職場に着くと、俺は学校の制服から仕事着に着替える。
この瞬間、精神を切り替えて、俺は俺でなくなる準備をするのだ。
ただの中学生ではなく、愉快な着ぐるみマスコットキャラクターへと……!
目をカッと大きく開いてから被り物を頭に装着する。
――変・身……!
「ナッゾー! はっじめましてナゾー。謎沢クンだナゾー! みたまお姉さんの助手兼マスコットだナゾー! よろしくナッゾー!」
謎沢クンを初めて見た魔法少女の口から出る台詞は、大体三種類にカテゴライズされる。
即ち、悲鳴か、「キモい」か、「消え失せろ」だ。
中でも取り分け一番多いのが悲鳴だ。
「きゃああああああああああぁぁぁぁっ! みたまさんみたまさん! 助けて! 変なのが居るぅ!」
「あ、それ、ウチのマスコットの謎沢クン。キモカワイイわよねぇ」
絶叫する客の魔法少女に、調整屋の主はマイペースに対応する。
パーテンションの向こう側に八雲さんが連れて行くまで、彼女は警戒するように俺を見つめていた。
調整が終わった魔法少女へ去り際に小さく、手を振る。
「さよならナゾー! また来てほしいナゾー!」
「ひっ……」
小さな悲鳴をもらい、本日予定があった最後の客が速足で入口から出て行く。
回り込んで隣に来た八雲さんが労うように肩を叩いた。
「お疲れ様。大分、マスコットが板についてきたみたいねぇ」
「……みたまお姉さん」
「何? 謎沢クン」
「謎沢クン……本当に必要ナゾか?」
「絶対必要」
断言されてしまった。
辛く苦しい戦いはまだ始まったばかりのようだ。
心が疲労骨折しかけていた俺だったが、調整屋に入ってくる足音を聞いて、役に入り込む。
「いらっしゃいませナゾー!」
「相変わらず、訳の分からない着ぐるみだな、君は」
古風な男性的な口調で話しかけてくる白いオカッパ頭の少女は
今でこそ気さくな対応だが、開口一番で「消え失せろ」と怖い顔で言った最初の魔法少女だ。今日は黒の制服を着ているので学校帰りなのだろう。
身長は低いが、高校生三年生だと八雲さんから聞いた。
初めて会った時は汚物を見る目を向けていたが、ただ働きで室内の清掃や開店準備、八雲さんの食事の買い出しその他諸々をしていることを知ると、なぜか急に対応が柔らかくなった。
「照れるナゾ。それより今回も調整の依頼でいいナゾか?」
「いや、今回は八雲に少し話があって来たんだ。今は大丈夫か?」
「ちょうど今はお手隙ナゾ。ね、みたまお姉さん?」
八雲さんに念のため、尋ねるとテーブルに座っていた彼女は首を横に振る。
「まだ謎沢クンの分の、のり弁に苺ジャムと蜂蜜をかける作業が残ってるわ」
やめてくれ。まともな食事は俺の数少ないオアシスなんだから。
「つまりは暇なのだな? それなら遠慮は要らないな」
背筋のピンと伸びた綺麗な姿勢で歩き、勝手知ったる我が家かのように三人がけのソファに腰を降ろす。
脚を組んで腰掛ける姿は堂々としていて、様になっていた。
「マギウスの翼の件での話だ。何でも奴ら、黒いウサギを探しているらしい」
心臓が跳ね上がる。
業務と謎沢クンの設定を覚えるので忘れかけていたが、俺が調整屋で働いているのはその情報が知りたかったからだ。
何としても聞かせてもらわなくては。
「おガキ様が部下を使ってペットを探している、とも考えたが、流石に侮りが過ぎる。腐っても組織を一つ纏め上げる知恵がある彼女が何を企んでいるのか……」
ゴクリと生唾を飲み込んで和泉さんの話に聞き入る。
だが、そこで話を止めた彼女は腕組みをして、俺の方を横目で見た。
「謎沢クン。……少し、席を外してくれないか?」
「ナゾッ!?」
まずい。確かに八雲さんへの話を俺が近くで聞いていい道理はない。
むしろ、気を利かせて言われる前に居なくなるのが正しいだろう。
しかし、この情報はヌルオさんへの手がかりだ。絶対に聞き逃せない。
