……甘かったんだ。
自分の考えがどれだけ甘かったのか、分からされた。
もう誰にも頼らない?
誰かに期待して失望するのは嫌?
一度だけならどんな状況でも覆せる?
馬鹿だ。私……。
まだ本当の絶望を知らなかっただけ。
「……みことさん、ごめんなさい。私じゃ、助けられなかった……何の役にも立てなかった」
みことさんに心から謝る。
糸で身体を縛り上げられた彼女はそんな私を見て、首を横へ振った。
「ううん、かごめちゃん。ちゃんと助けられたよ」
「……え?」
見つめたみことさんの表情は状況にそぐわないほどに優し気だった。
「私はね、誰かが私を助けてくれるなんて思ってなかった。魔女になる前から……魔法少女になる前からそう。お父さんも、お母さんも私を助けてくれなかった。私のために動いてくれたのは……帆奈ちゃんだけだった」
だから認められなかった、と彼女は言った。
「かごめちゃんが本当のことを理解してくれようとしてくれたことが。私の友達になろうとしてくれてることが、どうしても認めることができなかった。私の中での帆奈ちゃんへの想いが薄れてしまうんじゃないかって怖かったから……」
「そんなこと、ある訳ないじゃないですか!?」
心の中にある故人への想いが薄れたりなんかしない。
私の逆沢さんへの感情が決して消えないように、私と仲良くなったくらいでみことさんの中にある帆奈さんとの友情は消えるはずない。
大切だって。大事だって感じる記憶は誰にも奪えないんだから。
みことさんは瞳を細めて
「うん。そうだって分かったよ。大切な宝物が二つに増えても、その価値は下がったりしないんだって気付けた。……もっと早くに気付けばよかったなぁ」
「遅くないですよ! 何でそんなっ。終わったみたいに言うんですかっ?」
「これがお別れだからだよ、かごめちゃん」
名残惜しそうにみことさんは私から視線を切る。
そして、里見さんへ告げた。
「別れは済ませた。早く、かごめちゃんを解放してあげて」
「みことさんっ!」
済んでない!
私の方は済んでない!
まだ話したいことは沢山ある!
言いたい文句も、聞かせてあげたい言葉も数えきれないくらいにある!
感情が破裂しそうなほど渦巻く中で、パチンッと指を鳴る音が響いた。
その瞬間、身動きが取れなかった身体が急に軽くなった。
関節が自由に曲げられる。さっきまであった妙な息苦しさもなくなっていた。
その様子を見守っていたみことさんが聞いてくる。
「かごめちゃん。帰っても私のこと、覚えていてくれる……?」
もう彼女は覚悟を決めていた。
だから、せめてその気持ちを尊重するために答える。
「っ、そんなの当たり前……」
「いいや。それは無理な話だよ」
割り込んで来た里見さんの方を向く。
伸びてきた腕が私の首を
「かごめちゃんに何をするの!?」
みことさんが視界の端で抗議の声を上げる。
私もうまく状況を呑み込めない。ただ、いきなり喉を押さえられたせいで喋ることができなかった。
「かごめさん。君には彼女の前で死んでもらう必要がある」
「……!?」
「鏡の魔女を新たなワルプルギスの夜の核にするには、より強い魔力……
授業中の先生のように、里見さんは説明を続ける。
「つまり、鏡の魔女から分離した半身の彼女には希望を抱いた上で、絶望してから一つに戻す必要があった。だから、かごめさん。わざわざ君に助けさせるために彼女と会わせたんだ。希望を与えるために」
言っている意味は理解できた。
だけど、それはおかしい。
里見さんの言い分は、まるで私が最初から計画されていたみたいな言い草だ。
私がここへ辿り着けたのは偶然、リヴィアさんと出会ったからであって…………。
そこまで考えた時、私は最悪の可能性が脳裏を
「何や、教授の手でかごめちゃん殺すつもりなんか? 私が提案した通り、みことちゃん操って殺させた方が断然ええやろ?」
通路の奥から何事もなく歩いてくる
首を掴まれながらも、その名前を呼ぶ。
「リ、ヴィアさん……」
「ああ、かごめちゃん。もっと驚くかと思ったけど、その様子やと気付いとったん?」
無傷のリヴィアさんは、悪びれることもなく、そう尋ねてきた。
頭の中にあったいくつかの疑問に説明が付く。
鏡屋敷の前で彼女と出会ったこと。
初めて会った私に協力的な理由。
そして、今こうして無事なこと。
私が鏡屋敷で使い魔が持っていた紙も、もしかしたら……。
「最初からあなたは里見さんの、仲間だったんですね……」
「私は別に騙したつもりはないで。何一つ嘘は使こうてへんからな」
むしろ、動揺しているのはこの場に居る魔法少女たちの方だった。
「どういう事でありますか!? 教授!」
旭さんの質問に里見さんは振り向きもせずに答えた。
「君たちには何も教えてなかったね。特に旭はあまり嘘や演技は得意じゃなかったから、あえて黙っていたんだ」
「そのおかげで入る時には苦労したわぁ。最初に反応を見て、『あ、この子、何も知らされてへんな』って」
責め立てるような目を里見さんへ向けるリヴィアさん。
それに対しても彼は落ち着いた態度で回答する。
「かごめさんの信頼を勝ち取るためには、ある程度身体を張ってもらうことが肝心だったからね。どうやら気転を利かせて戦闘せずに侵入したのは私にとっては予想外だったよ」
「……アンタ、私の事嫌いやろ?」
「純粋な少女を騙す悪辣さには賞賛するけれど、好感を抱く要素は一切ない」
「ここまでやっといて、自分は
リヴィアさんは里見さんを
「……絶望させるなら目の前で友人を失うだけで充分だ。不要な露悪さはかえって、想定を超える結果を招きかねない」
それを掻き消すように冷静に反論を返す。
リヴィアさんもそれ以上は追及することを止めて、中沢さんの方へ目を向ける。
「中沢君も堪忍な」
「リヴィアさん……アンタは!」
怒りを表情に
「おー、こわ。でも、アンタも悪いんやで。私がどういう人間か知った上で頼ってきたんやから。そら、利用されても仕方ないに決まっとるやろ?」
「クソッ!」
「ま、勉強になったと思って諦めや。ああ、調整のお
あっけらかんとした態度でそう語るリヴィアさんに、中沢さんはもう歯を食いしばることしかできなかった。
彼もまた私と同じように、リヴィアさんの手のひらで踊らされた被害者だった。
里見さんは二人のやり取りを横目で見終えると、再度私の顔を
「余計なものを見せてしまってすまないね。君の命は決して、無駄にはしない。魔法少女の世界のための
喉に指が食い込んでいく。
魔法を使わずに、自らの手で私を
首が圧迫されて、息が止まる。
「やめてっ! やめてよぉ!!」
糸で拘束されているみことさんが泣き叫んでいる。
でも、私の意識は
他人事のような世界が……私から離れて遠ざかる。
ここで、終わる。
ここで、死ぬ。
私の、思考が──途切れる、その前……。
目に映ったものは、広がる黄緑色の壁だった。