理由としては、演劇ではなく、あくまで記録として書かれているのでその補完なら「外伝」の方が意味合い的に沿っている点、幕間だと物語が一段落しない限り入れられない点もあり、このようになりました。
紙製の買い物袋を片手にぶら下げ、雨水を傘で弾きながら、ファッションセンターから出る。
その日、私はやちよさん、さなちゃんと一緒に洋服を買いに栄区まで遠出していた。
理由は簡単で、やちよさんが前々から目を付けていたお店がちょうど改装を理由に在庫整理のセールをすることを知ったからだ。
「今日は運良く、雨の日でよかったわね。晴れだったら、激戦になっていたわ」
「激戦ですか……」
「激戦よ」
いまいち、激戦という単語とショッピングが繋がらない様子のさなちゃんに対し、やちよさんは断言する。
それでも深くは語ろうとはしてくれないので、さなちゃんは頭にはてなマークを浮かんでいそうな顔をしていた。
独特なやり取りしてるなぁと見ていると、視界の端でフードの付いた黒いローブの人影が映った。
目元をすっぽりと覆うように深く被られた黒いフードには、蛾の顔のようなデザインが付いている。
マギウスの翼の構成員、黒羽根だ。
「……やちよさん。あれ」
「ええ、黒羽根ね。他にも何人か、この辺りを巡回していたわよ」
小さく耳打ちした私に、やちよさんは何でもないことのように返す。
「何で言ってくれなかったんですか!?」
「バーゲンに間に合わなくなるでしょう。それに私たちに気付いてない様子だったから、下手に刺激する必要もないと思ったの」
まだ質問がある、という彼女の態度に私は苦笑いしか出て来ない。
さなちゃんは会話には混ざらず、じっと黒羽根の様子を観察するかのように眺めていた。
「どうしたの?」
「いや、なんだか、下を向いて探し物でもしてるみたいだったから。近くに何か落ちてるのかなって……」
その言葉にやちよさんも同意する。
「確かに私が見かけた他の黒羽根たちも一様に下を向いていた気がするわ。だから、私たちに気付かなかったのね」
お手柄ね、とやちよさんはさなちゃんの頭を撫でる。
彼女は少し気恥ずかしそうに首を
「じゃあ、もしかしたら、その探し物はウワサに関するものかもしれないですよね? なら、私たちが先に見つけてみませんか?」
「みふゆが何処にいるかの手掛かりになるかもしれないわね。いいわ。買った服は駅前のコインロッカーに預けて、捜索してみましょう」
やちよさん、やっぱりまだみふゆさんって幼馴染みの仲間を心配していたんだ……。
マギウスの翼になっていたことで二人の仲は決裂してしまったと思っていたけど、まだ二人の絆は途切れていない。
一見、冷たく見えるけど、彼女は誰よりも仲間を大切に思ってくれる。
それは敵対しても絶対に変わらない。
「はあ……コインロッカー。この量なら全員で一つでも大型よね。大体、相場は八百円か……」
「あれ? や、やちよさん……?」
「みふゆのために……八百円……改装セールなのに八百円……」
「う、嘘ですよね? 今、みふゆさんと八百円を天秤にかけてませんか? やちよさん!?」
「……冗談よ」
何でやちよさんって裕福な育ちみたいなのに、こんなに所帯じみてるんだろう……?
