「どうして、駄目なんですかっ!? 何で、いつもみたいに私のことは肯定してくれないんですか!?」
いくら逆沢さんの言葉でも認められなかった。
私は、みことさんを殺した彼女に復讐しないといけない。
そうじゃないと……許したことになってしまう。
みことさんの死を正しいことだと、受け入れたことになってしまう。
「許してしまったら、駄目なんです! みことさんの死を当たり前みたいに思われたくない! だから、私は復讐を……!」
「みことのヤツはよ、変わったよな? 前は自分の都合しか話さねーで、自分の内側しか見ようとしねーヤツだった」
私の台詞を
「それがオメーと会って、自分の絶望以外と向き合うようになった。そのせいで支離滅裂にもなってたがよ。それでも、変われたワケだ」
鏡の破片を突き刺さった彼の手袋がじわりと、血で
以前の黒い血じゃない。真っ赤な、人間と同じ赤い血だ。
「逆沢さん、血が……」
「刺したままでいいから聞けよ。魔女になるはずの、ただの記憶の残滓がよ、変われたんだぜ? かごめ。オメーが変えたんだ。黒一色だったあいつの心をキラキラしたモンに変えやがった。だから、あいつは自分の憎しみよりもオメーを守った。そうしたかったからだ」
「みことが復讐なんて望んでないって、そう言いたいんですか……?」
誰がそんな手垢の付いた台詞吐くかよ、と逆沢さんは首を振る。
「そうじゃねーよ。あいつの心の色を変えたオメーが、黒一色で染まっちまうのがもったいねーって話だ」
「……もったいない?」
「だってそうだろーが。オメーは自分の対話だけでみことの在り方を変えちまいやがった。俺サマだってそうだ。本物恨むだけの偽物が、『逆沢さん』になっちまった。かごめよぅ、コイツはオメーがくれたモンだぜ? “楽しい”って感情を、“嬉しい”って気持ちをよ。全部オメーと一緒に居て感じた、心の色だ」
初めて聞かせてくれた逆沢さんの心情。
想像していたよりも、私と過ごした時間を特別に感じてくれていたことに驚いた。
逆沢さんは最初から変わってないと思っていた。
この人は変わらないのだと信じていた。
でも、違った。
悩んで、変わって、それでも自分であろうとしただけ。
「逆沢さん……でも、私の中にも“黒”はあるんです。消えない憎しみまで否定されたくないです」
「あっていいだろ? それもオメーだ。だけど、他の色も同じだけ肯定してやれよ」
「他の色……?」
逆沢さんの言葉の意図を呑み込めずに、私は聞き返す。
すると、それには答えず、別の質問を投げかける。
「かごめ、俺サマが魔法少女
「何でって……人殺しは駄目だって思ったからです」
「何で駄目だって思った?」
「人の命を奪うことは悪いことだから……」
……いや、違う。そうじゃない。
そうじゃなくって……。
「命は……そんな簡単に奪っていいものじゃないから」
「その気持ちもオメーの“色”だ。黒で塗り潰しちゃならねぇ、オメーの心の色なんだ。そっちも、ちゃんと肯定してやれよ」
「何ですか……それ。逆沢さんが、そういうこと言うんですか……?」
口にしてしまえば、なんて陳腐でありきたりな言葉なんだろう。
でも、だからこそ、皆一度は誰かから聞いて、誰もが知っていること。
こんなにも当たり前のことを言われて、私は泣いていた。
「俺サマだから言えんだよ。ずっとオメーを見てきた俺サマだからな」
その時、血染めになっていた手袋から、ぽたりと赤い
真下で眠っていた彼女の顔に垂れた血が触れた。
「う、ん……?」
「起きたか? いろは。随分長い昼寝だったな」
「逆沢、君……? え、何……赤っ、血!?」
顔に付いた血に驚き、それが自分のすぐ上に
急いで飛び起き、彼女は彼の手に刺さった鏡の破片を抜こうとして、動きを止めた。
「……そんなもの、触らなくていいよ。
顔に付いた血を乱暴に拭った彼女は、もういろはさんではなかった。
「よう。魔女のいろは。オメーも寝れたかよ?」
逆沢さんは人格が入れ替わったことにも動じず、平然と対応する。
彼女──ジョバンナさんは、私と逆沢さんを睨み付けた。
「何で、いろはにこんなものを見せるの? あの子はもう充分過ぎるくらい頑張った。それなのに、あなたたちは醜い感情を振り回して、あの子の優しい世界を
ああ、そうなんだ、と納得する。
ジョバンナさんは、ずっといろはさんを守ろうとしていただけなんだ。
この空間は、憎しみや悪意を拒絶していた。
記憶や思い出や、願いを巻き戻して、不自然なまでに優しい世界を作ろうとしていた。
それはきっと、いろはさんのため。
いろはさんに悪い感情を見せないようにするため。
「いろはは、誰にも頼れないくらい傷付いてるの!
