ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第三十三話『かごめと喪失の痛み』③

「……神様は私たちを見てるのに、何にもしてくれないんですね」

 

「あれに期待するのは無駄や。私かて、ホンマに神さまなんぞ居るんやったら、一発ぶん殴ってやらんと気が済まんて思とった。けど……『アレ』は(ちゃ)う。管理も制御もせーへん。ただ外側から観測しとるだけや」

 

 運転席に座るリヴィアさんはそう語る。

 フロントガラスの先を見据える横顔からは、彼女の真意は読み取れない。

 でも、何故か私には、リヴィアさんがとても怒っているように感じられた。

 音もなく静かに燃え続ける炎。広がることも、弱まることもなく一定の大きさで灯された静寂の篝火。

 彼女がそんな風に思えてならなかった。

 

「着いたで」

 

 その言葉で、私は助手席の窓から外を見る。

 車輌が停車したのは、“神浜水族館”と銘打たれたアーチ型の野外看板の前。

 ここに鏡の魔女が連れ去られた場所。

 シートベルトを外し、助手席から降りて、車のドアを閉める。

 

「送ってくださって、ありがとうございます」

 

「ちょ、ちょい待ちぃや。アンタまさか一人で行くつもりなん?」

 

 お礼を言ってから水族館の敷地へ入ろうとすると、リヴィアさんに慌てた様子で呼び止められた。

 

「え、はい……。そのつもりですけど」

 

「確実に死ぬわ。それが分からんほど世間知らずやないやろ? それとも、逆か? かごめちゃんは……死にたいん?」

 

 本心を探るようなリヴィアさんの言葉に、私は首を横へ振る。

 別に死ぬつもりはない。

 ただ私は知りたいだけだ。

 

「そういう訳じゃないです。でも、もしそうなったとしても構いません。私はやりたいことをやりたいようにやってるだけ、ですから」

 

「肝が据わってるっちゅうより、自棄(ヤケ)になってるように見えるけどな。まあ、ええわ。ほんなら、私もやりたいようにやってええな?」

 

「はい。それはもちろん」

 

 私が答えると、運転席からリヴィアさんが降りる。

 それから、トレーラーの方へ回って、側面に付いた扉をノックした。どうやら荷台部分がトレーラーハウスのようになっているみたいだ。

 すぐに扉が開き、トレーラーの中から、ノースリーブの燕尾服を着たショートカットの女の子が顔を出す。

 

「お呼びですか、先生。まだお客様の調整の途中なのですが……おや?」

 

 私の姿を認めると、彼女は恭しくお辞儀をして挨拶をしてくれた。

 

「初めまして、篠目(ささめ)ヨヅルと申します。先生……リヴィアさんに師事されて調整屋をしている者です」

 

「あ、私は佐鳥かごめです」

 

「存じております。一般人でありながら、鏡の魔女の使い魔と行動を共にしていた奇特な人物だと」

 

「奇特……。そう、ですね」

 

 礼儀正しいものの、ヨヅルさんははっきりと物を言う人らしい。

 私が逆沢さんと一緒に行動していたことを知っているってことは、少し前から目を付けられていたみたいだ。

 でも、リヴィアさんは私がみたまさんと知り合ったことを知らないようだったし、ずっと監視されていた訳ではないのかな?

 

「私はちょっとこの子と出てく。ヨヅル、アンタは月出里(すだち)と一緒に引き続きお客さんの調整しながら待機や」

 

 月出里(すだち)。知らない名前だ。

 リヴィアさんの話ぶりからしてもう一人調整屋をしている魔法少女のことだろう。

 でも、お客さんを乗せたままなのに、こんな場所まで連れて来てしまっていいんだろうか。

 その疑問が顔に出ていたらしく、リヴィアさんが答えてくれる。

 

「客言うても、ちゃんとした取引相手やないねん。どっちかっちゅうと、こっちが手を貸してるっちゅうか、先行投資みたいなモンや」

 

「だとしても、いきなりこんな場所に連れて来られて困るんじゃないですか?」

 

「そら起きたらビックリするかもしれへんけど、多分平気やろ」

 

 起きたら……?

