ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十二話『中沢君と名も無き思い出』④

 お洒落な装飾で(いろど)られた(きら)びやかな内装。

 駆け抜けて行くホテルフェントホープの館内は、テレビの中で見たことのホテルなんて比べ物にならないくらいに華々しく映った。

 現実味がないほど整い過ぎて、ホテルというよりも絵本に出てくるようなお城を再現したように思えるほどだ。

 ……好きになれそうにない。

 俺の思考にヌルオさんが同意してくれた。

 

「同感だね。この場所は童話の挿絵のように薄っぺらくて空虚だよ」

 

 シルクハットを片手で押さえ、もう片方の手にステッキを掴み、彼は廊下を疾走(しっそう)する。

 途中で出会った黒羽根を間髪入れずに意識を刈り取り、強行突破で進んでいた。

 仮にも天音月夜に手引きしてマギウスの翼に加入させてもらった手前、ここまで大胆な背信行為に出ていいのかと思ったが、ヌルオさん曰く、「入ってみたら想像と違っていたから辞めさせてもらった」のでいいそうだ。

 あえて騒ぎを起こすことで黒羽根たちの目を一手に引きつけ、先に由比さんを捜索しているであろう環さんたちや鹿目さんたちがより自由に動きやすくする、()わば陽動作戦。

 環さんたちだけなら、ここまでの陽動は不要だろうが、鹿目さんたちは全員分のローブがない以上、どうしても目立ってしまう。

 そのために分かりやすく侵入して、彼女たちに注視する余裕を奪っていく。

 言ってしまえば、この行為は鹿目さんたちへの援護で行っているようなものだ。

 一通り黒羽根たちを一掃し終えると、流石にウワサとしての自己防衛ラインに触れたようで、床や壁から色とりどりの巨大なクマの頭部が這い出てくる。

 頭しかないぬいぐるみのクマたちは頭頂部から爪の生えた腕を生やして、ヌルオさんへを叩き潰そうと伸ばした。

 だが、その腕は伸びきる前に、地面に縫い付けられるようにステッキを打ち込まれる。

 四方八方からヌルオさんを狙ったクマの頭部たちは、それぞれステッキを突き刺された腕から徐々に消滅し、数秒で跡形もなく消失。

 戦闘開始から終了までのかかった所要時間はおよそ十秒程度だった。

 何事もなかったかのように、その場を通り過ぎて進んで行く。

 圧倒的実力によって、強制的に終息する戦闘は、茶番を越えて冗談にしか見えなかった。

 階段を駆け上がり、上の階へと目指す彼をもう誰も止めることはできなかった。

 フェントホープの最上階まで着くと、ヌルオさんは速度を緩めて周囲を探り始める。

 

「地下に降りるか最上階に上がるかで迷ったけど、最悪この階で何も見つからなければ、床をぶち抜いて地下まで降りればいいだけの話だね」

 

 その言葉を聞いた俺は、ステッキで床に大穴を開け続けて、地下までの最短ルートを作るヌルオさんを想像する。

 本当にギャグみたいな光景だが、この人なら苦もなくできてしまいそうだ。

 むしろフェントホープの耐久力の方が心配になる。

 いくら何でも、まだ皆の居るホテルが倒壊しながら消滅させるような展開は避けるだろうが、本拠地としての運用が不可能になるくらいには破壊されることだろう。

 手引きした天音月夜の立場を考えると、流石に同情を禁じ得ない。

 彼女のためにも俺は最上階に何かがあることを祈った。

 手始めに一番近くにある扉から調べようと、ヌルオさんがドアノブに手を伸ばす。

 しかし、彼がドアノブに触れる前に扉が開き、中から誰かが現れた。

 黄緑色のロングヘアと同じ色の瞳。可愛らしい整った顔立ち。

 アリナ・グレイ。マギウスの翼の頂点の一角“マギウス”の一人だ。

 ただ、今は軍服を模した上着と黒い大きなリボンの付いたカラフルなスカートの魔法少女姿ではない。

 胸元に赤いリボンの付いたブラウスと薄茶色のチェックの柄のプリーツスカートを着ている。

 一見すると学校の制服のようだったが、この人格破綻者が教育機関に通っているとは到底思えないので、私服なのかもしれない。

 

「………………」

 

