「カッ、カエレェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」
神浜ミレナ座で
つい数秒前まで緊迫した雰囲気の中で、武器を構えて
取り分け、満を持して要求晴明をした結菜さんは想定外の反応に困惑した表情を見せていた。
「えっ……」
二の句を告げる間もなく、白目を剥いた紅潮した顔の中沢さんが
「ツギカラツギ! イイカゲンニシロォォォー!! コレイジョー! ハナシヲ! ヤヤコシクスルナァァァーー!!」
魔女の鳴き声に迫るけたたましさを惜しみなく発揮し、ひっくり返った声を店中に
私は後ろに居るみたまさんへ、
「み、みたまさん。これでも任せてて大丈夫なんですか……?」
「……全然大丈夫じゃないわねぇ。少し、いえ、かなり追い込み過ぎたわ……」
彼女は遠い目をして、正気を失っている中沢さんから目を逸らす。いや、あの、ちゃんと直視してあげてください。
ただ、中沢さんが発狂してくれているおかげか、本来なら結菜さんの発言に大激怒していてもおかしくないやちよさんが、大人しくしてくれているのはありがたかった。
……単にあの狂乱ぶりを見て、混乱しているだけかもしれないけど。
見るからにまともじゃない中沢さんに、当惑していたプロミスドブラッドのメンバーの中で一番早く冷静さを取り戻したのは、意外にも樹里さんだった。
「思い出したぞ! その顔! その気迫! ……忘れもしねー、お前は樹里サマとやり合った『顔無し手品師』……逆沢ァ!」
違うんです。その人はあなたが凄んで追い払った一般人の方なんです。
「カオナシテジナシ……ギャクザワ……逆沢……え、俺が?」
感情を吐き出していた中沢さんは、逆沢さんの名前を持ち出されたことでどうにか正気に帰って来れた様子だった。
入り口の扉を塞ぐように立っていたプロミスドブラッドの魔法少女たちに、さっきとは違う理由で動揺が走る。
「こ、こいつが次女さんを真っ向から相手にして勝ったっていう、あの逆沢!?」
「え、あ……いや、俺は……」
「まずいっスよ。コイツとだけは戦闘避けるって取り決めでしたよね? 出直しますか?」
「……!」
訂正しようとした中沢さんだったが、その言葉で何を思い付いたのか、急にズボンのポケットへ両手を入れる。
そして、眉間に
「そ、そうだ……だぜ。俺……俺サマがっ逆沢だ、オラァ」
え? それ、もしかして逆沢さんの真似のつもりなんですか……?
事実、アオさんはそんな中沢さんの態度を
「姉ちゃん、姉様。なんかあいつ変だよー。パチモノ臭いっていうか、2Pキャラ感あるっていうかー」
「あー? 相っ変わらず、訳わかんねー例えすんなよ。姉さんはアオが何言ってるか、分かるか?」
樹里さんの方はいまいちピンと来ていないようで、結菜さんに尋ねた。
すると、結菜さんはスッと鋭い眼光を中沢さんへ向ける。
「私の目は節穴じゃないわぁ……逆沢の顔は遠目だけどしっかり確認してる……」
「うっ」
じっとりとした湿り気のある視線を向けられ、中沢さんが
「この男は……逆沢よぉ!」
節穴だった。
……いや、確かに顔の造り自体は同じなんだろうけど。
それでも、この流れで断言してしまうのは、まごうことなく節穴だった。
「だ、だから、そう言ってるだろ……だぜ。オラァ!」
中沢さん。さっきから、その取り繕うように付けてる「オラ」って何ですか?
逆沢さんはオラ付いてはいましたけど、実際に毎回口にしてた訳じゃないですよ?
「参ったわねぇ……まさか、逆沢とこんな場所で遭遇するとは思わなかったわぁ……」
「じゃあ、大人しく帰った方が身のためなんだぜ? オララァ!」
段々とこなれてきたらしく、
オララって……。それはもう不良じゃなくて、人里離れた秘境に住む部族では?
