「ちょっとあなたぁ」
チャイムの音を聞きながら、私たちが留まっていると後ろから、誰かに声を掛けられる。
帆奈さんが身体ごと振り返ると、そこには見知った人物が立っていた。
プロミスドブラッドの紅晴結菜さん。
ただし、魔法少女だった時のミニスカートの着物でもなければ、トレードマークだった頭の角もない。
隙なく整えられた制服を着て、廊下に立っている。
「ホームルームは終わったわぁ。委員会や部活動がない生徒は速やかに下校しなさい」
「うわっ、なんかすごいまともな事言ってる!?」
とても失礼な言い分だけど、私も帆奈さんと同じ印象だった。
退廃的にして、
それが私の結菜さんに対するイメージだった。
目の前で規律正しい生徒とは、どうしても一致しない。
「失礼ねぇ、あなた。生徒会長の顔も覚えてないところを見るに新入生か、転入生? 仮装大会みたいな格好しているけど、制服は一体どうしたの?」
ムスッとした表情で帆奈さんの方へ、にじり寄ってくる。
生徒というよりも、生徒指導の先生みたいだ。
「……苦手なタイプ~。逃げよ~っと」
関わっていられないと、帆奈さんは背中を向けて逃げ出した。
「廊下は危ないから走っちゃ駄目よぉ。何か困ってたら、生徒会室までいらっしゃいねぇー」
彼女は走り出した帆奈さんへ心配そうに注意するだけで、追いかけてくる様子はない。
何だか全然人が違う。私が知っている結菜さんとは正反対だ。
「あれ、大分キモかったよねぇ」
「い、いや、私はそこまでは……。違和感はありましたけど」
それより、今の内に帆奈さんへ聞いておきたいことが一つあった。
また誰かと遭遇する前にこれだけは尋ねておかないといけない。
「帆奈さん。何で『暗示の魔法』を使えるんですか? あれはみことさん固有の魔法だったはずです」
「ああ。理由は簡単。あたしの固有魔法が『上書き』だから」
別に隠していた訳でもないらしく、彼女はあっさりと教えてくれた。
「何でも一つだけ固有の魔法をコピーできるんだ。コピーできるのは一種類だけで、最初の魔法と違う魔法をコピーしたら、文字通り上書きしちゃうんだけどさ。あたしは瀬奈の『暗示の魔法』をコピーして使ってるって訳」
『上書きの魔法』……。そうか、それなら確かに説明が付く。
少しだけ期待していた答えと違って、私は……ガッカリした。
やっぱり、そんな訳がなかった。そんな都合の良いこと、起きるはずもないのに。
「どしたの? アルちゃん」
「……何でもないです。あ、前の教室から人が出て来ますよ! 気を付けてください!」
「えっ? あ、ホントだ」
誤魔化すために、そう言って話を強引に変えた。
実際、すぐ前にある教室の入り口から出てくるところが見えていたので嘘じゃない。
走っていた帆奈さんは、速度を落として彼女の前で立ち止まる。
「あん? なんだ。お前は?」
ブレザーの下にパーカーを羽織る着崩したファッション。第一声と合わせて、素行不良な生徒だと喧伝しているようだった。
「こっちはイメージ通りだけど、見るからにヤカラっぽくて引くわー」
「んだと、このヤロー。出会い
威嚇するように顔を寄せて、睨みを利かせたのは樹里さんだった。
正確は、魔法少女だった時とさほど変わらない。
だけど、彼女の制服。着崩している以前に、結菜さんが着ていたものとデザインがまったく異なっている。
素直に、別の学校の制服と言われた方が納得できるくらいだ。
……それと、気になったことは、もう一つある。
彼女は、自分のことを“私”って呼んでいた。
樹里さんの一人称は“樹里サマ”だったはず……。
「あー、イジメだよー。イ・ジ・メ。
廊下の角から現れた別の女子生徒が指を指して、軽い調子で声をあげた。
ワイシャツに青いタータンチェック柄のスカート姿のアオさんだった。
「馬鹿アオ! むしろ、喧嘩売られたのはこっちだってーの。こんなんで一々、生徒会長呼ぼうとしてんじゃねー!」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよー。
「アオ、テメー……言わせておけばっ!」
樹里さんは、帆奈さんを押し退けて、アオさんの方へ怒りを
対してアオさんの方はキャーキャーとわざとらしく声を上げて、階段の方へ逃げて行った。