 盛大に寝ぐせの付いた後ろ髪と目蓋(まぶた)の重そうな目は寝起きを思わせる。

 ぼんやりした眼差しでヌルオさんを直視した後、パタンと扉が閉じられた。

 五秒ほどしてから、再び扉が開くとそこには満面の笑みを(たた)えたアリナ・グレイが魔法少女の衣装で立っていた。

 

「アッハハハハ。まさか、この場所で会うなんて奇遇だヨネ。それともアリナに会いたくて来ちゃったワケェ? アハッ、それならとっても嬉しいんですケド!」

 

「さっき寝起きだった? 寝ぐせや顔酷かったけど」

 

「アリナが寝起き? そんなのあり得ないカラ? アリナはドリームなんて見ないんだヨネ」

 

「あ、目ヤニ付いてる」

 

 ヌルオさんの指摘に恐ろしいほどの速さで反応し、目尻に指で触れる。

 両方の目を指先で確認して、何の汚れもないことに気付くとこちらを見上げた。

 

「ごめん。見間違いだったよ。でも、嘘吐きなのはお互い様ってことでいい()()?」

 

「…………ッ~~」

 

 おちょくられたことを理解したアリナ・グレイは歯ぎしりが聞こえてきそうなほど歯を噛み締めて、ヌルオさんを睨み付ける。

 手から黄緑色の色の立方体を取り出して、見せ付けるようにかざした。

 筆記体のアルファベットの羅列が一瞬だけ宙に(つづ)られる。

 舞台はホテルフェントホープの館内から切り替わり、水の張った大きな皿や西洋風のカップ、赤と青の絨毯(じゅうたん)が無数に敷かれている空間へと変わった。

 それが魔女の結界だと俺が認識するより、早くヌルオさんが動く。

 空間の縮尺が変動し、距離が大きく離れたアリナ・グレイへと一直線に突き進んだ。

 斜めに身体を捻りながら振り被り、ステッキを振るう。

 余波で水の注がれたカップが砕け散り、絨毯が舞い上がって消滅するほどの一撃。

 だが、アリナ・グレイの姿は既に地上にはなく、宙へと飛翔していた。

 跳ねた彼女の背中から何かが生えだしたかと思うと、瞬く間に形を変える。

 

『前はお披露目できなかったヨネ? どう? これがアリナのドッペル。存分に酔い痴れて、存分に評価してヨネ』

 

 むらがある朱色の粘液上の翼を持った球体。

 それに立体モデル化したカビの胞子のようなものが無数に付着していた。

 質感としては()けたアイスクリームを連想させる。

 上部に乗った巨大なボーリングのピンのようなものが生え、そのピンにはデフォルメした獣らしき顔が張り付いている。

 くぐもった声は聞こえるが、アリナ・グレイの姿はどこにも見えない。

 まさか、あれの内側に居るのか?

 

「不格好だ。胃から引きずり出された残飯って感じだね」

 

『相っ変わらず、アリナを認めないって態度……でも、そんなアナタをアリナのカラーで染め上げてあげるんだから、感謝してヨネ』

 

 Ⅴ字型の角を持つ獣のピンが身体をうねらせ、ドボドボと白い液体が角から大量に吐き出した。

 さながらそれは毒を持つ毛虫が、外敵に毒液を噴きかけるようだった。

 噴射された白い液体は、周囲にある大きな皿やカップの水を汚染していく。

 遠くで、魔女らしき腕の生えた長椅子にも付着し、発狂したようにそれを水瓶で洗い落とそうとしていた。

 手当たり次第というよりも、狙いすら付けず、全方位に攻撃を飛ばしている。

 ヌルオさんはそれを(かわ)しつつ、避けられないものをステッキを布に変えて防いでいく。

 

『アハハハッ! いつまでそれを続けるつもり? アリナの魔力はまだまだメニーメニー! 結界内をどんどんアリナのカラーでペイントしていくんだカラ! 逃げばかりじゃナンセンス!』

 

