ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 紫暗色の野望

「適者生存! 強いモンが勝つんやない。状況を読み切ったモンが勝つんや!」

 

「……先生。いきなり何ですか? 誰に向けての台詞ですか?」

 

 冷めた目で、心無い指摘をザクザク刺してくるんは、私の教え子のヨヅル。

 いや、別に誰かに言った訳やないけどなぁ。もうちょい気の利いた返ししてほしいわ。私、仮にもアンタの師匠なんやで? 敬意が足らんのとちゃうか?

 

「それから、ご指示通り二木市の魔法少女には例の話をしておきましたよ。平静を装ってましたけど、あれは今日明日中には動くでしょう」

 

「ああ。ご苦労さんやったなぁ。あの子ら、うららちゃんに裏切られて意気消沈してたところやったから、食い付かせんのは骨が折れたやろ? 調整の無料のサービスくらいはさせられたんとちゃうか?」

 

 魔女化から魔法少女への回帰。

 本来なら不可逆の摂理を超えた事象。

 魔法少女なら裸足で飛び付きたくなる話でも、手酷い裏切りを受けた直後は動きも鈍る。

 オイシイ話の裏を嫌でも考えてまう。

 しかし、ヨヅルは意外にも首を左右に振った。

 

「いえ、むしろ何かを標的にして暴れないと壊れてしまうような状態でした。きちんと適正量のグリーフシードも支払って頂きましたよ」

 

「ははっ、ヨヅルも商売上手になったモンやなぁ。私より鬼とちゃうか?」

 

「お褒めの言葉として受け取っておきます。……けれど、本当に良かったのでしょうか?」

 

 皮肉の返しとして恭しく一礼したヨヅルは、疑問を投げかける。

 当然、意味合いはプロミスドブラッドを調整屋に、けし掛けた事やない。

 

「魔女から魔法少女へ戻れる方法があるのなら、私たちで先に確保した方が得だったのでは?」

 

「ヨヅルは直接中沢君の記憶を覗いたんやろ? だったら、あれがまともな魔法少女には無理って事も分かるはずや。特に……私らみたいな自分自身すら認められない魔法少女なら、魔(・)女(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)自(・)分(・)なんか到底受け入れられへん」

 

 環いろはちゃん。

 あれは、狂人やね。優しいとかそういう話やない。

 魔女としての自分を受け入れるなんて正気の沙汰やない。

 せやから、あれは魔女から戻れた。

 笑ってまうわ。魔女にならない条件が、魔女を受け入れる事なんて。

 

「それにな……あれ。多分、魔法少女には戻れてへん」

 

「どういう事です? 確かに彼女は、元の姿に戻れていたと記憶しておりますが」

 

「姿形はな。私は念話で聞いてだけやから映像までは知らんけど、いろはちゃん……ソウルジェムまで戻ってたんか?」

 

 私は直接は調整した訳やないから、念話でも伝達された事しか分からない。

 でも、不可逆だったモンが、何も変わらず元へ戻る事は絶対にない。ゆで卵を生卵に戻せる技術ができたって話やけど、それとは次元が違う。

 希望から絶望への転化。感情の相転移。白いモンが真っ黒に変わる。

 魔法少女と魔女には、それだけの隔絶した差異がある。

 ヨヅルは記憶を確かめるように目を瞑(つむ)り、少し黙り込んでから答えた。

 

「記憶では見た覚えがありません。……ですが、意識を持って動いている以上は」

 

「魂はあるやろ。ソウルジェムとは違うモンになってるやろうけど。魔女から戻るっちゅうんは、マギウスが作ったドッペルとかいうのとは違うんや。見てみい、ヨヅル。鏡の魔女を」

 

 私は目の前の薄黄緑の障壁の内側で、赤黒い鎖で縛られた鏡の魔女を指差す。

 これこそ、完全な魔女化から魔法少女が逃れた前例や。

 話でしか知らんけど、マギウスが飼(こ)うてた“エンブリオイブ”っちゅうも多分同じモン。

 

「魔女から逃れるために魂を二つに分けた。魔女と魔法少女の人格にそれぞれ意識がある。戻ったいろはちゃんもこれと理屈は同じや」

 

「ですが、先生。それだと魔女の肉体はどこへ? 記憶では、そのような存在は確認できませんでしたよ」

 

「そら、見えるところに居らんなら、見えんところに決まっとるやろ。いろはちゃんの内側や」

 

 ただ人語を理解していたって話やから、いろはちゃんの魔女は、二例の魔女よりも明確な自我を持っとるはず。

 その上、かなりいろはちゃんに好意的。

 個人的にはおもろいサンプルとは思うけど、残念ながら見せかけの希望や。

 私はもっと堅実に行かせてもらうわ。

 部屋の入り口から、ビニール袋を両手に抱えた月出里(すだち)が顔を出す。

 

