ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

31 / 139
第二十三話『中沢君と名も無き思い出』⑤

 アリナ・グレイから聞き出した情報によれば、やはり由比さんを見つけるには里見灯花と会う必要があるだろう。

 そう俺は考えたが、ヌルオさんの考えは違った。

 

「先にもう一人のマギウスから会うべきだ」

 

 もう一人のマギウス……?

 そう言えば、マギウスは三人と言う話だったことをここに来て思い出す。

 一人はアリナ・グレイ、もう一人はさっきの話に出てきた里見灯花。

 最後の一人については特に聞いていない。

 だが、予想としては、モキュゥべえが見せた映像の中で里見灯花と一緒に居た少女、ねむが怪しい。

 いや、映像には視点になっていた少女も居た。

 彼女も怪しい。明確に顔が映らなかった辺りがすごく黒幕っぽいと言える。

 いやいや、確かあの映像には環さんも映っていた。映像では里見灯花にも慕われていたようだった。

 ひょっとして、ひょっとすると、マギウスの最後の一人は環さんだったのかもしれない。

 脳内で邪悪な笑みを浮かべ、仁王立ちしている環さんを想像する。

 

『クックック……。黙っててごめんね、中沢君。実は私こそが羽根たちを陰から操る真の黒幕、マギウスの環いろはだったの。みかづき荘の皆にはナイショだよ?』

 

 くぅ〜、そうだったのか。知らなかった……。

 早くも真相に辿り着いてしまった俺は、意識の奥で愕然とする。

 

「……中沢君。君は想像力は豊かだけど、とことん推理には向いていないね」

 

 呆れ声で突っ込みが入る。どうやら、早とちりだったらしい。

 しかし、ヌルオさんは答えを教えてくれはせず、歩みを進める。

 角を曲がる途中で彼の脚がピタリと止まる。見れば、廊下の中心に(たたず)む人影があった。

 いや、人影という表現は正しくなかったかもしれない。

 なぜならそこに居たのは人などではなかったのだから。

 

『ウぅワサ ウワサ 素敵なウワサ ウぅワサ ウワサ 愉快なウワサ』

 

 直立しているというのにゆらゆらと、はためいているように見える平面の少女。

 目鼻と腕のないその人型の平面は、ウワサを触れ回る存在だった。

 いつもより聞き取りやすい声で歌う平面の少女は、まるでヌルオさんを待っていたように動き始める。

 

『みんなで作ろう 楽しい ウ ワ サ 』

 

 逃げているのではなく、案内するような速度で移動を始めたそれを彼は黙って追った。

 扉の一つの前までやって来た平面の少女は、役目を終えたとばかりに薄れて消える。

 罠かもしれないと思ったが、躊躇(ためら)いなくヌルオさんは扉を開け放った。

 中には所狭しと並んだ本が散乱していた。

 本棚はあるものの、入り切らなかった本が床に積み重なるようにして、転がっている。

 広さに反して、足の踏み場のない部屋だった。

 奥にはダブルサイズはある大きなベッドと畳まれたパーテンションが見える。

 だが、きちんとシーツまで整頓されていて、誰かが寝ている気配はない。

 散らかり放題のくせに、そこだけ妙に力を入れて片付いているせいで目に付いた。

 

「どうぞ。入ってもらって構わない」

 

 のんびりと間延びした口調で入室の許可が降りる。

 ヌルオさんはその声に従い、部屋の中へ足を踏み入れた。

 入り口手前の本棚の傍に近代的な車椅子に乗った少女が一人、こちらを向いて待っている。

 

「初めまして。顔無し手品師。ボクの知らない神浜のウワサ」

 

 そこに居たのは映像の中で見た少女、ねむだった。

 違うところをあげるなら眼鏡を掛けておらず、学士帽と黒のガウンを着ていることぐらいだ。

 

「君の名前は環さんから聞いているよ。妹の友達だって言ってたけど、今はマギウスの一人でいいのかな? ――柊ねむさん」

 

「お姉さんから……。やっぱりお姉さんも“うい”のことを覚えているんだね」

 

 神妙な顔で頷いたが、俺には彼女のいう意味がよく分からない。

 “うい”というのは環さんの妹の名前だ。妹のことを忘れる訳がないだろう。

 

「へぇ。里見灯花は環ういの名前も環さんのことも知らないと言っていたけど、君は違うのか」

 

「灯花は……別に嘘を吐いた訳じゃない。本当に覚えていないんだ。正確にはその記憶そのものが今の彼女には存在しない」

 

 唐突に知らない情報が出てきて俺は混乱する。

 ヌルオさんや環さんは里見灯花と会って直接話したことがあるのか?

