……失敗しちゃったなぁ。
もう少しでうまく行くと思ったのに。
あと、ほんのちょっとで銀羽根のウワサの“カケラ”を手に入れられるはずだった。
だけど、まさか暗示をかけた“お人形”がカケラに取り込まれて、暴走するなんて予想外が起きた。
カケラは魔法少女にしか取り憑かないと思ってたけど、違ったのかもしれない。
何にせよ、あれが神浜に眠る
所在不明のカケラは、恐らくもう確実に誰かの手に渡っている。
考えれば考えるほど込み上げてくる怒りを、私は不甲斐ない協力者たちへぶつける。
「それもこれもあなたたちが、役立たずのせいよ! せっかく、魔女の結界の出入り口を繋げて連れて来てあげたっていうのに、神浜市まで来てやることがネズミみたいに人目を避けてコソコソ隠れるだけ? 本当にガッカリよ!」
「言ってくれるわねぇ。仕方ないでしょう? まさか出口があんな山の中なんて聞いてなかったわぁ」
灰色の髪に一本の黒い角を生やした魔法少女が、周りに居る手下の子たちに指示を出しながら答える。
「私たちは文明人よぉ? 原始人よろしく森の中で一から拠点作りなんて土台無理な話よぉ。だから、こうして目の届かない地区に活動拠点を作る必要があった。この説明でお分かりなるかしらぁ、水も食料も不要な魔女さぁん?」
下手に出る雰囲気すら見せず、嫌味で返してくる。
消え入りそうな語尾との相乗効果で、かなり不愉快。
……電車で来たらどれだけお金かかると思ってるのかしら。
まあ、鏡屋敷を経由する方法もあったけど、こんな無作法な子たちを
とはいえ、使われなくなった鉄道の車両基地なんて隠れ場所を、
いくら神浜がこの手の処分されずに放置されてる施設が多いと言っても、大人数で潜める場所は限られてる。
内心で褒めてあげていたのに、結菜ちゃんの反論は続いていた。
「加えて、『顔無し手品師』……逆沢って言ったかしらぁ。あんな面倒なのが居るのなら、神浜の魔法少女へ襲撃どころの話じゃないわねぇ。神浜の魔法少女へ復讐できるなら玉砕する気はあるけれど、無関係な部外者との戦闘にまで命を張る理由はないわぁ」
やらないことの言い訳探し?
なっさけなーい。街を荒らし回ってくれれば、私がもっと安全に動けるっていうのにさ。
「別に結菜ちゃんが自分でやらなくても、ほら義理の妹ちゃんたちや手下を効率的に使えばいいんじゃない? 手駒は沢山居るでしょ?」
私が何の気なしにそうアドバイスを送ると、こっちに顔も向けていなかった結菜ちゃんが振り向いた。
初めて彼女と目が合う。
いつものくたびれた瞳とは違う、圧縮された感情が破裂寸前まで膨らんだ眼差し。
開いた瞳孔が食い入るように私を捉えて離さない。
「……っ!?」
「
……なんて圧力してるの。
気迫に押されて、私は半ば逃げるように視線を
けれど、結菜ちゃんの行動に呼応するように、今までそれぞれ作業や会話をしていた魔法少女たちが手を止め、一斉に私を
まるで彼女の感情は、全員の総意だとでも言ってるかのよう。
これが『プロミスド・ブラッド』。
これが『二木市の憎悪』。
……何よ、それ。
向けられた大量の怒りの目が、かえって私の心を
まともな魔法少女でもない癖に、固い絆や強い仲間意識で繋がっているって……そう言いたいの?
