天音月夜の指示に従い、ホテルフェントホープに辿り着いた私たちはエントランスへと進んでいた。
そこで先頭に立ち、マギウスの翼での規則などを細かく話していた彼女は一度振り返る。
「いいでございますか? あなた方は私が勧誘した魔法少女として節度ある振る舞いを……あれ? ヌルちゃんはどこへ行かれたのでございます?」
「あ、本当だ。中沢君も居ない」
環さんのその発言で私も振り向くと、最後尾に居たはずのヌルオと中沢君の姿は見当たらなかった。
みかづき荘を出る時には確実に居たはずなので、途中で逸れたとしか考えられない。
だけど、問題は何もない気がする。
「ヌルオが一緒に居るのだから大丈夫よ」
「ですね。先を急ぎましょうか」
「だな。鶴乃の方が心配だ」
「そうですね」
みかづき荘の同居人たちは全員私の意見に同意した。
しかし、当の案内役の天音月夜は難色を示す。
「え? いや、ヌルちゃんがまだ来てないなら一旦待つべきでございましょう? 何かトラブルに巻き込まれてる可能性も……」
「大丈夫よ。あいつは――」
『強いから』
あつらえたように自然と四人の答えが重なった。
何があっても平然と解決するだけの実力と知性を持っている。
逆に心配して戻ったら、皮肉交じりの台詞を投げてくるに違いない。
だから、ここは無視して進むのが正解だ。
顎に手を当てて少し考え込んだ天音月夜も同じ結論に至ったのか、
「そうでございますね。ヌルちゃんなら大丈夫でございます」
「……そうでしょう。だから、安心して案内を続けて」
内心、あいつを気安く呼んでいることに僅かな苛立ちを覚えたが、本人が許可した以上私がとやかく言うことではない。
それよりも今は、鶴乃ともう一度会って話すことが先決だ。
私は何気ない風を装って、天音月夜に尋ねた。
「そうだ。私たちより一足早く、マギウスの翼に入った鶴乃は今、どうしてるの?」
「ああ、あの煩い子なら確かマギウス直々にお連れになっていたので私は知らないでございます」
マギウス、というのはあの時に記憶ミュージアムへ来ていた里見灯花で間違いないだろう。
彼女が一体何故、鶴乃を引き連れていたのか分からないが、明らかに待遇が他の魔法少女と異なっているように思える。
もう少し纏った情報がほしい。
「それならみふゆに会わせてくれない? 記憶ミュージアムではろくな話はできなかったから」
「注文の多い方でございますね。私はあなたにとって上司に当たる立場なのでございます。あまりわがままを言われるようなら……」
「言うようなら……何?」
静かに彼女へ顔を近付けて、瞳を覗き込む。
ひっ、と小さな悲鳴が上がった。
「マギウスの翼では下剋上ってありなのかしら? 少なくとも白羽根よりも腕が立つことの証明にはなりそうよね?」
無論、本気ではない。
本拠地まで来て暴れるような黒羽根なら、すぐにでもマギウスは私を排除するだろう。
まして、私は既にウワサの消去に積極的に関与している魔法少女なら尚更だ。
けれど、彼女のような浅慮な魔法少女ならば、この程度の戯言で充分だった。
「うう……やっぱり連れてくるんじゃなかったでございます……」
天音月夜は諦めて、みふゆの居場所を吐いてくれた。
環さんたちはそんな私の対応を遠巻きに眺めている。あまり褒められた行為でないことを自覚しつつ、私は気付かない素振りをした。
みふゆであれば、彼女よりも多少は実りある情報を聞けるだろう。
問題はお互い冷静になって会話ができるかどうかだが、鶴乃の身柄の安全のためならば、彼女も多少は譲歩してくれるはず。
軽く一呼吸してから、私は環さんたちに声をかけた。
「環さんたちはこのまま、彼女と一緒に居なさい。私はみふゆのところに行ってくるわ」
「なら、私も……」
環さんは私に着いて来ようとするが、首を横に振って答える。
「貴女はあなたの探したい相手を探しなさい。妹さんがここに居る可能性だってあるんでしょう?」
「やちよさん……」
私は知っている。
彼女がどれだけ身を粉にして、妹を探しているのかを。
鶴乃のことはもちろん大切だけど、神浜に来た本当の理由まで犠牲にしてほしくはない。
それに積もる話をみふゆと交わすのに、環さんが隣に居ては話しづらいというのもある。
「フェリシア、二葉さん。環さんに力を貸してあげて」
「それはいいけど、鶴乃はどうすんだよ」
「そっちは私とみふゆで探すわ。マギウスが絡んでいるなら、正攻法で探しても無理でしょうしね」
何よりこれは私の責任だ。
記憶ミュージアムで見せられたあの光景はメルが魔女になった時のものだった。
光景そのものの衝撃もさることながら、鶴乃は私がそれを今まで黙っていたことにも激しく傷付いたのだろう。
だからこそ、一人でマギウスの翼に行ってしまった。
