「つまり君は見下している相手としか交友関係が築けないと……」
「え。ち、違いますよ! ……私は人助けでしか他人と関われないだけで」
彼の酷過ぎる評価に私は慌てて訂正させてもらう。
彼、ヌルオさんは今は黒いウサギにしか見えないけれど、私を何度も助けてくれたあの手品師さんと同一人物だ。
人物……でいいのかちょっと迷うけど。
栄区で立体駐車場で大怪我をしていた彼を、魔法で癒し、みかづき荘まで連れて来たのはつい昨日のことだ。
一晩眠ってすっかり回復した彼が当たり前のように人の言葉を話し始めた。
どうしてマギウスの翼に追われていたのか聞いた私に、ヌルオさんはあっさりと正体を教えてくれた。
「助けてくれたことは、ありがとう。でも、これ以上僕がここに居ると君らの家が襲撃されかねない。早々に出て行くよ」
その言葉を聞いた私は、どうしてかもう少しだけ彼を引き留めたくて、話を続ける内にいつしか悩み相談のようになっていた。
他人との距離感がうまく掴めず、相手を助けている時だけしかコミュニケーションが取れないことを打ち明けた私に、さっきの台詞が渡された。
「じゃあ、どうして人助けした相手とはコミュニケーションが取れるのか考えてみようか」
机の上でちょんと前脚を突き出して、私にそう言ってくる。
……可愛い。真面目な口調と愛らしい仕草のアンバランスさが逆に可愛らしさを
いや、ダメダメ。真面目に相談に乗ってくれているんだから、ちゃんと答えないと。
余計な考えを頭から弾き出して、気持ちを落ち着かせる。
「えっと、私が何かしてあげてる時はそのこと以外考えなくて済むから、ですかね?」
「ふむ。相手のことをまともに理解しようとせず、自分が気持ちよく干渉できるのがお好みなんだね」
「……解釈が酷いような」
「酷くないよ。酷いのは君の行動原理さ。まず第一に、君は他者の考えや思考を理解する努力を放棄している。第二に、助けるという自分が絶対的優位に立てる状況でしか他人に近付かない」
「…………」
「思い当たる節はまったくない? 見当違いな分析だった?」
ヌルオさんは今まで私の言葉にできなかった悩みを残酷なほど切り刻んで、目を覆いたくなるような断面を見せつける。
それを否定したい。違うと声高に叫びたい。
でも、心のどこかで何かが繋がるような、分からなかったものの輪郭が見えてきたような、そんな気持ちにされる。
私は誰かの考えを一度でも理解しようとしていたのか。
宝崎市で教室の掃除当番を代わってあげた時、私はクラスメイトの用事の理由すら聞かなかった。
黒江さんが電車の中で「こんなことになるなら魔法少女になんてなるんじゃなかった」と話した時、彼女の心情まで深く想像しようとしなかった。
レナさんとかえでさんが喧嘩した時、自分が理由だったのに言い争う二人を見守ることしかしなかった。
ももこさんがういのことを一緒に調べてくれると提案した時、私はそれを迷惑がかかるからと一方的に断った。
口寄せ神社でやちよさんがみふゆさんの偽物と出会った時、
フェリシアちゃんを自宅に誘った時、
弱っている人、困っている人にしか積極的に関わろうとして来なかったのは私だ。
自分が一方的に助けてもらう時には断るくせに、自分では同じことを他人にしようとする。
それが正しいことだから。
正しいことをしている時だけは安心できたから。
自分が安心を得るためだけに、ただ可哀そうな人を無意識に探していたんだ……。
なんて醜い、自己満足……。
「私は……醜い人間だったんですね」
「醜いね。でも、その醜さに救われたものも居る」
「え……」
ふわっとした感触が私の手に触れた。
黒い瞳に驚いた私の顔が映る。
ヌルオさんの声音は僅かに優しく聞こえた。
「その実例が僕だ。あのままだったら流石に、この世界から消え失せていただろうね。それに二葉さなに『ただいま』と言える場所を作ったのも君だ」
