私の目の前には、
「あの、ねむちゃん……この人は?」
恐る恐る私が、ねむちゃんへ尋ねると彼女は表情を変えずに答えた。
「彼女は里見
このあからさまな拘束もなかなかに凶行だと思うけど……。
状況が状況だけに、どういう心境で聞いたらいいのか反応に困ってしまう。
そんなことを悩んでいると、横になっている那由他さんが目が開いた。
「……! んー! んんー!!?」
口も布で押さえられているせいで、言葉にならない叫びをあげて身体をくねらせる。
「何を伝えたいんだろう。トイレかな?」
「|食事を要求している可能性も、ある……|」
ねむちゃんと桜子さんは彼女を真面目な顔で眺めながら、何を言おうとしているのか推測していた。
いや、冷静に考察してないで、口の布を取ってあげればいいんじゃないの……?
二人とも天然というか、少し世間からズレている。
「あの、大丈夫ですか?」
私が彼女の口を縛る布を外すと、息苦しかったのか、「ぷはッ」と息を吐いてから、キッとした目付きで私たちを
「……あ、あなたたち、何なんですのっ!? 人をいきなり
ですの……?
またクセのある人が来たと思う反面、この状況で混乱しているにも関わらず、怯えず質問できる強い人でよかったと謎の安堵をしてしまう。
「えっと……状況が分からないのは私もなんです。だけど、私はあなたの敵じゃありません。あ、自己紹介がまだでしたね。私は佐鳥かごめって言います」
戸惑っている那由他さんに少しでも落ち着いてもらうために自己紹介をする。
その
「かごめさん……ですか。私は里見那由他と申しますの。ここは、一体どこなんですの?」
「神浜市の、北養区ですっ。うっ、結び目が固いっ……」
彼女を縛る縄を
「か、神浜っ? じゃあ、ここは宝崎市じゃありませんの!?」
驚いた表情に、私は何となく察する。
反応から見て、那由他さんは宝崎市から連れて来られたみたいだ。
宝崎市といえば、神浜市の西側にある市だ。距離としてはそこまで遠くではないけど、市外まで
それよりも、縄の結び目が固く結ばれて私じゃ解けない。
「あの、中沢さん。ちょっと解くのを手伝ってくれませんか?」
「…………」
「中沢さん?」
話しかけても反応がない。
彼の方を見れば、那由他さんの顔をどこか
「中沢さん。大丈夫ですか?」
「……
あんまり大丈夫じゃなさそうだった。
どうやら那由他さんに見惚れているみたい。
確かに那由他さんは綺麗な人だ。
頭頂部辺りで牛の角のような癖っ毛に、ウェーブのかかったベージュ色の髪と垂れ目が特徴的なおっとり系の美少女。
こういう穏やかなお姉さんが中沢さんの好みなんだ……。あれ? じゃあ、逆沢さんもひょっとして……?
いや、余計なこと考えてる場合じゃない。早く那由他さんを自由にしてあげないと。
「あのー、中沢さん」
「はっ……! 解くのを手伝うんだったな。ま、任せてくれ!」
正気に返った中沢さんは、浮足立った雰囲気で縄の結び目を解いていく。
指先が那由他さんに触れる度、「あっ……」とか「す、すいません……」とか呟きながら手を止めるのが少し気色悪かったけれど、取り合えずは彼に任せて、私は改めてねむちゃんに尋ねる。
「それで、どういうことなのか教えてくれるんだよね?」
「そうだね。察しているとは思うけど、彼女を宝崎市から拉致してきたのはアリナだよ。理由としては、里見教授を救うために必要だからだ」
「里見教授って……パパの事ですの!? どこに居るかご存じなんですのっ?」
拘束からようやく解放された立ち上がって那由他さんが、ねむちゃんに詰め寄る。
ねむちゃんは、僅かに視線を逸らして、それに空中に浮かぶモニター画面を指差した。
「……? あの、奇妙な木の映像が何なんですの?」
表情を変えず淡々とした声で桜子さんが答える。
「|あれが里見教授の現在の姿。詳細を省くと特殊な魔力によって変質している。助けるにはあなたの協力が不可欠。そのために少々手荒な方法であなたをこの街へ連れて来た|」
「そんな……あれが、パパ……なんですの?」
「|ですの|」