 その言葉通り、白濁液の噴射は一向に止まる気配を見せない。

 もはや汚されていない箇所の方が少ない床はもちろん、水が入っていた大皿やカップはすべて白い液体を注がれていた。

 白く汚れた長椅子の魔女は、それでも足掻こうと腕で支える水瓶を真上から被り続けている。

 その度に多少は水で洗い流されるものの、降ってくる白い液体のシャワーを浴びて更に汚れていく有様だった。

 この結界の魔女だとは思うが、アリナ・グレイの攻撃に巻き込まれて、狂ったように汚れを落とそうともがく姿は哀れに感じた。

 

「……!」

 

 ヌルオさんは何か気付いた様子で長椅子の魔女へと直進する。

 噴射される液体の雨を避け、魔女の前へと接近した。

 そうか! 魔女を倒してこの結界から逃走するのか。

 それなら、この場から脱出して、アリナ・グレイとの戦闘を終わらせることができる。

 だが、俺の予想に反して、ヌルオさんが布から戻したステッキは魔女ではなく、魔女の持つ水瓶を突いた。

 魔女の腕から放された水瓶はその中身を盛大に(こぼ)しながら床へと落下していく。

 中身の水に限りがないのか、ほとんど逆さまになっているのに零れ続ける水量に変化がない。

 床へ落下する水瓶を空中でヌルオさんが掴み取ると、遥か頭上に振り投げた。

 回転して水を撒き散らしながら、水瓶は宙を進み、噴射を続けるアリナ・グレイのドッペルへ目掛けて飛ぶ。

 

『はっ、こんなものでアリナがストップするとでも? やるならもっとエンジョイさせてヨネ!』

 

 苦し紛れの投擲(とうてき)と侮った彼女は、粘液上の触手を伸ばして水瓶を砕く。

 その瞬間、砕けた水瓶から流れ出た水がドッペルにかかった。

 

『な……これっ?』

 

 驚愕した声を上げるアリナ・グレイ。

 予想していなかったのだろう。

 俺だって、そうなのだから気持ちは分かる。

 水を浴びたドッペルは、その部分の粘液をごっそり()げ落としていた。

 ヌルオさんは魔女が水浴びをして、白濁液を落としていた光景を見て、これを思い付いたのだろう。

 あの魔女の持つ特性なのか、それともドッペルの持つ性質なのかは分からない。ただ、彼女の反応からしてドッペルの弱点を突いたというより、魔女の水が特殊だったように感じる。

 恐るべきはその洞察力。

 同じ光景を映していながら、ヌルオさんは魔女やドッペルの性質を淡々と分析していたのだ。

 

「白い雨が止んだね」

 

『はっ……』

 

 アリナ・グレイの噴射が止まっていた。

 彼女が冷静さを取り戻し、再び白い液体が降り注ごうとする。

 だが、その間にヌルオさんは逆転の準備は万全に整っていた。

 空中に放たれていた八本のステッキが空中で踊り出す。

 ドッペル本体を抉り、削り、穿(うが)ち、貫く。

 穴だらけになった獣のピンは白い液体を血のように滴らせて、消えていった。

 取り残されたアリナ・グレイは空中から落下して、受け身も取れずに床へ叩き付けられる。

 

「がっ、っう……」

 

 小さく(うめ)く彼女を他所に、ヌルオさんは長椅子の魔女をステッキで悠々と始末する。

 

「今日の天気は雨のち魔法少女。ところにより呻き声が聞こえてくるでしょう、と言ったところかな?」

 

 魔女の結界が薄れ、風景がホテルの館内に帰って来ると目の前でうつ伏せに倒れたアリナ・グレイを抱き起して、部屋の中へと足を踏み入れた。

 乱暴にベッドの上に彼女を放ると、扉を閉じて、近くにあったソファに腰かける。

 

「さて、マギウスのお嬢さん。力比べが終わったところで、いくつか質問をさせてもらってもいい?」

 

 疑問形だが、有無を言わせない迫力があった。

 武器を突き付けず、傍へ行って圧力をかけもしない。

 しかし、はっきりと力の差を誇示した威圧であることは間違いなかった。

 アリナ・グレイもこの状況で更に挑むほどの気力はないようで、もぞもぞと手を伸ばして、枕に顔を(うず)める。

 案外、余裕あるように見えるのは俺の気のせいだろうか。

 

「何を……?」

 

「一つは由比鶴乃の居場所、二つ目は巴マミに何をしたのか、三つ目は君らマギウスの最終的な目的を聞かせてほしい」

 

「由比鶴乃……? そんな子、アリナは知らないんですケド?」

 

「茶髪のサイドテールで目がクリクリしてる子。好きな言葉は『やってみなけりゃわからない』」

 

「……ああ、灯花がそんな子連れてたような……。巴マミ以上にウワサとの相性が何とか言ってた気がするから、ウワサとの融合させる実験の被験者として連れて来たんじゃナイ?」

 

 どうでも良さそうに言っているが、俺たちからすれば途轍もない情報だった。

 ウワサとの融合?