困り果てた俺だったが、意外な場所から援護が差し込まれた。
「何言ってるの? まだ彼には仕事が残ってるわぁ。さあ、謎沢クン。掃除を始めて
八雲さんはそう言ってこちらを見る。
俺は何度も激しく頷いた。
「そうだったナゾ、そうだったナゾ。おっ掃除! おっ掃除! たっのしいおっ掃除! 始めるっナゾー!」
備え付けの掃除用具入れロッカーからモップを取り出して、床を擦り始めた。
ハイテンションで突然掃除をし出した俺に、和泉さんは何か言いたげな視線を向けていたが、諦めたように八雲さんへ向き直る。
「……話を続けさせてもらって、大丈夫か?」
「ええ。構わないわよぉ。それでマギウスの翼はどうしたの? 仲良く皆でペットショップにでも向かったのかしら?」
「それならよかったのだろうがな」
俺は素知らぬ顔で床を磨きつつ、和泉さんの座るソファの裏まで移動する。
被り物でくぐもった音を極限まで研ぎ澄ませた聴覚で拾っていく。
「…………」
ソファの裏からはみ出た和泉さんの頭がちらっと動いたのを察し、床をモップで磨く手を早める。
背中に刺さる彼女の鋭い視線を感じつつ、誤魔化すように俺は独り言を吐き出した。
「いや~、この床の汚れ全然取れないナゾー。みたまお姉さん、一体何こぼしたナゾねー?」
視線が俺の背中から
「どうにも七海がその件の黒いウサギを保護したそうだ」
七海さんって、あのクールに見えて口煩い七海さんことか!?
じゃあ、今、ヌルオさんは七海さんの家に居るのか。
もっと、この話を詳しく聞く必要がある。
「……謎沢クン」
「な、何ナゾか? 謎沢クンはお掃除で忙しいナゾー」
「そこまでえげつなく聞き耳を立てるくらいなら、素直にこちらに来て座るといい」
和泉さんの座るソファに頭を擦り付けるように密着していた俺はその言葉で、すべてお見通しだったことを知らされた。
ありがたく俺は和泉さんの隣のスペースに腰を下ろした。
「そこに座るのか……まあ、いい。続けよう」
えっ。駄目だったのか。
今のは他の一人掛けのソファに座れという意味合いだったのか。
だったら、“こちら”って言い方しないでもう少し具体的に言って欲しかった……!
内心での
でも、これでようやく辛かった着ぐるみ生活も終わる。
「自分が電話で聞いた内容では保護した黒いウサギはどうにも…………おっと、済まない。シフトの時間だ」
「!?」
「これからバイトなのでな。ここらで失礼させてもらおう」
「!!!???」
「二人とも、
腕時計を見た彼女はソファから立ち上がると、片手を上げて帰ろうとする。
俺は即座に和泉さんの脚に縋りつく。
「待つナゾ! 待つナゾ! この流れでその引きはあまりに酷いナゾ!」
「いや、酷いと言われてもこっちも生活が懸かってるんだ。というか、自分の太ももに気安く触るな」
何と言われようともここは譲れない。
こちとら、
ナゾナゾ言い過ぎて、授業中にも口にしそうになっているほどだ。
「せめて、せめて! もう少し! あと少しで良いから語って言ってほしいナゾー!」
泣きそうになりつつ、必死で和泉さんの脚に縋りつく。
だが、着ぐるみ越しとはいえ、乙女の柔肌に触れた罪は重かったらしい。
「いい加減に、しろっ!」
頭上から和泉さんの肘が脳天に直撃する。
「がっ……」
被り物のおかげで衝撃が削がれていなければ、死んでいたかもしれない。
そう思わせるほどの打撃を受けて、視界に火花が走った。
力なく離れた俺の手の中から、するりと脚を抜いた彼女は八雲さんに言う。
「このセクハラマスコットは早くクビにした方がいいと思うぞ」
「見てる分にはこの上なく愉快よぉ?」
クスクスと笑いながら、苺ジャムと蜂蜜でぐちゃぐちゃになったお弁当を口に運んでいた。
どうでもいいけど、俺の認識が間違っていなければ、八雲さんの夕飯と一緒に買っておいた俺の分の弁当だったはずだ……。
