「君の笑顔は気持ち悪いね」
魔女退治を終えたわたしはみかづき荘に戻る途中の道で、一緒に戦った彼からふいにそんなことを言われた。
初めて言われた悪口に、わたしは戸惑いを感じ、それをいつものように心の奥に押し込んだ。
あえて、その言葉を跳ね返すようにとびっきりの明るい笑顔で返して見せる。
「えー!? ヌルオさんてばひっどーい。わたし、スゴイ傷ついたよー?」
「ほらまた、外し忘れた営業スマイル。一体いつまで付けておくつもり?」
新しく増えた黒いウサギの同居人。
フクロウ幸運水のウワサの一件でも見た黒い手品師の正体。
いろはちゃんが連れて来た彼は、お構いなしにわたしの心を
「僅かに考えただろう? どう答えるのが正解か。そして、君はいつもの仮面を手に取った」
「……何言ってるか、ぜんぜん分かんないよ。わたし、頭良くないからさ」
「馬鹿の振りをしても気分は全然晴れないだろうに。戦い方を見てれば分かるよ。君は割と
よく言うなと思った。
わたしよりも遥かに賢くて強い癖に。
塀の上をするすると進むヌルオさんを見て、わたしは内心でそう毒づく。
僅かな間しか戦えないと言っていた彼は、その圧倒的な力で魔女を秒殺KOしてみせた。
わたしがやったことと言えば、使い魔を倒してサポートに徹するだけ。
要らないからとグリーフシードを譲られたことさえ不本意だった。
彼の前では最強と名乗ることもできなかった。
「由比さん。君は僕が嫌いだろう?」
「そんなことないよ。可愛くって、フワフワしてて、それでー……」
「だから、安心して本音で話していい。僕に嫌われたところで君は何一つ傷付かないだろう?」
腕と足を連動して楽し気に歩いていたわたしの動きは止まり、塀の上を行く彼に吸い寄せられた。
円らな黒い瞳がわたしの心を見透かすように眺めている。
「嫌われないように振る舞う必要は皆無だよ。みかづき荘でも自宅ですら外せない仮面を少しずらしたところで、文句を言う人間は居ない。何せ、ここには口の悪いウサギしか居ないんだから」
わたしはその言葉に口籠る。
それから少しだけ、口を
「…………だめだよ。わたしはいつも明るくて元気いっぱいなの。強くて明るい最強魔法少女、それが由比鶴乃だから」
「誰が決めたの?」
「……わたしだよ。わたしが決めたの。そうじゃないといけないの。だって……」
そうしないとまたあの時みたいなことが起きてしまう。
まだわたしが、悪い結果なんて全力で逃げちゃえば大丈夫だなんて思っていた頃と同じように。
大切な人が、大好きな人が、突然わたしの前から永遠に居なくなってしまう。
皆、居なくなる。皆、遠ざかる。わたしの傍から離れていってしまう。
「頑張らないと……! わたしの前からどこかに行っちゃう……!」
「大丈夫。君がどれだけ頑張ったところで離れていく理由がある人間は、君から離れていくだろうさ」
湧き上がる怒りを堪えることは不可能だった。
「っ……何でそんな酷いこと言うの!? わたしの笑顔がそんなに気に入らない!? わたしの頑張りがそんなにバカバカしい!? ねえ、答えてよぉ!」
泣きそうな声で塀の上の彼に叫ぶ。
塀から飛び降りたヌルオさんはわたしに向かって、楽しそうに言った。
「ようやくまともな素顔が見えてきたね。作り物の笑みよりはよっぽど上等だよ。……君の頑張りは関係ないってことだよ。それは離れていく方の都合だ。君とは何の関係もない」
「でも、わたしが頑張れば傍に残ってくれるかもしれないじゃない!」
「本当にそう思ってる? 自分も元から去って行ったすべての人は君の頑張り不足が理由だったって」
その台詞でわたしの記憶から離れていった大切な人たちの顔が過ぎった。
大好きだったお祖父ちゃんは、死んでしまった。
チームメイトだったメルは、わたしが居ない時に魔女に殺されてしまった。
みふゆは、いつの間にか行方不明になってしまった。
ももこは、新人の魔法少女を教育するために別のチームに行ってしまった。
そして、やちよししょーは、一人で行動するようになって、いつしか疎遠になっていた。
それもこれも、全部わたしの努力が足りなかったせいなの?
わたしが強かったら今も皆、傍に居てくれた?
