ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第三十六話『かごめと喪失の痛み』⑥

 白いテールコートに、黒い手袋。

 衣装の色を、そっくりそのまま反転させたかのようなカラーリング。

 中沢さんは右手を軽く握り、確かめるように見つめる。

 左手に掴まれたままのキュゥべえが尋ねた。

 

『中沢アキラ。まさか君は一つの魂に二つの固有魔法を有しているのかい?』

 

「それは少し違う。『否定の魔法』はヌルオさんから受け継いだ力。そして、こっちが……あいつが残してくれた力だ。どっちも俺のじゃない。借り物だ」

 

 右の手のひらに白いトンファーが生み出される。

 彼の身体がトンっと軽やかに跳ねた。

 サーシャさんのN・ドッペルが操る鎖を、最小限の動作で(かわ)す。

 床に頭が届きそうなほどの前傾姿勢で十字架から伸びた無数の鎖の追跡を避け、本体との距離を縮めていく。

 その姿は獲物を狩るために疾走する肉食獣。

 まるで……逆沢さんを想起させる戦い方。

 

『どうやったのかは分かりませんけど、この距離なら私の歌声は防げません!』

 

 唇の付いた(いかり)から流れ出た魔力の音色が、網状の斬撃となって中沢さんを襲った。

 距離が近付いたせいなのか、網目の密度はさっきよりも格段に上がっている。サーシャさんは鎖で追い込んで、最大威力で斬撃の音色を放てる位置にわざと誘導したんだ。

 

『―――――――──!!』

 

 緻密な赤い魔力の網が中沢さんを細切れにする寸前、テールコートの(すそ)(ひるがえ)る。

 

「『許容する(アクセプト)』」

 

 言葉と共に突き出した純白のトンファーが、斬撃の音色に触れた。

 乾いたスポンジが水を吸うように魔力を呑み込む……いや、()()()()()

 赤く染まったトンファーが弾けて、破裂。空中にばら撒かれた魔力の破片は更に細かな魔力の光へ変わった。

 

『……私の歌声が!?』

 

「すごく良い歌だと思うよ。……だから、できればもっと違う場所で聞きたかったな」

 

 赤い飛沫みたいな小さな光の中で、真っ白いシルエットが駆け抜けた。

 広げた黒い手のひらが、十字の塔のような巨体へ伸ばされる。彼の腕は何の抵抗もなく、N・ドッペルの表面を貫いた。

 そして、内部まで伸ばした腕を引き抜く。

 引き戻された手には、魔法少女姿のサーシャさんの腕を掴んでいた。

 屹立(きつりつ)していた十字架の巨体は赤い光に分解され、中沢さんへと吸い込まれていく。

 同士討ちを恐れてか、攻撃の手を止めていたラビさんが戦慄した声を上げた。

 

『サーシャ!? その魔法……教授からもらった力と同質のもの……!』

 

「この力は──『肯定の魔法』。融け合う世界でも自分を貫いた逆沢(あいつ)(イノリ)

 

 目を閉じて意識を手放している様子のサーシャさんを優しく床に寝かせた。

 ハートのネックレス状のソウルジェムも無事だ。見たところ、気絶しているだけみたいだ。

 

「魔力を受け入れた時、俺の中に感情が伝わってきたよ。本当はこんなこと好きでやってるんじゃないんだって。あなたたちは教授って人に無理やり力を与えられて、嫌々やらされてるんじゃないのか?」

 

 中沢さんの問いかけに、鳥の姿のラビさんが語気を荒げた。

 

『……分かったようなことを言わないで。何も知らないあなたに、私たちと教授を絆を値踏みされる(いわ)れはない!』

 

「そっか。……そうだよな。ごめん。俺はあなたたちを知らない。教授って人のことも。でも、あなたが自分でやってることに疑問を抱いてるってことは、分かる。だからさ……」

 

 突き出した右手の指先に一枚の銀色のコインを生成する。

 

「まずは止めるよ。止めた後で話を聞く。“肯定(良いか)”か“否定(悪いか)”はその後で決めようと思う」

 

 真っ直ぐな瞳に迷いはない。

 色は正反対なのに、その姿に逆沢さんが重なった。

 

