屋上で行われる二人の魔法少女による衝突。
杖が布を貫き、布が杖を絡めて砕く。
一進一退の攻防戦。
「なんだ。意外と動けるじゃない。調整屋さぁん!」
「そっちこそ……逃げ回るだけが取り柄じゃないのねぇ、“混沌の魔法少女”!」
「あっは! やっぱり記憶持ってるんだ〜! それなのに知らんぷりしてぇ、ワ〜ルい子!」
立ち回りはお互いに引けを取らない。なら、勝敗を決める鍵は心理戦。
相手の心を乱して、隙を突いた方が勝利を手にできる……。
「……私は」
みたまさんが、一歩出遅れる。
ダンスのように動いていた緻密な間合いの押し合いに、致命的なズレが
帆奈さんはその隙を見逃さず、大きく踏み込む。
「──“正義の魔法少女”よ。撤回して」
「がっ……」
帆奈さんの動きが、ガクンと急停止する。
彼女の足元の影。
そこから飛び出しているのは、
違う、あれは……群青色の入り混じった帆奈さんの杖の残骸。
爪先を食い破り、屋上の地面に縫い留めているのは、さっきまでの戦いで発生した二人の魔力の残り
「再構成……!?」
「そんな大したものじゃないわよ。消えてなかった魔力を“調整”してみただけ。でも、足止めくらいならそれで充分……」
ふわりと、立ち止まっていた帆奈さんの頭に群青色の布が覆い被さる。
「……ッ!」
「帆奈さんっ!」
思わず、私は名前を叫んでしまった。
姿や声が他の人に認知されないとしても、帆奈さんの行動の邪魔にならないよう二人きり以外の時は黙っていた。
でも、今はそんな配慮なんてしていられない!
「帆奈さん!」
みたまさんの固有の魔法が何かはよく分からない。
でも、攻撃方法は見ていれば分かる。
布を接触させた物の破壊……!
今、帆奈さんの命は、みたまさんに握られている。
その時、みたまさんが給水塔の上へ……私の居る方へ振り返った。
「
「……どうして」
どうして、私の姿が見えているの……?
いや、それよりも。
“かごめ”。
みたまさんは私をそう呼んだ。
そうだ。それが私の本当の名前……。
私の名前は、佐鳥かごめ!
思い出した瞬間、私の身体はアルちゃんのものから、元の姿に戻っていた。
変わっていたのはそれほど長い間でも訳でもないのに、自分の指先がちゃんと動くことに驚いてしまう。
「身体が元に……」
「あなただけじゃないわよ~。ほらぁ……」
みたまさんが帆奈さんの頭を覆っていた布を、一気に
下から現れた顔は――。
「……みこと、さん?」
名前を呼ばれた彼女は、酷くバツの悪い顔を浮かべ、私から目を
「これが彼女の真実の姿よ」
帆奈さんの姿は、みことさんに変わっていた。
……いや、戻ったんだ。
思い返せば、違和感はずっとあった。
それはきっと、みことさんが帆奈さんを演じていたから。
「何で……何で最初から話してくれなかったんですか? 私はずっと、みことさんに会いたかったのに……っ!」
「だからだよ、かごめちゃん……」
「え……」
「かごめちゃんには昔の私と同じようになってほしくなかった! 間違った道を選んでほしくなかった!」
必死の訴える姿を見て、気付いた。
気付かされた。
みことさんは、私が憎悪に染まることを危惧していた。
だから、帆奈さんの姿を借りて、私に何度も何度も伝えてくれていた。
『ヴィランっていうのは最低で最悪な存在なんだよぉ! 理不尽に悪意を振り撒いて、そして、キラキラした正義の味方にやっつけられる! そういう存在じゃなきゃだめなんだから!』
『“誰かのためであっても、他の誰かを憎んだり恨んだり怒りに呑まれたらお終い”なんだよ。憎悪と恨みとか、そんな感情に囚われた時点でヴィラン確定なんだよ』
ずっと、警告し続けてくれていた。
ずっと、教えてくれていた。
どんな理由があっても、悪役になってしまったらお終いなんだって。
誤った道を進む背中で、正しい道を示し続けてくれていた。
「みことさん……それでも、それでも私は……!」
「かごめちゃん。最初に会った時に私言ったよね? “私たちで神浜を滅ぼそう”って」
「……はい」
「あれは忘れて。ううん、私と会ったことも全部全部忘れていいよ」
やめて。
やめて、ください。
そんな風に……私とみことさんとの出会いが間違いだったみたいな言葉は……!
