配下の黒羽根と共に僕は地下螺旋階段を
地下にある魔女プラントに新しく捕獲した魔女を詰め込み、演奏を聴かせて成長を促進させる。
それが僕に与えられた仕事の一つだ。
その仕事を完遂し、ようやく薄暗い地下から解放され、地上へ戻ることができる。
異形相手の演奏ばかりやらされて気分が沈んでいた。
連れていた黒羽根の子たちが喜んでくれたことだけがせめてもの救いだ。
「上条様。今回も多くの魔女の捕獲、お見事でした」
「演奏もとっても素晴らしかったです」
「お腹空いていませんか? 私、何か作りますよ」
「皆もご苦労様。そうだね。ちょっと遅くなったけど、そろそろお昼にしたいね」
黒羽根が普通の少女と同じように喜怒哀楽を持つ存在だと認識してからは、積極的に会話するようになっていた。
原則として、名前は黒羽根間でも明かせないらしく、
挨拶が元気な子、クラシック音楽が好きな子、料理の得意な子……。
何が得意で、何が好きなのか分かってくると少し面白い。
「君もお腹空いたよね?」
最近僕の部下になった黒羽根の少女に話しかける。
「ああ……はい。そう、ですね……」
無口だが、会話が嫌いだというよりも言葉選びに戸惑っている印象があった。
そういうところが中沢に少し似ていて、一方的に親近感を抱いてしまう。
「魔女の捕獲任務は初めてだったんじゃないかな? この街の魔法少女じゃないなら、少し戸惑うよね」
「……そうですね。魔女を捕獲するってこともですけど、私が居た宝崎市ではあそこまで強い魔女はいませんでした。それを平然と相手にする灰羽根様のような方も」
「上条でいいよ。他の子たちにはそう呼んでもらってる。分からないことは沢山あると思うから、何でも聞いて。僕に答えられる範囲なら全部答えるよ」
「じゃあ……上条様はどうして戦えるんですか?」
その手の質問には慣れていた。
男なのにどうして魔法を使えるのかという意味だろう。
魔法少女ではないのに魔法を扱う僕を見て、ほぼ全員の魔法少女が感じる疑問だ。
「それは僕がマギウスが作った人工魔法使いで……」
「いえっ、そうじゃなくて……。魔女と戦うのことが辛くないのかなって思って……」
新入りの黒羽根の質問に僕は
それは初めて聞かれる類の問いだったからだ。
神浜市に来て、二週間以上の月日が経過していた。
半ば無理やり魔法を与えられてからは、魔女を捕らえるために戦うことなど日常の一部と化していた。
エンブリオ・イブや飼育している魔女への演奏の方が苦痛に感じるほど当たり前の行為。
朝目覚まし時計の音で起きて、朝食を取り、着替えの支度をして、靴紐を結んで部屋から出る。その延長上に魔女の戦闘があるだけだった。
彼女は
「やっぱり上条様みたいに強ければ、魔女と戦うことも平気なんですよね……。すいません。変なこと聞いちゃって」
「……いや。別にいいよ。僕も怖かったかな、最初は。うん、怖かったと思う。でも、何度も繰り返している内にその怖さにも慣れてしまったんだ。こうして、君に聞かれるまで忘れてしまうほどに」
恐怖はあった。あったと思う。
魔女と相対することに。異形の存在に向き合わないといけないことに。
そして、その異形の存在を容易く滅ぼせる力を得てしまった自分に。
怯えていた。震えていた。
でも、それすら遠ざかってしまった。
「君は魔女と戦うことが今も怖いんだね?」
「はい……。私は……私は魔法少女になんて、ならなければよかったって思ってます」
「多分、マギウスの翼に居る魔法少女たち、いや、魔法少女は全員そう思ってるよ。それほどまでに魔法少女の運命は残酷で、理不尽だ」
「でも、私たち、助かるんですよね? マギウスたちが私たちをこの苦しみから解放してくれるんですよね……?」
縋りつくように僕へ投げかけられた言葉に、少しだけ答えあぐねた後、こう返した。
「うん。僕はそう信じているから、ここで彼女たちに従ってる」
それが唯一の希望で、唯一の最適解だと思っている。
そうでなければ、きっと誰も耐えられない。
理不尽に心を
「良かったです。上条様にそう答えて頂けて」
「それならよかったよ」
「話を聞いてもらったら、何だかお腹が空いてきました」
新入りの黒羽根の台詞に僕は笑った。
今まで話を黙って聞いていた他の黒羽根も同じように笑みを漏らしている。
僕のマギウスへの信頼を聞いて、安心したのは彼女たちも同じだろう。
「じゃあ、皆で一緒に昼食を食べようか」
誰かがやったと小さな声を上げ、また笑いの声が響いた。
