初めて出会った時から、そうだった。
この人は、当たり前のように突然現れて、何もかもメチャクチャにしていく。
恐怖も、絶望も、何もかも関係ないって我が物顔で、力任せに踏み砕いて通り過ぎる。
傍若無人。
何をするのも極端で。
どんな状況でも真っすぐで。
悪い人なのに、温かい。
「鏡像のコピー、逆沢……!」
「おう、いろは。オメー、しばらく見ねー内に翼なんざ生やしてどうしたよ? ヴィジュアル系のバンドにでも感化されたんか?」
白いテールコート姿の逆沢さんは歯を見せ付けるように笑う。
猫科の肉食獣を思わせる獰猛な笑み。
その手の内に形成されるトンファーは、さながら爪だ。
屈み込んだ身体が、バネのように弾けて斜め前方へ──ジョバンナさんが立つ給水塔の上へ跳ぶ。
けれど、白い打撃がジョバンナさんを捉えるより早く、桃色の翼が羽ばたいて給水塔から飛翔した。
その際に舞い散った無数の羽根が空中に留まる。
同時に真上から、逆沢さんを狙うピンクの矢が連続で放たれた。
「ちッ……」
給水塔を蹴って、素早く反転。
魔力の矢は、給水タンクを突き破って中身を外へと放り出させる。
周囲に水が撒かれた瞬間、滞空していたピンクの矢へと即座に変化した。
そして、逆沢さんを取り囲むように中央へと射出される。空中で無防備になったタイミングで、全方位からの光の矢での波状攻撃。
「ここにあるモン全部がオメーの武器ってことか!」
両手のトンファーを潰して、布への変化させ、捻りながら身体を覆う逆沢さん。
大きく膨らんだ二枚の大布は彼を包んで真球となる。
白い球体へ容赦のない光の矢の連射が降り注ぎ、串刺しにしていく。その様子は悪趣味な人体切断のマジックショーのようだった。
「逆沢さんっ!!」
空を移動するジョバンナさんは、そんな状態になった逆沢へトドメを刺そうと、一際大きな魔力の矢をクロスボウに装填する。
「油断はしない。あなたは
特大の光の矢が空から放たれる。
風を切り裂き、直進する度、魔力の光が強さを増していく。
既に、まち針だらけの針置きの様相だった白の球体を射止める。
「……ここで殺せて安心してる」
球体の表面が砕かれ、ピンクの魔力が亀裂の内側から
「そうか? じゃあ、期待に応えて──不安にしてやる!」
力強い声が響く。
溢れた魔力の色がピンクから、白へと変わった。
渦巻くように
それは例えるなら、水を溜めていた洗面台の栓を外した時の光景。
膨大な質量がある一箇所を起点にして、吸い込まれている。
勝利を確信していたからこそ、理解ができないと言うようにジョバンナさんが呟く。
「……どういう、仕組みなの?」
「あの“カス”も使ってただろーが。『肯定の魔法』だよ。ま、全然この力の本質が理解できてなかったがなァ」
『肯定の魔法』……。
中沢さんも使っていたけど、魔力を吸収する力に見えた。
規模は格段に大きくなっているけど、同じ魔法なのかもしれない。
私がそう考えた時、銀のコインが弾かれた。
「──
空中で回転するコインが、突如ピンク色の魔力を噴き上げる。
それは先程、彼女が放った魔力の光矢。
ジョバンナさんが放った攻撃とまったく同じもの。
激しい発光と共に膨張する矢は、彼女の翼を
空中でバランスを崩すも、とっさに体勢を立て直して、屋上へ降下した。
「っ!! これ、は……私の!?」
「騙し討ちで負けたとか言わせんのもシャクだから、最初に教えといてやる。『肯定の魔法』は吸収じゃねぇ。放出でもねぇ。その本質は──『許容』だ」
許容。
良くないことや、完璧ではないことを認めること。
中沢さんが使った時とは明確に違う。
この魔法は、むしろ、“悲憤のアルベド”が使っていた……『融合の魔法』に近い。
けれど、形を失わせて自分の魔力で塗り潰す『融合の魔法』とは違って、相手の魔法の性質を塗り替えてはいない。
「『許容』ってのは、つまるところ“すべてを受け入れる”っつーことだ。呑み込むだけなら、せいぜい“受け止める”くれーが関の山だろ? 相手を捻じ曲げて呑み下すのも
在っていい。変わらなくていい。ありのままを認める。
それは、逆沢さんの魔法少女へスタンスだ。
彼は自分に対する敵を、自分を認めない相手を、いつだって肯定してきた。
許容という言葉からは一番遠そうな性格なのに、ちゃんと他者の在り方を認めていた。
