泣き
とても登校する気にはなれなかった。
お母さんに中学校を休みたいと言うと、何があったかを聞かれた。
「逆沢君て言ったっけ? 怪我した時と同じようにあの男の子が眠ってたあなたを連れて来てくれたけど……何かトラブルに巻き込まれたの? 教えて?」
「……何でもないよ。ちょっと体調が悪くて」
あの人は逆沢さんじゃない!
そう大声でお母さんに叫びたかった。
その間違いを正したかった。
私が一緒に居たあの乱暴で、騒がしくて、それでも真っ直ぐな男の子はもうこの世に居ないんだって。
その気持ちを唯一共有してくれた私の友達も昨日居なくなったこと。
激しい憤りを抑えて、私はリビングから部屋に戻った。
部屋の扉を支えにして、大きく感情を息に変えて吐き出す。
「友達を魔女退治で失った魔法少女はこんな気分だったのかな……」
大切な友達が死んでしまったことを、家族や周りの大人に話せないもどかしさと、世界から切り離されたような孤独感。
キュゥべえと契約しかけた時、このはさんがもっとよく考えるように止めた理由が今ようやく分かった気がした。
この気持ちを自分の中だけに押し留めているのは、辛かった。
でも、私の気持ちを知り合いの魔法少女に話しても共感が得られるとは思えない。
逆沢さんのことはもしかしたら同情してもらえるかもしれない。
だけど、みことさんが死んだことを、私のために命を捨てたことを話したら、きっと皆──喜ぶんだろうな。
そのことがありありと想像できた。
当然のことだ。
みことさんは魔女の半身で、神浜市を滅ぼそうとしていて、親友だった魔法少女は大勢に迷惑をかけて魔法少女たちを苦しめた。
──居なくなって良かった。
そんな風に言われてしまったら、私は怒りを抑えずにいられる自信はない。
みことさんにだって、沢山良いところはあった。
私を殺そうとしたことだって、親友との絆を大事に思っていたからだ。
でも、それを伝えたとしても分かってもらえるとは到底思えなかった。
だったら、もう会わない方がいい。
分かり合えないのなら、関わらなくていい。
魔法少女になる方法は知っている。
その代償も。
後は願いを決めるだけ。
そうだ。私の願いは……。
考えようとした矢先、トントンと窓ガラスが叩かれた。
キュゥべえだろうか。それなら、ちょうどよかった。
部屋の窓に近寄って、閉まっていたカーテンを開く。
「中沢、さん……」
外に居たのは中沢さんだった。
いつものテールコートではなく、制服を着ている。
少し迷ってから、窓を開けた。
「どう、したんですか? もう学校始まってる時間ですよね?」
「そうなんだよ、もう遅刻確定で……前に乗っ取られた時に休んじゃったし。母さんにバレたら叱られる……ていうか、佐鳥さんの家って微妙に市外なんだよな。定期券使えないじゃんてなって、もー焦って焦って」
いきなり情けない顔で聞いてもない話をされてしまう。
私の困惑は顔に出ていたようで、彼は謝罪した。
「ああ、そうじゃないよな。ごめん。……俺さ、普通に今日登校しようとしてたんだけど、佐鳥さんのことが大丈夫か気になって。送り届けてそれっきりだと、佐鳥さん何にも分からないままだと思ったしさ」
そこまで話をされて、彼が意識を失った私を家まで連れ帰ってくれたことを思い出す。
「あの、家まで背負ってくれたみたいでありがとうございました。……あれ、でも、私の家の住所どうやって知ってたんですか?」
「いやっ、なんかその言い方だと俺ストーカーとかみたいなんだけどっ! 本当に違うから!」
必死に否定するせいでかえって、怪しさが増してしまう。
中沢さんは少し迷ったように目線を私から外して、訳を話し始めた。
「あいつの……逆沢の記憶で知ったんだ」
「逆沢さんの!? それ、どういうことなんですか?」