信頼を裏切っていた私への不信感が彼女をそこへトドメを刺したのだ。
私自身、感情を整理できてきたのはヌルオに話を聞いてもらってからなのだから、今、鶴乃の中で渦巻いている感情はそれ以上だろう。
……そういえば、どうやって鶴乃以外の他の子は平然と魔法少女の真実を受け入れたのか。
「ねえ、あなたちはどうしてそこまで落ち着いていられるの? 魔法少女の真実はあなたの未来でもあるのに」
そう尋ねると、環さんは少し悩んだ後に答えた。
「……たとえ、いつか私が魔女になるとしても、それでも……それは今じゃないって思うから。私は、私で居る間に魔法少女としてやるべきことをしたいんです」
「環さん……」
魔法少女としてやるべきこと……。
それが彼女にとって、この場に居る理由。
フェリシアは少し視線を逸らしてから言った。
「オレは……まあ、かなりショックだったよ。すべての魔女に復讐するって目的もなんか揺らいできちゃってさ。でも、お前らと居る時間だけは安心できるんだ。そこには鶴乃も居ないとダメなんだよ。だから、ここまで着いて来たんだ」
「フェリシア……」
「私は、多分アイちゃんとヌルオさんの言葉のおかげですかね? 散々嫌なものから目を背けて来たからこそ、もう都合の悪いことから目を
「二葉さん……」
全員、あの頃の私よりもずっと強い。
環さんもフェリシアも二葉さんもそれぞれの形で魔法少女の真実を受け止めていた。
彼女たちを心のどこかで侮っていた自分が酷く恥ずかしく思えた。
「たま……ううん。いろは、フェリシア、さな」
頼りになる三人の仲間を両腕で全員包み込むように抱きしめる。
フェリシアは急に抱きしめられたことに驚き、最初は逃げ出そうともがいていたが、そうしていると大人しくなった。
「やっと名前で呼んでくれるようになりましたね」
「私も苗字で呼ばれるの、本当はあんまり好きじゃなかったので嬉しいです」
「……オレは前から呼ばれてたけどな。っていうか、いつまでくっ付いてくんだよ。うっとおしい!」
もっと早くこうするべきだったのかもしれない。
チーム解散する前に、こうしてもっと相手を信じていれば、みふゆも、ももこも、鶴乃も離れ離れになっていなかったかもしれない。
……止めよう。それは感傷だ。今するべきことは過去を悔やむことじゃない。
もう一度やり直そう。
私のチームみかづき荘を。
私の大切な仲間を、今度こそ失わないために。
***
皆と別れた私は天音月夜から聞いた場所に向かう。
大きな広間の中で多くの黒羽根たちに群がられるようにして、報告を受けている一人の白羽根を見つけた。
私は静かに彼女に近付くと、フードを被ったままわざとらしく一礼した。
最初は視線を僅かに投げかけただけで報告を受けていたいたが、違和感に気付いたのか、二度見をする。
ほんの少しだけフードの端を持ち上げると、みふゆは目を見開いたまま、信じられないものを見るかのように硬直した。
「……少し所用ができました。報告はまた後で」
周囲の黒羽根の輪から離れ、速足でこちらに近付いてくる。
せっかくなので、ここは新参者として挨拶を述べてみた。
「初めまして、白羽根様。新入りの黒羽根です」
「……いつからそんなお茶目な性格になったんですか。ここじゃ、まずいのでワタシの部屋で話しましょう」
苛立った声を潜め、みふゆが私の手を掴んで引っ張って行く。
確かに昔の余裕のない頃であれば、絶対にしなかった冗談だ。
あの黒ウサギの影響だろうか。気を付けないといけない。
みふゆの部屋らしき個室の前まで連れて行かれると、中へ入るよう
「失礼します。白羽根様」
「もう演技は必要ないですから。やめてください、何ですか、その礼儀正しいキャラ付けは」
本気で嫌がっていたので、中に入ってからフードを剥いで彼女へ振り向いた。
「改めて、二人きりで話すのは久しぶりね。みふゆ」
扉を閉めた後、みふゆは近付いて来て、私を睨み付ける。
その顔は不満の色がありありと見て取れた。
「一体どうやって忍び込んだんですか? やっちゃん!」
「忍び込んでないわ。知り合いの白羽根を通じて、正しい手順でマギウスの翼に加わったの」
「ワタシは何も聞いてないです!」
今にも攻撃してきそうなくらい
まずは落ち着かせないと話もできそうにない。
「みふゆ」
私はまっすぐ彼女の目を見つめて、名前を呼んだ。
「何ですか!」
「ごめんなさい」
「! ……何をいきなり」
動揺するみふゆに私は頭を大きく下げた。
「あの時、貴女を遠ざけてしまったのは私の弱さだわ。本当にごめんなさい」
けじめとしての謝罪。同時に彼女とやり直すための第一歩。
この言葉が届くかは分からない。けれど、この言葉から始めるべきなのは間違いない。
「お願い。もう一度、私に力を貸して」