 そんなこと、初耳だぞ。

 

「記憶そのものがない、というのは環ういがあらゆる記録媒体から消失していることに起因しているの?」

 

「話が早くて助かる。ういの存在はこの世から完全に乖離(かいり)されてしまった。あの子のことを覚えているのはボクと、お姉さんだけだろう。写真でも情報でもあの子が存在した形跡は改竄、あるいは消滅されている」

 

 また俺の知らない情報が出てきた。

 うん? でも、あらゆる記憶媒体ということは記憶ミュージアムにある映像にも当てはまるよな?

 じゃあ、俺が見たあの視点の少女は環さんの妹じゃないのか。この子も環さんのことをお姉さんって呼んでいるし、また別の妹分の子なんだろう。

 勝手に悩んで勝手に納得していると、ヌルオさんが会話を一時中断して俺に尋ねてきた。

 

「……中沢君。どういうこと? 前から里見灯花や柊ねむに関する何かしらの映像を見たものだと思っていたけど、君は環ういについての映像を見たの?」

 

 そう言われて、俺もすべてを彼へ伝えてはいなかったことに気付く。

 俺は記憶ミュージアムでモキュゥべえが見せた映像について掻い摘んでヌルオさんに伝えた。

 

「…………中沢君。それはかなり大きな情報だね。環さん黒幕説よりも遥かに重要だったと思うんだけど」

 

 明言されている訳でないが、責められているニュアンスは鈍感な俺でも分かった。

 そう言われても色んなことがあり過ぎて、俺自身、情報整理ができていなかったのだからしょうがない。

 

「随分大きな独り言、という訳でもなさそうだ。君は今、誰と話している? 魔力による念話とも異なるようだけど」

 

 柊ねむは俺と会話するヌルオさんを不思議そうに見つめている。

 てっきり俺とヌルオさんの関係性は上条経由で伝わっているものと思っていたが、マギウスにすら俺の存在は知られてはいないようだった。

 もしかして、上条が俺のことをあえて報告せずに隠してくれたのか。

 

「独り言さ。もう一人の僕を心の内に飼っているんだ。時々、腕にシルバー巻くようにアドバイスしてくるんだよ」

 

 何そのキャラ付け。俺、どういう思考でそんなアドバイスするの?

 だが、柊ねむは平然とその発言を受け止め、返答する。

 

「お洒落な別の人格を保持しているんだね。彼はなんて? 足にゴールドでも付けるように助言してくれた?」

 

「記憶ミュージアムで、少女たちがウワサを作っている光景を見たことをたった今思い出したって。その時、君と里見灯花、そしてもう一人……音声だけだったけど三人目が居た」

 

「……あり得ない。妄言だ。適当な発言をしてボクを動揺させるつもり?」

 

「三人の少女は姉のように慕っていた環いろはが魔法少女となったことを知った。魔女と戦う彼女を助けるために少女たちはキュゥべえから情報を聞き出した。そして、賢い少女たちは愛するお姉さんの未来が魔女であると結論付けた……僕の妄言はこんなところだけど。どう? 感想は?」

 

「……記憶ミュージアムに保管されている記憶はほぼすべて誰かから抽出したものだ。ボクも灯花もあんな場所に大切な記憶を保管した覚えはない。だとするなら、その記憶は……」

 

 そこまで言ってから、彼女は一度言葉を切って考え込む。

 口元に縦にした拳を付け、視線を下に落として熟考している。

 そして、再び視線を上げて結論を出した。

 

「もしも妄言が真実なら、それを見せたのは小さいキュゥべえだ」

 

