ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 灰色の練習曲

 ホテル・フェントホープの中庭には、生垣のアーチが彩り豊かに建ち並んでいた。

 よく手入れをされた花壇には美しい花々が咲き誇っている。

 六角形の大きな噴水はイルミネーションを兼ね、煌びやかに発光して、上昇と降下を繰り返す。

 けれど、そんな気品ある素敵な景観を見ても、僕の印象は変わらない。

 ここは冷たい牢獄だ。そして、僕はその牢獄に(とら)われた受刑者だ。

 白々しい見せかけだけの華々しさの中で、僕はバイオリンを弾き奏でる。

 昨日、計画に邪魔な顔無し手品師はこの手で倒した。

 捜索に当たらせた黒羽根の話では、腐り融けかけたウサギ形態の顔無し手品師をマギウスの翼に賛同しない魔法少女たちが確保したそうだが、問題はない。

 仮に奴に(くみ)する魔法少女であったとしても、腐敗の魔法は完治不可能だ。

 治癒も回復も受け付けず、それどころか腐敗の魔法を活性化させるだけだ。

 どう考えても、既に顔無し手品師は融け落ちているだろう。

 そして、賛同しない魔法少女たちは、マギウスの翼に逆らう者の惨たらしい末路を目の当たりにする。

 これ以上、噂を消せば、次にこうなるのは自分たちだと知り、無駄な足掻きを止めるはずだ。

 演奏に没頭しながら、僕は勝利に酔い()れる。旋律がより激しく、大気を揺らした。

 バイオリンが僕へ祝福の言葉を述べてくれるようにすら聞こえた。

 これでまた一歩、さやかを救うための計画が進んだ。

 あとは、エンブリオ・イブの安定させながら、成長させれば……。

 

「……何の用だい?」

 

 背後で近寄る気配と足音を聞き、僕は演奏を止めて、振り返る。

 

「あ。も、申し訳ありません……」

 

 そこに居たのは黒羽根の魔法少女。

 マギウスから与えられた、顔も本名も知らない僕の部下。

 普段は黒羽根は、もっと特徴のない堅苦しい物言いしかしないのだが、彼女はどこか辿々しい口調で謝罪する。

 

「あまりに綺麗な音色だったので……近くで、聞こうとしてしまいました」

 

 咎められることを恐れる黒羽根の彼女は、機械的に命令に従ういつもの姿とは違って見えた。

 普通の、どこにでも居るような、女の子。

 黒羽根でもこんな態度を取ることがあるのか……。

 僕はその光景が珍しかったため、ぼんやりと眺めていた。

 それを彼女は睨まれているのだと、勘違いをして、謝りながら逃げ出そうとする。

 

「ほ、本当に申し訳ありません! 上条様の演奏の邪魔をするなんて畏れ多いことを……! しっ、失礼します!」

 

「別に邪魔じゃなかったよ。聴きたいなら傍で聴いて行けばいい」

 

「本当、ですか? ありがとうございます!」

 

 彼女は大袈裟なくらいに頭を下げて感謝してくる。

 それでつい、僕は気になっていたことを聞いてみた。

 

「クラシック音楽、好き?」

 

「はい! あ、でも、それだけじゃなくて……演奏している上条様がとても」

 

「とても……何だい?」

 

 言い淀んだ彼女の言葉の続きを尋ねた。

 彼女は少しだけ悩んだ後、恥じらうように小さな声で答えてくれた。

 

「その、とても綺麗でした。演奏している上条様は輝いて見えて、ずっと見ていたいって……烏滸(おこ)がましいですよね。黒羽根の私なんかが……」

 

「輝いている? 僕が? それはどういう意味だい?」

 

 何を言っているんだ、この子は……。

 この場所に居る自分に嫌気を感じ、邪魔者を消したことを喜び、敵対者が絶望することを願うこの僕が――。

 綺麗?

 輝いていて見える?

