駄目。挟まれた……。
通路を塞ぐように前からも後ろからも、魔法少女が近付いて来ている。
側面は魔女が収めれた水槽。逃げ場はどこにもない。
まさしく、“前門の虎後門の狼”状態だ。
「……かごめちゃん。もう、いいよ」
「みことさん?」
肩を貸して一緒に走っていたみことさんが、急に私を突き放すように距離を取った。
「私は戻るよ。……だから、かごめちゃんは一人で帰って」
「何言ってるんですか!? 戻ったら、みことさんの意識は……消されちゃうんですよ!?」
私がみことさんの腕を掴もうとして、振り払われた。
その衝撃で、小脇で抱えていたアルちゃんが弾かれ、床へ落ちる。
「みこと、さん……」
「それが私の望みなの! 私の願いなの! 最初に言ってたでしょ!? 私は神浜を滅ぼす存在になりたかった! 魔女の私と一つになれば、私はそうなれるの! だから、もう邪魔しないでっ!」
破裂するように声高に叫ぶみことさん。
確かにそれが当初、彼女が目指した目的だったのかもしれない。
でも。
だったとしても。
私は──。
「私はみことさんに、消えてほしくないんです!」
「……っ!」
みことさんの手を取って、握り締める。
失いたくない。無くしたくない。
だから、私は私のわがままを貫き通す。
「何だかこれじゃあ、私とラビちゃんの方が悪者みたいに見えちゃいますね。これでも最大限、傷付けないように配慮はしているつもりなんですけど」
ハープを持つドレスの魔法少女が演奏を続けながら、すぐ傍まで接近してくる。
この音色そのものが魔法なんだ。やる気や頑張ろうっていう感情を削ぎ落とす精神に作用する魔法。
本人の言う通り、非殺傷の効果だ。
「けれど、サーシャの音色で折れないなら、少し痛い思いをしてもらう事になる」
前から来ているインディアン風の羽飾りの魔法少女……どうやらラビさんというらしい彼女はブーメランを手元に作り出した。
ハープを持つドレスの魔法少女、サーシャさんよりも淡々としていて、必要なら攻撃も
二人とも殺意こそ感じないものの、見逃してはくれそうにない。
ここが私の願いの使い時なのかもしれない。
息を大きく吸い込んで、その名前を呼ぶ。
「キュゥべえ!」
「……!」
「まさかっ」
魔法少女二人に、一瞬の動揺が走ったのが分かった。
どこからともなく白い小さな姿が現れ、私の足元へ駆け寄る。
『やあ、かごめ。願い事は決まったのかい?』
問われた後、すぐさま私はキュゥべえに告げようとした。
「私の願いは……」
「それちょっと待ってくれ!」
聞こえた声はこの場に居る誰でもない、男の子の声。
チリンという硬い音と共にキュゥべえの隣に何か小さなものが落ちる。
全員の視線が集まった先にあったのは、金色のコイン。
『これは……』
キュゥべえが続きを言うより早く、コインは膨張して
布の内側から登場したのは、黒いテールコートを
彼はグラスを持つみたいに、左手の中へキュゥべえを握っていた。
「中沢さん……」
「あー……ごめんな。
申し訳なさそうに、頼りない顔で謝った。
「でも、まあ今は俺しか居ないからさ。やるしかないんだ、あいつの分も」
誰のことを指しているかなんて、聞くまでもない。
負い目を感じているのは、充分過ぎるほど伝わってくる。
私やみことさんを除けば、彼が居なくなったことに一番影響を受けているのは中沢さんなんだろう。
「知らない場所で叩き起こされたけど、
「起こされた? ……あ」
トレーラーの中でヨヅルさんたちに調整を受けていたのは、中沢さんだったんだ。
リヴィアさんがお客さんを載せたまま連れて来てしまったのに、平然としていた理由が腑に落ちた。
むしろ、こういう時の保険として彼を利用するつもりだったんだろう。
「黒いテールコートに空間移動の魔法……。ラビちゃん!」
「……分かってる。教授から聞いた『顔無し手品師』だ」
サーシャさんとラビさんが、さっきまでとは違う
張り詰めた空気の中で、中沢さんだけが困ったように頬を
「別に争う気はないって言ったら、逃してくれたりしない?」
『それは無理だと思うよ』
「だよなー。っていうか俺、本物のキュゥべえとは初対面か。わあ、どうしよ? 放した方がいいか、コレ」
掴んでいるキュゥべえと、緊張感のないやり取りを繰り広げている。
本当に大丈夫なんだろうか……?