「落ち着けや」
鏡の刺さった手で逆沢さんは躊躇なく、ジョバンナさんの頬を引っ叩く。
手首の返しが効いた強烈なビンタに、彼女は叩かれた顔を押さえて呆然としていた。
「いや、逆沢さん……」
「やっと起きたかと思えばギャーギャー喚きやがって。パッションで話すなよ。まず、言いたいこと
正論だけど……。
もう少し手心を加えてあげてください。
釈然としない表情を浮かべていたジョバンナさんだったが、少しの沈黙の後、口を開いた。
「……いろはをこれ以上苦しめないで」
「何だよ。やりゃできんじゃねーか。んで、いろはの意見はどうなんだ?」
「だから、いろはは……!」
「オメーは“いろは”じゃねーだろ! いいから変われぇ! 男はこういう時、腹割って話すモンなんだよ!」
「いろはも私も男じゃない……」
「人の揚げ足取ってんじゃねーぞ! 男らしくねぇ!」
揚げ足で満漢全席を作る気なんだろうか。
逆沢さんこそ、発言がすべてパッションでできていると思う。
このままだと、揚げ足しかテーブルに並ばないので、私は口を挟んだ。
「いろはさんにも、お話させてもらえませんか?」
「……分かったよ。だけど、あの子を気付けるようなことは」
「前置き
暴力の化身を
険しい表情は和らぎ、申し訳なさそうにした顔へと変わった。
「ごめんね。今、やっと何があったのか段々分かってきたよ。ジョバンナが私のためにしてくれたことも、そのために皆をこの世界に閉じ込めようとしてたのかも……」
「で、どうよ? オメーはどうしたいんだ?」
「私は……目を覚ましたいって思ってる。あ、でも、もう前みたいに自分一人で抱え込もうとする気はないよ? ジョバンナがこんな事しちゃったのは私が彼女以外を頼ろうとしなかったからだって分かったから」
草むらに座り込んだまま、パタパタと身振り手振りで私たちに心の内を伝えようとしてくれた。
いろはさん自身、自分の状態やこの空間のことを聞かされたばかりで受け入れ切れてないはずなのに、それでも自分が原因だからと解決しようとしている。
確かに、もう一人の自分がこんな風に背負い込む性格なら、ジョバンナさんが暴走してしまうのも無理はない。
今のいろはさんが目を覚ましても、また責任を感じて、一人で抱え込んでしまいそうだ。
逆沢さんも同じ気配を感じ取ったのだろう。
溜め息混じりで頭を掻いて、何かを決めた。
「なら、まずは頼れよ。このボンクラに」
「ボンクラ? 誰のこと?」
「……こいつだよ。オイ! 今から変わるから、なんか台詞考えとけよ、カス!」
突然、暴言を誰かに吐いたかと思うと、逆沢さんの表情に変化が起きた。
強気そうに釣り上がった目尻が下がり、不遜な覇気が
頼りなく下がった眉と、人の良さそうな口元は、中沢さんのものだった。
「えっ、ちょっと、まだ心の準備がって、……
慌てて喋ろうとした彼は、痛みに絶叫をあげてその場でひっくり返る。
あまりにも逆沢さんが平然としていたから放置していたけど、かなり深く鏡の破片が刺さったままだった。
「ご、ごめんなさい、中沢さん! いろはさん、治してあげられますか?」
「う、うん。中沢君。ちょっと見せて。破片、抜くから。ああっ、動かないで」
大絶叫をあげる中沢さんを、いろはさんが魔法て治療した。
傷が治った後も、未だに感覚が残っているのか、傷口があった部分に涙目でフーフー息を吹きかけている。
「あの、本当にすみません……」
「い、いいんだよ。ほら、俺も前に意識乗っ取られた時、佐鳥さんを殺しかけたから。友達に攻撃されたりなんか、日常茶飯事だし……」
「友達に……!?」
凄い交友関係ですね、と言いかけて、私もみことさんやこのはさんを思い出して止める。
魔法少女の世界に足を踏み入れた以上、そういうこともあるのは仕方ない。
「環さんも傷治してくれてありがとうな」
「いや、お礼を言われることなんてしてないよ。ジョバンナがどれだけ中沢君を傷付けたのかも知ってるから……」