血で汚れている癖に。
憎しみで歪んでいる癖に。
まだそんな温かくて、綺麗なものを持ってるなんて──気に入らない。
「手駒よ。ここに居る皆。──私のね!」
全員が私を注視している今なら、確実にやれる。
『哀憐のニグレド』の魔力を吸収した私なら、暗示の魔法で結菜ちゃん含め、全員お人形にするくらい造作もない。
瞳を通して、私の魔力で……。
「ひかる軍団! 防陣っす!」
魔法を使用する寸前、床から這い出すように生まれた使い魔の群れが、私の視界を遮る。
使い魔を作り出す魔法……! これはひかるちゃんの魔法ね。
でも、それならひかるちゃんの使い魔を暗示で操るだけのこと!
無数の中世代の兵隊風の格好の使い魔たちは、瞬時に私の支配下に置かれる。
「使い魔ごとウェルダンにしてやるよ!」
遮蔽になっていた使い魔が、その声と共に真っ赤な炎に呑み込まれた。
樹里ちゃんの魔法……!
燃える使い魔が邪魔で引き続き、射線は塞がった状態だ。
拠点が燃やすつもりなの!? ……ううん、違うわね。
炎は使い魔だけが燃えるように範囲を絞って放たれた。そのおかげで威力が足らずに、私まで炎が届いてない。
これはチャンスね。
このまま炎が使い魔を焼き尽くす前に姿を隠して、不意打ちで一人ずつ暗示の魔法を掛けていく。
仲間からの攻撃に
あなたたちがいう自慢の固い絆を逆に利用してあげるわ。
炎の位置を沿うように移動しようとしたその時、炎のカーテンに影が浮かんだ。
「……まさかっ!?」
あり得ない予想は一瞬にして現実となる。
炎を突き破り、飛び出してきたのは短剣を逆手に握った魔法少女。
この子は……さくやちゃん!? この子は加速する固有魔法を持っていた。力技で炎のカーテンを破って来るなんて。
でも、視線は合っている。暗示の魔法で操ってしまえば、こっちのもの。
視線を通して、さくやちゃんに止まるよう暗示を掛けた。
「……!?」
短剣を握ったまま、彼女の接近は止まらない。
魔法は掛かっているはずなのにどうして……!?
さくやちゃんが抜けた穴から両手の指先を虚空に向けて動かす魔法少女が見えた。
プロミスド・ブラッド、三女のアオちゃん。
彼女が持つ魔法は、仲間の身体を借りての遠隔操作……!
対策を練られていた。
そう理解した時には、短剣の刃は私を切り裂く。
致命傷というほど深くはない。けれど、戦闘を続けられるほど浅くはないダメージ。
使い魔を燃やしていた炎が消え、その先には結菜ちゃんを中心に魔法少女たちが並んでいた。
「どうかしらぁ、私の仲間の実力はぁ? あなたを無力化するには充分過ぎるでしょう?」
彼女の蔑む眼差しが、どっちが上かを明確に表していた。
あの連携……。とっさの思い付きとは思えない。
私が魔法を使おうとした場合をあらかじめ想定していたのね……。
「結菜さん。こいつは危険っすよ。このまま始末してもいいっすか?」
「そうねぇ。神浜に恨みを持つ者同士、仲良くなっていけたらって考えてたけど、こういうことされちゃうんじゃ、仕方ないわよねぇ?」
ひかるちゃんの意見に、結菜ちゃんが賛同する。
……ああ、そうか。この連携も、神浜への襲撃を止めてまで物資の運搬していたのも、すべて私を切り捨てるための下準備。
私は彼女たちにとって、とっくに用済みだったってことね……。
「最後に言い残したいことはあるかしらぁ?」
出し抜こうとして、出し抜かれただけ。仲間意識なんて、私の方にもなかった。
私の友達は最初から帆奈だけ。
アリナちゃんも、結菜ちゃんたちも、ただ利用しようとしてただけ。
帆奈を失ったあの日から、私は……。
『みことさん』
『オイ、みこと』
何で、今更、あの二人が浮かぶの?
