これは俺が語るある短い記録の物語。
これは俺の知るある僅かな魔法の物語。
次に
まさか自分でもまた会う機会があるなんて思いも寄らなかった。
そうあれは──通っている神浜市立大学附属学校にも慣れてきたある日の帰り道のことだった。
***
校門の前でようやく打ち解けてきたクラスメイトと別れ、新鮮さもなくなりつつある通学路を俺はいつものように歩いていた。
「モキュモキュ」
アスファルトに目を落とし、明日までに提出しなければならない課題のことを考えながら進んでいると、聞きなれない奇妙な鳴き声が耳に入ってくる。
何だろうと思って周りを見回すと、近くの塀の上に──なんか白くて小さな生き物が居た。
ネコ……のようにも見えなくないが耳の内側から這い出た長い突起物が生えているため、赤いつぶらな瞳と合わせてウサギのようにも見える。
とりあえず、白い小動物としか言えない謎の生物だ。
「モキュモキュ」
赤いガラス玉のような目を向けて何やら鳴き声を上げていた。
それを聞き、頷いているのは謎の生物よりも一回り大きな黒いウサギのような生き物。
……こちらには見覚えがあった。
「ふむふむ。なるほどね」
先日、俺に手を貸してくれた存在――顔無し手品師。
絶交階段のウワサ、と呼ばれる化け物を退治するための力を一時的に与えてくれた。
というか、俺は身体を貸しただけであとはほとんど全部向こうがやってくれた訳だが。
ウワサを倒した彼はなぜかウサギに似た小動物の姿になっていて、もう関わらないよう忠告を残して、去って行った。
まさか、そう日も経たない内に会うとは思ってもみなかった。
見なかったことにして早々に立ち去るべきか悩んでいると、向こうの方が俺の姿に気が付いた様子でこちらを眺めていた。
何て話し出せばいいのか迷っていると、耳から体毛のようなものが飛び出ているネコっぽい小動物が鳴き声を上げる。
「モキュモキュ、モキュ」
通訳を頼むべく、ウサギもとい顔無し手品師に尋ねる。
「なあ、何て言ってるんだ」
「『モキュモキュ』と言ってるね」
「いや、その『モキュモキュ』の意味を聞いてるんだけど」
「は? 鳴き声に意味なんてないよ。この生物に言語を
可愛らしい造形に似合わず、すこぶる辛辣だ。じゃあ、さっき相槌打ってたの何さ。
「モッキュー!」
こちらの言っている言葉は理解できるのかネコっぽい生き物は
「む。今の『モッキュー』には『ファッキュー』的なサムシングを感じるね」
「それは俺も感じたよ」
ふざけているのか、それとも天然ボケなのか真面目な声音でそう呟く顔無し手品師。
ちまっとした前脚を顎に当て、人間のような仕草で悩んだ様子を見せる。
「ふむ。じゃあ、ちょっと質問でもしてみようか。ねえ、君。多元宇宙論における多世界解釈の
その質問はちょっとレベルのものなのだろうか。
今の学校の授業にも置いて行かれそうな俺には単語の意味すら分からない。
「モッキュモッキュ!」
「なるほど、興味深いね」
神妙な面持ちで顔無し手品師は頷いた。
「何て答えたんだ?」
「やはりこの生き物の知能指数はハツカネズミ以下みたいだよ。ただ、モキュモキュ鳴いてるだけだね、こいつ」
「モッキュー!」
二度目の暴言にとうとう堪忍袋の緒が切れたようで、ネコっぽい生き物は顔無し手品師の長い耳に嚙みついた。
「うわっ、噛みついてきた。危険な特定外来生物だよ。今すぐ保健所に連絡をするんだ」
「それだと顔無し手品師さんも連れてかれそうだけど……」
あんたもあんたで不思議生物であることを自覚してほしい。
というか、生物なのかも怪しい。
その場の雰囲気でつい話しかけてしまったが、前回二度と関わらないよう釘を刺されていたのに近寄ってしまった。
あの非日常体験は平凡な俺にとっては特別なものだった。
だが、あくまで俺は自分が
普通に学校で授業を受けて、当たり前のように受験して進学する。それが当面の俺の人生だ。
化け物だの、魔法だのに関わるには荷が勝ち過ぎている。
頭を掻きながら俺は自分がどうしたいのかも分からず、視線を泳がせて聞く。
「それで、顔無し手品師さんは何をしてるんだ?」
「僕は例の如くこの街の噂話を追ってるよ。このっ、今は“口寄せ神社の噂”を調査中ってところさ。だから、噛むなって、コラ!」
長耳に噛みついたネコっぽい生き物を引き剝がそうと短い前脚で悪戦苦闘しながら、そう答える。
「もっひゅぅぅぅー……!」
ネコっぽい生き物は顔無し手品師の耳を咥えながら鳴き声を上げている。
「“口寄せ神社の噂”?」
俺が聞き返すと、彼はつい口が滑ったとばかりに口を
顔無し手品師は俺がこれ以上、この件に関わることをよしとしていないのだろう。
俺自身、そう思う。
なのに、俺の口から出たのは真逆の台詞だった。
「俺にも……俺にも手伝わせてくれないか?」
「――正気で言ってるなら、どうかしてると思うよ?」
酷く呆れた声音ですぐさま返される。
未だネコっぽい生き物に耳を嚙まれているにもかからず、それを無視して俺に言う。
「君がこの件に関わって得るものは一つもない。むしろ、失うものの方が多いよ。好奇心だけで足を踏み入れるにはあまりに高く付く」
忠告じみた発言に何も言えなくなり、俺はただ俯いた。
彼の言葉は正しい。
多分、あれは気の迷いだ。
俺はこういうことには関わるべきではない。
主役どころか脇役ですらないエキストラのような自分には相応しくない。
「ごめん。変なこと、言って」
「分かってくれたならいいよ。君は君の人生を大切にするべきだよ。じゃあね。もう二度と会わないことを願ってる。……ってそろそろお前も離れろ!」
もきゅもきゅ鳴くネコっぽい生き物を無理矢理引き剥がし、顔無し手品師は塀の上を跳ねて去って行った。
俺はしばらく俯いたまま、自己嫌悪に陥っていた。
何であんなことを言ってしまったのだろう。
一度、夢見たいな事件に巻き込まれて舞い上がってしまったのか。
魔法を使って、怪物と戦うことに憧れたから?
平凡な自分から特別な存在になれた気がしたから?
……多分、違う。
俺はあの時、必要とされたからだ。
初めて、自分が誰かに力を貸してほしいと言われたからだ。
感謝されなくても、報酬がなくても、それでも確かに必要とされた。
そのことが堪らなく嬉しかった。
結局はこれも承認欲求なのかもしれないけど……。
しばらく、その姿勢でいると視界にネコっぽい生き物が入ってくる。
「モキュ!」
「うわっ、ビックリした。まだ、居たのかお前……」
「モキュモキュッ!」
ネコっぽい生き物はそう鳴き声を放つと、塀の上を少し進んでから俺の方を振り返る。
ちらちらとこちらを気にする視線に、意図を感じ、尋ねてみた。
「……ひょっして、着いて来いって言ってるのか?」
「モッキュ!」
相変わらず何を言っているのかさっぱり分からなかったが、俺に何をさせたいのかはなんとなく分かってきた。
関わるべきじゃない、よな。
そう思いながらも俺の脚はネコっぽい生き物の後を追っていた。
何となく、想像して面白そうだったシーンを書いてみました。
続くか続かないかは分かりません。