も入ってくるかもしれない。

 彼が身を(てい)して、俺との関係を隠し通してくれた以上はマギウスの翼の目がある栄区で探すことはできない。

 それでは彼の行為を無駄になってしまう。

 だが、この場所で情報を得ることは別だ。

 ヌルオさんにまた会えるかもしれない……。

 椅子から立ち上がると、大きく頭を下げて言い放つ。

 

「ここで働かせてください!」

 

「はい? 何言ってるの、あなた」

 

 語尾を伸ばすおっとり気味の口調も取れるほど、呆けたように聞き返される。

 それでも俺は、めげる訳にはいかなかった。

 

「ここで働きたいんです! お願いします!」

 

「……そんな台詞のあるアニメ映画が昔あったわねぇ。親が豚にされて湯屋で少女が働くファンタジーの」

 

 目を逸らし、遠い目で明後日の方角を向いた八雲さんに、俺は更に詰め寄って頼み込んだ。

 

「お願いします! 俺を調整屋で働かせてください!」

 

「困るわぁ。あなたは魔法少女どころか、女の子ですらないでしょう? そんな子に任せられることなんて……」

 

「何でもやります! やらせてください!」

 

 ここまで面と向かって強く自分の意見を押し通そうとするのは、生まれて初めてのことだった。

 拒絶されるのを恐れていた昔の俺では考えられない暴挙。

 それでも今の俺にできることはこれくらいしかないのだ。

 膝を突き、土下座をする。

 

「お願いします! 俺を調整屋で働かせてください! お願い、します……!」

 

 これでも駄目なら床だって舐める覚悟だ。

 

「…………本当に何でもやるのね?」

 

 顔を上げると真面目な表情で八雲さんがそう問いかけた。

 俺は満面の笑みを作って、頷いた。

 

「はい! 何でもやります!」

 

「よろしい。あなたを雇ってあげるわ」

 

「ありがとうございます!」

 

「でも、そのままの姿で働かせる訳にはいかないわね……」

 

 少し待っていてと言い残し、彼女は別の部屋に行く。

 五分くらいして戻ってきた八雲さんは、小脇に丸みのある大きなものと袋を抱えていた。

 

「あなたにはこれを着て、働いてもらうわ」

 

「え……あ、はい」

 

 着るように言われ、渡されたそれを持って別室で着替える。

 初めて身に(まと)うものだからうまく、着込むまで時間がかかった。

 八雲さんの元まで戻ると彼女は大きな姿見を用意して、俺にそれを向けた。

 鏡に反射する俺の姿は、コアラとタヌキとライオンを混ぜて三で割ったような顔の着ぐるみに包まれていた。

 

「これは……?」

 

 俺が尋ねると、八雲さんは笑顔で答える。

 

「ミレナ座で使われていたらしいマスコットキャラクターの着ぐるみよ。あなたはこれから、調整屋のマスコット兼助手になってもらうわ。名前は……そうね。“謎沢クン”とでもしておきましょうか」

 

「な、謎沢クン?」

 

「語尾は『~だナゾ』もしくは『ナッゾー』ね。性別は不明。分類不明の生き物という設定で行きましょう。じゃあ、やってみて」

 

「えっ、何をですか?」

 

 突発的な無茶ぶりに俺が聞き返すと、真顔になった彼女は言う。

 

「違うわ。今のあなたは中沢君じゃなく、謎沢クンでしょう? ほら、もう一度」

 

「な、何をだナゾ?」

 

「いい感じね。でも、まだ恥じらいがあるわ。もっと謎沢クンに成り切って」

 

 成り切っても何も、“謎沢クン”って何だよ……。

 だが、俺は言われた通り、恥じらいを捨て、ついでに人間としての尊厳も放り投げる。

 すべてはまたヌルオさんと再会するために。

 

「ナッゾー! 謎沢クンだナゾー! 調整屋さんのマスコットだナゾー! よろしくナッゾー!」

 

「素晴らしいわぁ。まさに謎沢クンって感じね。これからよろしくね。謎沢クンの時は私のことは“みたまお姉さん”で通して」

 

「嬉しいナゾー! みたまお姉さんの優しさに感謝感激ナゾー!」

 

 ――耐えてみせる。

 たとえ、変人の下でどれほど(はずかし)められようとも……。

 

「謎沢クン。あなたの大好物のカツオ節ケチャップチーズケーキよ」

 

「おいしいナゾー! もう一生これだけ食べていきたいナッゾー!」

 

 ヌルオさんの情報を知って、もう一度彼に会うためならば、俺は謎沢クンでも何でもやってみせる。

 着ぐるみの隙間から捻じ込まれた残飯を無理やり飲み込み、俺は心にそう誓った。




Q. 上条君は何で技名を叫ぶんですか? 頭マミさんなんですか?

A. 上条君の魔法は殺傷能力高すぎるので、技名を口にすることで普段暴発させないように精神的なスイッチとしています。決して頭マミさんではありません。



Q. 上条君強すぎませんか? 中沢君との差がエグくないですか?

A. 上条君はイケメンだから強いです。中沢君との差は正直エグいです。
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