「一体どこまで連れていくつもりなんだよ……」
モキュモキュと鳴くネコっぽい生き物を追いかけて、バスに乗ること四十五分。
他の乗車客も当然乗って居たが、誰一人この不思議な生き物を気に留める人は居なかった。
本当に顔無し手品師のところに連れて行ってくれるのだろうか。
やっぱりこんな不思議生物にまともな知性なんてないんじゃないか……。
そんな疑念を視線に込めて、生意気に窓辺で風を浴びるネコっぽい生き物を見下ろす。
「モッキュー!」
俺の意志が伝わったのか再びファッキュー的な意味合いを含んだ怒りの鳴き声を響かせ、ネコっぽい生き物は太めの尻尾をピンと立たせて威嚇してきた。
……全然怖くない。むしろ、かわいいくらいだ。
その時、車内アナウンスで次の停留所名が呼び上げられる。
「水名神社前ー、水名神社前ですー」
ああ、もう少しで終点の水名駅についてしまいそうだ。
本当にどこまで連れていくつもりなんだ。この後駅から電車で更に遠くに向かうつもりなら、諦めて帰るぞ……。
若干の後悔を抱き始めていた俺を
降車する人たちの足元を器用にかわして、バスから降りる。
踏み潰されないかハラハラ見ていた俺も慌ててそれに続いた。
とりあえず、目的地はこの辺なのだろうか。
まだ近所のスーパーかコンビニぐらいしか行ったのことのない俺からすると馴染みがなくて、土地勘がまったく掴めない。ちゃんと帰れるかな、俺……。
キョロキョロと忙しなく周囲を見回しているとネコっぽい生き物は急に短い四つ脚で駆け出した。
「ちょ、ちょっと待っ……」
いつも突発的に動くから俺としてはワンテンポ遅れて対応せざるを得ない。
俺もそちらへ走ろうとして、誰かにぶつかってしまった。
「あっ……」
バランスを崩して尻餅を突く。
痛みはそれほどなかったが、恥ずかしさが込み上げて来る。
俯きそうになるが、ぶつかった相手に謝らないといけないと思い直して、顔を上げた。
「すみませ……」
ぶつかった相手は背の高いスラリとした暗めの青い長髪の少女。
恐らくは歳上だろう彼女は澄ました顔で俺に手を差し出していた。
この手は……慰謝料請求ってやつなのか?
神浜市って、こわ〜……。
俺は恐る恐る、財布を取り出して、全財産の三千円を手のひらに渡す。
「え、何してるの、貴方……?」
「あの、今、手持ちこれだけしかなくて……」
「そうじゃなくて」
やっぱり足りないのか。これは怖いお兄さんたちが来て、臓器売ってお金作れって迫られるパターンじゃないか……。
冷たい印象があるほど整った顔立ちで俺を見下ろす彼女は、僅かに困ったように眉根を寄せた。
「助け起こそうとしただけなのだけど」
「あ、そうだったんですか。俺はてっきり……」
慰謝料を請求されているのかと、と言い掛けて思い止まる。
ヤバい。これだと失礼過ぎるよな。
言葉に詰まっている内に、彼女は無言で俺を引っ張り起こした。
凄い力だ。俺がぶつかった時も少しも揺らがなかった体幹といい、武道でもやっているのかもしれない。
それに加えて、この美貌……どこかで見たような気がする。思わず、見つめていると胸元に三千円を突き返された。
「とりあえず、すぐお金を出して解決しようとするのはよくないわ。自分で稼いだお金でもないのでしょう?」
「はい……」
「なら、まずは言葉で謝りなさい」
「す、すいません……」
謝ろうとはしたのだが、伸ばされた手のひらが俺に間違った判断をさせた訳で。
いや、これは言い訳か。
頭を下げて、平謝りする。
「貴方、神浜市立大学附属の中等部ね」
「ええ!? な、なんでそれを……」
「制服で分かるわ。元卒業生だしね」
元卒業生ってことはこの人、大学生か。
でも、それなら何で転入して来た俺に見覚えがあるんだろう。
少し悩んだが、控えめに聞いてみた。
「あの、ひょっとして、どこかで会ったことありますか? 何となく、あなたに見覚えがあるんですが」
「下手なナンパみたいな口上ね。生憎と私には覚えがないわ。多分、貴方は私が出ている雑誌でも見たんでしょう。一応、モデルをしているから」
青髪の女性はそういうと、俺に少し説教をするように言う。
「それより、中学生が寄り道するのは感心しないわね。この辺りはあまり神社ぐらいしかないけれど、治安はよくないわ。早く家に帰りなさい」
「えっと、その神社に用があると言いますか……」
何で俺は見ず知らずの女子大生に怒られているんだろう……。
元卒業生とはいえ、直接の関係はまったくないのに。
視線を伏せて、自分の人差し指を突き合わせながら取り繕う。
そして、俺を連れて来たあのネコっぽい生き物はどこへ行ってしまったのだろうか。
青髪の女性は少しだけ考え込むと、俺に尋ねた。
「……貴方も“口寄せ神社の噂”を聞きつけて来たの?」
「ってことは、やっぱり水名神社が“口寄せ神社”で合ってるんですか?」
僅かに喜びを滲ませて聞き返すと、彼女は更に表情を