「それじゃあ、続きは今度来た時にね」
「ああ。それと、謎沢クン」
腰元に手を当て、窘めるように俺の名を呼ぶ和泉さん。
「な、何ナゾか?」
「語尾がおかしくなっている気がするが。何がそこまで君を駆り立てたのかは分からないが、不用意に女性の身体に触るべきではない」
「はいナゾ……」
頭を押さえて、俺は
言われている内容は至極当然のものだ。
どんな理由があろうと女性の身体を掴むなんてどうかしていた。
そもそもこの話は八雲さんにしに来たものであり、俺に聞かせる理由は皆無だ。
情報欲しさに好意を無下にして、失礼なことをしてしまった。
罪悪感が込み上げて来て、彼女にきちんと頭を下げた。
「すいません……」
「謎沢クン、語尾が取れてるわぁ」
「すいませんナゾ……」
八雲さん、キャラ付けに厳しいなぁ。
何が彼女をそこまで徹底させているのだろう。
真面目に謝ることさえ許されないこの職場にパワハラという単語はない。
「分かったのならそれでいい。それと七海の家に興味があるなら八雲に教えてもらえ。もっとも君がそれほど信頼を得ているかは知らないが」
「え、それってどういうこと……」
「謎沢クン、語尾」
「……どうことナゾ」
上司の鬼のような訂正のせいで、聞かせる前に和泉さんはミレナ座から出て行ってしまう。
わざわざ最後にアドバイスを残してくれたが、その様子からバイトの時間まで本当に余裕がなかったようだ。
今度、来店した時にお礼としてお茶菓子でも出させてもらおう。
それはそうと、新たにやるべき行動方針は決まった。
「みたまお姉さん」
「駄目よぉ? 顧客の個人情報を漏らすなんて、プロとして恥ずべき行為だわぁ」
「そこを何とかお願いしますナゾ!」
「駄目って言ったらだーめ。大人しく次の来店をお待ちしてなさい」
「うう……そんな……酷いナゾ」
取り付く島もない、とはことのことだろう。
俺も無茶苦茶なことを頼んでいる自覚はあるが、それでも一週間も
語尾を死守しながらも被り物の中で涙を流す。
「はい。分かったら、掃除を続けて。あなたが私に頼み込んだことでしょう?」
「うう……。分かったナゾ……お掃除、続けるナゾ……」
八雲さんはそれだけいうと俺の弁当を残飯に変える行為に
自分で望んだとはいえ、ブラック過ぎるバイトだ。厳密にいうと無賃金なのでバイトですらないのだけども。
折れに折れた複雑骨折の心を守るために、意識を切り替えて掃除に打ち込む。
モップ掛けの後は、乾いた
その間、八雲さんはソファに座って雑誌を読んでいた。少しくらい手伝ってくれても罰は当たらないのにと内心で思う。
床全般が終わると窓ガラスや棚の埃を清掃に移る。
すべて綺麗にし終えると、今度はテーブルの上を片付け始める作業に取りかかった。
やはり見間違いではなく、俺の分の弁当も空っぽになっている。
半分以上減ったジャムと蜂蜜の瓶は
タイトルを付けるなら、『汚れたスプーンのダイイングメッセージ』。
まるで汚れが文字や数字のように見えた。
……いや、違う。これは――住所だ。カタカナと数字が神浜の住所を示している。
「み、みたまお姉さん……これって」
「ああ。随分と汚しちゃったから、ちゃぁんと綺麗に片付けてねぇ」
俺は八雲さんの粋な計らいに感謝しながら、テーブルを布巾で拭いた。
前言撤回だ。ここはブラックバイトなんかじゃない。
最高に格好いい上司が居る、俺の職場だ。
「今日はそれが終わったら、椅子やソファー、パーテンションの洗浄もお願い。特にソファは臭いが付きやすいから完全消臭ね」
「……分かったナゾ……」
ブラックなんかじゃない。ちょっとやるべきことが多いだけだ。
断じて、ブラックなんかじゃ……。
「ああ、天井も汚れてきたから綺麗にしておいて。それとプラスチックゴミと燃えるゴミを分別してビニール袋に詰めるのもやってくれると助かるわぁ」