つい窓から乗り出して、彼に尋ねる。
彼は慌てて、私に声を抑えるようにジェスチャーして、周りをキョロキョロと見回した。
興奮して声が想像より大きかったみたいだ。
今の中沢さんは窓から人の家を覗いている状態。見つかれば、通行人にでも見つかれば不審者扱いされかねない。制服姿のこともあり、警察官に通報されたら補導は免れないだろう。
周りに人が居ないことを確認して、彼は話を再開させた。
「俺……というか『悲憤のアルベド』が逆沢とコネクトした時にさ、融合してた俺の意識を呼び覚まして助けてくれたんだ。それで『悲憤のアルベド』から分離する時、俺はあいつの自我も何とか持ち帰ろうとした」
「なら、逆沢さんは?」
淡い期待を込めて尋ねた質問に、彼は申し訳なさそうに首を振る。
「……駄目だった。記憶も全部じゃなくて、佐鳥さんや魔法少女たちと戦ったこととかしかなかった……。調整屋ならどうにかできるかもって、八雲さんに相談しようとしたけど、環さんのこととかで立て込んでるみたいで、話す余裕もなかった。それで、困ってたところにまだ街に居たメディロスさんが声掛けてきて、代わりに相談したんだ。その結果、メディロスさんの助手の人たちに調整してもらうことになったんだけど……」
その結果が昨日の一件だと、語った。
調整の副次的効果として、剥ぎ取った逆沢さんの魂と混ざって残留していた『融合の魔法』は性質を安定され、──『肯定の魔法』へと変化したのだという。
「正直、ありがたくはあったよ。否定の魔法は使えば使うほど、なくなっていく。また戦う力を失う前に別の力があればって喜んだ。でも、最初に期待してた逆沢の自我は戻らなくて……。だから、言い訳したんだ。この力はあいつが残してくれたものなんだってさ」
そうか。だから、中沢さんは昨日、キュゥべえに自分の魔法じゃないって話してたんだ……。
あの独特な戦闘も逆沢さんの記憶から真似したものだと考えれば、借り物って言葉の意味も納得できる。
「でも、そんなあいつが
悔しげに手を握り、中沢さんは下唇を噛み締めて、絞り出すようにそう言った。
それは──
「え……」
殺した……?
みことさんを?
何で、どうして……?
いや、それよりも。
逆沢さんの遺した力で。
みことさんを。
────殺した?
足元が
目の奥でチカチカと光が点滅する。
口の中がパサパサに乾いて息が重い。
寒気を感じるのに、肌に触れる空気の温度が分からない。
目を伏せて、話している中沢さんはそんな私の様子も見ないまま、懺悔を続けた。
ナニカ イッテル。
ヒトゴロシ ガ ナニカ シャベッテル。
耳栓をしてテレビを見ているような、くぐもった音が絶えず流れている。
ギャクザワサン ダケ ジャナクテ ミコトサン マデ コロシタ。
ヒトゴロシ。
ヒトゴロシヒトゴロシ。
ヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシ。
カエシテ カエシテ カエシテ カエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ────────ネェ、カエシテヨ ワタシ ノ タイセツ ナ……。
「……だから、これからは俺はあいつや、瀬奈みことの代わりに佐鳥さんを守って……って、佐鳥さん、大丈夫か? 顔真っ青だぞ!?」
「……はい。大丈夫、です。すみません。途中から、気分が悪くて」
私の顔色に
ヤメテ。
アナタ ニ ソンナ シカク ハ ナイデショ。
「本当に大丈夫なので。えっと、どういうお話でしたか?」
冷たい無機物めいた感情が漏れ出さないよう、しっかり心に