 もしかして、それが巴マミのあの妙な姿なのか。

 詳しく聞くと、さして隠すつもりもないのか、アリナ・グレイは気だるげに答えてくれた。

 魔法少女のソウルジェムにウワサを注ぐことで、融合させる実験。

 その成功例が巴マミ。

 ウワサとの相性によっては融合は失敗するため、里見灯花は適合しやすい魔法少女を探しているらしい。

 灯花が連れていた以上、由比さんもその選抜に選ばれた可能性が高い。

 もしも成功例なら里見灯花が傍に置いているだろう、とのことだった。

 治療法についても尋ねたが、知らないと一蹴(いっしゅう)された。

 そもそも彼女はこの実験に対してはほぼ関わってないようで、これ以上の情報は出て来ない。

 

「じゃあ、三つ目については?」

 

「魔法少女の魔女化防止。そのためにドッペルシステムを神浜だけじゃなく、全世界に拡張させるコト」

 

「具体的なプランは?」

 

「そこまでは流石に言えないって分かるヨネ?」

 

「つまり、外部からの邪魔が入れば阻止が可能な脆弱なプランなんだね」

 

 脅すこともなく、ヌルオさんは皮肉交じりで返答する。

 

「貴重な情報、ありがとう。参考にするよ」

 

 問い詰めようともせずに、彼は感謝の言葉と共に立ち上がった。

 アリナ・グレイは驚いた様子で枕から顔を上げる。

 

「何それ? アリナから聞き出そうとしないワケ?」

 

「無理()いして、適当なこと言われても困るしね。言いたくないなら言わなくていいよ。自分の脚で地道に調べるさ」

 

 あっさりを越えて素っ気ないとも言える対応でヌルオさんは引き下がる。

 その態度が気にくわないのか、彼女は続けた。

 

「ここで無理やりにでも聞いておかなかったこと、後悔することになると思うんですケド?」

 

「後悔するかどうかを決めるのは僕だよ。君がどれだけのことを知っているのかは知らないけど、僕の心を決めるのは僕だ。何をして、その結果、何を感じるかは僕だけの自由さ」

 

「………………」

 

 押し黙るアリナ・グレイに背を向けて言う。

 

「君は君が思っている以上に不自由なんだね。他人の行動や発言に左右されて、自分の感情すら自分で決められない。……可哀そうだ」

 

「っ……アリナは!」

 

「ほら、また誰かの評価で感情を決められた。アーティストだっていう割りに周りの目を気にするタイプなんだね」

 

 あれだけ恐ろしく感じた魔法少女はヌルオさんの言葉の前では、年相応の少女にされる。

 それを認めまいと彼女は彼の背中に叫ぶ。

 

「アリナはクレイジーでマッドで、誰よりもフリーダムなアーティストなんですケド!」

 

 それすら認めず、言葉の刃で斬り返した。

 

「いいや。君はただの赤ん坊だよ。なまじ大きな力を持ったせいで、泣き喚けば誰もが従ってくれると勘違いした不自由な幼児。自分を縛るおしゃぶりが取れたら、またお話してあげるよ、ベイビー」

 

「待って……まだアリナは」

 

 振り向くこともせずに、ひらひらと手を振って入口の扉から去って行く。

 堂々と誰に(はばか)ることもなく進むその背中にアリナ・グレイは何を思ったかは分からない。

 ただ彼女にとって、ヌルオさんが単なる興味深い敵対者ではなくなったのは確かだろう。

 彼は進み続ける。

 自分の意志でその感情を決めながら、前へと歩いていく。

 俺にはその行為がとても(まぶ)しく感じられた。

 




アニメ版ではアリナのドッペルの本体が確認できないのでかなり悩みましたが、他媒体での姿を調べて書きました。
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