ともあれ、服を大型コインロッカーにしまい、私達は別れて、それぞれ黒羽根を追った。
最後の百円玉を入れる時に、やちよさんが今まで見たことないほど、険しい顔をしていたことは私の胸に閉まっておく。
「あ、まだ居た……」
私が最初に見つけた黒羽根は未だファッションセンターの周囲を、雨の中、探し回っていた。
傘で顔を隠して、ほんの少し後ろを通り過ぎる。
「この辺りに逃げたはずなのに。近辺の建物内は
独り言を
逃げた、という表現を使ったのなら、探し物は多分自分の意思で動くものだろう。
建物内に入り込めるなら、大きさとしては小さめの存在だろうか。
私は近くの建物を見回した。
建ち並ぶのは大型の店舗。一軒ずつ入って探すのはそう難しいことじゃない。
でも、それなら何で私たちより多い黒羽根が見つけられないのか。
外ではなく、建物内でもなく、黒羽根が目を付け難い場所。
まるで、難しいなぞなぞみたいだ。
その時、私の傍にある道路を走る自動車のタイヤが水溜りを踏み、泥水を飛ばしてくる。
「わわっ」
とっさに傘で防いでびしょ濡れになることだけは回避できた。
自動車が多い雨の日だと、本当にこれが頻発するから困る。
雨で濡れない上、たくさん買い物できるから便利なのは分かるから仕方ない。
そう思いながら、目でその自動車を追うと、すぐ
立体駐車場。
外でも、建物内でもない場所。
そして、黒羽根が目を付け難い場所。
なぞなぞの答えは意外と近くにあった。
すぐに私は傘を閉じて、立体駐車場へ入り込んだ。
中の床は雨水や泥で汚れたタイヤの跡がそこかしこにあった。
その中で泥とは違う、灰色の液体が垂れているのを見つけた。
美術授業で使う絵の具に似ていたが、それよりも色が濁っている。
ソウルジェムを卵型の宝石に変えて、近付けると僅かに発光した。
それは魔力に反応したということ。
私はその灰色の液体の続く先へと進んで行く。
駐車場の角で液体の跡は止まっていた。代わりにあったのは、横たわる黒いウサギに似た生き物。
お腹の辺りから灰色に変色した傷口があり、今もどろどろと融けて広がっている。
「あなたなの? マギウスの翼が探しているものって。でも、この傷……」
このぬいぐるみのウサギのような生き物は目を閉じているが、身体は苦しそうに微かに震えていた。
それでもまだ、確かに生きている。
でも、これがマギウスの翼が欲しがっているウワサなら、他のものと同じように人を襲う存在かもしれない。
「ううん。関係ない」
目の前でこんなに苦しそうにしている、この子を見捨てるという選択はなかった。
魔法少女に変身して、その場に屈むと黒いウサギへ手をかざす。
私の魔法は治癒。戦いは得意ではないけれど、怪我や傷ならどんなものでも治すことができる。
ピンク色の淡い光が黒いウサギを温かく照らした。
「すぐに治してあげるからね」
黒いウサギへ治癒の魔法をかけようとしたその時。
「環さん」
後ろから名前を呼ばれた。
振り返った私の目に映ったのは、かつて神浜で別れたきり、連絡も取れなかった私と同じ宝崎市の魔法少女。
「黒江、さん……よかった。今までどこに」
そう聞こうとしたが、彼女の纏う黒いローブには嫌な見覚えがあった。
簡略化された蛾の顔のデザイン。
マギウスの翼の魔法少女の衣装。
「黒羽根に、なったの?」
「そいつから離れて」
私の問いには答えてくれず、代わりに手に握られた柄の短いバトンのような
彼女の目は宝崎で話をしていた頃とは違い、
「だ、駄目だよ、この子、怪我してるの。酷いことしないで!」
「あなたには関係ない……」
「黒江さん!」
「そう。どうしてもどかないつもりなのね。だったら……」
二本のクラブを構え、私にそれを向けた。戦闘の意思表示だ。
本気なの、黒江さん……。
彼女と過ごした時間は決して長くはなかった。それでも、こんな風に乱暴に物事を解決しようとする魔法少女じゃなかった。
しかし、黒江さんがクラブで何かをする前に、私と彼女の間に長い槍が割って入るように突き刺さる。
「だったら……どうするつもりなのかしら?」
「……七海やちよっ!」
「やちよさん!」