心の中で色々と突っ込みを入れてしまうが、相対している結菜さんはどこまでも真剣だ。
「そういう訳にも行かないわぁ……。出張調整屋から聞いたのよぉ。ここに魔女から戻れたっていう魔法少女が居るって……」
出張調整屋……。リヴィアさんたちのことだ。
でも、何でいろはさんが魔女から戻ったことまで知っているんだろうか。
あの時に記憶ミュージアムに行った魔法少女の誰かが話した? 例えば、誰かが調整を受けた時に……。
湧いた疑問は、すぐに氷解する。
──中沢さんだ。
中沢さんは、ヨヅルさんたちに調整を受けたと言っていた。
あの『肯定の魔法』を調整する際に、中沢さんの記憶にも干渉していたのだとすれば、
魂を弄れるのなら、中沢さんが逆沢さんの記憶を得たように、他人の記憶を覗いたりできるんじゃないだろうか。
答え合わせをするために、中沢さんの横顔を見る。
「……ほぉっほぉっ」
荒い呼吸をして、ダラダラと冷や汗を掻いていた。
多分、私と同じ考えに思い至ったんだ。
「そのっ、なんだ……魔女から戻った魔法少女を捕まえてどうするんだ、オラオラ」
「どうする……? 決まっているでしょぉ……。聞き出すのよぉ、魔女から魔法少女に戻る方法を……」
魔女化は魔法少女にとって避けられないもの。
その常識を根本から覆す方法を知りたくない訳がない。
あの時、現場で見た魔法少女は魔女化したいろはさんが例外で、中沢さんの『否定の魔法』と相乗効果で起きた奇跡みたいなものだと知っているけど、この人たちは違う。
知ればもしかしたら、自分たちも助かるんじゃないか。そんな風に希望を抱いてしまった。
結菜さんは、中沢さんとそして、やちよさんたちの顔を見回して、膝を突く。
「お願いするわぁ……。神浜への恨みも、マギウスへの報復も全部諦める……だから、その子に会わせて……私はもう大切な仲間を失いたくないのよぉ……」
そして、両手と額を床に着けて、平身低頭する。
「ね、姉さん」
「姉様!」
「結菜さん!?」
ここまで
土下座で頼み込む結菜さんへ驚愕の目が向く。
その場に居た全員の視線が注がれた。
「い、いや、そこまでしなくても。……ッ!?」
演技も忘れて、中沢さんが彼女の土下座を止めさせるために近付いて、何かに気付いたように目を見開く。
「どうしたんですか?」
私の問いに彼は答えることなく、前方に居るプロミスドブラッドの魔法少女の一人を食い入るように見つめた。
「魔力の流れが……奥まで!」
バッと身体ごと、後ろへ振り返る。
私もそれにならって、部屋の奥を見た。
振り向いた先には、大きなクレーンのアームのようなものが浮いている。
空中にぶら下ったそのアームは被せられた布ごと、いろはさんが入った容器を持ち上げようとしていた。
「頭くらい、いくらでも下げるわぁ……。必要なものを手に入れるためならねぇ……」
私がすぐ彼女の方を向くと、床に着けていた結菜さんの頭が上がっていた。
その顔には、酷薄な笑みが張り付いている。先ほどまでのしおらしい態度は面影すらも残っていなかった。
演技だった。
節穴どころか、彼女は誰よりも冷静にこの場を観察し、
全員の目を自分に集中させ、さっき中沢さんが見つめていた黒髪に蝶結びのリボンの魔法少女だけに念話か、何かで直前に指示を出していた。
「やちよさんっ!」
鋭く飛んだななかさんの声よりも早く、やちよさんは動いていた。
「いろはに……触らないで!」
槍投げの選手のように、掴んでいた槍を振り抜く。
空中に浮かんでいたアームは、飛んでいった槍に貫かれ、魔力の粒子へ
「ひかる軍団! あのオブジェを奪えー!」
安心したのも
大量の使い魔は室内を飛び交い、容器の元へと向かっていった。
中沢さんが白い衣装に変身して、銀のコインで撃ち落としていくが、それでも数が多い。
加えて……。
「まったく、姉さんは。……暴れていいなら早く言えよなァ!」
「ホントだよー。いきなりゲザってビックリしたー。それじゃ、
火炎放射器を作り出す樹里さんと、指先を滑らかに動かすアオさん。
そして、数え切れないマスクの魔法少女の戦闘員を率いて駆ける、鉢巻をしたショートカットの魔法少女。