『思い上がらないで。……あなたには何もできない。教授ほどの意思も信念も感じない。そこまでいうなら、選んでみるといい!』

 

 再び、嘴から緑の光線を放つ。

 だけど、狙ったのは中沢さんじゃない。

 側面にあった水槽。魔女を収めた障壁。

 吐き出された緑の光の息吹は、通路に配置されていたその障壁を次々に砕いていく。

 

「ッ! まずい!」

 

 障壁が破壊され、囚われていた魔女たちは一番近くに居る私とみことさんへ襲いかかった。

 砂で作られた髪を持つ黒いドレスの魔女は、頭から大量の砂を垂れ流し、膨らんだ腕を私たちに伸ばす。

 潰される……!

 そう思った瞬間、みことさんが砂の魔女へ叫んだ。

 

「“動きを止めて”!」

 

 私たちの数センチ手前まで伸ばされていた魔女の腕が、電池の切れた時計の秒針のようにピタリと停止する。

 みことさんの暗示の魔法……!

 

「駄目……、数が多すぎる!」

 

 だけど、解放された魔女は一体だけじゃない。その後にも這い出した魔女や使い魔たちは群がってくる。

 狭い通路を()い回る異形の群れは、私の視界を埋め尽くすには充分だった。

 

「くっ……。だったら『否定の魔法』でまとめて倒せば……」

 

 聞こえてきた中沢さんの声に、私はとっさに叫ぶ。

 

「やめてください! みことさんにも当たったら……」

 

 もしも彼が広範囲に否定の魔法を使えば、魔女と同じように魔力で構成されているみことさんも消滅しかねない。

 私はキュゥべえの姿を探した。

 この状況を打開するには、もう私が魔法少女と契約するしかない。

 

「キュゥべえ! 私を魔法少女にっ」

 

 魔女がひしめく通路で声を上げるけど、魔女の数があまりも多くて、中沢さんの姿もキュゥべえもどこに居るのか分からない。

 どうにかして、暗示の魔法をかけられた魔女の隙間を()って視界を確保しようと視線を上げる。

 天井に張り付いていた六本脚の巨大なサンショウウオのような魔女が、口の中にある目で私を見つめていた。

 

「あ……」

 

 みことさんは、近くに居る魔女の動きを止めるに精一杯で気付いていない。

 明確な死が脳裏にちらつく。

 硬直する思考。

 視界に入る光景が突然スローモーションになる。

 一つ目のサンショウウオの魔女の頭が拡大映像のように近付いて──……。

 

 パンッ。

 

 通路に響き渡ったのは手を叩く音。

 途端(とたん)に視界の中で(うごめ)いていたすべての魔女が、その動きを停止した。

 一体、何が起きたの……?

 状況を理解しようと見回した先には、廊下の奥から近付いて来るいくつかの人影。

 

「皆、そこまでにしようか。魔女たちは元居たケースに戻りなさい」

 

 落ち着いた声でそう言ったのは、里見さんだった。

 魔女たちは親に叱られた小さな子供のように、逆らうことなく、水槽があった場所へ戻っていく。

 

「アリナ。結界の修正を」

 

「あーあ。余計な仕事を増やされて散々なんだケド」

 

 アリナと呼ばれた黒い軍帽を被った黄緑髪の魔法少女が不満げに、水槽の障壁を張り直す。

 

「旭はサーシャの介抱を頼めるかい」

 

「了解であります」

 

 旭さんが倒れたままのサーシャさんの元へ行き、彼女を抱える。

 

「うらら、彼女の拘束を」

 

「はいはーい」

 

 シニヨンヘアーの魔法少女が持っていたヨーヨーを伸ばし、硬直しているみことさんを糸で絡め取って縛り上げる。

 

「みことさん!」

 

 私がみことさんへ駆け寄ろうとするけど、足が動かない。

 足だけじゃなく、腕も指一本曲げることができなかった。

 

「……何これ」

 

「顔だけは動かせるようにしてある。別れの挨拶くらいはさせてあげたいからね」

 

 里見さんは最初に会った時と同じように穏やかな表情で、私にそう言う。

 

『教授……その子を大人しく帰すつもりですか?』

 

「ラビ。後でお説教だ。やり過ぎだよ。私が来るまで時間稼ぎをするにも、君ならもっとやりようがあったはずだ」

 