「でも、それは自己満足で……」
「自己満足の何が悪いの?」
何を言っているのと言いたげに呆れを滲ませて、彼は言った。
私はそれにうまく答えられない。
彼は構わず、続けた。
「確かに、相手の都合を考えない点は頂けないね。でも、君はちゃんと他人に対してメリットを与えているだろう。他人を助けて、自分の欲求を満たす。実に健全で、正当な報酬じゃないか」
「……酷い行動原理だって」
「美しくはないだろう? でも、それは誰もが同じだよ。君が特別な訳じゃない。誰もが自分だけの酷い行動原理で動いてる。その集合体が社会だ」
「皆、酷いんですか……?」
「ああ。そうだとも。その点で言うなら、相手にメリットを出している分マシな方だよ。それとも君は自分が“非の打ち所もない聖女”だとでも思っていたの? だとしたらご
静かに私の目を見つめて、言い放つ。
「どこにでも居る、人助けが趣味の世間知らずな女の子だよ」
とてもとても厳しくて、それなのにとてもとても優しい彼の言葉。
どうしてなんだろう。
彼の言葉はここまで私の心に入り込むのは。
どうしてなんだろう。
その言葉でこんなにも救われたような気持になるのは。
「さて、僕はそろそろ出て行くよ。恩を仇で返したようで悪いけど、お優しい君の友達からは永遠に出ない言葉だろう? 気に留めておくも良し、忘れてしまうのも良し。好きにするといい」
机の上で身体を伸ばすとヌルオさんは窓の方へ跳んだ。
窓枠に後ろ脚を乗せて、窓を前脚で器用に開く。
どこかへ行ってしまうつもりなんだ。
そう思った瞬間、私の口から感情が飛び出した。
「待って! 待ってください!」
「言われっ放しに、反論がしたくなった?」
「そうじゃないです。そうじゃないですけど……もう少し! もう少しだけ私と一緒に居てください!」
「……は?」
発言の意図が理解できないという様子で私を見返した。
それでも衝動のまま、私は彼に言った。
「私のこと、見ていてください! あなたの目なら、きっと誰よりも正しく私を映してくれると思うから」
「……ろくに知らない相手の言葉をそこまで
「だから、です! 私に教えてください! 私の知らない世間のこと……」
それでも引き下がらず、お願いし続ける。
誰かに何かをお願いすることは、こんなにも勇気が居ることなんだと今更になって思い知った。
拒絶されるかもしれない。
嫌われるかもしれない。
その上で自分の想いを伝える。
こんな不安になるような感情を誰かに抱かせて、安心していた自分に呆れてしまいそうになる。
ヌルオさんは私の必死な声に、長い耳の裏を前脚で掻いた。
「意外に頑固なんだね……。助けてもらうことが苦手な君がここまで頑張って出した勇気を無下にするのもなんだ。それに命を助けてもらったお礼もまだだったし。……いいよ。そこまで長居はしないけど、少しだけ付き合ってあげる」
「本当ですか!?」
「まあ、別に帰る場所がある訳でもないからね。ただし、僕がここに居ることで他の住人にも迷惑がかかるかもしれない。最低でも家主に許可を取ってくれる? 話はそれからだ」
ヌルオさんに私は二つ返事で頷いた。
「はい! やちよさんに頼んできますね!」
すぐに自分の部屋から飛び出して、やちよさんに伝えに行く。
私の胸の内は
その気持ちが何なのかは分からない。
けれど、とても温かくて、嬉しいものだった。
それから程なくして、みかづき荘に新しい住民が増えた。
やちよさんは少し懐疑的に。
鶴乃ちゃんは珍しそうに眼を輝かせて。
フェリシアちゃんは目を丸くして。
さなちゃんは嬉しそう微笑んで。
彼の存在をみかづき荘に迎え入れた。
新年明けましておめでとうございます。
中沢君視点だと魔法少女があまりに登場させ辛いので、二章に入る前にちょっとだけ外伝を書いて描写を掘り下げます。
そんなに長い話ではないので今回同様ちょっとした会話劇になると思います。