ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 青色の苦悩

「常軌を逸したナルシストが居る……」

 

 キッチンとリビングの境にあるカウンターの上で、ぼんやりと自分の写真集を眺めていた私にこれ以上にないくらい失礼な物言いがなされた。

 フェリシアすら言わないような腹立たしい発言ができるのは、このみかづき荘でたったの一人、いや一匹だけ。

 

「……今夜のディナーはウサギの丸焼きにしようかしら?」

 

 睨みつけてやるとカウンターの椅子に乗るそいつは挑発するように言う。

 

「しょんぼりお疲れ気味のコックさんには荷が重すぎるんじゃない。念願だった幼馴染とのまともな再会の後にしては浮かない表情だ」

 

 分かっている癖に……。

 機微に(さと)いこのウサギが私の心情を理解できていない訳がない。

 あえて、私の口から吐き出させようとしているのだ。

 せめてもの抵抗として、視線だけは写真集に戻した。

 

「もう、みふゆは私の知ってる幼馴染じゃなくなっていたわ。彼女はマギウスの白羽根よ。……でも、みふゆからすれば私の方が変わったって言うんでしょうね」

 

「へえ、どう変わったの? その写真集みたいに昔はキラキラ輝いてた?」

 

 背を伸ばして、ヌルオはカウンターを覗き込む。

 いちいち仕草が可愛いのがまた腹立たしい。

 前脚で勝手に写真集のページを(めく)る。

 

「あ、こら」

 

「うわぁ……フリッフリのドレス来て微笑んでらっしゃる」

 

「何が、『うわぁ』なのかしら?」

 

 引き気味で顔を歪めるヌルオ。

 喧嘩を売っているとしか思えない。

 ぴょこぴょこと動く長い耳を引っ張り上げてやろうとかと思った時。

 

「随分と楽しそうに仕事してたんだね」

 

 その言葉に伸ばして手を引っ込めて、静かに話の続きを待った。

 

「どの写真も“人生で今が一番楽しいです”って顔で笑ってる。まさに絶頂期って表情だ」

 

「恥ずかしい言い方はよして」

 

「おや? 大学生にもなって魔法少女名乗ってる女にまだ恥ずかしいものがあったとは驚きだね」

 

 ヌルオは私の年齢と魔法少女を絡めて(いじ)ってくる。

 今度こそ、許さない……!

 長耳を思い切り掴んで、固結びにしてやろうとするが、するりとその手を搔い潜り、カウンターの上に跳んだ。

 開いていた写真集を前脚で閉じて、私を見つめてくる。

 

「恥ずかしいついでに、全部吐き出しなよ。聞いてあげるから。自分の写真集で眺めてナルシズムこじらせてるよりは健全だ」

 

「別にそういう意味合いで見ていた訳じゃないわよ……。はぁ……これから言うことは、全部私の独り言よ」

 

「急に宣言してからの独り言は、恥ずかしいことじゃないの?」

 

「……貴方、話の腰を折りたいの?」

 

 これから他人に話すのを躊躇(ためら)うような過去を語ろうというのだから、せめて前置きぐらいはさせてもらいたい。

 ようやく、彼の腹立たしい軽口が()むと、私はぽつりぽつりと話し始めた。

 かつてのみかづき荘で魔法少女のチームを二度作ったこと。

 

「最初は三人だった。私とみふゆと……もう一人の魔法少女、雪野かなえの三人で作ったチームが最初のチーム」

 

 けれど、そのチームはかなえの死亡という形で崩れた。

 魔女との戦いでかなえは私を庇ったことが原因で命を落とした。

 その時、彼女のソウルジェムが砕けていたことから、偶然にもそれが自分たちの魂である事実を知ることになった。

 

「次にできたチームは五人組だった。私とみふゆの他には鶴乃とももこ、そして、安名メルの五人」

 

 かなえを失った傷も()え始め、前よりも上手くやれている。

 そう錯覚してしまったからこそ、私はすべて台無しにしてしまったのだ。

 鶴乃が用事があって魔女退治に参加できなかった日、メルもまたかなえと同じように私を守る形で魔法少女としての生を終えた。

 ただし、彼女はソウルジェムを砕かれたかなえと違い、魔力を使い切ってしまった。

 その結果、起きたのは、死にも勝る絶望の終着点――“魔女化”だった。

 魔力を使い切り、ソウルジェムを限界まで濁らせた魔法少女は魔女となる。

 最悪の事実を知った私たちは、今まで行ってきた魔女退治の意味を知り、耐えられなくなった。

 みふゆは、失踪。

 ももこは、新人魔法少女の教育を理由に脱退。

 私もまた、メルの最期を知らない鶴乃と共に居ることができなくなり、チームを解散した。

 

「けれど、それもすべて私のせい。私が願った祈りによって、死に追いやられた。私が彼女たちを殺したの」

 

 キュゥべえとの契約時の願いは『モデル同士で組んだユニットの中で、リーダーとして生き残る』こと。

 願いは魔法少女が持つ固有の魔法に反映される。

 私が生き残りたいという身勝手で浅ましい願いは、私が生き残る代償として周りの人たちを殺していった。

 

「……私は周りの人の命を犠牲にして、絶対に生き残る。かなえもメルも私が殺したのよ。私の願いが……魔法が彼女たちを殺したのっ! だから、きっと今度も同じことが起きるわっ!」

 

