これは正しい人たちのための物語じゃない。
これは魔法少女のために紡がれた物語じゃない。
きっと全部間違っていて、きっと全部削除されるべき物語。
ここまで記してきて分かったことがある。
それは、魔法少女は特別な存在じゃないってこと。
ただ、何かを祈った時、何かを願った時、それを叶えてしまう手段があっただけの普通の女の子。
自分の願いを、自分の力で叶える瞬間を手放してしまった少女たち。
幸せと不幸せを、希望と絶望に置き換えてしまった少女たち。
誰かが傍で止めてくれたなら、立ち止まれたかもしれない少女たち。
***
神浜ミレナ座で起きたあの騒乱の顛末は、終わってみれば、あっという間の出来事だった。
いろはさんは、あの後、調整屋に居た魔法少女たち全員に今の自分について話した。
特にプロミスドブラッドの魔法少女たちとは、もっと
「……つまり、“魔女化の克服”というのは、魔女化を受け入れた副産物だったという事でいいのかしらぁ?」
「はい。ですから、皆さんも自分の内に居る魔女との対話をすれば、私と同じ状態になれると思います」
いろはさんからそう聞かされた結菜さんは、深い溜め息の後、こう言った。
「とても参考になったわぁ。私たちでは同じ方法は期待できそうにないって事がねぇ……」
「あの、私がこう言うのも何ですけど、嘘吐いてるって疑わないんですか?」
あまりにも物分かりが良すぎる結菜さんに、説明していたいろはさんも逆に困惑してしまう。
すると、彼女はビックリするくらいに淡い笑みを
「あなたが……いえ、あなたの中の魔女が見せてくれた夢は、本当に穏やかで優しかったわぁ。あれを見せられたら、疑う気は起きない……それに」
結菜さんはいろはさんから、私へ視線を移した。
「かごめさん、だったかしらぁ? あなたからは、自分の中の憎しみと向き合う姿勢を見せてもらったわぁ……」
「それって……私と逆沢さんとの会話のことを言ってるんですか?」
「ええ。あの場の光景は、私たち全員に共有されていたのよぉ……」
彼女の話によれば、あの場には姿はなかったけれど、全員の意識共有されていたのだと言う。
誰かの想いを形を変えずに受け入れて共有し、分かち合う。
もしかしたら、それが逆沢さんの持つ『肯定の魔法』の本当の力なのかもしれない。
「結菜さんは……これからどうするんですか?」
「神浜の連中、特にマギウスだった魔法少女へ報復するつもりだったけれど……もう、それを果たすつもりはないわぁ……。復讐をしなくても、許した事にはならないって……死んでいった仲間の無念を忘れる訳じゃないって気付けたから。だから、二木市に帰ろうと思ってる……」
顔だけ振り返った結菜さんは、後ろに立つプロミスドブラッドの仲間へを横目で見つめて言う。
「憎しみ以外の気持ちを大事にしていきたいと思えたから」
「それは、多分……良いことだと思います」
私がその台詞を言っていい立場なのかは分からない。
でも、彼女が選んだ結論を、今はだた肯定してあげたかった。
最後に以前、鉄骨を落として危険な目に合わせたことを謝って、結菜さんは調整屋から去って行った。
それを黙って見送っていたこのはさんが、やがて口を開く。
「人の振り見て我が振り直せ……。私も他人事じゃないわね」
「そういう意味では私は復讐を果たした、いえ、果たしてしまった魔法少女という訳ですね。もっとも後悔はしていませんが……」
ななみさんも彼女に
「それで……。
スッと彼女の視線が鋭さを帯びる。
やちよさんが、庇うようにいろはさんの脇に立つ。
「あなた、まだ、そんな事を!」
「重要な事だと思いますよ。ですが、勘違いしないでください。私はいろはさんを敵として排除するつもりはありません。私の固有魔法がそう教えてくれています」
ななかさんとしては、いろはさんがどういった存在なのか品定めがしたいというのが本音なのだろう。
魔法少女とも魔女とも違ういろはさんにどう向き合うべきなのか、その判断を下すために聞いている様子だった。
「やちよさん、ありがとう。でも、大丈夫です」
「いろは……」
心配そうに見つつも、やちよさんはいろはさんにそれ以上何も言うことはなかった。
「ななみさん。ちゃんと会って話すのは初めてですよね? 以前、助けに来てくれた時には頭がぼんやりしてて、お礼もできずにすみませんでした」
「いえ、それには及びません。むしろ、あなたの救出を渋った立場である以上、批難される事はあっても感謝される謂れはありません」
記憶ミュージアムでの一件の話だろう。
あの時のななかさんは二木市から来た魔法少女を追い払うために、魔法少女たちの主導権を握ろうと画策していた。
いろはさんの救出のため、逆沢さんを貸し出すことを条件にやちよさんやこのはさんを一時的に傘下にしようとしていたことを負い目に思っていたみたいだ。
「それでもななかさんやこのはさんたちが力を貸してくれたから、こうして私は生きているんです。本当にありがとうございました」
いろはさんはそんな彼女に対して、何の
「や、やめてください。それに