「どんな理由があっても誰かの破滅を願ってしまった人は、もう救われない。そうでしょう? みたまちゃん」
その言葉は、すぐ
「……何が言いたいの?」
「分かるはずだよ。あなたは私と同じだから。こんな場所で“正義の魔法少女ごっこ”を繰り返してるのもそう」
「……違う。私とあなたは違う!」
「自分の心に嘘を吐かないと湧き上がる衝動に負けそうになるんだよね? 理性ではそれが正しくなくて、周りの大切な人まで巻き込んで不幸にするって分かっても、何もかも壊れてなくなってしまえばいいって願いが無くならない……」
帆奈さんの時は違う、みことさんの台詞。
そこには嘲りも中傷もない。あるのは、ただの同情と、同族嫌悪。
「そうじゃないわ。私は……ここで魔法少女になるのよ! 神浜を守る正しい存在に!」
「誰を守りたいの? あなたにとっての神浜って何? 本当にそんな価値があるって信じられてる? もし、そうならこの人たちはどうして……誰一人として顔がないの?」
「…………!」
それは確信を突く言葉だった。
男性も女性も、大人も子供も、皆一様に顔が作られていなかった。
この街の住人は目も鼻も口もなく、魔法少女を褒め称えるだけの存在でしかない。
「『フェイスレス』……。あなたにとって本当の敵は、この街に住むすべての人。特定もできない、誰かの悪意だったんじゃない?」
憐れみを込めた糾弾に、みたまさんはよろめいて膝を突く。
俯き顔を覆う彼女は、静かに答える。
「……私はあなたとは違う。ううん、あなたよりももっと最悪なの……。だって、全部私の願いのせいだから……あなたが、そんな風になったのも私のせいよ……」
「どういう事?」
「そのままの意味よ。……私が魔法少女になった日は、あなたが……瀬奈みことが魔女になった日だった……」
みことさんの足を貫いていた杭が、パラパラと崩れて、別の形に変換される。
それは本、いや、一冊のノートに見えた。
足元に落ちたそのノートをみことさんは拾い上げ、ページを開く。
中を見て、表情を変えた。
「これ……私のノート!」
「それは果て無しのミラーズを調べる過程で、あなたが遺したノートをまやかし町で見つけた
みことさんが、魔法少女の意識と、鏡の魔女に分かれた理由。
それは、みたまさんの願いのせいだった……?
「それだけじゃない。銀羽根のウワサが起こした事件も、二木市の魔法少女の事も、何もかもが私に起因してるのよ! 改心しても、諦めても、納得しても、私の願いがこの街を滅ぼそうとしてるの! ……一番、救いようのないのは……」
顔をあげたみたまさんの顔は、涙に濡れて──
両目を見開き、酷く歪に唇は笑みの形を作っている。
「それを、嬉しいと思ってしまう事! 強い力で捻じ曲げられ、浸蝕されていくこの神浜の未来を考えて喜んでいる自分が居るの! 救えないでしょう!? この街に住む人間が、魔法少女が不幸になって、壊れていくを知って、気分が良いのよ? ……信じられないでしょう?」
私は、その姿を見て、何も言えなかった。
みたまさんの姿は、逆沢さんたちを失った自分と重なってしまったから。
止められないんだ……。憎しみが、恨みが、心の奥底に根付いて切り離せない。
給水塔の上から、屋上へ飛び降りる。
足だけでうまく着地ができずに突いてしまった手のひらが、熱っぽい痛みを発した。
気にせずに立ち上がって、二人の元へ歩み寄る。
「それの、どこがいけないんですか?」
「……かごめ、ちゃん?」
みたまさんが、驚いた表情を私に向けた。
みことさんは、私がこう答えることを知っていたように目を伏せる。
「憎しみも、恨みも、持っていて当然じゃないですか? 消せって言われて消せるものじゃないんですよ。誰だって正しく生きたいと思ってるはずです。でも、正しい感情だけで抱えて生きていくなんて無理です」
これまで私が見て、聞いて、そして得た答えだ。
「間違えていいんです! 正しくなくていいんです! だって、その気持ちが心を作っているのなら、無理やりなかったことする方がおかしいですよ!」
感情は物じゃない。
最初からあるものじゃなく、新しく生まれてくるもの。
そして、それは人と人とが出会って、関係して、増えていくものなんだと思う。