明らかに元の世界と関係性が違う。
お互いがお互いを義姉妹ではなく、ただの先輩後輩と認識していた。
それにアオさんの制服のスカートの柄も、二人とは違っていた。
異なる制服。異なる関係性。
「……イビツだねぇ。でも、すこーし読めてきたよ。あっは!」
腕の中から見上げた帆奈さんは、どこか憐れむような眼差しを遠ざかった彼女たちへ向けていた。
***
ここからあったことは、簡潔だった。
“ヴィラン流記憶復活術”のため、私たちはこの校内に居る魔法少女たち全員を確認した。
その全員がプロミスドブラッドの魔法少女だけで、やちよさんとみたまさん、それに中沢さんの姿はどこにもなかった。
そこから先はもっと単純で、簡単で、何よりも悪質だった。
この学校は現実の場所じゃなく、プロミスドブラッドの魔法少女をまとめて放り込んだ空間のようだった。
異質だったのは、この校舎には先生が……大人が一人も存在していなかった。
このはさんの“つつじの家”の逆。生徒会長として結菜さんが一人で生徒を取りまとめている状態。
深層心理で大人へ不信感があるのか、それとも教師に何らかのトラウマがあるのかは分からない。
ただ、この場所のトップに立っているのが結菜さんで、彼女がこの空間の構成に大きな関わりがあるということ。
それだけ分かれば、ヴィランには充分だった。
「おーす、結菜。今ちょっといいか?」
生徒会室で机に向かって、書類作成をしていた結菜さんに声がかかる。
彼女は顔を上げて、こちらを見た。
「あら……
「いや、ちょっとさっき、変なカッコしたヤツ見かけてよ。ありゃ、何だ? 転入生か?」
「ああ。あの子のことねぇ。私もよく分からないわぁ。でも、同じ学園の生徒なんだから、仲良くしてあげなきゃ駄目よ」
彼女は片手間じゃなく腰を据えて話を聞くために、作っていた書類を端に
そして、手に持っていた万年筆を机にそっと傷付けないように置く。
「……その万年筆。高いヤツなのか?」
「ああ。これね。値段は知らないわぁ。だけど、私にとって何よりも大切なものよぉ」
聞けばその万年筆は、生徒会長就任の祝いとして尊敬する先輩から贈られたものだと教えてくれた。
そして、上に立つ者として大切な理念としての万年筆と一緒に結菜さんに授けてくれたのだそうだ。
「立派な言葉だな」
「そうねぇ。でも、他者を導く以上は決して忘れてはならない理念だわぁ。先輩からもらったこの言葉を忘れないように、私は感情に呑まれそうになる度にこの万年筆を見るようにしてる」
誇らしげに結菜さんは、机の上の万年筆を見つめた。
先輩からの言葉も、その万年筆も大切していることが
「……ちょっと見せてもらってもいいか?」
「ええ。いいけど、大事に扱ってねぇ」
彼女から受け取ったその万年筆を、顔の前に持っていく。
しげしげと眺めた後、パッと手を離して、わざと床へ落とした。
「……なっ」
慌てて椅子から立ち上がろうとした彼女の前で、万年筆を──踏んだ。
何度も何度も、力を込めて踏み付ける。
ベキッ。バキッ。ガリッ。ゴリッ。
「やめッ」
踏み付ける。
「やめてッ!」
机を押し倒して、駆け寄る結菜さんの前でもう一度、靴底で踏み躙る。
靴を退かした下には、へし折れてインクを流す残骸が床を汚していた。
「あっ、ああッ……」
床に膝を突いて、震える手でそれをかき集める結菜さん。
小さなカケラになったそれを、どうにか拾い集めようとして──。
「あっはぁ!」
再度、悪意の籠った笑い声と共に踏み砕かれる。
「やめろぉぉぉ!!」
涙で濡れた顔に、厳しくも優し気な生徒会長の眼差しはなかった。
あるのは、理不尽な破壊に対する憎悪の瞳。
「そうだよ! それぇ! その濁った眼! 怒りと憎しみでドロドロになった顔ぉ! それが“二木市の鬼”、“プロミスドブラッドの長女”、紅晴結菜だよぉ!」
「誰だ! 大場さんの顔で笑う、あなたは誰ッ!!」
さっと『暗示の魔法』を解いた彼女は言う。
「更紗帆奈! あんたはよく知らないと思うけど……瀬奈みことの友達って言ったら通じる?」
「瀬奈、みこと……? 誰の事を言っている……?」
正体を明かした帆奈さんは、まだ状況が掴めていない様子の結菜さんに舌打ちをすると、生徒会室の窓の方に行き、中庭を指差した。