だからなんだろう。
逆沢さんからは、みことさんが演じていた帆奈さんのような露悪さは感じられなかった。
「もう……勝った気でいるの?」
抉れていた翼の穴が再び盛り上がり、再生する。
睨み付ける彼女の目を、逆沢さんは笑って見つめ返した。
「ハハッ、そうでなくっちゃな。殴ってからの、殴り返しが喧嘩の
翼がはためき、魔力の光が衝撃波となって押し寄せた。
ピンクの分厚い壁が、そのまま放射状に屋上を制圧して迫り来る。
逆沢さん一人だけなら防御も回避できた。それどころか、反撃の機会にもなり得たはず。
でも、後ろに居る私やみたまさんが居る状況では、逆沢さんは絶対に回避なんてしない。
それを見越して、衝撃波の後ろでクロスボウに魔力の矢を
私たちを足枷にして、逆沢さんがこの魔力の波を対処した隙に、今度こそ必殺の一矢を撃ち込むつもりなんだ……。
「……何だよ、これっぽっちか。味気ねーな。なら、俺サマが見本ってのを教えてやるよ」
白いシルクハットが彼の前に現れる。
内側が砲塔のように、前方へ傾いた。
私は知っている。
それが何を意味するものなのか。
ジャラリ、と小さな金属同士が触れ合う音が、シルクハットの中から聞こえた。
「
目と鼻の先まで迫っていた衝撃の波が、魔力の壁が、
銀の竜巻は魔力を呑み込み、更に激しく膨らんで、花弁のように伸び広がる。
ピンク色の魔力さえ巻き込んだ輝く光の嵐は、その後ろで
「ッ……」
翼で地面を叩き付けて急上昇し、銀と桃色の暴風から逃れようとする。
だけど……。
「待てよ」
「なッ……」
彼女もまたクロスボウを向けるが、一手遅れる。
番えた魔力の矢ごと、白い手袋が掴み……そして──。
「『
──魔法を発動させる。
以前使っていた否定の魔法の奥の手、『リジェクト』とは真逆の技。
中沢さんが使った時は吸収でしかなかったその力は、逆沢さんによって本質へと辿り着く、はず……。
魔力を通して繋がり合った二人を中心に、偽物の神浜の夜が強い輝きで覆い尽くす。
空間全体が縮小して、私たちは内側に吸い寄せられるように中央の光へと飛ばされた。
捻じれていく景色が、今まで通っていた景色と混ざり合い、また違う場所を形成していく。
次の瞬間、身体が投げ出されたのは背の低い草むらだった。
違う場所!? また空間が移動したの……?
すぐに上半身を起こして、周りを見回す。
まず目に入ったのは、すぐ近くで身体を丸めて眠るピンク色の髪の少女。
いろはさん……? それとも、ジョバンナさん……なの?
目を閉じて眠る彼女が、どちらなのか判別できない。
無意識に突いた手のひらの先で、何か硬い感触があった。
見ると、草むらの中に割れた手鏡が落ちている。
「これ……」
帆奈さん……いや、彼女の姿になっていたみことさんが最初に見せた手鏡。
罅の割れた鏡面に映るのは、アルちゃんではなく、元の私、佐鳥かごめの顔だ。
鏡の取っ手を持ち上げると、大きめの破片が草むらへ落ちる。
鋭利な鏡の破片は、光を反射して白く輝いていた。
それを……──拾った。
眠り続けるピンク色の髪の少女を前にして、みことさんの最期が
両手を広げて、私を庇うみことさんの背中を。
そして、彼女の背中を貫く、桃色の矢の軌跡を。
……ユルセナイ。
私の中のドス黒い感情が、閉じた
……コロシテヤル。
あどけなく眠る彼女の寝顔が
「はあ……っ、はあ……っ」
心臓が早鐘のように脈打つ。
息は荒く、体温が上がっていく。
なのに、思考だけは氷点下まで下がっていた。
鏡の破片を持った手が震える。
……コロセル。ワタシ ハ コロセル。
憎しみを、恨みを、悪意を、殺意を肯定できる!
だから……。
だからっ!
破片を持った手を、眠る彼女へ向けて振り被る。
……コロサナイ ト イケナイ。
じゃないと、証明できない。
本当に、みことさんの命の価値を!
白い
何かを刺した鈍い感覚。
深々と白い表面に、鏡の破片が突き立っていた。
白い……手袋を突き破って。
「どうして……? どうして、邪魔するんですかっ!? 逆沢さん!」
破片に映り込む彼の顔は、相変わらず不敵に笑っていた。
初めて、私が名前を付けたあの時から、ずっと変わらない笑みを浮かべていた。
「そうだなぁ。言っちまえば、俺サマが嫌だからだ。オメーがこんな方法を取るのがよ」