気まずそうに顔を背けたななかさんが、そう返すといろはさんは小さく
「私、結構ななかさんの事好きかもしれません」
「……調子の狂う方ですね。ですが、質問の答えになっていませんよ。いろはさん、あなたは今、どういった存在なんですか?」
ペースを崩されつつも、ななかさんはその一点だけは譲らない。
いろはさんもまた誤魔化すために喋っているつもりはないようで、表情を引き締めて和やかな雰囲気を一旦消し去った。
「そうですね。それについては、これを見てもらった方が早いかもしれません」
彼女の中指に嵌めていた指輪が、宝石の形へと変化する。
それは魔法少女が持つ楕円形のソウルジェムとは、完全に異なる形状をしていた。
頂点から内側へ曲がり、底点で交わっている丸みある形。
ハートの形、もしくは広げた翼を張り合わせたような見た目。
「いろはちゃん。それ、少し触らせてもらってもいい?」
今まで少し離れた位置で見ていたみたまさんが、割り込むように近寄って尋ねた。
「はい。どうぞ」
自分の魂でもあるだろうその宝石を惜しげもなく、みたまさんに差し出す。
……もう少しいろはさんは他人に対して警戒心を抱いた方は良いと思う。いや、その結果が、
こう、ちょうどよく中間辺りに調節できないものだろうか。
みたまさんが、その宝石に触れて、目を閉じる。
そして、数秒の後、目を開けて言った。
「単に混じり合ってるのとは違う……異なる性質の魂が結合してるわ。こんな事例初めて……」
「では、やはりソウルジェム、ではないと?」
ななかさんの問いに、みたまさんが
「ええ。これはもうソウルジェムとは呼べないわ。もし名前を付けるなら……
「うわぁ。何だか壮大ですね」
「いろは。あなたの事よ。自覚を持ちなさい」
いまいち、ピンと来ておらず他人事のように感心するいろはさんと、彼女に突っ込みつつ額を押さえるやちよさん。
聞いている限り、
ななかさんもこのはさんも、その態度に呆れて言葉を失っている。
そんな中、口を
「あのー、そっちの話はひとまず
「全然纏まってはいないけれど、何か言いたい事があるのかしら? 中沢君」
やちよさんが聞くと、彼は申し訳なさそうに話を切り出す。
「昨日の話ではあるんですけど……神浜を滅ぼそうとしてる人たち居るんですよ。いや、神浜っていうか、世界そのものか? 何か魔法少女のために世界をぶっ壊すとか。あ、でも、今、暴走して羽の生えた木みたいになってたっぽいんですけど」
「……………は? あなたは何を言ってるの? まるで要領を得ないわ」
中沢さんの情報を一切纏めてない説明に、やちよさんは理解不能だと顔を
実際に居合わせた私ですら、聞いていて頭がこんがらがりそうになる。
「あー、何と言うか……神浜がヤバいんです!」
「聞いてる限り、ヤバいのはあなたの説明能力よ」
「……あの、私が代わりに話しますね」
これ以上、中沢さんが話をしていても情報が皆に伝わないと感じた私は、彼に代わって説明役を引き受ける。
まさか、引っ込み思案な私がこういう役回りを買って出るようになるとは思わなかった。
私は昨日、神浜水族館であった出来事のあらましを話した。
「これが、私の知る限りの話です。最後の羽の生えた木? っていうのは分かりませんけど……」
「ああ。そっから先は佐鳥さんは気絶はアリナ・グレイの結界の中に入れられてたもんな」
「待ちなさい。アリナ・グレイ? あの行方を
「そうなんですよ。本当にびっくりですよね。でも、あいつは里見教授を裏切って、俺たちを助けてくれて……ってあれ? そういえばどこ行ったんだろ?」
「……中沢君。あなたは発言をする前に、一度情報を頭の中で整理する時間を作った方がいいわ。佐鳥さんを見習いなさい」
さっきとは違う理由で、やちよさんは額を押さえていた。
思わず私は苦笑を浮かべる。その時、室内にスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
その音の先は、やちよさんの上着の中からだった。
「私のだわ。事務所からかしら?」
取り出したスマートフォンの画面を見て、彼女の表情が
「……みふゆ? 今日は仕事の日だって伝えてあったはずだけど……」
口にしたのは知り合いらしい、女性の名前。
そこで彼女は、何かを感じ取ったのだろう。
やちよさんは通話の表示をスワイプして、スピーカーモードのアイコンを
『ハロー、七海やちよ』
「アリナ……グレイ! 何故、あなたがみふゆの電話を使ってるの? まさか、みふゆを……!?」
『あー、そういうのはノーセンキュー。今はニードなのは、黙ってアリナのワードをリッスンする事なんだヨネ』
英単語が中途半端に混じり込んだ独特の口調。
これがさっき中沢さんが言っていた、アリナ・グレイさん……。
「……何を話したいの?」
『このままだと、神浜がディストラクションしちゃうってストーリー』
「あなたの説明能力も大概ね……」
『ワッツ? どういう意味?』
やちよさんはスマートフォンを片手に、今日何度目かになるか分からない額を押さえる仕草で、深い溜め息を吐いた。