決別して、見捨てたはずの二人が……。
動揺している私を、どうでも良さそうな目で見ていた結菜ちゃんは再び口を開く。
「何もないなら、ここでお別れねぇ」
彼女が金棒を魔力で作り、振り上げた。
私が、ここで倒される……?
神浜の滅亡も成し遂げてないのに……。
……終わりだっていうの?
「それは困るんよ」
振り上げられた金棒を、糸のような何かが巻き付いて固定している。
あれはヨーヨー!
この武器を使う魔法少女は……。
「……一体何のつもりかしらぁ。うらら」
結菜ちゃんが振り向いた先には、金棒へ巻かれたヨーヨーの紐を持つ、緑色のセーラー服姿の魔法少女が居た。
プロミスド・ブラッドでは新参だが、積極的にメンバーのために頑張っていた子だ。
「その魔女の半身、ウチらの計画にはまだ必要なのん。だから、ここで潰されるのは困るんよ」
計画?
一体どういうこと?
疑問を浮かべた私は、状況を静観することに決めた。
「
探るような目付きでうららちゃんを見る結菜ちゃん。
「こいつはたまげたな。まさか、樹里サマたちのこんな近くに裏切り者が居たなんてよ。まあ、後は身体に聞いてやるよ」
交戦的に歯を見せて笑う樹里ちゃん。
他のメンバーもまとめて、うららちゃんに武器を構える。
多勢に無勢。明らかにピンチなのに、余裕の雰囲気を崩さないうららちゃん。
「こんなに早く使うとは思ってなかったんよ。でも、“教授”からもらった力の試運転にはちょうどいいのん」
うららちゃんが右腰に付いていたソウルジェムへ触れる。
松葉色をした、真ん中で半分に分かれた円状の宝石が妖しい光を放った。
「──『ユナイト』」
呟きと共に魔力でできた赤い糸がうららちゃんの全身を包み込む。
彼女の姿は、瞬く間に真っ赤な繭のような形状に変わった。
「何をしようが関係ねー。ウェルダンに仕上げてやるよ!」
樹里ちゃんが火炎放射器から炎を噴射する。
赤い繭が同じく深紅の炎に覆われ、轟轟と燃え盛った。
「ハッ、火加減が強過ぎたか? ……ッ!」
燃える繭に亀裂が入り、そこから長く巨大な二本の腕が飛び出す。
袖から金色や銀色、白と黒のストライプのタッセルがだらりと生やした腕は繭を炎ごと引き裂くと、その巨体を外へ
両目は三日月を
「魔女……!?」
『違うのん。これは教授からもらった力なんよ』
うららちゃんの声が魔力を伴って反響する。
知ってる、これは……“銀羽根のウワサ”の力、『ドッペル融合体』。
『それでは公演の始まり始まりー! 二パー!!』
楽しそうな声が響き渡る。
そこから始まったのは、戦闘とも呼べないワンサイドゲームだった。
あれだけの連携をしていた彼女たちは有象無象のように蹴散らされ、叩きのめされていく。
床に転がるプロミスド・ブラッドのメンバーは死んではいないものの、ダメージが大きく立ち上がることもできない様子だった。
『うーん。やりすぎちゃったんよー。この力、手加減が難しいのん』
かなりの反撃を受けたはずのうららちゃんは、多少傷らしきものが表面に残っているだけで余裕を保っている。
彼女は私に近付くと、背中を曲げて、目が隠れた頭部をヌッと突き出した。
『それじゃ、一緒に来てもらうんよ』
試さなくても分かる。暗示の魔法はこの状態の魔法少女には効かない。
だからこそ、無防備に私へ顔を向けている。
私に拒否権はなかった。
「いいよ、連れて行って。その“教授”って人が居るところに」
間違いなく、その人物が所在不明だった“銀羽根のウワサ”のカケラを持っている。
何が目的なのかは分からないけれど、私には他に行く当てもない。
せめて、その人が神浜の滅びを目的としてくれるのならいいんだけど……。