初めて自意識が芽生えた時のことは、しっかり覚えてる。
感じたのはそうだな? 絶望ってヤツだ。
ガキの頃に好きだったテレビCMから、今日の昼に食った弁当のオカズのことまで忘れちゃいねぇ。
『中沢アキラ』がどういう風に育って、どういう風に考えて、どういう風に生きてきたのかまで全部知ってる。全部だ。
当然、ヌルオさんと共に戦っていた時のことだって脳裏にくっきり焼き付いている。
それが、全て“偽物にされちまった”。
分かるか?
大事な宝物が、自分じゃねー誰かの借り物だって気付かされる気持ちがよ。
願いも、約束も、決意も、信念も全部。何から何まで俺サマのモンじゃねぇんだ。
本物の『中沢アキラ』に出会った時、ソイツが一気に殺意になって噴き出した。
考えてもみろよ。
ついさっきまで居たはずの居場所を、何も知らない顔で当たり前みたいに居座ってるもう一人の自分を見る気分を。
最悪なんて言葉じゃ、到底表せねぇ。
殺して、殺して、ぶっ殺して、それでも殺し足りねーってくらいの気分だ。
おまけに、ソイツは自分より弱くて、情けなくて、守ってやんなきゃいけないヤツらに庇われて、メソメソ被害者面してやがる。
どこまでふざけてやがんだよ。
……なあ! 俺サマはオメーに言ってんだぜ! 聞こえてんだろ、中沢ァー!!
「無駄だよ。アレはもうどこにも居ない。綺麗さっぱり融け落ちた」
辛気臭い暗闇の中で叫ぶ俺サマに、別の声が答えてくる。
白く濁った仮面が、闇から這い出るように現れた。
暗黒が際限なく続く空間に、浮かぶ唯一の白。
「オメーが本体か」
「本体? 何を言ってるんだ。この空間全てが僕そのものなんだよ。
そう言うとヤツは、闇の中に無数の仮面を浮かび上がらせた。
びっしりと敷き詰められた仮面は、船底に張り付いたフジツボか、倉庫の壁に生えたカビのように隙間なく密集していた。
どれも寸分違わず、同じ形と同じ波長の魔力を垂れ流してやがる。
ハッタリじゃあねー。この空間……中沢アキラの精神と完全に融合している。
「無駄な足掻きだったね。内側に入って来た時点で、融けて僕の一部になるだけさ」
「そうかよ。ほんじゃ、無駄ついでにちょいと世間話でもしようぜ」
「……時間稼ぎか?」
「何のだよ。こっから、何が起きるって? 魔法少女共が力を合わせたところで、何かできるか? それともアレか? あの魔女が魔法でオメーを巻き戻しちまうってか?」
仮面は少し考えてるのか数秒黙り込んだ後、答える。
「無理だね。否定の魔法があった君と違って、魔法が接触した時点であの魔女は融けて消える」
「だろ? それに精神空間じゃ、現実と時間の流れが違うはずだ。違うか?」
「……そうだね。この場所では時間の概念もない。いいよ。
「そう来なくちゃな。んじゃ単刀直入で聞かせてもらうけどよ、オメーは何がやりてーんだ?」
仮面は何を今更とでも言うように、小馬鹿にするような口調で言った。
「魔法少女の死による解放。それだけが僕の行動原理だよ」
「そりゃ、“銀羽根のウワサ”としての性質だろ? 人間でいう空腹とか、睡眠とかそういうレベルの逆らえねー本能だ。俺サマが聞きたいのはオメー自身の望みの話だよ」
余裕をこいてやがった仮面が、そこで
「僕自身の、願い? ……そんなもの、ウワサにある訳──」
「あるだろ。少なくともオメーは知ってるはずだぜ?」
アイ。
“ひとりぼっちの最果てのウワサ”と呼ばれたアイツは、人間を取り込むことより、初めてできた友達の幸せを願って消えた。
桜子。
“万年桜のウワサ”もそうだ。一緒に居たいって思いながらも、自分の存在が害になるかもしれねーからと否定の魔法で消されることを選ぼうとした。
自意識があるウワサは、ウワサとしての性質を無視してまで叶えたい望みがあった。
ヌルオさんも、俺サマも元は焼き付いた記憶の残滓に過ぎねぇ。
だが、それでもやりてー望みも、自分の存在より大事なモンを持ってた。
「オメーにだってあるはずだぜ。ほれ、言え。言っちまえよ」
「僕は……魔法少女たちを解放してあげたいだけだ。それ以外に何もない」
「んじゃ、どうして解放してやりてーんだ?」
堂々巡りになりそうだったから話の流れを変えて、掘り下げる方向に行ってみる。