「あ、や……いや、何でもないっていうか、さ。あ! そうだ、これから八雲さんの調整屋に行ってみないか? メディロスさんは俺の力を利用してたから駄目だったって可能性もあるし。八雲さんならもしかしたら、逆沢を戻せたりするかも、だし……あ、でも、体調悪いなら」
「大丈夫です。そこに行きます」
私はそう答えた。
割れた鏡のような内心をそっと拾い集めて、一つの袋に詰める。
切先が突き破って出てきてしまわないよう細心の注意を払って、奥へ奥へと仕舞い込む。
今は、まだこの感情に出番はない。誰にも気付かせる訳にはいかない。
「私を調整屋さんに連れて行ってください」
***
神浜ミレナ座。
映画館だった跡地をほとんどそのまま再利用した調整屋は、新西区に立っていた。
住宅街の反対側にひっそりと立ち並ぶその場所は、不自然なほど人が寄り付いていない。
中沢さんに連れられ、やって来た私は店内へと足を運ぶ。
「ごめんなさいねぇ。今ちょ〜っと取り込み中で調整はまたの機会に……あら? 中沢君。と、かごめちゃん、だったかしら?」
外観から予想していたより、ずっと明るく清潔感が感じられる店内。
その中央に置いてある一人掛けのソファに深く座っているのは、八雲みたまさん。
「あれ、知ってんのか。って、そうか。静海このはさんて魔法少女の家で顔合わせてるんだっけか。あー、他人の記憶なんで思い出すと、ごちゃごちゃするなぁ」
「他人の記憶? 中沢君、あなた何の話をしてるのかしらぁ?」
「それなんだけど、八雲さん。今から俺の指輪調整してもらえないか?」
みたまさんに中沢さんがお願いするも、彼女はにべもなく顔の前で手を振って却下する。
「あ〜、悪いのだけど、それはできない相談ねぇ。今は立て込んでる最中なのよぉ」
相変わらず、のんびりとした口調だけど、声色に疲れが
「立て込んでるって言っても今暇をしてるだろ。なあ、八雲さん。頼むよ。俺、この店の掃除とか雑用色々やってただろ?」
「最近はめっきり顔出してくれないけどねぇ?」
「うぐぐ……それはほら、俺メンタル弱ってたし……洗脳されたり、身体乗っ取られたしてたし。というか、知ってるだろ!」
みたまさんに頼み込むものの、あれよあれよと
それにしても中沢さんとのやり取りを見ていると、どうにも気安い間柄のようだった。
「お二人は随分と仲が良いんですね」
「まぁね。バイト店員と店長みたいなものよぉ。ここで働きたいって押しかけてきたこともあったわねぇ」
「俺、一円ももらった覚えないけどな」
「あら、知らなかったの? 中学生はお金が発生するアルバイトしちゃいけないのよぉ」
「うー……ああ言えばこう言う人だな、ほんと」
言葉でやり込められた中沢さんは、呆れたように溜め息を吐く。
その様は、姉に理屈で言い負かされる弟みたいに映った。
中沢さんをからかい少し気分がよくなったらしく、みたまさんはフォローの言葉を添える。
「でも、忙しいのは本当なのよぉ。今やっと休憩してたところ、何せ相手は……
「それって、いろはさんのこと……ですよね?」
私の問いにみたまさんは、
勢いをつけてソファから跳ね上がるように立つと、壁際にあった“それ”に被せられた布を剥ぎ取った。
「環いろはちゃん。そう、自信を持って断言できたらどれだけよかったのにね……」
「なっ……!?」
「これは……」
布の下で
その内側に胎児のように身体を丸めた少女の姿が見えた。
ただし、その少女を包み隠すかのように、ピンク色に発光する膨大な量の髪の毛が纏わり付いている。
新円を描くように長く伸びて、絡み合った少女の髪は薄い膜を形成していた。
まるで、それは……──。
「繭、に見えるわよねぇ……」
みたまさんが私たちの方に振り返る。
「この繭が“孵化”したら、何が生まれてくると思う?」
輝くピンクの繭の隙間に静かな寝顔が
その表情は、異常な状況に反して、あまりにも安らかで穏やかなものだった。