憎しみとか、恨みとか、悪意とか、それも全部誰かと繋がって、誰かと出会った証。
それをなかった事するのは、他人との繋がった自分を否定することだ。
「私は、『肯定』します! 神浜を滅ぼしたいって、誰かの不幸を本気で祈ってしまう心があることを認めます! だから……全部最初からなかった方がいいみたいに言わないでください」
正しくなくても、間違っていても、それでも……。
それでも……。
「そこにあって、いいものなんです……」
この台詞は、みたまさんだけに向けたものじゃなかった。
みことさんも、帆奈さんも、逆沢さんも、このはさんも、ななみさんも、結菜さんたちも、皆が抱いた望まれなかったすべての感情への言葉だ。
「かごめちゃん。それは、正しい人の考え方じゃないわ」
「分かってます。みことさんが、私にそんな方へ進んでほしくないって思っているのも。だけど……みことさんと出会った事を否定してまで、私は正しくあろうとは思えないんです。分かって、くれませんか……?」
「分かるから……困ってるんだよ。帆奈ちゃんは、きっと今の私と同じ目を、前の私に向けてたんだろうって」
みことさんは、少しだけ困ったような、それでいて少しだけ嬉しそうな顔で私に微笑む。
私は自然とみことさんの手を握ろうとした。
みことさんもまた、同じように手を伸ばしてくれる。
指先が触れ合うその寸前。
風を切る短い音が、耳に届いた。
みたまさんが、私の背後を見て、何か叫んだ。
みことさんが、私を突き飛ばして、前に出る。
足をもつれさせて、転んだ私はそれを見た。
両手を広げて、私を庇うみことさんの背中を。
背中を貫く、桃色の矢の軌跡を、私は呆然と見ていた。
「かごめちゃん、忘れちゃっても……いいからね?」
それが最後に聞いた彼女の声だった。
霧散した空色の魔力が解けて、風に溶ける。
「嘘……そんな、だって……また、会えたのに……何で……」
何もなくなった地面を、私は信じられずに手を伸ばす。
さっきまでそこに居たはずの、みことさんの痕跡を少しでも探そうと手のひらを無我夢中で動かした。
「嫌っ……こんなのは違うっ! みことさん! みことさんっ!」
そして、指先が硬い金属片と振れる。
銀色のコインが、砕けて割れていた。
それすらも魔力の光に分解され、淡く消えていく。
「あっ、ああっ……やだっ、やだよ! 消えないでぇ! ねぇ、みことさんっ!」
縋るように手の中で握った感触が、消えた。
心の中の大切な何かがごっそりと抉り取られた喪失感があった。
「それはもう、ずっと前に終わっていた記憶。この空間を作る上で『巻き戻り』が作用しただけの、記憶の残骸だよ」
給水塔の上。
さっきまで私が居た場所に、ピンク髪の少女が立っていた。
発光する長いピンク髪と、淡い桃色の翼を持った彼女は、腕に備え付けてあるクロスボウの弦を触る。
「……憎悪も、殺意も抱く前に巻き戻してあげたのに、どうしてあなたたちは余計なことをするの?」
「いろは、さん……」
彼女は冷たく否定する。
「違う。私はいろはじゃない。私は『ジョバンナ』。独りぼっちのいろはの……たった一人の味方」
魔力の矢がクロスボウに装填される。
「あの子の眠りを妨げるなら、誰が相手でも容赦はしない。──死んで。できるだけ音を立てずに」
ピンク色に光る矢が、台座から飛び出て、風を切る。
みことさんを二度失った私は起き上がることもできず、その様子を見ていることしかできなかった。
頭にあったのは、彼の名前だけ。
「逆沢さん……」
どうして呼んだのが彼の名前だったのだろうか。
死んだら会えると思ったのか、みことさんを見殺しにしてしまったことへの謝罪なのか。
自分でも分からなかった。
一瞬もまたずにその返答が、どこからともなく返って来た。
「呼んだか?」
銀色の軌跡が、真横からピンク色の光矢を削り取る。
あり得ない……。だって、あの人はもう……。
居るはずがない。
そう思った私の視線を、白いテールコートが横切った。
平凡な顔立ちにそぐわない鋭い目付きと、野性的な笑み。
見間違える訳がない。
ずっと、会いたかった人なんだから。
「……逆沢さんっ!」
「応! 待たせたな、かごめ」
私の知る誰よりも強く激しい“