「ふんふんふふ!」

 

「月出里(すだち)が食料調達から戻ってきました。そろそろ、昼食にしませんか?」

 

「今更やけど……コンビニの店員さん。困っとらんかったか?」

 

 何で喋れんこの子に買い出し行かせとんねん。

 絶対にヨヅルの方が着いて行った方がよかったやろ。

 

「ふんふんふんふふっふふ、ふんふっふ、ふふふん」

 

「おー、そうかそうか。……全然分からへん」

 

 月出里(すだち)は小さな胸を張って、ふむふむ言うとるだけやった。

 あかん。可愛ええという事しか分からへん。

 

「『思ったよりも好意的に受けれられた』と申しております」

 

「そら良かったわ。後でもらうから、テーブルある場所で先食べときー」

 

「ふんふ、ふふふんふ、ふふふんふんふんふんふんー!」

 

 それだけ言い終えると、月出里(すだち)はポテポテと部屋から出て行く。

 ヨヅルが代わりに通訳して答える。

 

「『じゃあ、お先に頂きます』と」

 

「いい加減ヨヅルだけやなく、私にも念話で送ってほしいわぁ。ほな、アンタも先昼入りや」

 

 あれはあれで可愛ええから、やっててほしいとこもあるけどな。

 そう思いつつ、視線を鏡の魔女へと戻す。

 やけど、一向にヨヅルが月出里(すだち)の元へ行く気配がない。

 

「何や、ヨヅル。まだ何か話したりひん事あるんか?」

 

 振り向かずに聞くと、ヨヅルは少し黙り込んだ後に喋り始める。

 

「……先生は本当に信じているんですか? その、“円環の理”とかいう存在を……」

 

「今は『否定の魔法』を取り込んでヴァージョンアップしたから名前も変わっとるで」

 

「名前なんてどうでもいいです。はぐらかさないでください。私は本気でお聞きしているんです」

 

 何や、この子……。

 もしかして、私の事信疑っとんのか。

 

「居(お)るよ。神さまは居る。せやけど、何もしてくれへん。あれは見とるだけや」

 

 私はあれを見た。

 ヌルオとかいう、顔無し手品師のウワサの残骸を以前読み取った時、確かに感じた。

 あれは──本物や。

 

「であれば、何故里見教授の計画に乗ったのですか?」

 

「新生ワルプルギスの夜を作って革命を起こすってヤツの事か? 笑(わ)ろけてまうよな、そんなんしたところで魔法少女は救われんって」

 

「…………」

 

 理解ができないという沈黙。

 まあ、無理もないか。端から見たら、一貫性がないように思えてもしゃーない。

 

「私はな、ヨヅル。神さまが何をしようとしてるのか、何となく分かっとんねん。だから、“手助け”しとんのや」

 

「手助け……?」

 

 謂(い)わば、促進剤の役割。

 私やない、と言われた時、神さまが誰かを探していると気付いた。

 この世界の中心、物語の主人公と呼べるのは誰か。

 最初は中沢君かと思ったけど、違った。

 いろはちゃんが怪しいと睨んだけど、それも間違いやった。

 

「かごめちゃんや。あの子が、魔法少女を……いや、この世界のルールを変える鍵や」

 

「……色々と物申したいところですが、一つだけ。先生は彼女の殺害するよう里見教授に吹き込んでいませんでしたか?」

 

「そやな。でも、教授程度で殺されるんやったら、そこまでやろ。十中八九、何らかの邪魔が入ると思とったし」

 

 むしろ、教授が神さまの謎パワーで殺されるやないかって、見とってハラハラしたわ。

 せやから、あれだけみことちゃんにやらせろ言うとったのに、……まあ、教授が“扱いやすい状態”になったのは不幸中の幸いや。

 かごめちゃんが死んだら死んだで、諦めてこの世界も理に導いてくれるかもしれんと、ちょっと期待してたのはナイショやで。

 

「あとはかごめちゃん次第やな。私も私で最後に大仕事せなあかんし」

 

「仕事、ですか? 何かお手伝い出来る事は?」

 

「ええてええて。こればっかりは任せられへん。私の仕事や」

 

 “誰かのためにした行動で相手を不幸にする力”──最低最悪の固有魔法。

 これが役に立つ日が来るとは思わんかったわ。

 待っててな、主役(かごめちゃん)。

 これから私がする事、全部アンタだけのためのモンや。

 私が、アンタに立ち塞がる最大の障害になったる。

 目指すところは、最期の敵役(ラスボス)。

 ワルプルギスの夜も真っ青の、史上最悪の魔女としゃれこもうやないの。

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