感謝の言葉を受けたいろはさんは、辛そうに
中沢さんはそんな彼女に向けて、何とも言えない小さな笑みを浮かべた。
「あー……でも、ジョバンナってもう一人の環さんもさ、俺のこと殺さなかっただろ? なんていうかさ、あっちの環さんも……優しいんだと思う。いや、すっごいボコボコにされたのは間違いないんだけど……それだけじゃないっていうか……」
必死に言葉を
決して、話が上手い訳でも、言葉に力がある訳でもない。
むしろ、何を言いたいのか結論があいまいだ。
それでも、相手を心から庇おうとしていることだけは、ちゃんと伝わってきた。
「ああ、なんて言えばいいか分かんないんだけど……俺もっ! 俺も逃げてた! ぶつかり合おうともしないで、殴らせて何かした気になって満足してた! でも、それは間違ってて……ああ、もう、何でうまく説明できないんだ!?」
「中沢君……大丈夫だよ。伝わってくるから、中沢君の気持ちは」
「本当か!? なら、これも分かってくれよ! 俺、もう逃げないから! ちゃんと環さんや魔法少女とぶつかり合って、気持ちを伝えていくから! だから、環さんもバンバン頼ってくれ! 俺もバンバン頼るから!」
「……うん! よろしくね、中沢君」
いろはさんは、それを聞いて嬉しそうに微笑んだ。
それから、私の方を向く。
「かごめちゃん。あなたには許してもらえないと思うけど……ジョバンナのやった事を謝らせてほしい。みことさんの事、本当にごめんなさい……」
草むらの上で、深々と頭を下げる。
私はそれを見ても、渦巻く感情の色は変わらなかった。
「いろはさん、謝らないでください」
「かごめちゃん……」
「私は許しません。みことさんを殺した事、恨み続けます」
「うん……」
「でも、同じくらい幸せになってほしいって思います。いろはさんにも、ジョバンナさんにも……」
矛盾する二つの気持ち。二つの感情。
でも、二つとも本物で、本心からの想い。
みことさんを殺したことは絶対に許せない。
だけど、ジョバンナさんが、いろはさんを醜い感情から守ろうとしたことは尊敬する。
憎んでる。でも、嫌いにはなれない。
許せない。だけど、報われてほしい。
逆沢さんの言ってくれた言葉の意味が、ようやく分かった。
心は、いつだって違う
一つの感情を肯定するのは、別の感情を否定することじゃない。
そこに折り合いを付けて、共存していくことが生きるってことなんじゃないだろうか。
「かごめちゃんはそれでいいの……?」
「はい。それがいいって今は思えます。また少ししたら変わってしまうかもしれませんけど、今の私の答えはこれなんです」
顔を上げたいろはさんは、涙を拭っていた。
ああ、またこの人は自分一人で責任を背負い込もうとしていたんだ。
だったら、一つだけわがままを言ってみよう。
「いろはさん。私と友達になってください」
「……うんっ。私で良ければ喜んで!」
自然と手を差し出せた自分が、今は誇らしく感じた。
その手を気後れしないで、握ってくれたいろはさんに感謝する。
いろはさんが、そっと自分の胸にもう片方の手を当てた。
「ジョバンナ、ありがとう。私の事、守ってくれて。でも、もう大丈夫。私はもう、一人で背負わないから。助けてって友達に言うから……だから、もう優しい夢はお
その声に反応するように、いろはさんの背中から桃色の翼が生える。
大きく広げた翼は、羽根を撒き散らして風へと飛ばした。
桃色の羽根は、空へと広がって、周囲の景色を変えていく。
短い草むらも、青い空もなくなって、見えた先には調整屋……神浜ミレナ座の店内だった。
そこには、膝を付いて状況を把握しようとする魔法少女たちの姿があった。
いろはさんは私と手を繋いだまま、全員を見渡してから言った。
「少し、私と話をしてくれませんか?」
気負うこともなく、紡がれた彼女の言葉が室内に響いた。