 小さいキュゥべえというのはモキュゥべえのことで間違いないだろう。

 

「小さいキュゥべえなら、ういの記憶を持っていてもおかしくはない」

 

「その根拠は?」

 

「……? 君は最後までその記憶を見てないのか? あの子が見せなかったのか、見せられなかったのか……。どちらにせよ、すべてを知っている訳ではないようだね。……いいだろう。ボクがその続きを語ろう」

 

 そうして、柊ねむは語り出した。

 俺の見た映像の続きを。

 環ういがこの世から切り離された経緯を。

 

 環いろはの魔女化を防ぐにはどうするべきか。

 最大の問題点は、魔法少女の魔女化が宿命付けられているということだった。

 その宿命を打ち破るために柊ねむたちが選んだ方法が――……。

 

「ボクらは契約の対価として、キュゥべえが持つ機能を願ったんだ」

 

 環ういは回収の力を。

 里見灯火は変換の力を。

 柊ねむは具現の力を。

 それぞれ、キュゥべえから奪い取ることを願いとした。

 そして、三人の魔法少女はその力を使って魔法少女の絶望の宿命を否定しようと試みた。

 まず回収の力でソウルジェムに溜まった穢れを集め、次に変換の力でその穢れを魔法少女が使える魔力に変換する。

 最後に具現の力で魔力をエネルギーとして実体化させる。

 そのエネルギーを利用して、自動浄化システムはより広範囲から穢れを自動で回収・変換する。

 

「このシステムがあれば、魔法少女のソウルジェムに穢れは溜まらない。あの時のボクらはそう思った」

 

「でも、そうはならなかったんだね」

 

 ヌルオさんの言葉に彼女はこくりと小さく頷いた。

 その表情は後悔というよりは、罪悪感に(まみ)れていた。

 三人が考えた計画は最初は順調に思えた。

 願いを叶えたキュゥべえは機能を失って停止していたが、嬉しい誤算くらいのものと思っていた。

 だが、回収の力を行使していた環ういに突如異変が起きた。

 

「穢れの回収速度がボクらの予想を超えていたんだ。灯花の変換の力が間に合わないほどにういの身体に流れ込む穢れは凄まじかった。侮っていたんだ、魔法少女が抱える穢れというものを」

 

 環ういは大量の穢れを回収し、魔女になる……はずだった。

 それが中途半端な形で一時的に停止したのは、偶然居合わせた一人の魔法少女のおかげだった。

 アリナ・グレイ。同じ病院内で魔法少女になっていた彼女が結界を張ったことで、外界から流入する穢れが止まり、回収が中断された。

 しかし、ソウルジェムは限界を迎え、砕けてしまった。

 里見灯花の変換の力で穢れかけた環ういの魂をどうにかエネルギーに変えることができたのは正しく奇跡だった。

 

「ボクは具現の力であの子の魂を固定しようとしたが、魂の崩壊自体は止めようがなかった。恐慌状態に陥りながらもボクは魂を維持するための()(しろ)を探して、それを見つけた」

 

「なるほど。それが」

 

「そう。ちょうど機能を奪われ、(うつ)ろになったキュゥべえだった」

 

 辛うじて魂の崩壊だけは免れたものの、キュゥべえの身体に移されたことで環ういの存在はこの宇宙から切り離された。

 その結果、生まれたのが小さなキュゥべえ。

 

「最後までういの魂に触れていたおかげか、ボクだけは記憶を失わずに済んだ。だけど、灯花の記憶は改竄(かいざん)、いや、改変されていた」

 

 残ったういの肉体は穢れを集め、中途半端な魔女の幼体となり、里見灯花はそれを自分たちの力で作り上げた人工魔女と認識していた。

 魔法少女が魔女にならないシステムのための、人工の魔女。

 

「ういというファクターが消えた結果、灯花はういのことだけじゃなく、お姉さん……環いろはとの関係性も消えてしまった。残ったのは魔法少女を救うという計画だけ。誰のためにそれを()そうとしていたのかも覚えてない」

 