そう思った矢先、ラビさんたちは首元に付いた自身のソウルジェムに触れた。
「……『ユナイト』」
「『ユナイト』っ!」
軽やかに発音するサーシャさん。
どちらも同じ単語。同じ仕草。
ソウルジェムから発芽した緋色の植物がラビさんを覆い、舞い上がった緋色の花弁がサーシャさんを包み込む。
瞬く間に彼女たちの形が膨れ、巨大なものへと変わっていく。
覆われた植物を引き裂くように、古代の壁画に描かれたような角張った怪鳥が翼を広げた。
花弁の幕を突き破るように、鎖と
私は知っている。
全身を魔力で覆って姿を変質させた存在を。
「
『そう。あなたたちはこの力をそう呼ぶの?』
『
「……!? その状態で会話ができるの?」
『哀憐のニグレド』と混ざったまさらさんは確かに意識は残っていたけど、ほとんど会話が成り立たず、歪んだ思考を垂れ流すだけだった。
だけど、二人の様子は明らかにそれとは違う。
私たちの言葉を認識して、対応した答えを返している。
驚き戸惑う私に、みことさんが教えてくれた。
「里見太助が魔力の一部を彼女たちに与えてるの。『掌握の魔法』で暴走しないよう制御した上でね。今の彼女たちは魔女以上の頑強さと魔法少女の思考を備え持った強敵なんだよ。それこそ……一人で魔法少女の集団を相手にできるぐらいに」
「そんな……」
一人でもそんなに強い相手が、今回は二人も居る。
いくら中沢さんが強くても、私たちを
「参ったな。これじゃ、『否定の魔法』だけだとちょっとキツそうだ」
当の本人が困ったようにそう
いや。もう誰かを当てにして、失望するのはやめようと決めたばかりだ。
やっぱり、この場は私がキュゥべえと契約して切り抜ける以外に道はない。
中沢さんにキュゥべえを放してもらって、それから私が願い事でこの場所から脱出する。
覚悟を決めて、中沢さんにそれを伝えようとした。
「中沢さん、もういいです。私がキュゥべえに……」
「ほんと参っちゃうよな。ぶっつけ本番で調整してもらってた新しい力を試さないといけないなんてさ」
「え……」
新しい、力?
中沢さんは今、そう言ったの?
『サーシャ! 加減は要らない。全力で』
『ここで倒しておかないといけませんから!』
ラビさんの
同時に、サーシャさんの
二方向からの容赦のない集中砲火が中沢さんを挟撃する。
私たちは完全に射線から外されたものの、余波だけでも受ければただては済まないことは明白だった。
「かごめちゃん!」
みことさんがとっさに私を押し倒し、庇うように覆い被さった。
「みことさんっ!?」
緑と赤の二種の光の奔流が、中沢さんを吞み込む。
こんな激しい魔力の直撃、否定の魔法でも消しきれないはずだ。
事実、光が消滅していく様子はない。
……いや、むしろ、この光景は──。
魔力を、呑み込んでいる!?
私はこれと似た景色を見たことがあった。
すべてを吞み込むあの魔法……。
以前のような濁った白ではなく、純白に染まった白。
「『融合の魔法』……」
『悲憤のアルベド』の、逆沢さんを殺した魔法に酷く似ていた。