 ……馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 見る目のない子だ。奴隷のように扱き使われている黒羽根なら、その程度の審美眼しかないのも当然か。

 僕の心は濁り腐っているのだ。

 僕に無理やり与えられたこの力と同じように。

 (よど)んだ感情が胸の内でぐるぐる回る。ああ、気持ち悪い。

 

「はい! 演奏している時の上条様は静かで、でも激しい感情を抱えているようでした。それがまるで煌々(こうこう)と燃え続ける美しい炎のように見えました」

 

「…………」

 

 彼女の眩しいくらい純粋な言葉に僕は何も言えなかった。

 

「戦っている時の上条様は頼もしかったですけど近寄りがたくて、ちょっとだけ怖いなって思ってました。でも、やっぱりお優しい方ですね! 考えてみたら、魔法少女でもないのに、私たちの魔法少女のために戦ってくださる上条様がお優しくない訳ないですよね」

 

 嬉しそうに語る黒羽根の少女に僕は俯き、下唇を噛む。

 違う……僕は君たちのために戦っている訳じゃない!

 僕はただ自分を救ったことで、絶望の運命を辿ろうとしている親友を助けたいだけだ。

 マギウスの三人も、白羽根も、黒羽根も本当は大嫌いだ。

 魔法も、奇跡も、魔女も、ドッペルも……心底うんざりしている。

 

「僕は……僕のために願いを使って魔法少女になった友達を助けたいだけだよ。そのためにここに居るんだ」

 

 だから、君ら大勢の魔法少女のためなんかじゃない。

 そう言ったつもりだった。

 だけど、彼女は僕の言葉に嬉しそうに呟いた。

 

「良かったです」

 

「……どういう意味?」

 

「私たちの、魔法少女のやったことをちゃんと知ってくれた人が居たことが嬉しいんです。その魔法少女の方は幸せだと思いますよ」

 

 彼女の見当違いな言葉に、瞬間的に怒りが噴き上がる。

 気が付けば、声を荒げていた。

 

「そんな訳ないだろう! 君だって知ってるはずだ! 魔法少女の宿命を! その絶望の終わりを! 僕がそこに彼女を追い込んだんだ! 幸せな訳あるもんか! そんな訳、あるもんか……」

 

 さやかのことを思い出し、不条理に追い込んでしまった自責の念で怒りは()え、台詞は尻すぼみに縮んでいく。

 黒羽根の少女は突然出された大声に驚き、身体を固くさせたが、すぐに首を横に振った。

 

「それは、違います。違いますよ、上条様。私たちはただ、知ってほしかったんです。もちろん、私も魔法少女の運命から解放されたいって思ってます。でも、それ以上に私たちがやったことを、私たちの辛さを誰かに分かってほしいかったんだなって、今頃になって気付きました」

 

「知ってるだけじゃ、何の意味もないだろう……?」

 

「知ってるだけで、認めてくれるだけでも充分嬉しいです。少なくとも私は……」

 

「…………」

 

「あの、せっかく話していただけたのに失礼なことばかり言ってしまい、すみませんでした。やっぱり私、お(いとま)しますね……」

 

 黙り込んでしまった僕を見て、怒らせたのだと思った黒羽根の少女は頭を下げて立ち去ろうとした。

 だが、彼女がこの場を後にする前に、声を掛ける。

 

「……待ちなよ」

 

「え、でも」

 

「聴きたいなら傍で聴いて行けばいい。そう言っただろう」

 

 それだけ言うと僕は彼女に背を向けて、再び、バイオリンを弾き始める。

 彼女が立ち去るかどうかは知らない。

 けれど、僕はできれば彼女に聴いてほしかった。

 この胸に抱いた感情を誰かに理解してほしかった。

 これが魔法少女の心境と同じとは思わない。

 それでもせめて感謝を込めて演奏する。

 さやか。

 君もそれがほしかったのかい?

 ただ、僕に知ってほしかったのかい?