 ソウルジェムを調整してる間って意識がなくなるの?

 内容についてはよく分からないけど、スタッフが二人も残っているなら大丈夫なのかもしれない。

 部外者の私が仕事についてあまり口を出すのも良くない気がする。

 

「分かりました。なら、行きます?」

 

「そやなぁ。って訳で、私らは行くわ。何かあったら念話で連絡する」

 

 ヨヅルさんはリヴィアさんの言葉に頷き、私たちにまた一礼する。

 

「承知しました。それではお二人ともご武運を」

 

 彼女に見送られ、私たちはアーチを潜って敷地内へ入る。

 静まり返った中には活気はなく、一定の間隔で置かれているポール灯にも明かりはない。

 この水族館も神浜市にいくつか残っている、取り壊されずに放置された施設なんだろうか。

 月明かりだけを頼りに歩いていくと、水族館の正面玄関へ辿り着いた。

 入り口は打ち付けられた木製の板で封鎖され、簡単には中へ入れそうにない。

 リヴィアさんがしげしげとそれを眺め、調査する。

 

「最近、剥がされた形跡はなし。板も日に焼けて変色しとる」

 

「破れますか?」

 

「かごめちゃんは見かけに寄らず、発想が物騒やなぁ」

 

「うっ……」

 

 逆沢さんの背中を見てきたせいで、障害物は破壊して進む思考が私の中にも根付いていたみたいだ。

 あの人なら迷いなく、板ごと入り口を突き破って強引に侵入していただろう。

 

「そやなくて、私が言いたいんは、ここが入り口に使われてへんって事や」

 

「じゃあ、別の入り口があるってことですか?」

 

「そういう事。裏回ってみよか。最近、魔法少女が通った後なら魔力の痕跡が残っとるはずやしな」

 

 促されて、私たちは水族館の裏手へ回り込む。

 力任せの正面突破しか見てこなかったから、こういう探索は新鮮に感じる。何だか探偵にでもなった気分だ。

 館の裏側には、“海洋生物研究所”と文字が刻まれた看板が見えた。そのすぐ下には二枚扉の入り口がある。

 一見したところ、正面玄関のように塞がれている様子はない。

 

「リヴィアさん。魔力の痕跡は……」

 

「まずっ、かごめちゃん、伏せやっ!」

 

「えっ……」

 

 突然、リヴィアさんに肩を掴まれ、私はコンクリートの地面に押し倒される。

 反射的に持っていたアルちゃんで顔を(かば)ったおかげで、顔面を打ち付けずに済んだものの、代わりに強打した肘から焼けつくような痛みを感じた。

 それと同時にすぐ背後のコンクリートに小さな何かが跳ねた音がした。

 衝撃の痛みを(こら)え、頭を上げるとリヴィアさんが苦虫を噛み潰したような表情で館の上を(にら)んでいる。

 私も同じように視線を上に沿()わせた。

 居た! 水族館の屋根の上に、刃が着いた猟銃を構えて屈む少女の姿があった。十中八九、鏡の魔女を攫った魔法少女の仲間で間違いない。

 耳当ての着いたコサック帽を被った彼女は、片目を(つむ)り、照準を合わせようとしている。

 さっきの音は弾丸が撃ち込まれた音だったんだ。リヴィアさんに引っ張ってもらっていなければ、今頃私の身体には穴が空いていただろう。

 今は考えるより先に話し合いに持ち込まないと。

 

「ま、待ってください! 私たちは敵じゃない!! 私は一般人です!」

 

「……何人(なんぴと)たりとも入り口に近付けるな。そう言われてるであります」

 

「聞く耳持たずっちゅう訳かいな。それにしても、調整屋の私がここまで近付かんと魔力感知できひんとは……。気配断つのが上手やなぁ。それ、固有魔法やあらへんのやろ?」

 

「答える義理はないでのあります。早々に始末を付けるであります」

 

