ビルの明かり。お店の看板照明。並んだ街灯。
夜の闇を明るく照らす人工的な光は、青や赤、黄色に緑と不自然なほどカラフルなカラーリングをしていた。
イベントのイルミネーションじみた輝きの街並みは、観客とキャストだけを欠いた舞台のようにも映った。
「家、学校と来て、次は街……どんどん規模が大きくなってる。これ、標的探すの苦労しそ~……」
うげー、と帆奈さんは嫌そうに舌を出す。
確かに目に映る場所は、今までの空間に比べても格段に広い。
だけど、広さに反して、人の姿はまばらだ。現実の夜の神浜市はもっと人通りが多い。
その人たちも目的を持って歩いているようにも見えず、同じ通りを行ったり来たりしているだけ。
「ここに居る人たちはつつじの家に比べて、何だか作り物感が強いですね」
「特定の誰かでもない
帆奈さんの意見を受けて、私は考えを巡らせる。
今まで見てきた空間に居たのは、このはさん、ななかさん。そして、プロミスドブラッドの魔法少女たち。
あの時、調整屋に居合わせた人物は残るところ、やちよさん、みたまさん、中沢さんの三名。
この中の誰かの意識がこの空間を形作っているのだとしたら……それは誰かなのか。
思考に
「え? 何っ? 何ですか、この音!?」
ドラムにも似た地響きと揺れに、慌てふためく私に対して、微妙な顔で帆奈さんは上を見上げていた。
「……う~ん。なんか出た」
「“なんか”って何です!? ……!?」
同じく見上げた先で私が見たものは、ビルやマンションの開けた谷間に悠然と佇んでいた巨大な人型。
真っ白い胴体と手足。首から上だけがマジックペンで乱雑に塗り潰されたように黒い
何あれ……。魔女、にしてはあまりにも大き過ぎる……。
それに姿形にも顔が塗り潰されていることを除けば、あまりにも簡素なデザインという点も魔女らしくない。
身も
「て、手抜きの巨人……」
「あっは! 確かに、そう! 言い得て、妙! そーんな感じだよねぇ」
韻を踏んだ帆奈さんは、何がそこまで笑いのツボに入ったのか分からないくらいケラケラと笑う。
意味もなく周囲を徘徊していた人たちは、手抜きの巨人を見て、蜘蛛の子を散らすように一人残らず逃げ出していく。
その様子さえ、危機感を抱いて逃げ出すというより、そういう風に最初から設定されていた作為的な行動に見えた。
『ウッガアアアアアアァァァァアッ!!』
叫び声さえ
地響きを立てて、一歩ずつ進む様子は、もはやわざとらしささえ感じさせた。
「待ちなさい!」
手抜きの巨人が進行する方向にある鉄塔。その頂上に立っているのは一人の少女。
あれは──みたまさん!?
群青色と白を基調とした、
「そこまでよ、“フェイスレス”。これ以上、神浜は破壊させる訳にはいかないのよねぇ」
大きく掲げた手を、真下へ振るう。
魔力で生み出された群青色の大布が、手抜き巨人──フェイスレスを頭から包み込む。
『ヴォオオオォォオォッォ!!』
視界が奪われたのか、もしくは魔力が触れ合うことに対する拒否反応か、フェイスレスは群青色の大布を取り払おうと
二本の腕が布地を払い除けようとしたその時、更に布地に触れた白い腕が淡い魔力の光を放つ。
「……触れたわね?」
『ヴォッ、ヴォッ、ヴォオオオオオオ──!!』
群青色に浸蝕された巨人の腕が、崩れて割れる。
巨体を激しく揺らして、叫び声をあげるフェイスレス。
それを確認したみたまさんは、鋭い声で彼女の名前を呼んだ。
「やちよさん! 今よぉ!」
フェイスレスの真下から、青い光が伸びる。
それは槍を
苦悶の叫びをあげ続ける巨人の身体を駆け上がり、フェイスレスの頭上まで飛ぶ。
「これで……終わりよ!」
やちよさんの槍が青い魔力と共に膨張。
光の大槍は、布を被されられたフェイスレスの頭部を貫く。
『ウヴォオオオオオオォォ、ォォ…………!!』
フェイスレスは激しい魔力の一閃を受けて、真っ二つに切り裂かれ、白い魔力を噴水のように垂れ流す。
次第にその形状は小さな光の塊に別れて、消滅していく。
その一連の様子を眺め終えると、みたまさんは塔の頂上から飛び降りて、やちよさんの隣へ見事に着地した。
「やったわねぇ。やちよさん」
「みたまのサポートがあってのものよ。いつもありがとう」
「当然でしょう。コンビなんだから」
……何だか二人とも
それにみたまさんも、やちよさんもあんなに仲良さそうじゃなかったと思う。
和気あいあいとした二人の姿に呆気に取られていた私たちの傍に、一体いつ現れたのか一般人らしき人たちが集まっていて、口々にお礼の言葉を彼女たちへ投げかけた。
「ありがとう! 魔法少女!」
「今回も凄かったよ!」
「助かった! 本当に魔法少女に感謝だな!」
「二人ともカッコいいなぁー」