「あんたがまだ寝ボケた事を言ってるから……ほら、外はこんなに酷い事になっちゃってる」
その言葉に嫌な予感を感じたのだろう。
帆奈さんを突き飛ばすような勢いで窓まで近寄り、中庭を見た。
「……ッ!?」
殴り合っていた。傷付け合っていた。
持てる限りの力を相手にぶつけ合っている姿がそこにあった。
怒号と罵倒の言葉が飛び交い、少しでも目の前に居る相手へ痛みを与えようとし合う集団。
作ったのは当然、帆奈さん。
結菜さんにしたのと同じ、『暗示の魔法』で彼女たちの誰かに成り済まして、大切なものを目の前で壊してみせた。
それだけであっという間に不和は生まれ、暴力に発展する。
『暗示の魔法』が効いていた結菜さんには聞こえていなかったけど、この耳を塞ぎたくなる喧噪は少し前から響き渡っていた。
「……何で、こんな事に……。どうしてッ、どうしてこんな事になってるのよぉ!」
「あっは! どうしても何も、これがあんたらの本来の姿でしょ? 二木市ではこんな風に魔法少女の抗争があったって聞いてたよぉ。何でも、魔女が減ったせいでグリーフシードの奪い合いが激化したとか」
魔法少女。魔女。グリーフシード。
その言葉に聞き覚えがあった……いや、思い出してきたのだろう。
彼女の両目が大きく見開かれる。
「あっ……あっ……そうだ。私は……見てきた。それを、何でぇ……?」
額を抑えてよろめく結菜さんへ、ダメ押しとばかりに帆奈さんが言った。
「復讐」
「……!」
「そのために神浜まで連れて来てもらったんでしょ? 瀬奈にさぁ」
ニタリと口の端を歪めて笑う彼女の前で、結菜さんが苦しそうに身体を折り曲げた。
「そう……そうそうそう。私は、復讐を……! 報復をするために来た! この街に! この神浜に!」
顔を押さえていた彼女が、ゆっくりと姿勢を正す。
衣装は制服から、浅黄色の裾の短い着物に変わっていた。
額には黒い角が真っ直ぐに突き出している。
その瞳からは生気が抜け落ち、幽鬼じみた二つの眼が
「許さない……! 神浜も、あなたも!」
「あっは! それより外でじゃれ合ってる子たち、何とかしたら? 記憶を取り戻す前に殺し合いしちゃうなんて馬鹿らしいでしょ?」
「……ッ」
前髪で顔が隠れた結菜さんは、棘の付いた金棒を窓ガラスを砕く。
「絶対に許しはしないわぁ……覚えていなさい」
割れたガラスの中に飛び込むようにして、中庭へと降りて行った。
その様は正しく悪鬼羅刹のように見えた。
帆奈さんはその姿を見送ってから、生徒会室から私を抱いて去る。
「……結菜さんが仲間を優先するから、あえて暗示の魔法は使わなかったんですね?」
「できるヴィランは余計な労力は使わないものなんだよ! あっは!」
後味の悪さを感じながら、それでも私は彼女と共に居る。
どれだけ許し難いことをしていても、それが理に
これがヴィラン。
これが悪役。
決して、どれだけ正しくても認めたくない在り方。
私は……これを。
「……いいんだよ。それで」
「え?」
「あの子も言ってたでしょ? “誰かのためであっても、他の誰かを憎んだり恨んだり怒りに呑まれたらお終い”なんだよ。憎悪と恨みとか、そんな感情に囚われた時点でヴィラン確定なんだよ。だから、結菜って子も、あたしも、瀬奈も絶対に救われない」
不意に聞かされた帆奈さんの言葉に、私は動揺する。
「そんなのって……あんまりじゃないですか」
「あっは! あんまりじゃないよ。救われるのは、そういう手段に逃げなかったヤツだけ。そういう正しさを持ったヤツが、ヒーローになれる」
帆奈さん……。
それじゃあ、まるであなたはヒーローになりたかったように聞こえますよ?
私はその言葉がどうしても口に出せず、そのまま呑み込んだ。
そして、新しい扉を見つける。
「お。今度はどんな場所に出るのかな~。まあ、誰が来たって、この更紗帆奈が絶望に叩き落としてやるんだから!」
ドアノブが回る。
光が満ちる。
再び、視界に広がった世界は、夜の街並みだった。
この話は、一話にまとめるために結構悩んで構成しました。
二次創作とはいえ、プロミスドブラッドの話はしなければならない。しかし、本筋としてはさほど重要ではない。
悩んだ末に、結菜だけを抽出して背景が最低限分かるように書きました。