僕たちが一階の廊下までやってくると、黒羽根に連れられた二人の魔法少女がこちらに歩いて来るのが目に付く。
「……さやか?」
一瞬、見間違いかと思ったが、そうではなかった。
ショートカットで切り揃えられた水色の髪、快活そうな瞳、血色のいい頬。
見滝原に居るはずの幼馴染の姿がそこにあった。
「きょう、すけ……? 恭介!」
こちらに向かって、駆け出した彼女に周りの黒羽根が警戒し、武器を取り出して構えようとする。
僕はそれを片手で制して、彼女を迎えた。
「会いたかったよ、さやか! 神浜に来てたんだね」
「『会いたかったよ』、じゃないよ! 一体今までどうしてたの!? 神浜市に行ったきり、音信不通になって……ずっと心配してたんだよ。頼りになる先輩が恭介のこと探してくれるって神浜に一人で行っちゃったけど、その人も何の連絡も付かなくなるし」
「ああ、マミさんのことだね。会ったけど、彼女も彼女で忙しくなったからね。……きっと連絡できなかったんだろう」
「マミさんに会ったの!? いつ、どこで? いや、何でこんなとこに居るの?」
本当は記憶ミュージアムでマミさんの記憶を見せてもらった時に大体の状況は把握できていたが、神浜から戻る訳には行かなかったからあえて連絡は取っていなかった。
興奮気味のさやかを
「落ち着いて、さやか。そうだ。ソウルジェムの浄化は大丈夫? 必要ならこれを使って」
「それって……グリーフシード!? それに何で、恭介がソウルジェムなんて知ってるの……?」
差し出そうとしたグリーフシードを見て、彼女は受け取ろうとするどころか、不安そうに僕を見つめた。
話が呑み込めずに混乱している様子だった。
安心させてあげるために、僕は彼女に伝える。
「大丈夫だよ、さやか。僕は、君が僕の左手を治すために魔法少女になったことも全部知ってるから」
「何で、それ知って……」
「説明すると長くなるけど、端的に言い表すなら、僕がマギウスの翼の幹部だからかな」
「マギウスの翼の幹部? 恭介が?」
未だに戸惑っているさやかに、僕は優しく
「わっ……ちょっと恭介!?」
慌てふためく彼女の背中をトンと軽く叩いて、
「大丈夫。さやかはもう何も心配なんてしなくていいんだ。全部、僕に任せて。もう魔女化に怯えることもなく、魔法少女の運命からも解放されるから」
「魔女、化……? 何、それ? ……どういうこと、恭介」
ああ、何だ。それすら知らずにマギウスの翼に入ったのか。
さやかは相変わらず、そそっかしいな。
「魔法少女はソウルジェムが濁り切ると魔女になるんだ。ああ、でも、神浜に居る間はドッペルがあるから大丈夫だけどね」
愕然とした表情を浮かべたさやかは僕の腕の中で震えて出す。
可愛そうに……。だからすべてが完了するまで彼女には何の連絡も入れなかったんだ。
でも、ここまで来てしまったならもう関係ない。
「おめでとう。さやか。マギウスの翼は君を快く受け入れるよ」
さやかについては、マギウス・柊ねむにも話している。
白羽根として特別待遇にしてくれるよう口利きしておこうか。
部屋は僕の隣辺りがいいだろうか。マギウスの翼としての規則もちゃんと覚えてもらわないといけない。
僕が彼女の今後のことを考えていた時、ドンと胸を叩かれ、突き離された。
意識を戻すと、顔を俯かせたさやかが肩を震わせている。
「さやか……?」
「勝手に」
「え?」
「勝手に何もかも知った風に言って! 決め付けて! 何なの!? 何なの、アンタ!?」
顔をあげた彼女は目に涙を溜めて、僕を睨みつけて震えている。
理解が追い付かなかった。
どうして、さやかが僕を睨んでいるのかが分からない。
「どうしたんだい、さやか? 何をそんなに怒っているの?」
「……あたし、頼んでないよ? 恭介にそんなことしてほしいなんて頼んでない!」
「頼まれなくてもそれくらいやるよ。だって、さやかは
さやかは無償で僕の左手を治してくれた。
そのおかげで、もう一度バイオリンを弾けるようになった。
そのおかげで、アリナさんのドッペルにも耐えることができた。
だから、僕も無償でその程度の苦労をするのは当然のことだ。
「あたしのせい、なの? あたしが魔法少女の願いで手を治したから、恭介は今、そんなことをしてるの……?」
「何で、そんな酷い言い方をするんだい? 僕のやってることがそこまで気に入らないっていうのかい?」
分からない。理解ができない。
どうして、彼女にそこまで拒絶されないとならない?