 ……やめよう。今更、そんなことを言っても意味がない。

 僕は魔法と目的を与えられてしまった。

 もう止まれない。止まることはできないのだ。

 あの時、神浜を訪れてしまった瞬間から、僕にその選択肢はなくなっていた。

 

 

 ***

 

 

 覚えている最初の記憶は、バスの中。

 神浜市で開催されるバイオリンのコンクールで優勝した僕は、意気揚々と金のトロフィーを抱えて駅へと向かっていた。

 突然、強烈な眠気と共に意識が暗転し、気付けばそこは柵に囲まれた夜の草原だった。

 カラフルな毛糸で編まれた大地は、一瞬でそこが現実世界とは隔絶した場所であることを認識させた。

 バスの運転手や一緒に乗っていた乗客らしき人たちは虚ろな顔でふらふらと立っている。

 朦朧とする意識の中で、軍帽を被った黄緑色の髪の長い少女が笑っていた。

 

『喜んでヨネ。アナタたちはアリナのアートに成れるチャンスがあるんだカラ。せいぜい、生き残って愉快な姿を見せてほしいんですケド』

 

 緑色のウイルス模式図のようなものが混ざった朱色の液体が、僕らを飲み込むように上から降り注いだ。

 何か得体の知れないものが、自分の中に流れ込んでくる身の毛もよだつ不快感が(ほとばし)る。

 叫び声をあげて悶える僕や他の乗客を見ながら、少女の甲高い哄笑(こうしょう)が響いていた。

 僕は苦しみながらも左手を抑えた。

 この手はようやく治った僕の大切な宝物。二度と失う訳にはいかない。

 だが、その左手にも容赦なく、動き回る液体が侵入し、内側を無慈悲に汚染してくる。

 その時、僕の左手が微かにだが、はっきりと発光した。

 染みこんでくる液体とその光が左手の内側で混ざり合い、結合する。

 ようやく意識がはっきりとしてきた時にその場に残っていた人型のものは僕と、黄緑色の少女だけ。

 

『ゴ~~カークッ! アハハッ。まさか、ホントに生き残りが出てくるなんてウケるんですケド!』

 

 まず、目を向けた左手の手首には正方形の石英のような鉱物が埋め込まれ、その内側でCGで再現された小さなウイルスの粒のようなものが(うごめ)いていた。

  

『アナタはこれからアリナのアート! 完成するまで付き合ってヨネ!』

 

 僕を見下して狂気的な笑みを浮かぶその少女の名前が、アリナ・グレイと呼ばれる魔法少女だと知るのはずっと後のことだった。

 彼女に連れていた先で僕の身に起きたことを理解し、そして、生き延びられた理由を知った。

 アリナ・グレイの実験、いや、制作の過程で彼女のドッペルを浴びた僕は本来であれば、他の乗客たちのように寄生されたドッペルによってその身を食い潰されるはずだった。

 それを逃れたのは、僕の左手に魔法少女の奇跡がかけられており、それがドッペルを中和し、――変異させたからだった。

 里見灯花曰く、『かけられていた奇跡が治癒だったことと、アリナのドッペルがウイルスに似た性質を持っていたことが良い方に合わさった結果』なのだという。

 そして、僕は自分にこんな奇跡をかけた魔法少女が誰なのか身に覚えがないかと柊ねむに問われ、それが誰なのかを気付かされた。

 僕の左手を治したいと心の底から願う少女は、たった一人以外に居なかった。

 アリナ・グレイによって魔法の使い方を、里見灯花によって魔法少女の運命を、柊ねむによってさやかの献身を教えられた僕には、彼女たちと共に戦う他に道はなかった。

 そうして、魔法少女の奇跡と呪いを受けて生き残った、幻のような存在を意味して『人工魔法使い(ファントム)』と名付けられた僕は、マギウスの翼の灰色の羽根となり、この神浜に留まった。

 これが上条恭介という男の短い練習曲(エチュード)だ。

 理解してほしいとは思わない。知っていてほしいとも思わない。

 それでもこの曲が今の僕の正体なのだ。

 





一方、本編主人公「いらっしゃいませナゾー!」
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