「質問しているのは私の方よ」
「すいません……。えっと、その噂の神社を探して、来ました」
「そう。じゃあ、貴方にも会いたい人が居るのね」
「会いたい人……?」
首を傾げた俺を青髪の女性は
「貴方、“口寄せ神社の噂”を聞き付けて来たのではないの?」
そう聞かれ、俺はようやく“口寄せ神社の噂”自体の内容を何も知らないことに気付いた。
そもそもが、顔無し手品師の手伝いができればと思って来ただけで、噂の中身は何一つ聞いていない。
この人からすれば俺の発言は意味不明もいいところだろう。
「えっと、ですね……噂の噂というか、知り合いがその出所を探していて、その手伝いと言いますか」
「つまり、又聞きして、興味本位で探している訳ね。……帰りなさい。今すぐに」
ぴしゃりとそう言われ、俺は言葉を失った。
彼女は本気で俺の行動に腹を立てているようだった。
「これは興味本位で立ち入っていいものじゃないわ。怪我をする前に早く家に帰って噂なんて、忘れなさい」
冷徹な表情から激しい激情の熱が滲んでいる。
そこでようやく、俺は彼女にどこで出会ったか思い出した。
絶交階段が居たあの異空間だ。
あそこに武器と変わった格好で現れた魔法少女の一人。
水波先輩の仲間の魔法少女だ。
あまりに服の印象が違い過ぎて、今まで気が付かなかった。
この人が魔法少女なら、この態度にも頷ける。
でも、俺だって引き下がれない。
「……俺にも会いたい人なら居ます。その人は俺がどうにもならない時に力を貸してくれたんです。だから、その人に会って、その人の役に立ちたいんです」
嘘じゃない。
俺は顔無し手品師に会って、彼の役に立ちたい。
何にもない俺だけど、それでも自分が意味あることに協力したい。
「だから、お姉さんがどう言おうとも、俺は行きます!」
「…………」
「それじゃあ。あと、ぶつかって、すみませんでした」
青髪の女性の脇を通り、水名神社へと向かう。
だが、肩を後ろからがっちりと掴まれる。
俺よりも細い指に信じられないほど強い力が込められていて、振り解けない。
「待ちなさい」
「俺は……」
「何も知らないのでしょう? 噂の内容」
「……それは」
「いいわ。話してあげる。よく聞きなさい」
彼女から語れた“口寄せ神社の噂”は至極ありふれたものだった。
『会いたい名前を絵馬に書き、お作法通りにお参りすれば、想いの人に会わせてくれる』。
都市伝説としてもパンチの弱い、おまじないみたいな噂話。
絶交階段の時とは違い、人を襲う要素はなく、むしろ……。
「いい噂話じゃないですか」
「ええ、そうね。でも叶えてもらった人は幸せ過ぎて、口寄せ神社から帰って来なくなるそうよ」
帰って来なくなる。
それはつまり。
「行方不明……ってことですか?」
「そうなるわ。それに会えた相手も本物なのかも不明だわ」
同じだ。
絶交階段の時と同じで、些細な人の想いを利用して、願った人を連れて行こうとする。
とても嫌だ。上手く言えないけど、これだけは認めたくない。
「それでも貴方は会いたい? 偽物か分からない相手に」
青髪の女性は俺がまだこの噂で、会いたい誰かと会おうとしていると勘違いしている。
それは、きっとこの人自身がどうしても会いたい誰かが居るからだろう。
「偽物なら会いたくないですけど、俺の会いたい相手はきっとこの場所に来てくれるって信じてます」
「そう。勇気があるのね。いえ、信頼かしら」
遠い目をして未だ勘違いをしている様子だったが、俺は顔無し手品師がこの神社の場所を突き止めていると信じている。
彼は嫌がらせだと言っていたが、確固たる意思を持ってウワサを消しているように思えた。
あの時の俺みたいな被害者を出さないように動いてくれているとそう心から思えた。
「お姉さんの会いたい人は?」
「私は……幼馴染かしら。ずっと一緒に居た幼馴染」
居るかどうかを聞いたつもりが、関係性を話してくれた。
やっぱり念頭に会いたい人が居たから、俺の質問がずれていたみたいだ。
「会えるといいですね」
「ええ、会えるならまた昔みたいに会いたいわ。……そう言えば名乗ってなかったわね。私は七海やちよ。貴方は?」
「俺は中沢……」
「やちよししょー!」
「やちよさん!」
名前を言い終わる前に七海さんの元に二人の少女が駆け寄る姿が見えた。
片方は知らない顔だが、もう片方のピンク髪の少女は前に水波先輩と一緒に居た魔法少女の一人だ。
ひょっとすると七海さんと違って俺の顔を覚えているかもしれない。
声が上擦らないようにして、別れの言葉を吐き出した。
「それじゃあ、俺もう行きますんで!」
「あ、ちょっと中沢君。貴方……」
七海さんは俺を呼び止めようとしたが、諦めたように二人の少女の方に向き直った。
ピンク髪の少女はちらりとこちらを
その視線から逃れるように俺は水名神社の石段を駆け上がって行った。
久しぶりの投稿です。