 当初の計画は失敗に終わった。

 それでも里見灯花は計画を推し進めた。

 アリナ・グレイを仲間に加え、目的すら歪んだまま、魔法少女救済を掲げて動き出した。

 柊ねむには選択ができた。

 里見灯花にすべてを話して、自分たちの失敗を告げることが可能だった。

 

「だけど、ボクは言わなかった。言えば、それこそ本当に終わってしまうと思ったから。ボクだけが本当の目的を覚えていれば、それで充分だった」

 

 環いろはを魔法少女の運命から救う。

 それが計画の最終目的で、三人の妹たちが願った希望だった。

 

「故に僕は人工魔女……ういの亡骸に、魔法少女の希望の始まりを込めてイブと名付けた。エンブリオ・イブ。それが魔法少女を救う魔女(きぼう)の名前だよ」

 

 話を締めくくる柊ねむに、ヌルオさんはおざなりな拍手を聞かせる。

 如何にも適当に叩かれた拍手の音は、かえって不作法にすら感じられた。

 

「長々とお話ありがとう。どうして、僕にそれを聞かせたの? 僕は君らマギウスの翼の敵だよ?」

 

 彼の声音には同情や憐憫(れんびん)の欠片も含まれていない。

 それどころか、呆れの色さえ混じっている。

 

「具現の力と聞いてピンと来たよ。ウワサの化け物の製作者は君なんだろう? 僕はそれを消して回っている。その僕にお友達にも隠していた昔話を聞かせたの?」

 

「察しの通り、ウワサを具現化したのはボクだよ。君がウワサを消していることも知っている。でも、君はアリナを殺さなかった。いや、アリナだけじゃない。マギウスの翼の人員を一人足りとも手に掛けてはいない。だから……」

 

「だから悲しい身の上話を聞かせれば、同情して協力してくれる、と。そう思った?」

 

 冷ややかな言葉に部屋全体の気温が急激に下がったような錯覚を覚える。

 底冷えのする声というのはきっとこういう声音なのだろう。

 彼の中に居る俺がここまで震えるほどに恐ろしく感じるのだから、相対している柊ねむの胸中はどれほど凍てつく恐怖を味わっているのか計り知れない。

 事実、落ち着き払っていた彼女の顔は見る間に強張(こわば)っている。

 

「マッチ売りの少女の話で、少女が哀れまれるのは無害で善良だからだ。もしも彼女が民家に火を放ち、暖を取るというのなら悲劇のヒロインから退治されるべき悪役に変わる。マギウスのお嬢さん。君はもう可哀そうなマッチ売りの少女じゃない」

 

 すっと柊ねむへと一歩近付き、言い放つ。

 

「――街に火をつけて回る、悪い魔女だよ」

 

 彼女はそれを見つめ、わずかに目を(つむ)ってから目を開く。

 開かれた瞳には毅然とした戦意の光が(とも)っていた。

 

「神浜聖女! ボクらの敵を撃ち払え!」

 

 叫びと共に腕を振るう。

 すると、天井から柊ねむを庇うように、黄金の装飾を付けた純白衣装の巴マミが舞い降りてくる。

 相変わらず、陶酔(とうすい)したような笑みからは正気に色は見て取れない。

 

「大丈夫よ。マギウスの敵は私が皆、倒してみせる。それが私、ホーリーマミ!」

 

「頭の少しも大丈夫じゃなさそうなのが来たね。ここまで省エネで来て正解だったよ」

 

 着地と同時に彼女を中心にして大量のマスケット銃が生み出される。

 それと時を同じくして、対抗するようにヌルオさんも複数のステッキを作り出した。

 巴マミの背後で柊ねむが本棚の一角に触れる。

 そこから壁抜けのように彼女の身体が車椅子ごと吸い込まれるように消えた。

 このホテルフェントホープもまた彼女の力で具現化したものなのだろう。彼女なら新しく入口を作ることくらい造作もないはずだ。

 主人の消えた部屋で黄色の弾丸と黒のステッキが弾かれたように飛び交う。

 床に散らばった本が悲鳴を上げるように吹き飛び、本棚やベッドが粉砕されていく。

 形あるものがすべて崩壊されていく様は、まるで何かを暗示しているように思えてならなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。