「どう? 君が強かったら、もっと頑張っていたら、その人たちは絶対に離れていかなかった?」
「それ、は……」
「質問を変えよう。その人たちは君の実力不足を嘆いて去って行った人たちなの? 君が弱くて情けないから、君を見捨てた心無い人たち? ……ああ、それなら仕方ないね。まったく
「違う! 違う違う! あの人たちは……わたしの大切な人たちはそんなことで、わたしから離れて行ったんじゃッ……あ……」
そうじゃない。
そんな人たちじゃない。
だから、わたしはこんなにも苦しくて、辛いんだ。
涙が零れてくる。
ぽろぽろ、ぽろぽろ、涙が後から続いて落ちる。
「不細工な泣き顔だ。でも、気持ちの悪い作り笑顔よりはずっといい」
ぼやけた目の中で黒いウサギが相変わらずの酷いことを言っていた。
本当にこの人は酷い。
勝手に他人の心の大事な引き出しをこじ開けて、隠していたものを全部わたしの前に出して、見せびらかせる。
これがお前の本心だって、訳知り顔で突き付けてくる。
わたしよりもずっと強い癖に、賢い癖に……。
酷い……。
本当に酷いよぉ……。
「……後ろ」
「後ろ?」
「後ろ……向いてっ」
見透かしたような目で顔を擦るわたしを見た後、彼は背中を向けた。
きっと、泣き顔を見られたくないから言ったと思っているのだろう。
でも、違う。
地面から持ち上げて、自分の顔に黒い背中を思い切り押し付けた。
柔らかい毛皮が優しく顔を包み込む。
「ぴゃぐッ……」
涙と鼻水を遠慮なく拭いてやる。うめき声が聞こえたって構うもんか。
この人だけには、もう全然まったく遠慮なんてしてあげない。
だって、こんなにも――酷い人なんだから。
それから涙が毛皮で
「…………」
何も言わずに布巾代わりになったヌルオさんをそっと地面へ戻した。
ぐったりしていたが、降ろすとのろのろとした動作で動き始める。
「……気は済んだ?」
「全然だめ。だから、ヌルオさん。いつかわたしが話せるようになったら、ちゃんと聞いて」
「お友達に頼みなよ。聞いてくれそうな子、たくさん居るだろう?」
「だーめ。皆の前ではもうちょっとだけ最強無敵の鶴乃ちゃんで居たいから」
皆にこんな弱々しい姿を見せるのは勇気が居る。
皆が知っているわたしと違い過ぎて、受け入れてもらえないかもしれない。
それでも受け入れてもらえるよう“頑張れる”ようになるまでは、たった一人に知ってもらえていれば充分だ。
わたしの前を歩く不思議な不思議な黒ウサギにだけで。
「それより、ヌルオさん」
「何?」
わたしは前から納得のいってなかったことを伝える。
「わたしのこと、まだ苗字で呼んでるよね? 今から“鶴乃ちゃん”って呼んでよ」
「嫌だよ。あくまで僕は一時的な同居人。君のお友達でも、仲間でもない」
「むぅ……。あ、そうだ。じゃあ、勝負しようよ」
久しぶりに不満を覚え、むくれそうなった。
だけど、わたしの名前を呼ばせるいい方法を思い付く。
「ゲームで勝負! わたし、結構強いよー。わたしが勝ったら名前で呼んで。ヌルオさんが勝ったら手料理を振る舞ってあげる。どう? やりたくなって来たでしょ?」
ふふんと鼻を鳴らして彼に言うと、呆れ果てた顔で振り返る。
「……その誘い文句でやりたくなると思う自信はどこから来るの? まあ、ちょっとだけなら付き合ってあげてもいいよ」
「やった! 約束忘れないでよ」
なんだかんだで付き合いのいい彼はまんまとわたしの術中にはまったのだった。
みかづき荘に置いてあるゲームはほとんどやり込んでいる。
たとえ、戦闘では
その後、みかづき荘に帰ったわたしたちは対戦ゲームで勝負を行った。
結果からいうと、勝敗は引き分けという形で終わった。
もっと正確にいうと、お互いに技を撃つためにボタンを連打し続けて、コントローラーがおかしくなりかけたのをやちよに発見されて没収試合になったのだ。
「貴方たち……反省してるの?」
やちよに説教を受けるわたしとヌルオさんを。
「あははは。怒られてやんのー」
フェリシアは笑って指差し。
「まあまあ、やちよさん。そこまで怒らなくても」
いろはちゃんが
「あー……大変ですね」
それをさなちゃんが見守ってる。
怒られながらも、わたしはつい笑みを
この
いつまでも。
いつまでも……。
文章の雰囲気をキャラごとに少し変えて書いています。
今回、鶴乃っぽさが感じられたのなら幸いです。