コクリと桜子さんは頷く。
……もう少し手心というか、思いやりは入れられなかったのかなぁ。
せめて、何か慰めの言葉をかけようとした時、中沢さんがすっと那由他さんへ近寄った。
「大丈夫ですよ。俺が何とかしてみせますから」
今まで見たことのないほどキリっとした顔で、自信を持って断言する。
急に前に出てきて何なんの、この人……。
いつもなら絶対に言わないだろう発言を、堂々と那由他さんにかけていく。
「俺があなたのお父さんを、必ず救ってみせます」
「さっき拘束を解いてくださった方。あなたは……」
「俺は中沢です。男ですけど、魔法を使って魔法少女たちに協力している者です」
さっきまでの頼りない雰囲気から一変して、物語の主役然した態度を取っている。
多分、那由他さんに対してのアピールなんだろうけど、見ているこっちが恥ずかしい気持ちになる。
決して嘘は吐いてないはずなのに、実情と絶妙な差があるような気がするのは何でだろう……。
「中沢さん。パパを助けてくださるんですか?」
那由他さんは当然、普段の彼を知らないため、ただ問いかける。
「はい。俺が絶対あなたのお父さんを……──」
グッと力強く握り拳を作ってみせた中沢さん。
だけど、次の瞬間、その拳は……
「な!?」
「え……」
「|ま?|」
突然の自分の顔を殴り付けるという異常事態に私以外の全員が、
「──オメー、いつまで発情してんだよ……カスゥッ」
口元が切れて血が滴るほど自分を殴り付けた彼に、私はハンカチを差し出す。
「やり過ぎですよ。“逆沢さん”」
「はんッ。どうだかな。オメーもコイツのカスっぷりに見てらんねぇって思ってたんじゃねーのか? ってか、ちょいと殴ったぐれーで血なんか流してんじぇねぇよ。貧弱だなぁ、オイ」
吊り上がった目付きで私のハンカチを受け取ると、逆沢さんはゴシゴシと口の端から垂れた血を
「ど、どういう事なんですの……? 中沢さん……?」
理解が追いつかない様子の那由他さんは、逆沢さんを見つめている。
「あのカスは退場した。俺サマは“逆沢サン”だ。あのカスと一緒にすんな」
「ぎゃくざわ、さん? え、ええ? はっ……! もしかして……二重人格って事ですの?」
「厳密には違ぇーが、似たようなモンだ。それよか、那由他。オメーのオヤジな」
「そうでしたの。パパを助けてくださるって話の途中……」
「あいつは──殺す。ブッ殺す」
血で汚れた私のハンカチをグシャッっと握り潰して宣言する。
「ええええええ!? ど、ど、ど、どういう事ですの!? さっきは助けてくださるって言ってくださいましたのに!?」
百八十度変わってしまった回答に、当然ながら那由他さんはこれまでで一番動揺した。
「ありゃ、
「逆沢さん……」
それは、きっと私が里見さんに殺されかけたことを言っているんだろう。
私がどうこう言っても多分この結論は変わらない。
「許す許さない」じゃなく、殺さない理由がないからだ。
結論を変えるには、里見さんの命の価値を逆沢さんに認めさせる以外にない。
逆沢さんは那由他さんから、視線を外すと代わりに桜子さんへ向ける。
「つーか、桜子。足りねぇーだろ。
「|どういう事?|」
「このウワサ空間の外のハナシだ。近くで魔力の反応がバチバチしてんぞ。
この場所も異空間だ。私は招かれたから地続きで入れたけれど、桜子さんが許可しなければ中に入ることができないんだろう。
外に居るというのは、恐らく里見さんに付き従っていた旭さんたちだ。
「それは許可できないよ。今、彼女たちはアリナと灯花が押さえてるけど、彼女たちをここに招けばどうなるかは火を見るよりも明らかだ」
「全員つってんだろ。アリナどもまとめて呼べよ。そっちのが
「……より状況が混沌になるだけだ。逆沢……鏡の魔女が残した最後の
ねむちゃんが逆沢さんへ問う。
それに彼は指を鳴らして、片目を
「混沌だぁ? シンプルの間違いだろ? ここは一つ……暴力で解決しようぜィ!」
相変わらずの蛮族的思考に、私は安心感すら抱く。
この人は本当に変わらない……。