『ヴォヴォヴォーヴォ、ヴォーヴォヴォッ!!』
捕まえたフェイスレスが
「これ、何なんですかね?」
「中沢とかいうモブ」
「えっ、……ええっ!?」
サラッと答えた内容自体もそうだけど、まさか本当に答えが返ってくるとは思っていなかったので、二重の意味で仰天した。
この、なんか小さくて奇妙な存在が中沢さんだったなんて……。
でも、私や他の人たちと違って、姿だけでなく、知性すら失っているように見える。
「えっと、中沢さん……? 私が分かりますか? 佐鳥かごめです」
『ヴォヴォヴォーヴォッ! ヴォーヴォヴォッッ!!』
短い手で檻をガシャガシャと揺らして叫ぶだけで、人間らしい反応は返って来ない。
「駄目です……。言葉が通じてるようには思えないんですけど、本当に中沢さんなんですか?」
「人格が壊れるくらい穢れを取り込んだのかもね〜。あ、冷蔵庫に飲み物あるっ! アルちゃんは何飲む? オレンジジュースとレモンサイダーと、コーラあるけど」
帆奈さんは中沢さんの状態には興味がないのか、冷蔵庫の物色に
いくら現実世界じゃないからといっても、他人の住居に押し入るのに手慣れ過ぎている。現実でも同じようなことを経験済みなのかもしれない。
小さなフェイスレス……いや、中沢さんを捕獲した私たちは、近くにあったマンションの一室に不法侵入していた。
「……要らないです。それより、このフェイスレスが中沢さんだっていうなら、早く元に戻してあげる方法を考えましょうよ」
「まあまあ、慌てない慌てない」
プッシュッとプルタブを開けたコーラを片手に、鳥籠の前まで来ると缶をおもむろに傾けた。
『ヴォッ、ヴォヴォッ!?』
「何してるんですか!?」
コーラの滝に打たれている中沢さんは、鳥籠の中で倒れてジタバタの手足を動かして
黒く塗り潰された顔のどこかに口や鼻があるのか分からないけれど、
缶を逆さまにして、最後の一滴まで流し終えると、帆奈さんはベチョベチョになって小刻みに
「だめか……」
「むしろ、駄目じゃないところありましたか!?」
本気でコーラを掛けて解決すると思ってなら、根本から考える方向性が間違っている。
「レモンサイダーなら、あるいは……」
「その炭酸飲料に対する信頼感は一体どこから来てるんですか!?」
炭酸飲料を掛けても、中沢さんがベトベトになって溺れるだけで、何も建設的じゃない。
ふざけてやってるのか、真面目にやってこれなのか判断が難しいところも厄介だった。
「とにかく、飲み物を掛ける方法はやめましょう。他の方法を考えてみましょうよ!」
「あとは
「思い付きだけで決めるのも待ってください!」
帆奈さんを説得し、どうにか一旦、中沢さんへの加虐をやめてもらう。
このまま黙って見ていたら、本当に中沢さんの命が危ない……。
『ヴォッ、ヴォヴォ……』
コーラで濡れた中沢さんは、鳥籠の隅で怯えたように縮こまっている。
顔は塗り潰されているので、その下がどうなっているか分からないけど、多分恐怖に染まっていることだろう。
「中沢さん……。大丈夫です。もう帆奈さんもイジメませんから」
「いや、場合によってはイジメるけど」
「ちょっと黙っててください! ……中沢さん。今、あなたの力が必要なんです。協力してください」
『ヴォ……?』
言語も失ってしまったみたいだけど、それでも私が何を喋っているのかは薄っすらと分かってくれているようだった。
「中沢さん。私たちに力を貸してください。みたまさんとやちよさんの目を覚ますために、中沢さんが必要なんです!」
『ヴォ……ヴォヴォ!』
しばらく、体育座りをしていた中沢さんだったが、やがて何かを決意したように立ち上がり、小さな両手を上に
言っている内容は少しも分からなかったものの、態度から見て協力してくれるようだった。
「ありがとうございます! 中沢さん」
「でも、今のコイツに何ができるか分からないよね? またおっきくなれたとして、さっきみたいにサンドバッグされて終わりでしょ?」
『ヴォヴォー!?』
水を差す帆奈さんの発言にショックを受けたらしく中沢さんは、悲し気な叫びをあげる。
段々と何を言っているか分かるようになってきた。
酷いとは思うけど、帆奈さんも台詞にも一理ある。元に戻るかどうかよりも先に、フェイスレスの状態の中沢さんと一緒に魔法少女と戦うことを考えた方が良い。
みたまさんとやちよさん、二人の内、どちらかの意識がこの空間を作り上げている。
この空間を作った魔法少女が、現実の魔法少女としての記憶を取り戻してくれたら、今までみたいにここから出るための扉が現れるはずだ。
そのためにも、まずは今の中沢さんに何ができるのかを確認しておかないといけない。
「中沢さん。また大きな姿にはなれそうですか?」
『ヴォヴォ!』
できる、と言っている気がする。
「じゃあ、否定の魔法や肯定の魔法は使えますか?」
『ヴォー……ヴォー』