しばらくの間、みふゆからの返答はなかった。
頭を下げ、床を見つめている時間は酷く長く感じられる。
「………………やっちゃんはずるいです。昔から変わらない」
ようやく聞こえた返答には
顔を上げると、彼女は腕組みをして、そっぽを向いている。
「……話を、聞かせてください」
「みふゆ……」
「聞くだけですから」
「ありがとう」
私は彼女に礼を述べてから、鶴乃のことと、この場所へ辿り着いた経緯を掻い摘んで話した。
天音月夜による手引きだと言った時には血相を変えたが、それでも穏便な方法を取ったことが分かると大きな溜め息を吐くに留まる。
「あの子はなんて考えなしなことを……せめてワタシくらいには話を通しておいてほしかったです」
「別に庇うつもりはないけれど、ヌルオの人心
口車だと分かっていても、つい乗りたくさせてしまう。
皮肉ばかりの癖に人
そんなことを思っていると、みふゆが顔を覗き込んできているのに気付いた。
「やっちゃん。変わりましたね」
「何が?」
「なんて言えばいいのやら。前とは違う意味で遠くに行ってしまったような……」
「……はっきり言いなさい」
「いえ、やめておきましょう。この話はまたの機会にするとして、今は鶴乃さんのことが気掛かりです。ワタシにも今、彼女がどこに居るのか知らされていません」
誤魔化されたような気もしたが、本題はこちらの方だ。
無駄話に花を咲かせている暇もない。
「みふゆって思ったよりもマギウスに信頼されてないんじゃない?」
「否定したいところですが、最近、薄々感じていました。後から入って来た少年の方が重宝されてるくらいですから」
肩を落として自嘲気味にみふゆは言う。
だが、その台詞が私の中では引っかかる。
「少年って、あの里見灯花が連れていたバイオリンの男の子のこと?」
「ええ。上条恭介君。灰羽根の少年です」
灰羽根。
話を聞けば、マギウスの一人であるアリナ・グレイがどこからか拾って来た存在であり、自分直属という意味合いで
立場としては白羽根と同程度だが、彼は他二人のマギウスにも気に入られており、みふゆ以上に彼女たちから独自の命令を受けていると言う。
「当たり前のように魔法を使っていたわね。それもあのヌルオを相手取るほどの実力だった」
「恭介君はマギウスが生み出した人工の魔法使いです。過程までは知りませんが、彼の魔法はドッペルに近いものだと聞きました」
「ドッペルに近い……? それじゃ、みたまもこの件に関わっているってこと?」
「どうでしょう。それこそ、彼に聞いてみるしかないでしょうね。でも、やっちゃん。今は鶴乃さんを探す方が先でしょう? 彼は関係ないのでは」
「いいえ、みふゆ。そこまでマギウスに重宝されている上条恭介なら、鶴乃がどこに居るのか知っている可能性が高いわ。マギウスよりは楽に会えるんじゃないかしら?」
マギウスの翼の本拠地でトップであるマギウスに会うのはリスクがあまりに高いが、その下の上条恭介ならば、多少なりともリスクが低くなる。
お気に入りとはいえ、立場上同程度であるみふゆの協力があれば、話し合いの場を
説明を聞いて、少しみふゆは思考を巡らせていたが、やがて私に頷いてくれた。
「分かりました。ワタシはマギウスを裏切るつもりはありませんが、鶴乃さんの安否はワタシに取っても見過ごせません。ただし、ホテルフェントホープでの一切の戦闘及び施設の破壊を禁じます。この条件を呑めるなら、ワタシは一時的にやっちゃんに協力します」
「その条件で構わないわ。……それにしても一時的とはいえ、また貴女と一緒に何かをするなんてね」
「やっちゃんが本当にマギウスの翼に入ってくれるなら、ワタシはいつでも大歓迎なんですけどね」
「マギウスに少なからず不信感があるから、鶴乃を探してくれるんでしょう? みふゆこそ、みかづき荘に戻ってくるつもりはないの?」
お互い、そこで話を打ち切る。
言葉は要らなかった。私がみかづき荘の仲間を大切に思うように、みふゆもまた黒羽根たちを見捨てられないのだろう。
先程聞いた黒羽根からの報告の中には、彼女に
あそこに居た黒羽根たちは全員が全員、事務的に内容を伝えていた訳ではない。
それを慰め、勇気付けられたいがためにみふゆへと話していた魔法少女も少なくはなかった。
彼女はそれを受け止め、優しく包み込むように答えて、黒羽根たちを安心させていた。
みふゆは優しい。
だからこそ、救いを求めて自分へ縋る魔法少女たちを見捨てることができないのだ。
もうお互いに拒絶し合ってはいない。
けれど、私たちが同じ場所で共に手を取り合うのは、これで最後なのだろう。
「行きましょう。やっちゃん」
「ええ、案内をお願いするわ。みふゆ」
フードを被り直し、私は彼女の後に続いて部屋を出て行った。