…………やっぱりブラックかも。
***
次の日の放課後、マスコットの仕事を休ませてもらい、教えてもらった住所の場所を探していた。
そして、スマートフォンの地図アプリを使って、場所を特定することには成功した。
成功したのだが……。
「七海さんの家、絶対ここじゃないだろ……」
張り出した
前にヌルオさんが言っていた話では、彼女の家はかなり大きな屋敷ということだった。
お世辞にもこのお店は大きくもなければ、屋敷でもない。というか、住居じゃなくてお店だ。
「騙された……完全に騙された」
確かに八雲さんはあの住所が七海さんの家とは一言も言っていない。
言っていないが、あの雰囲気でまったく関係ない中華料理屋の所在地をお出しされるとは普通思わないだろう。
いくら何でも悪質過ぎる。俺は何のために参京区まで足を運んだのだろう。
本気であの人のことが嫌いになりそうだ。
一応、奇跡のような確率だが、七海さんがこの中華料理屋の店主をしている可能性にかけて、入店してみることにした。
脳内でコック帽を被った七海さんが中華鍋を真剣な顔で振り、チャーハンを作っている姿を想像する。
うん、あり得ないな。
むしろ、チャイナドレスで給仕している姿の方がまだ想像できる……いや、これも無理があるな。
年季の入った引き戸を開けると、店内に居た金髪の少女が柄悪く、威嚇してくる。
「あぁ?」
「ひょわあぁぁぁ! す、すいませんって……深月ちゃん?」
「中沢じゃねーか! オレに会いに来たのか? まあ、座れよ」
八重歯が見えるほど満面の笑みで迎えられ、俺はようやくこの店が彼女が前に言っていたバイト先だと気付く。
ここまで歓待されては違うなんて口が裂けても言えない。それでも嘘を吐くことも苦手な俺は曖昧な返事で頷いた。
「まあ、そうとも言えなくもない、かも……でも、また会えてよかった。元気そうだな」
俺が正面にあるカウンター席に座ると、深月ちゃんは表面張力ぎりぎりまで水が張ったコップを運んでくる。
「特別にコップ満杯に注いでやったぞ! たっぷり飲めよ」
「あ、ありがとう……」
コップは俺の前に置かれた瞬間、表面張力が限界を迎え、少し
俺に笑顔を向けて接客してくれている深月ちゃんはまったく気付いていない。
指摘するのもかわいそうなので、そっと手前に置かれた紙ナプキンで拭いて綺麗にする。
「何食う? 何食う? オレ、運んできてやるからな」
「うーん。とりあえず、メニュー見せてもらえるか?」
「? メニューなら壁にいくつも付いてるだろ?」
俺は店内の壁を眺める。
確かに料理名と値段は書いてあるが、物凄く不親切だ。
メニュー表ないのか……。
手元にあるタイプのメニューを想像していた俺は困惑する。
ただでさえでも選ぶのが苦手な俺にとっては、料理名が散らばって書かれているこのタイプのメニューは鬼門だった。
乱雑に並んだ料理名に混乱し、悩んでいる内にどの料理名まで読んだかも分からなくなってくる。
「あー……えーと……深月ちゃんのおすすめってある?」
「オレのおすすめ? そんじゃ、これだな。きゅーきょくよんせんねんてーしょく」
「きゅーきょ……何だって?」
深月ちゃんが指差した壁の方を見ると、『究極四千年定食』という文字がやたら達筆で抱えた紙が貼られていた。
『悠久のボリューム!! きゅ~きょくうまい!!』と書かれているだけで、どういう定食なのかもちろん値段すら記載がない。
もっと書くべきことが他にあったんじゃないかと思わせる前衛的なメニューだった。
「じゃあ、それで……」
「おう! てんちょー、きゅーきょく一丁!」
奥で「あいよー」という中年男性の掛け声があがった。
料理を待っていると、暇なのか俺の隣に深月ちゃんが自分の分のコップを持って座る。
……えっ、いいの? 俺にお客さん居ないとはいえ、店員が営業時間中にカウンター席に座るものなの?
