これは正しい人たちのための物語じゃない。
これは魔法少女のために紡がれた物語じゃない。
きっと全部間違っていて、きっと全部削除されるべき物語。
それでも私はそれを見て、聞いて、知っている。
ここまで記すことになったからには、そろそろ“彼女”について語らないといけない。
彼女は最初からずっと私のことを見ていた。
ただひたすら、私が魔法少女にとっての希望になれるかどうかを確かめていた。
そう、私は覚えている。彼女に出会った時のことを。
***
ガラスの窓の外には、光り輝く満天の星空がどこまでも広がっていた。
赤や青、黄色に緑、時には暗い色が混じった光の群れ。
「違う……星じゃない。この
「そうだよ。あれは魂の輝き。魔法少女の祈りの光。誰かが何かを願った証」
対面する座席にいつの間にか腰掛けていた女性が、私の言葉の後に続くように答える。
視線を窓の外から、女性にずらすと穏やかな声音から想像していたよりも奇抜な特徴が目を引いた。
瞳の色が左右で違う。
左目の瞳は神々しささえ感じさせる金色なのに、右の目は澄んだ夜の海のような黒色をしていた。
美しいピンク色の長い髪も、前髪の一房だけが黒く染め上げられていて、そこだけが全体の調和を乱して目立っている。
「失礼ですけど、あなたは……?」
「私は■■■。……ああ、そうか。まだ伝えても、聞き取れないよね? ごめんね」
女性が口にした言葉は、確かに聞き取れなかった。
ノイズが走ったような音がした訳でも、早口に過ぎて分からなかった訳でもない。
音としては理解しているのに、それが単語としては意味を成さないような、そんな錯覚を感じた。
「えっと、それじゃあ、何とお呼びしたらいいでしょうか?」
「名前、名前か。うーん、どうしよう……あ! 名無しの
仮称・ジェーンさんは、フフッと落ち着いた見た目よりも子供らしい仕草で笑う。何だか、不思議な感覚だ。
大学生くらいの背格好なのに、同い年くらいの女の子のような親近感がある。
人見知りで上がり症な私だけど、今は妙な気安さを覚えて、戸惑うことなく質問が口から出た。
「ジェーンさんはここがどこだか分かりますか? 気付いたら、私ここに座っていたんですけど」
「ここは宇宙船■■■号……あ。聞き取れないんだったよね? ちょっと不便だなぁ」
おっとりした態度とは裏腹にとんでもない発言が飛び出してきた。
「宇宙船!? スペースシャトルってことですか?」
思わず、窓の外を再び見つめる。
本当だ。下に何もない。あるのは無限とも思われる魔力の光だけ……。
……魔力?
あまりにも自然に会話が進んでいたため、流してしまったけれど、魔力なんて言葉を使うのは魔法少女だけだ。
「あの、ジェーンさんも魔法少女、なんですか?」
「魔法少女でもあったし、魔女だった事もあったよ。でも今は神様をやってるの」
「神様……。っ!」
彼女の金色の瞳が、私の記憶の中の月の目と重なる。
「私を、見ていたあの目は……ジェーンさん?」
「うん。かごめさん。私はあなたをずっと前から見てたし、知ってたんだ。本当はまばゆさんとのお喋りにも交じりたかったんだけど、私の事を見られるようになるまで我慢してたんだ」
まばゆさんの事も知ってる。そう言えば、あの人は私を次代の神候補と呼んでいた。
そうだとしたら、本当にこの人が神様なの……?
「見られるようにって……でも、普通に、あれ?」
まるで最初は見る事ができないような物言いに言及しようとした時、明確な違和感を覚える。
目や髪、鼻や口といった細部には焦点が合うのに、顔全体を見ようとすると何故か輪郭がぼやけて映る。
目を擦っても変わらない。私の網膜じゃなく、認識そのものが歪むような感じだ。
でも、何だか様子がドンドンおかしくなってくる。
髪や顔の質感が変だ。例えるなら、昔遊んでいた柔らかいビニールみたいな薄っすらとした光沢を帯びている。
「指人形……?」
ポツリと呟いた言葉に、彼女は答える。
「正解。これでも私は多すぎて、今のあなただと捉えきれないから……ね」
彼女の足元へと移した視線の先は、床を突き破って飛び出した肌色の幹のようなもの。
自分の発言と照らし合わせた瞬間、それが巨大な指であることを理解した。
「っ……何、これ!?」
座席の背もたれに背中を押し付けるように、身体を背けた時。
パタンと軽い音と一緒に、宇宙船の壁が外側に開いた。
ちょうど、箱がひらくように窓や壁が張りぼてのように倒れて、外と内の境が消える。
残されたのは肌色の大地と、長い4本の道。
それが指人形が
私は、大きなてのひらの上に居る。
見上げた空にはどんな建物よりも長く、大きな白い服と滝のようなピンク色の毛髪。
捉えきれない……。そういう意味だったのか、と今更ながらに理解する。
小指の先に嵌った指人形のジェーンさんが戸惑う私へ気さくな調子で語りかけてくる。
「ビックリしちゃったよね? ごめんごめん。これでも気を遣って話をしてたんだけど、それでも驚いちゃうのは仕方ないよ」
「はあ、……そう、ですね」
もう何に驚けばいいのか分からない。
奇妙な物や理解しきれない情報で頭が一杯だ。