それなりの広さとはいえ、密閉された室内で魔法少女の大乱戦が突如巻き起こる。
「っ、調整屋は中立地帯って知らないのかしら! かごめちゃん。一般人のあなたはこっちに!」
だけど、その時、彼女の背中にナイフを持った戦闘員の魔法少女が迫っていた。
「みたまさん、危ない!」
「くっ……」
声に反応して振り向くみたまさんだったが、彼女は向き直り、私を自分から離すように突き飛ばす。
バランスを崩して尻餅を突いた私の眼前に、みたまさんが前のめりに倒れ込んだ。
「みたまさ……」
上着が縦に裂け、白いシャツが血で滲んで露出していた。
じっとりとした赤い血が、徐々にその色合いを濃く染めている。
声を掛けることもできず、呆然と私はそれを眺めていた。
彼女に傷を負わせた魔法少女は、それ以上の追撃は不要と判断したのか、私を
「かごめちゃん……怪我は?」
倒れた状態で顔を動かしたみたまさんが、私に尋ねる。
その声は酷く弱々しかった。
「みたまさん! 大丈夫ですか!?」
「一応ねぇ。これでも私、魔法少女だから……。他の子に比べると弱いけどね」
「そんなことありません!」
だって、背中にそんな大きな傷があるのに、私のことを心配してくれた。
さっきだって避けようと思えば避けられたのに、私を
「……かごめちゃんね。こんな時に言うのはあれなんだけど……あなたは魔法少女にならない方がいいわぁ」
「どうして、ですか……?」
「どうしても何も、今起きてることが魔法少女の現実なのよぉ。自分たちが生き残るために同じ魔法少女同士で争うの。限りある生き残る手段を巡ってね……」
痛みによる掠れた熱っぽい声音で、みたまさんは続けた。
「このはちゃんの家で最初に会った時にね……ああ、この子もいずれ魔法少女になるんだろうなって思ったの……でも、できたら魔法少女にならなければいいなって感じてた」
みたまさんは震える手で私の顔に触れる。
「かごめちゃん……ここに希望なんてないの。あるのは終わりのない闘争と後悔だけ……」
「みたまさん……」
「私はねぇ、『神浜を滅ぼす存在になりたい』って願ったの……」
「……!」
それは、みことさんが私に持ち掛けたものと、同じ願い。
「私、大東区って東の方の生まれでね。差別部落の名残みたいな理由でこの街の西側の人間から、
力ない表情で私に微笑む。
その笑みが、アルちゃんに触れた時に見えたみことさんの最期と重なって見えた。
「今日初めて、身体を張って誰かを守ったわ。思ったよりも悪くない気持ちよ……、でも、やっぱり、こんな場所に来なくていいなら、来ない方が良いって……思うか、ら……」
「みたまさん! みたまさん!」
私は必至に呼びかける。
でも、他の皆は誰もみたまさんを見ていない。
自分たちの戦いに精一杯で、それどころじゃないんだろう。
誰かを守って、傷付いて、それすら見向きもされない。
気高さも、優しさも争いの中では、視界の端にも映らない。
何て……。
何て、残酷なんだろう。
どうして……?
神浜の滅びを願ったから?
誰かの不幸を望んだから?
一度でも世界を恨んだ魔法少女は、どんなことをしても許されないっていうの?
間違えてしまった存在は、何があっても空しく消えないといけないの?
勧善懲悪の絵本のように、悪者は惨めに退場しないと気が済まないの?
許せない……。
どうしても認められない……。
私はこんなにも狭量で、残酷な世界がどうしようもなく、憎らしく感じた。
その時──。
店内で何かが壊れる音がした。
無数のガラスの破片が、細かく飛散して雨粒のように天井まで巻き上がる。
目を向けた先には、白い布が裂けて、そこからピンク色の光が
卵が、割れる。
そう思った。
そう感じた。
戦闘はいつの間にか止まっていた。
この場に居るすべての目が、それに釘付けになっていた。
桃色の輝く翼を持った、その少女の誕生に。
「いろはさん……?」
閉じていた瞳を徐々に開かれる。
同時に翼が膨らんで、弾けるように広がった。
淡いピンク色の魔力が、室内を取り囲み、変質させていく。
私はそれ以上、何が起きたのか知ることはできなかった。
重くなった
そうして、私は光の中へ堕ちていく。
深い深い、光の中へと……。