すると、仮面はまた口が軽くなったみたいで続けた。
「それは、魔法少女たちを幸せにしてあげたいからに決まってるだろう」
「だがよ、嫌がられてんじゃん、オメー。ここに居るヤツらは、別に死にたかないってよ」
「それは死に対する恐怖があるからだよ。魔女になって生きる方がずっと辛いのに。それを考えないようにしてるからだ。……そんな生き方をして、苦しむことになるのは彼女たちなのに」
その台詞に偽りはねぇ。
そう思ってるのが伝わって来た。
「でも、実際どーよ? 嫌になって来たんじゃねーか? 親切心を
「感謝が欲しくてやってることじゃない。だけど……」
急に黙りこくった仮面。
やっぱ、上条とは違う。アイツは義務感と責任感で押し潰されそうになって、その手段が殺戮しかないって諦めて選んだ。
コイツの場合はそうじゃねぇ。
上条の再来を願って、それでも上条本人には無関係でいてほしいって思った、黒羽根共の無意識のわがまま。
魔法少女の自殺のために望まれて、魔法少女の自殺のために生み出されたウワサ。
願われて、望まれて、やる気満々で来たら、拒絶される。
だったらよ。
「
「……労いの言葉。考えたこともなかった。言われたら、嬉しいのかな?」
「まあ、言われてムカつきはしねーだろうな。俺サマはやりてーことしかしないから、やらなきゃならねーこと続けてるヤツの気持ちなんざ分からねぇがな!」
やりたい放題やってるなら、労いも感謝も必要ねぇ。
それだけで満足できる。自分一人で完結できてる。
コイツらは多分それができないから、魔法少女に取り憑くんだろう。
まさらん時みたく、ソウルジェムに混じり合って、感情を受け取ってもらう
それが魔法も使えん一般人のカスに取り憑いたせいで、目算が狂った訳だ。
だとしたら傑作じゃねーか。カーカッカッカ。
「望み、あったかもしれない……」
「お、何だ。言ってみ?」
面白がって俺サマは続きを促した。
「魔法少女に認めてほしかった。頑張ったねって、大変だったねって、そんなありきたりの言葉でいいから、存在を認めて、許して欲しかった……」
魔法少女の天敵の願いは、生まれた経緯から考えれば至極当然で、絶対に手に入れられないものだった。
殺戮者だから必要なもので、殺戮者だから与えられないもの。
それを聞いて、俺サマは言ってやった。
「そりゃ、無理な要求だわ」
「そんなこと、お前に言われなくたって──!」
「でも、良いじゃねーか」
「……は?」
「叶うか叶わないかなんざ、関係ねーよ。オメーの願いはオメーだけの宝物だ。他人が貼り付けた値札も、評価もべらぼーに必要ねぇ」
やりてー望みがあって、ソイツが欲しくて
それで良い。
それで良いじゃねーか。
「俺サマの望みはな、好きな女と一緒にこれからも生きていくことだ。色んなこと行ってよ、色んなモン見るワケだ。俺サマが突拍子もないことやって、アイツがそれを止めにかかる。そんな楽しい毎日がずっと続く日常が望みなんだよ」
「それは……もう叶わない望みだな。お前は消える」
「だから何だよ。望みは望みだ。願いが叶わなくたって、それがどうしたよ。そう望んだ俺サマは、ここに居た。そう願った俺サマは、ここに確かに居たんだ。その事実は消えねぇ。消されようが、融かされようがなかったことにはならねーだろうがよ!」
俺サマは仮面に
「何をする気かと思えば……」
「だからな。オメーも良い加減、そんなとこで引きこもってんじゃっ、ねーぞぉ! 中沢ァー!!」
思い切り、貼り付いていた仮面を引き剥がした。
鏡かって思うくらい、似た面構えの顔がそこにあった。
「よう。カス野郎……! どうにも、これが最後の力ってのだ。残りは……オメーがやれ。『中沢アキラ』!」
「何を言って、いる……? 僕は……ぼくは……」
意識が消える、その最後まで俺サマは目を逸さなかった。
だから、見えた。
心底ムカつくカス野郎が、真っ暗闇を振り払って飛び出す姿を。
本当に、どこまでもカスなヤツだぜ。
ようやく、オメーの心の形が分かったか。
遅ぇーよ。俺サマがアイツの望みを聞き出さなかったら、自他の境界まで分からなくなってたろ?
だが、心の形が分かりゃあ、意識の境目が分かりゃあ、切り離せる。
それが、俺サマたちが持つ──『否定の魔法』。
『