 コサック帽の魔法少女は、私やリヴィアさんとの会話に応じる気はないようだ。

 口調や武器、それにロシア風の軍服を模した衣装と相まって、軍人みたいな魔法少女だ。

 だとしたら……。

 私は倒れた状態で、スカートのポケットからハンカチを取り出す。

 そして、端を指先で摘み、左右に大きく振った。

 

「し、白旗です! 降伏します! 捕虜(ほりょ)として扱ってください!!」

 

 猟銃を構えていた魔法少女は、唖然とした顔でこちらを見ている。

 同じく、傍に居るリヴィアさんも絶句した様子で視線を向けていた。

 かぁーっと顔が熱くなる。

 は、恥ずかしい……!

 軍人っぽい性格の子なら、こういう軍隊みたいな対応をすれば、取り合ってくれると思ったのに。

 

「う、うん……捕虜、でありますか?」

 

 すごく困惑しているのが伝わってくる。

 いっそ、もう殺してほしい。

 たださっきまでの冷徹な態度とは一変して、普通の女の子のような反応だ。

 リヴィアさんもそれを感じ取ったらしく、にんまりと悪い笑みを浮かべて言う。

 

「そうや。私ら、捕虜や。捕虜になったからには捕まえて収容してもらわんと」

 

「収容……。確かにその通りでありますな。でも、勝手に部外者を入れる訳には……」

 

「ほなら、私ら連れてリーダーなり、なんなりに処遇を決めてもらえばいいだけやろ? 自分の裁量で決められんなら、上の指示仰いだらええ」

 

「そ、そうでありますな。なら、念話で連絡を……」

 

「念話だけで伝え切れる内容か? 聞かされた方は何度も聞き返すはめにならん? それにどの道、捕虜は何処かに連れて行かんとまずいやろ。直接連れてけば、『こいつらどないします』で一発やん? 何迷っとんの?」

 

「確かに……」

 

 流れるような関西弁で(まく)し立てられ、コサック帽の魔法少女はやり込められていく。

 明らかに話の流れがおかしいのに、動揺している隙に次から次へと言葉の洪水を浴びせて、相手の正常な思考を封じる。

 『私たちを館内に入れるかどうか』の話だったはずが、『私たちの処遇を館内に居るリーダーに決めてもらう』という話にすり替えている。

 詭弁をさも正論のように語り、論点をずらして、結論をメチャクチャにする様は詐欺師だ。

 

「という訳で、私ら連行してぇや」

 

 両の手首を合わせて、腕を突き出したリヴィアさんを見て、コサック帽の魔法少女は屋根から地面へ降り立つ。

 それから上着の装飾の茶色の帯を、猟銃から付いている刃で切り取って、リヴィアさんと私の両手を拘束した。

 

「それでは、着いてくるのであります」

 

 生殺与奪の権利を持つ、圧倒的な優位に居たはずの彼女は何故か私たちを中へ案内してくれる運びになった。

 リヴィアさんは腕の拘束だけでなく、ソウルジェムまで取り上げられてしまったけれど、落ち着き払った態度を崩さない。

 海洋生物研究所の入り口にコサック帽の魔法少女が触れる。

 淡い魔力の光が放たれ、扉が開いた。

 これで館内に入れると喜んだのも束の間、彼女がそこで何かに気付いたように止まる。

 

「あれ? そういえば……」

 

 うっ、もしかしてリヴィアさんの詐術に気付かれた……!?

 ドクドクと心臓の鼓動が速まり、冷や汗が背中に(にじ)む。

 

「まだ二人の名前を聞いていなかったでありますな」

 

「ああ、そっちですか……」

 

「そっち?」

 

「い、いえ、何でもないです。私は佐鳥かごめです」

 

「リヴィア・メディロスや。リヴィアでええで」

 

 私たちが名乗ると、彼女も自分の名前を答えてくれた。

 

「我は三浦旭であります」

 

 一人称、“我”なんだ……。

 いや、俺サマとか樹里サマとかよりはポピュラー、かな? ……うん。

 

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