全部、全部君を救うためにやっているのに……どうして?
傍まで来ていたもう一人の魔法少女とさやかを率いていた黒羽根が会話に入って来る。
「美樹さん……今は」
眼鏡を掛けた三つ編みの魔法少女がさやかの肩を掴む。
確か、彼女のことはマミさんの記憶で見たことがある。
暁美ほむらだっただろうか。素性がいまいち分からない見滝原の魔法少女。
フードを持ち上げた黒羽根が言う。
「さやかちゃん。ここから離れよう」
そこから出てきた顔は見覚えがあった。
鹿目まどかさん。さやかと仲のいい女の子だ。
彼女もさやかと同じようにマミさんの勧めで魔法少女になったことは知っていた。
「待って……さやか。君らはマミさんの勧誘でここに招待された訳じゃないのかい?」
おかしいとは思っていた。
マギウスの翼に入る最低条件は『魔女化について知っていること』。
勧誘された時点で、そのことを教えられるはずだ。
他の拠点ならまだしも本拠地であるホテルフェントホープに連れて来られる魔法少女がそんなことすら知らないなんてあり得ない。
彼女たちが逃げる前に僕は部下へ命じる。
「その三人を捕らえて。あくまでも怪我はさせない範囲に留めてくれ」
周囲の黒羽根が動き、彼女たちに支給されている刃の付きの鎖が拘束しようと伸びる。
顔無し手品師の対策のために魔力で作られた武器はなく、実体のある本物の鎖を配備していたのが、こんなところで役立つとは思わなかった。
だが、次の瞬間にはさやかたちの姿は目の前になく、黒羽根たちの鎖はぶつかり合って、宙で絡まり、床に落ちる。
「居ない!? 一体どこに……」
瞬きすらしていなかったはずなのに、彼女たちの姿は一瞬にして消えていた。
姿を消す魔法? いや、それなら黒羽根の鎖をすべて
床を透過する魔法? それも一瞬で消えることはできない。
残る可能性は――顔無し手品師と同じく、空間転移に類する魔法。
「彼女たちを探すんだ! 空間転移の魔法なら個人差はあっても、そこまでの距離は移動できないはず……。まだ近くに居る可能性が高い!」
僕の命令に従って、部下たちは二手に分かれて廊下を駆け出した。
それを見送った後、ローブの首に付いたシンボルへ手が伸びる。
無線機代わりにもなるこのシンボルを使えば、マギウスの翼の全体に呼びかけることが可能だ。
だが、伸びかけた手は途中で止まる。
通信はマギウスにも当然聞かれてしまう。
そこまでの大事になれば、さやかたちの処遇を僕一人の権限で決めることはできなくなる。
あくまで直属の部下と僕だけで内々に処理しなければ、さやかたちを守れない。
「何て馬鹿なことをしたんだ、さやか……」
マギウスたちの耳に入るまで彼女たちを捕らえて、保護しなくてはならない。
そのためには捕獲のプランを考える必要がある。闇雲に追っているだけで捕まえられるならそれでもいい。
だが、そうでなかった場合は取り返しが付かない。
思い出せ。さやかの発言から何か有用な情報がないかを。
「……そうだ。マミさんだ」
さやかは最初からこの場所に僕が居るとは考えていなかった。
どういう方法でここへ入り込んだのかは不明だが、その目的は恐らく巴マミの奪還。
ならば、彼女の元へ先に行き、待ち伏せをすればいい。
僕はマミさんが居る場所へと向かって、走り出した。