「かごめさんには、どうしてもこれを見てほしくて呼んだの」
「これ、っていうのは?」
「もうすぐ着くよ。ああ、あそこだよ」
「あそこ……?」
指人形のジェーンが向いている方向に顔を向ける。
魔力の粒が飛び交う漆黒の世界に、大きな星が見えた。
それこそ、映像で見ることがある月の姿。
でも、その表面には何か黒いものがびっしりと突き立てられている。
てのひらがそこまで到着すると、私はそっとその星の表層へ降ろされた。
ほんのりと黄色に発光するそこには、分厚い板状のものがいくつも立ち並んでいる。
「お墓……いや、これは……本?」
書店で積み上げられている装飾の付いたハードカバーの本が、墓石ほどのサイズで規則的に配置されていた。
「両方とも正解。これはみんな魔法少女たちのお墓で、魔女たちの本。彼女たちの記録が刻まれた、ただ一つの存在していた証拠」
「ジェーンさん……ひっ」
指人形の顔半分がなくなっていた。
ビニール製の頭部がそっくりそのまま、虚空に消えていた。
代わりに桃色と黒を混ざらないようにマーブル模様にした輪郭が揺れている。
『かごめさん。私はね、救った魔法少女たちを、終わらせてあげないといけないの。永遠に変わらないままで居るのは死ぬ事よりも辛いから。だけど、私にも終わりが近付いている』
マーブル模様が頭に直接響くように喋る。
『魔法少女に終わりをあげるには否定の魔法が必要なんだ。でも、その魔法は私の中身も平等に消してしまう毒なの』
模様の中で黒が広がり、残っていた人形の部分がドロドロに溶けて流れていく。
『だから、あなたが私の代わりにこの宇宙の
「で、できないです。私には……」
形を失っていくその姿は嫌でも逆沢さんの死因の、『融合の魔法』を思い起させた。
『できるよ。あなたにはそれを可能にする因果の器がある。たくさんの魔法少女との出会いも、大好きな人との別れも、そして、かけがえのない友達との友情もあなたの心に深く刻み込まれている。後は願うだけ。絶望を希望に変えたいと祈るだけ』
吐き気と嫌悪感の中、ジェーンさんの口ぶりに私は何かを感じ取る。
「待って。待って、ください。その言い方だと、逆沢さんのことも、みことさんとやり取りも……全部、全部!」
『うん。私がそうなるように仕組んだんだ。色々と思惑とはずれちゃったけど……』
はにかむ表情が想像できるほど、可愛らしい口調。
だけど、もうそこには最初に感じた親近感は感じない。
あるのは不条理への怒り。
あの絶望が、あの感情が、すべて私に何かをさせるために作られたものだったとしたら……私は!
「私はあなたを許せません! 絶対に……絶対に!」
それすら思い通りとでも言うように、彼女は歓喜の笑みを
『フフフフッ。そう。それだよ、かごめさん。どうか私を否定して! どうか私を越えて! 次の神様になるなら、そうならないといけないの。すべての不条理を根本から覆すような、そういう願いが必要だから』
──世界が壊れる前に。
──私が消えてなくなる前に。
『私を、倒して。期待しているよ。新しい神様』
崩れた人形は雪解けのように消えてなくなる。
最初からそこには何もなかったように、跡形もなく消えていた。
広がっていた手のひらは、彩り豊かな花々が咲き乱れる花壇に変わっている。
一斉に散華した花弁が風に舞って、私の視界を覆い尽くす。
闇に潰れた私の目は、どの色も映ってはいなかった。
再び、目を開いた私が見たのは、笑ってしまうほどに見慣れた部屋の天井だった。
雑然とした思考を纏めて、何が現実で、何が夢だったのかを整理する。
「確か、そうだ。私はリヴィアさんと一緒に水族館に、そこでみことさんが捕まっていて、私は彼女を連れて……追手に追われて、中沢さんが助けに来て、それでそれで……!」
自然と自分の手が首へ触れる。
思い出した。私は里見さんに首を締め上げられていた!
みことさんを絶望させるために、私は彼女の目の前で殺されそうになっていた。
その後……その後は!?
起き上がって、周囲を見回した。
そこで一番最初に目に映ったのは、アルちゃんだった。
アルちゃんはみことさんに腕を振り払われた時に水族館の床に落としたはず……。
少し汚れて見えるその顔に、私は手を伸ばす。
伸ばした指先は、少し震えていた。
指がアルちゃんに触れる。
……かごめちゃん、どうか生きていて。
「……っ!! みことさん!?」
幻聴じゃない。
確かに今、彼女の声が響いた気がした。
私は衝動的にアルちゃんを抱き締める。
ポロポロと流れ落ちる涙が、止まらない。
分からない……分かりたくない……。
それでも、もうみことさんはどこにも居ないという確信があった。
切れてはいけない、不可視の糸が途切れてしまった感覚を抱いた。
逆沢さんを失った時と、同じだ……。
もう、私の友達はどこにも居ない。
会って、言葉を交わすこともできないんだ……。
声を殺して、私は泣いた。
この気持ちが言葉になって、身体から出て行かないように抑える。
私は許さない。
この不条理を。
この結末を。
彼女たちを、私から奪ったこの世界のすべてを。
絶対に許しはしない。