抱き留めた腕の中で、いろはさんの身体が動いた。
支えていた重さが急に軽くなったと思えば、私を引き剥がすようにいろはさんが離れる。
「目を覚ましてくれたんですね! いろはさ──」
彼女の頭が大きく
首元にあった、留め具を兼ねたリボン型のブローチが黒一色に染め上がる。
黒く染まり切ったブローチの宝石が砕けて、散った。
そこから放たれる魔力の光が、一瞬にして膨れ上がり、巨大な形を作り上げていく。
鳥だった。
巨大な、瞳のないデフォルメされた鳥。あるいは大きな布地で作られたぬいぐるみの鳥。
黄色い無地と黒い水玉模様の布を
だけど、これは違う。絶対に違う。
似て非なる存在。
魔法少女の敵……──魔女だ。
「……あなたはいろはさん、なんですか?」
込み上げてくる絶望感をどうにか飲み込んで、震える声で尋ねる。
『irohajanai── demotashuketehaageru onegaisaretakara』
返ってきたのは奇怪な吹奏楽器のような音だけ。
開いた
赤茶けたシーツと包帯の混合物でできた翼は、白く濁った空へと飛翔した。
同じくして、尾羽のように垂れ下がっていた数十本の長い包帯が、突然独立した意思を持ったかのように伸び広がる。
地面に触れることなく、中空をうねり、突き進む赤茶の包帯は魔法少女と戦闘を続ける二体のN・ドッペル、そして、白く塗り固められていたななかさんたち魔法少女を容赦なく突き刺した。
「嘘っ……!?」
私はその場に崩れ落ちて、両膝を突く。顔を下げ、直視したくない現実から目を
間違えたんだ……。私は失敗したんだ……。
いろはさんは魔女になって、暴走。手当たり次第に攻撃している。
皆を救うつもりで、私は新たな敵を作り出してしまった。
…………
違和感が、放棄する一歩手前の悲観を
それなら、どうして一番近くに居た私がこうして無事なの? 戦っていた魔法少女たちは無視されて、二体のN・ドッペルを狙った理由は?
わざわざ動かない魔法少女だけを攻撃したのは何故?
顔を上げた先で、包帯に貫かれた二体のN・ドッペルの形が萎んでいる。
いや、そうじゃない。
シルエットが徐々に異形から、人型に……少女の姿へと戻っていく。
「もしかしてっ……」
視線をななかさんたちが居る観覧席へ向ける。
そこには──。
「どうやら、かごめさんはやり遂げてはくれたようですが……この包帯は」
「あれは……魔女!? 攻撃されてる……いえ、むしろ」
「一体何がどうなってんだよ……!?」
「っ!? それよりいろはの姿が見えないわ! いろはは!? あの子は無事なの?」
「……お姉、ちゃん?」
身体を固められていた魔法少女の皆さんの元通りの姿があった。
胸の辺りに包帯が刺さったままだけど、全員無事だ!
皆さん、元に戻ってる!
「ふっざけるなぁぁっ!」
そんな安堵の感情を、激しい怒号が掻き消した。
険しく歪ませた顔を鳥の魔女へと向けた『悲憤のアルベド』が、怒りに満ちた声を叫ぶ。
「魔女の分際で、僕の魔法少女たちへの救済を邪魔するんじゃない!」
小さな丘くらいはあるだろう巨大な三角錐は、鳥の魔女を融かし崩そうと中空へと直進する。
「跡形もなく、消えてなくなれぇ!」
規模が違う……。
こんなの、どうやっても防げない!
でも、今、この魔女が倒されたら、今度こそ皆を助ける手段がなくなってしまう……。
「チッ。こいつはとっおきだったんだがな……」
逆沢さんは舌打ちをして、握っていた最後のトンファーを中へ放り投げた。
黒い車輪のように激しく回転してながら、三角錐を追い越す。
回っていたトンファーはいつの間にかシルクハットに形を変えていた。
「──『
シルクハットの内側から止めどなく、大量のコインが流れ出す。
金貨の洪水はあらゆるものを押し流し、無に帰す否定の魔法の奔流。
いつだって、逆沢さんを勝利に導いてきた必殺の技。
「消えてなくなんのは……オメーの方だっ!」
コインの嵐は巨大な氷柱へと降り注ぎ、その体積を削り取っていく。
まるで滝に打たれた岩が削れていく様を早回しで見ているようだった。
それでも白い三角錐は速度を緩めることなく、上へ上へと標的を目指して進み続ける。
一欠片でも残っていれば、『融合』の魔法は鳥の魔女を融かし崩してしまうだろう。
あれはそういう、残酷な魔法だ。
──お願い……間に合って!
なおも直進し続けた三角錐は黄金の雨に打たれて、目に見えて縮み、鳥の魔女に届く寸前に消えてなくなる。
膨大な魔力の衝突は行方は……逆沢さんの勝ちだ!
緊張から解き放たれ、私は自分の口元が
「逆沢さんっ!」
顔を動かした先にあった光景は、その感情に冷や水を浴びせるものだった。
逆沢さんの胸が貫かれていた。
「えっ、ぁあ……」
突き立てられていたのは、腕。
黒い手袋と、白い袖。
「……最初から僕の狙いはお前だった。お前さえ居なくなれば、魔法少女たちに抵抗する
罠、だった。
今までの流れは、捉えきれない逆沢さんから武器を取り上げ、動きを止めるための罠でしかなかった。
さっきの怒声も、あの魔力の氷柱も、全部……。
皆みんな、逆沢さんにトドメを刺すための演技。
「……そ、そりゃあ、奇遇だな。俺サマもだぜ?」
この状況で、その状態で、未だなお彼は笑ってみせた。
『悲憤のアルベド』は汚い物でも見るように目を細める。
「負け惜しみもそこまで来ると、ただただ惨めだね。僕はお前の
「いや何だぁ、確かにもう武器一つ作る魔力は残ってなけりゃ、身体を動かす余力もねー……。でも、大丈夫だろ? なんせオメーの方から
ニタリと
それを見て、『悲憤のアルベド』が血相を変える。
「お前……! まさか」
「遅ぇよ! ──『コネクト』ォ!!」
二人の身体が光を放つ。
世界から音が消えて、視界が霞んだ。
私の目から、景色が色を失って…………。
最後の一瞬。
逆沢さんが私に向けて微笑んだ。
口の動きだけがスローモーションのようにゆっくりと見えた。
『あ い し て ん ぜ 』
無音の中で、その言葉だけが確かに私の心に届いた。