これは正しい人たちのための物語じゃない。
これは魔法少女のために紡がれた物語じゃない。
きっと全部間違っていて、きっと全部削除されるべき物語。
全てを記すというのなら、自分の醜い感情も隠さず残すべきだろう。
私は知らなかった。
大切な人を喪っても、当たり前の顔をした毎日が続く残酷さを。
何の罪もない人たちの笑い声が、こんなにも耳障りに聴こえる気持ちを。
この街が壊れてしまえばいいと思った時、初めてあの人の心に触れた気がした。
***
「いやー。頑張りましたね、かごめさん! 随分長い回り道。でも、終わってみれば、これが本当の近道だったかもなんて思えて来るから不思議です」
嬉しそうなまばゆさんの声がして、私はハッと気付く。
ここは夢の世界だ。私はまたまばゆさんに導かれて、夢の中に連れて来られたみたいだ。
辺りを見渡すと、前までより小ぢんまりとした部屋。
所狭しと並んでいるのは、DVDのケース。
黒いローテーブルには細長いチーズに鱈の切り身が付いたおつまみ。それと結露している缶のコーラが置かれていた。
いつの間にか、私は一人掛けのソファに座っている。
そのすぐ近くにはクッションを敷いたまばゆさんが、上機嫌で手に持ったコーラのプルタブを開いていた。
「まばゆさん。これは一体……?」
「今日はお祝いです! なので、かごめさんを私の部屋にお招きしました。さあさあ、狭いとこですが、
キラキラした目で机にあるコーラの缶を見つめた。
期待するような眼差しから、私も開けるのを待っているみたいだ。
手に持って、プシュッとプルタブを開いた。
「それじゃ、乾杯しましょうか!」
「え。あ、はい。じゃあ……」
缶同士を中身が溢れない程度に軽くトンと突き合わせる。
「かんぱーい!」
「……かんばーい」
まばゆさんのテンションに着いていけないまま、私は乾杯してコーラをほんの少しだけ傾けた。
下の先でシュワシュワと炭酸が弾け、香辛料にも似た風味と甘味が口内を
あまり好みではない味だけど、夢の中でも味が再現されていることに驚く。
そんな私とは対照的に、まばゆさんは両目を
「くー! ああ、これですよ。これ。この、一仕事終えた後のコーラ! 効きますねぇ〜、かごめさん!」
「あ、はい……」
同意してはみるものの、缶を片手に震えるほど感動しているまばゆさんの気持ちはちょっと分からない。
コーラの余韻に感激していた彼女は、満足し終えたのか表情を戻した。
「当初の
「…………」
「あれ? てっきり、もっと嬉しそうにしてくれると思ったんですけど……どうかしたされました? ひょっとして、何か不安だったりします?」
言葉を返さない私に、まばゆさんは困ったように眉を寄せる。
……分からない。
「まばゆさん」
「は、はい。何でしょうか?」
私には、分からなくなってしまった。
どうしてなのか、もう理解ができない。
「何で、──滅亡の未来を変えなくちゃいけないんでしたっけ?」
「えっ……?」
戸惑いと混乱が入り混じった表情で、まばゆさんが私を見つめている。
それは私の言葉への反応なのか、今私が浮かべている顔への反応なのか、判別が付かない。
逆沢さんを失った時から、私の胸にはぽっかりと穴が空いた。
その穴は次第に大きく、深く広がって、私に
──モウ、イナイ……。モウ、アエナイ……。
彼が居ない現実を四六時中、突き付けてくる。
その度に思う。
この神浜に価値なんて本当にあるんだろうか……?
そう感じてならない。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! かごめさん、あなた、冷静じゃないですよっ!?」
慌てたせいか、まばゆさんは上擦った声で早口に言葉を
「もっとよく考えてみてください。コピーの中沢君が消滅したくらいで、急にそんなことを……あ! いやっ、今のは言葉の
とっさに口を突いて出た発言。それを誤魔化すように言い訳を連ねる。
それに対して、私は落ち着いて答えた。
「だから、ですよ」
「かごめ、さん……」
「逆沢さんはコピーで、消えたところで何の影響もない存在……。それどころか、存在していなかった方が正しい……。誰も彼の命を惜しまない。誰も彼の死を悼まない」
だから、私には分からなくなった。
彼が消えたことを、居なくなってしまったことを、正しいことだと受け入れるこの街の価値が。
この街で生きる魔法少女たちの命の価値が。
「まばゆさん。逆沢さんの存在を肯定してくれなかった神浜市を、私は肯定できそうにありません……」
「かごめさん、考え直してください! あなたがしなければ、本当に神浜は滅びて──…………」
音が遠ざかる。
色が霞む。
景色が
明度が下がり、真っ暗になった後、緩やかに光を感じた。
目覚まし時計がアラームを鳴らす前に、私はベッドから起き上がる。
また今日が始まる。
大切な心の一部を失っても、世界はそれを物ともしない。
傷跡さえ忘れてしまったように、日常は
トンと小さく、椅子に何かが飛び乗る。
私はそれが何だか知っていた。
「キュゥべえ……」
『おはよう、かごめ。よく眠れたかい?』
ぬいぐるみの猫にも似た白いマスコットは、私に尋ねてくる。
『そろそろ願い事は決まったかい? もし決まったのなら──ボクと契約して、魔法少女になってよ』
赤いガラス玉みたいな無機質な瞳で私を見つめていた。