 怪鳥の姿だったラビさんは、里見さんに(とが)められて、魔法少女に戻って項垂(うなだ)れる。

 それを確認してから、里見さんがまた話し始めようと口を開いた。

 銀の軌跡が彼の真横から飛んだ。側頭部を狙って放たれた一撃は、彼に当たる直前で宙に固定される。

 空中で固まった銀のコインを彼は目さえ向けずに指で摘まむ。

 人差し指と親指で表面をなぞった後、魔力の粒子に分解されて(ほの)かな光になって消える。

 

「なるほど。ラビが手こずるだけはある。『掌握の魔法』が完全に効かないのは、魔力の源が同じだからかな?」

 

 視線が、この場で唯一動きを止められなかった中沢さんへと向けられた。

 

「……あなたが、“教授”か?」

 

「そうだね。私は里見太助。君の事は“銀羽根のウワサ”の記憶で知っているよ、中沢アキラ君。どうやら新しい力を手に入れたようだが、それを踏まえても私には勝てない」

 

「……どうだろ? やってみないと分からないんじゃないですか?」

 

 似合わない強がりを言う彼は、酷い汗を()いていた。

 息を切らし、膝を震わせている。

 

「無理をしない方がいい。この距離で動けるだけでも充分驚嘆の域だ」

 

 里見さんが一歩ずつ彼に近付く。

 その度にまるで重しでも増やされたみたいに中沢さんの身体が沈む。

 

「……!?」

 

「へえ、これがキュゥべえか。初めて会えたね」

 

 中沢さんの手の中のキュゥべえに触れようとすると、何も言葉を発することなく、首がかくりと曲がり、液状に溶けていく。

 

「やはり『掌握の魔法』を使うとすると自死するらしい。魔法少女システムの支配ができればと思ったが、向こうもそれだけは絶対に阻止したいようだ。……ウイルスに感染した端末をネットワークから強制的に切り離すようなものかな?」

 

 もはや中沢さん自体には何の興味もない様子で、里見さんは離れていく。

 私たちの方へやって来た彼は、中途半端で終わっていた会話を再開する。

 

「かごめさん。何の力もない君がここまで来た勇気は尊重しよう。さあ、彼女に別れを告げてあげて」

 

「みことさんを……どうするつもりなんですか?」

 

「元の鏡の魔女になってもらった後、ここに居るすべての魔女を取り込んで“ワルプルギスの夜”へと進化してもらう」

 

「ワルプルギスの夜……?」

 

「強大な魔女の集合体……最悪の魔女とも呼べる存在だよ」

 

 世間話でもするような気負いのない口調で、里見さんはそう言った。

 確信する。

 この人が描いている計画は……常軌を逸している。

 

「世界を滅ぼすつもりなんですか!?」

 

「とんでもない。滅んでもらっては困る。記録して、認識してもらわないと。私の目的はね、かごめさん……。全世界に魔女の存在を知らしめる事だ」

 

 彼は朗々と語る。

 ──そのためには、この宇宙にある既存の法則(ルール)を徹底的に破壊しなければならない。

 ──間違いなく、文明は大きく後退するだろう。

 ──人口は大幅に減少し、多くの人々は魔女の被害に合うだろう。

 

「それでも人類は知るべきなんだ。魔女の存在を。歴史の陰で看取られる事なく搾取され死んでいった魔法少女を」

 

「……あなたは、地獄を作る気なんですかっ!?」

 

 私の言葉に、里見さんは悲し気に返す。

 

「これを地獄と呼ぶなら、最初から地獄に居る魔法少女はどうすればいい?」

 

「それは……」

 

幼気(いたいけ)な少女たちに押し付けていた地獄を、全人類で味わうだけだよ。人身御供(ひとみごくう)で文明の叡智を享受していたような連中など、洞穴暮らしがお似合いさ」

 

 そう大仰に両手を広げて、物語る彼はきっと誰よりも魔法少女のことを思いやっているんだろう。

 彼はそのためにこの世界を破壊し尽くすつもりなんだ……。

 

「これから人類の新しい歴史が刻まれる。魔法少女のための歴史。言うなれば、そう……『魔法ある歴史(マギアレコード)』が」

 

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