青い魔法少女の衣装を纏ったやちよさんが、二十メートルほどの後方で槍を構えて黒江さんを見つめていた。
黒江さんは舌打ちを一つして、クラブの一本を私の後ろ、黒いウサギが倒れている場所へ投げ込む。
空中で紫色に発光するクラブ。
あれは……。
「だ、駄目ぇ!」
私は黒いウサギを抱え込むようにして背中を丸めた。
凝縮されえた光が弾け――爆発する。
けれど、爆発したクラブの魔力は私を傷付けることはなかった。
痛みがなかったことに驚き、顔を上げるとすぐ傍で私たちを庇うように立つ誰かが居た。
大きな盾を持つ緑色の衣装の魔法少女は私に振り向いた。
「大丈夫、ですか? 環さん……」
「さなちゃん! ありがとう。助けてくれたんだね」
初めて見る彼女の魔法少女の姿と武器。
繊細なさなちゃんのイメージとは裏腹に無骨な大盾は鉄壁の防御で私たちを守り切ってくれた。
「お役に立ててよかったです。それより……」
さなちゃんが前を向く。
そこに居たはずの黒江さんは既に姿を消していた。
さっきの攻撃は目
「まんまと逃げられたわ。撤退の仕方だけは手慣れたものね」
不愉快そうにやちよさんが言ってから、すぐ近くの砕けた壁を睨んだ。
クラブを爆発させたと同時に、もう片方のクラブであそこの壁を壊して逃げたのだろうか。
「それよりも二葉さん。環さんの話で聞いていたよりもしっかり動けるのね。見直したわ」
「『君がまっすぐに見続ける限り、きっと世界も君を見続ける』。そう言ってくれた人が居たんです。だから、何が自分にできるかって見つめていたら、自然と身体が動いてました」
そういうさなちゃんは自分の手を見つめた。
私もあの場に居たから知っている。その言葉をかけたのは魔法を打ち消す手品師、ヌルオさんだ。
彼の言葉でさなちゃんは、ひとりぼっちの最果てから出る決意をした。
あの人は強いけど、きっとその強さは魔法でも戦い方でもなく、その優しさなんだと思う。
厳しい言葉をかけつつも、自分の力で立ち上がってくれることを祈っているような、そんな優しさ。
今、彼はどこで何をしているのだろうか。
「それで、環さん。あなたが身を呈して庇ったのがマギウスの翼の探し物なの?」
「ああ、そうでした。早く治してあげないと……」
改めて治癒の魔法を黒いウサギにかける。
融けたような皮膚も、中身が零れていく肉もすべてが巻き戻るように治っていく。
傷があったことさえ分からないほど完治したところで、私は手を止めた。
「……相変わらず、凄い光景ね。治癒の魔法を持つ魔法少女は何人か見てきたけど、環さんほどの回復力を持つ子は居なかったわ」
「どうしたんですか? やちよさん。今日は随分、私たちを褒めてくれるんですね」
「私は見たままを言っただけよ。それより、ソウルジェムの方は大丈夫なの? 今の魔法で大分消耗してない?」
心配してくれるやちよさんに感謝しつつ、私は首を横に振った。
「それが最近ソウルジェムが濁りにくくなっていて、まだ全然大丈夫です」
「……濁りにくく? 一時的に浄化されるだけならともかく、そんなこと起きる訳が……。まあ、いいわ。それよりそのウサギを連れて早くここから離れましょう。さっきの爆発音で警備員が来ると思うわ」
――何の非もないのに弁償なんかさせたらたまったものじゃないわ。
そう言って、床に深々と突き刺さっていた自分の槍を魔力の粒に戻す。
私とさなちゃんは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
その後、荷物を取りに、駅のコインロッカーへ向かった。
ちなみに帰り際、少し離れた場所のコインロッカーは大きさがほとんど同じで値段が五百円という事実を知り、やちよさんは本当に悔しそうな顔でロッカーに握り拳を押し当てていた。
新西区に戻り、みかづき荘に戻った私は、すぐに黒いウサギを自分の部屋へ連れ帰った。
机の上に家庭科の授業で余ったフェルトの布を広げて、その上に寝かせる。
可愛らしい寝顔を見ながら、私はその毛並みに触れた。
ほんのりと温かい体温を感じ、少しホッとする。
「あなたは何なの? 一体何でマギウスの翼に狙われているの?」
黒いウサギは答えない。
ただ、丸まって静かに眠っている。