 話している内に激しい感情が火をつけた灯油のように燃え上がり、カウンターの上にあった写真集を払い落とす。

 叩き付けられたそれは音を立てて、床に落下した。

 表紙に(うつ)る私の顔は空々しい笑顔を浮かべて、こちらを見つめていた。

 こんなもののために私は仲間を犠牲にしたのだ。

 自分への怒りと後悔が込み上げてくる。

 

「それは僕も入ってるの?」

 

 ヌルオのとぼけたような問いにも冷静に答える余裕はなかった。

 

「ええ、そうよ! 貴方も殺す! 私の願いが貴方を殺して、私を生かす! それが私の魔法なの! 私の在り方なのよっ!」

 

 しかし、叩き付けるような叫びも、そよ風の如く、彼は平然と受け流す。

 

「冗談だろう? 僕よりも弱い君に殺される? ふふっ、大きく出たものだね。ナルシズムをこじらせて、自意識が少しばかり過剰になってるんじゃないの?」

 

「何ですって……」

 

「僕の魔法は“否定”。君の魔法がどれだけ犠牲を求めても、僕が全部否定してあげる。残念だったね。君の()()は叶わない」

 

「無駄よ。これは誰にも止められない」

 

「いいや。僕なら可能だ。君は悲劇のヒロインに酔い()れることもできず、慣れない子守りに明け暮れることになる。いやはや大変だね、同情するよ」

 

 カウンターの上に居た黒ウサギは、一瞬の間に黒いシルクハットを被ったテールコートの少年に変わっていた。

 挑発的に足を組んで腰かける彼は、作り出したステッキで私の顎を軽く押し上げた。

 目深に被ったシルクハットのツバから見える口元は嘲笑するように口角が上がっていた。

 

「あの子たちは……ただの同居人よ。子守りなんてするつもりはないわ」

 

「やりたくないなら、やらなくていいんじゃない? ただ死んだ人間をその理由にするのは頂けないって話だよ。ナルシストなお嬢さん。それじゃ、訂正もできない死人があまりに哀れだ」

 

「かなえにも、メルにも会ったことがない貴方にどうしてそんなことが言えるの!?」

 

 再燃した怒りが私の中で噴き上がる。

 感情を隠しもせずに言葉と共に吐き出した。

 ヌルオのそれすら笑って、応じる。

 

「その通り。僕には言えない。だから、思い出して。彼女たちが君に残した感情を、その想いを。勝手に“可哀そうな被害者A・B”で終わらせないであげなよ。君にとって、彼女たちが役柄しかないエキストラじゃないならね」

 

 こちらからは見えない彼の目元が、優しく細まったような気配がした。

 ……二人が私に残した、想い。

 私は目を閉じ、彼女のたちの姿と言葉を思い起こす。

 

『やちよはチームに必要なんだ』

 

『七海先輩を助けることができたから、今日はやっぱりラッキーデイです』

 

 哀れでも、惨めでもない。

 誇り高い、私の仲間の雄姿……。

 それを貶めていたのは――。

 

「私は……」

 

「一人がいいなら止めはしない。それもまた君の本心だろうしね。でも、反論することもできない死人を理由にするのはやめなよ。神格化しろとは言わないけど、それでもその死まで自己嫌悪の言い訳にされちゃ、立つ瀬がない」

 

 人型だった姿を再び、黒ウサギに戻した彼はカウンターの上から飛び降りる。

 床に落ちていた写真集を開いて、ページを(めく)っていく。

 開いたページを私に向けた。

 私が前へと進む姿が正面から撮られた写真。

 端に書かれた煽り文句は――『未来へ進むその姿』。

 

「…………」

 

「立ち止まるかどうかはお任せするよ。僕は明日の記憶ミュージアムに行くつもりだけどね」

 

 本当にどこまでもズルい人……。

 ここまで言われて、私がどうするか分からない彼ではないのに。

 未来へ、進む。

 そろそろ、過去を振り切る時が来たのかもしれない。

 私は彼に宣言する。

 

「……いいわ。私たち、全員で向かいましょう。私たち、みかづき荘のメンバー全員で」

 

 もう逃げない。

 かなえの死も、メルの魔女化も言い訳なんかにしない。

 

「それより、貴方、私の話に特に反応しなかったわね。ソウルジェムのことも、魔女化についても知っていたってこと?」

 

「まあね」

 

 悪びれる素振りも見せず、ヌルオはそう答える。

 この一週間、ずっと観察していたけれど、そこが知れないというか正体がまったく掴めない。

 それなのに、彼と会話をしているとこうも安堵してしまう。

 いろはも鶴乃も懐いている姿をよく見るに、彼女たちもこのウサギに(たら)し込められたと考えていい。

 本当に油断ならない。時々、私まで丸め込まれそうになるくらいだ。

 そんな彼は背を向けて、私の写真集を眺めて何気なく聞いてきた。

 

「ねえ」

 

「何かしら」

 

「このチューブドレスの時って、明らかに他の服の時より胸元が膨らんでるんだけど、詰め物か何か入れ……」

 

 即座に履いていたスリッパを脱いで、無防備な後頭部を引っ叩く。

 パァンという、気持ちのいい音が部屋に響いた。

 直後、黒い小さなシルエットが床へ崩れ落ちる。

 気分はとても爽快だった。

 




これで外伝ラッシュは一旦、終了になります。
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