深月ちゃんの自由奔放を絵に描いたような接客に衝撃を受けていると、彼女の頭が後ろからぺちっと叩かれる。
「いって。何すんだよ! 鶴乃」
振り向くとサイドテールの茶髪の少女、由比さんがそこに立っていた。
温和な雰囲気に反して、眉を吊り上げている。
「何してるのか聞きたいのはこっちだよ、フェリシア! 何サボってるの?」
「サボってねーし、接客だし。な?」
俺に助けを求めて深月ちゃんはそう振ってくる。
いや、そんなこと言われても困るのだが。
一応、既に接客はされたので、肯定はしておく。
「まあ……接客はされました……」
「ほら、見ろ」
「過去形じゃん!」
店員同士が客の前に口論するのも
由比さんは深月ちゃんとの話を切り上げ、俺に挨拶してくる。
「中沢君だったね。いらっしゃい。注文はもう終わった?」
「ああ、深月ちゃんにやってもらいました」
そう答えると、得意げな顔で由比さんを見る。
「ほらな」
「いや、バイトなら当然だし」
お互いに気安い仲なのか、年齢が離れていそうなのにも関わらず敬語の概念はない。
しばらくして、奥で声がかかり、由比さんが一旦奥に引っ込んだ。
それからすぐ七つも重なった中華せいろを持って戻って来る。
「はーい、究極四千年定食お待ちどー。熱いから気を付けてね」
カウンターに置かれた中華せいろには、それぞれ『究』『極』『四』『千』『年』『定』『食』の文字が一段ごとに刻まれている。
嫌な予感はこの時点で既に漂っていた。
俺は恐る恐る一番上の『究』の中華せいろを開ける。
チャーハンが入っていた。
蒸し器であるせいろにチャーハンである。
しかも量が半端なく多い。
その下の『極』には肉まんが三つ入っている。
更に開けていくとレバニラ、春巻き、焼き餃子、唐揚げ、桃まん。
驚きの
まあ、せいろなんだからチャーハンとかレバニラが異物過ぎるだけなんだけど。
想像以上の量だったが、チャーハンさえ超えれば、あとはそこまできつくはない。
何とか食べきることができるはずだ。
俺はレンゲでチャーハンを
熱々の焼かれた米が口内で踊った。
「この味は……」
チャーハンとは思えないネッチョリとした歯応え。
期待していたパラパラ感のない米は、家庭用コンロで作ったのかと思わせる火力不足。
味も塩コショウで簡素な味付けをしている。
これなら大人しく、中華スープの素で味付けしてほしかった。
全体的な感想としては
まずいというほどではないが、お金を払って食べるには美味しくない。
お祭りの屋台で売られているならぎりぎり笑って許せるレベルだ。
「どう美味しい? 百点満点で何点くらい?」
由比さんが隣から笑顔で聞いてくる。
なんて質問をするんだ。この人は。
俺に残酷な発言をさせるのが目的なのか。
「ま、まあまあ、美味しいです……」
「そう美味しいんだね? で、点数にすると何点?」
何でこの人、そこまで点数に拘るの!?
意味が分からない。というか、知り合いとは客にする対応なのか?
「こう、点数っていうのは人として温かみがないっていうか……ねぇ?」
笑顔と共に段々とにじり寄ってくる。圧迫感が凄い。
「うんうん! それでこの料理の点数は?」
全然会話通じないよぉ……。
俺の曖昧な逃げがまったく通用しない。
攻撃的ではないが、追尾性能に特化した一方通行の会話。
俺の中の苦手な女性ランキングで、水波先輩と八雲さんを超える逸材だ。
「まあまあだから、五十点を……瞬間的に更新したりしなかったり」
「五十点!? 君も五十点なの!?」
これでもかなり譲歩した方だが、それでも由比さんはお気に召さなかったらしく、俺の肩を掴んで揺する。
や、止めて。胃の中に入ったお米がシェイクされて、リバースしてしまう……。
「じゃ、じゃあ、こっちの餃子は?」
「え。い、頂きます」
俺の前にせいろをずいっと押し出され、その中に入った焼き餃子を食べた。
蒸し器に入っていたせいで焼き餃子のパリッとした皮は死んでいて、ぐにゃりとした触感が舌の上で広がる。
水餃子のように内側にスープが入っている訳でもなく、ただただ水気で柔らかくなった焼き餃子は生地に無念さが詰まっていた。
「何点? ねえ、何点なの?」
「四十……」
「下がった!? 今、五十より下がってなかった?」
「ご、五十……一」
「一ぃ?」
「五十二点で……お願いします」
そうして、妖怪・点数付けさせ少女と化した由比さんに延々と点数を付けさせられ、
伝票には手書きで『究極四千年定食、二〇〇〇円』と書かれていた。
二千円……量が多いとはいえ、あのそんなに美味しくない定食に二千円も払うのか。
震える手で財布から千円札を二枚取り出して、由比さんに渡す。
三日前に三千円のお小遣いをもらっていなければ、皿洗いで
「まいどありー。また来てね」
にこにこと笑顔で会計レジに立つ由比さんが俺には悪魔に見えた。
一刻も早く、この場所から立ち去りたい。そして、もう二度と来たくない。
逃げるように
そして、もう一つ思い出す。
「……深月ちゃんって、七海さんの家でお世話になってるって前に言ってたよな?」
「ああ、やちよのとこで暮らしてるぞ?」
「じゃあさ」
長い長い道のりの先で辿り着いた、たった一つの希望の光に手を伸ばす。
「俺に七海さんの家の場所、教えてくれないか?」