できない、もしくは何のことだか分からない……だろうか。
ニュアンスが肯定的じゃないことだけは、辛うじて分かる。
この様子だと中沢さんとしての意識はあまりはっきりしていないようだ。
「結局、あたしが頭を使うしかないって事か」
肩を竦めた帆奈さんだったけれど、その表情は路地裏に居た時よりも幾分明るい。
「できそうですか?」
「情報がほしいかなぁ。アルちゃんはあの魔法少女のことで何か知ってる事ない?」
知っていること……。
やちよさんについては、いろはさんやその妹のういさんたちと一緒に暮らしていることくらいだ。
そして、いろはさんのことを本当に大切に思っている。
いろはさんを傷付けられることが彼女にとって、何より許せないことだけど、この状況を大元は恐らくいろはさんだ。
彼女を直接どうこうできるなら、この空間の問題がまるっと全部解決できてしまう。
みたまさんについては、そう確か……。
「みたまさんは“調整”っていうソウルジェムに影響を及ぼすことができて……あ、あと『神浜を滅ぼす存在になりたい』って願ったって本人から聞きました」
大東区の生まれで、街の西側の人間に差別にあって、それでこの神浜全体を呪ってしまった、と。
それを聞いた帆奈さんは、すっと目を細めた。
「『神浜を滅ぼす存在になりたい』ね……。そんな事を望む魔法少女が瀬奈以外に居たなんてね~。ま、大東区生まれなら、願うヤツは願っちゃうか」
両目を
しばらく、うんうん
「うん。イメージ降りてきた。これで行っけるっかな~?」
ニヤリとした、悪意の詰まった表情が今はとても頼もしく思えた。
***
『ヴォヴォオオオオォォォッ!!』
ビルの谷間から
待っていたとでも言うように、すぐ向かいの建物の屋上にはやちよさんと、みたまさんが立っていた。
「出たわね。フェイスレス!」
「この街の平和は、私たち魔法少女が乱させないんだから!」
群青色の魔力が散る。
長い布地が宙を舞い、アラビアンナイトに出てくる空飛ぶ
二人を運ぶ大布は、フェイスレスの元まで辿り着くとやちよさんが槍を生成して、構えを取った。
僅かに屈んで跳躍のための事前動作を行う。
その寸前。
「パンパカパーン! 魔法少女のお二人さん。どうもこんばんは! 更紗帆奈だよ〜!」
今まで隠れていた帆奈さんが、フェイスレスの肩上へと
分かりやすく、動きを止めて動揺する二人を前に彼女はミュージカルのように仰々しく杖を振るって語り出す。
「初めまして……でもないよねぇ? そっちの槍のお姉さんはあたしと会った事あるはずだし」
やちよさんに目を向ける。
でも、彼女には覚えがないようで
「……何を、言ってるの? 覚えがないわ」
「あれあれぇ? 忘れちゃったー? 静海このはに擦り付けた『魔法少女の連続昏倒事件』の犯人! ほらほら、覚えてないの~? あんなに激しく“追いかけて”くれたのにさぁ! あっは!」
「昏倒事件……その犯人……。あなたは……うっ、頭が、痛い」
帆奈さんの言葉に何か引っ掛かるものがあったようだけど、思い出す前に頭を押さえて痛みを訴える。
「やちよさん! あの子に何かされたのね? ……大丈夫よ」
隣に居たみたまさんが、やちよさんの胸元の三日月型の宝石──ソウルジェムを触れる。
淡い群青色の魔力が、青い三日月状のソウルジェムに張り付いていく。
あれが……ソウルジェムの“調整”?
「ありがとう、みたま。惑わされそうになったけど、もう平気よ」
再び、槍を構え直す。
その瞳は、淡い群青色の光が
「……ふ~ん。大体分かってきたよ。どっちがこの空間の中心なのかがさぁ!……中沢ぁ!」
彼女たちのやり取りを見定めていた帆奈さんは、フェイスレスへと指示を飛ばす。
巨大な腕を縦に振るって、正面の飛行する布地を叩き付けた。
やちよさんと、みたまさんは素早く左右に分かれて、近くのビルや建物の屋上に飛び移る。
狙い通りの展開にはなってくれた。
でも、本番はここから。
分断した二人へ対応するように、フェイスレスと帆奈さんも二手に分かれる。
やちよさんをフェイスレス……中沢さんに任せて、帆奈さんの方はみたまさんが飛んだ建物の屋上へ降り立つ。
中高層のアパートの屋上。
そこにある給水塔の上に立った帆奈さんは、同じく屋上に
「あっは! あんた“正義の魔法少女”……なんだって? あたしと真逆だね。でも、フッシギ~! あんたとは
「……言ってる意味が分からないわ。それでも一つだけ分かる事がある。あなたは私の敵、なのね?」
返すみたまさんは、手元に大布を魔力で作り出して端を摘まむ。
分かり易い武器とは違うけど、その動作だけで迎撃態勢を整えたことは理解できた。
「面の厚さは
抱えていた私を給水塔の上に残し、同じ舞台に降りた彼女は二股の杖を生み出して構える。
「
そう自分に暗示の魔法を掛ける。
淡い魔法の光が、彼女の瞳を輝かせた。