「ねえ、お母さん。わたしも大きくなったら、二人みたいな魔法少女になりたい!」
声援を浴びて、それに答えるように手を振るみたまさんたち。彼女たちの傍の街灯が、まるで彼女たち二人を照らすように光を向ける。
それを見ていて、私はとても空々しく感じられてならなかった。
確かに、こちらの方が魔法少女と聞いて想像しやすい光景だと思う。
華々しくて、輝かしい、市民に褒め称えられる正義の魔法少女。
皆に認められて、感謝するステキな存在。
だけど……、それは何かが違う気がした。
うまく言葉にできない。
それでも何だか、違うように思えた。
「最ッ低……」
帆奈さんが耐え切れないように吐き捨てて、背を向けた。
「今までの中で、一番コイツらが
二人の魔法少女へ歓声をあげる集団から、私を抱えて離れていく。
出会って初めて露わにした怒りの感情。
その理由が知りたくて、私は遠回しに彼女へ問いかける。
「帆奈さん……。でも、二人は魔法少女としての変身してますけど……」
「あんなのが魔法少女な訳ないでしょ! 大勢の人に感謝されて、認められて、気持ちよくなれる……そんなのは真逆だよ!」
「魔法少女は誰にも感謝なんかされない。どんなに頑張っても認めてもらえない。その存在に気付いてもくれない。でもっ……! だからこそっ……! そんな境遇でも悪意に負けないから、正しく在れるから、キラキラ眩しいものなんだよっ!」
誰も居ない狭くて暗い路地の隙間で、彼女は声を荒げた。
それは、悲痛な叫びだった。
それは、痛烈な批判だった。
けれど、誰よりも純粋な憧れへの想いだった。
ああ、そうかとやっと、彼女の言動に納得した。
この人は……きっと誰よりも“正しさ”に誠実なんだ。
自分ではなれなかった“
だから代わりに悪役であろうとする。
悪役として暴れることで、そんな自分を倒そうとする本物を見つけようとする。
だから、求めていない。
自分以外が悪役に……正義の味方になれなかった者になることを。
自分のように……間違えてしまうことを。
「なら、思い出させましょうよ」
「……え?」
帆奈さんに、私は言う。
「今の二人が本物の魔法少女じゃないっていうのなら、本物の魔法少女がどういうものだったのかを思い出してもらいましょう。ヴィラン流記憶復活術で!」
正しくない方法だっていい。
間違っていたって構わない。
そんな方法でしか誰かの助けになれないのなら、最後まで貫き通すべきなんだ。
「でも、あたしだけだと七海やちよには
「相手が強かったら諦めるんですか? 自分の方が弱かったら挑まないんですか? それが……帆奈さんの
そうじゃないって、信じている。
帆奈さんは言っていた。
悪役は理不尽に悪意を振り撒いて、そして、キラキラした正義の味方にやっつけられる。そういう存在じゃなきゃだめなんだって。
「アルちゃん……」
驚いた顔で、私を見つめる帆奈さん。
そんな彼女に言葉を重ねる。
「負けていいじゃないですか……! それで、みたまさんたちに正義の味方を思い出せるなら、それでいいんじゃないですか!」
「……あっは! そうだったね。何でだろ、自分の言葉のはずなのに忘れそうになってた。……そうだよ! 更紗帆奈の在り方は! 悪役としての矜持は!」
語りながら、彼女は徐々に調子を取り戻していく。
言葉と共に、悪意で満ちた笑みで表情を覆う。
今なら分かる。
その笑みの意味が。
今なら分かる。
その悪意の化粧が。
彼女を奮い立たせる仮面で、戦うための準備だってことに。
「負けてもいい! 楽しんで、愉しんで、悪意を撒き散らせれば、それでいい! 思いついた事を全~部やって弾けてやる! それがあたしの散り様なんだ!」
誰も見ていない街の片隅。
明かりと呼べるものは路地に差し込む街灯と、
そんな場所で彼女は踊る。
一人で踊る。
それが彼女の──更紗帆奈の強さなんだろう。
『ヴォッ……』
「あれ? 何か踏んだ……?」
「変な音もしましたね」
狭くて暗い場所をクルクル回っていたせいで、帆奈さんの靴が何かを踏み付けていた。
一旦、その場で屈んで足元の暗闇を手で探る。
「あった」
それを持ち上げて、帆奈さんは顔を近付けた。
薄暗い中で見えたのは、今の私と同じぐらいの大きさの物体。
二頭身のぬいぐるみだろうか。帆奈さんの足跡がくっきり付いてしまっているけど、白い身体。
そして、黒く塗り潰されて見えないの顔……。
「これって、さっきの……」
「ふ~ん。じゃ、コイツにも付き合ってもらおっかぁ」
それを掴み、帆奈さんは口の端を吊り上げる。
『ヴォッ!? ヴォヴォッ!?』
彼女の手の中には、短い手足をパタパタと動かして逃げようとする小さなフェイスレスが居た。
「よろしくねぇ~。