ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 ピンク色の邂逅

「……上の方で何かあったのかな?」

 

 僅かに揺れを感じて、私は足を止める。

 上の階の方で何か大きな音が響いた気がした。

 見上げようとして、背中をぐいっと後ろから押される。

 

「何、ぼうっと突っ立ってんだ、いろはっ! 早く逃げるぞ!」

 

 フェリシアちゃんが慌てた様子で後ろを気にしながら、私の背中を押している。

 よろけそうになりながらも私は意識を戻して、再び走り出した。

 

「……何でこうなっちゃったのかな?」

 

 私の前を走るさなちゃんが複雑そうな顔でそう呟く。

 その質問に先頭を駆けて行く杏子さんがカラっとした笑みで返事をした。

 

「まあ、なりゆきってヤツだろ? 諦めなよ」

 

 彼女が肩に担ぐサンタクロースのような大きい袋からは大量に詰まっているグリーフシードが擦れて、ガシャガシャと物音を立てている。

 その袋の中に入っているもののせいで追われているんじゃないですか、と口から出そうになったけれど、ここでそれを追求しても意味がない。

 後ろから追いかけてくる黒羽根たちに、私たちはグリーフシードを盗み出した杏子さんと関係ありませんと言ったところで誰も信じてはくれないだろう。

 前に助けてもらったからって、気安く話しかけるべきじゃなかったなぁ……。

 今更ながらに後悔の溜め息が出る。

 やちよさんと別れた後、私たちは天音さんに連れられて、フェントホープ内を案内してもらっていた。

 調理室を訪れたところで、偶然杏子さんを見つけ、つい嬉しくなって声をかけたのがすべての間違いの始まりだった。

 白羽根のローブを着ていたから、てっきり私は彼女がマギウスの翼の一員になったのかと思って、何か情報を聞かせてもらえないかと話しかけた。

 ところが杏子さんは白羽根のローブを奪って忍び込んだだけの侵入者だった。

 保管してあったグリーフシードを盗んだ上に、調理室にある食材を物色中だった彼女は、それに気付いた天音さんを突き飛ばしそのまま逃走。

 親し気に話しかけた私のせいで、杏子さんと共謀した疑いをかけられて、天音さんや黒羽根の魔法少女たちに追われることになってしまった。

 

「待つでございます! この盗賊魔法少女集団! よくも私を(たばか)ってくれたでございますね! もう許さないでございます!」

 

「お人好しの月夜ちゃんを騙すなんて、ウチもぜったいぜったい許さないからね! この泥棒猫ども!」

 

 怒りの形相で追いかけてくる天音さんはいつも以上に敬語がおかしなことになっている。

 いつの間にか合流していた天音さんの妹さんは、本人よりも激しく怒っていた。

 

「人聞きが悪いこと言ってくれるね、あの白羽根たち。アタシはちょいとグリーフシードと食い物を失敬しただけなのに」

 

 杏子さんはそう言って走りながら、調理室の冷蔵庫にあったであろうハムに(かじ)りつく。

 フクロウ幸運水の時にお世話になったのであまり悪くは言いたくないが、物を盗んでおいてどうしてそこまで太々(ふてぶて)しい態度を取れるのだろう。

 本気で言っているのだとしたら、ちょっと怖い……。

 

「あの、ハムはもう食べちゃってるので仕方ないと思うんですが、グリーフシードは返した方が……」

 

「何言ってんだよ。神浜に魔女が集まってるせいで他の街じゃ、グリーフシードが足りてないんだ。それに下では魔女の養殖もやってるような連中なんだ。このくらいのグリーフシードすぐにまた手に入るだろ」

 

 それはお金がないから持っている人から奪って当然みたいな思考じゃないかなと思ったけれど、それ以上に無視できない言葉に掻き消される。

 

「魔女の養殖……? それ、どういうことですか?」

 

「どういうことも何もそのまんまだよ。マギウスの連中は地下で魔女を飼育してる。羽根の奴らは“魔女プラント”なんて呼んでた」

 

 魔女プラント。魔女の養殖。

 魔法少女の敵である魔女を自ら増やすなんてこと、私は今まで想像もしていなかった。

 でも、灯花ちゃんに魔法少女の真実を教えてもらった私なら、その理屈も分かる。

 だからこそ、別の疑問が湧き上がった。

 

「神浜にはドッペルがあるからソウルジェムが濁り切っても魔女化はしないって話でしたけど、そこまでしてグリーフシードを大量に確保しなきゃいけないんでしょうか?」

 

「ああ、それはグリーフシードそのものが必要なんじゃなくて、魔女が必要なのさ。餌としてね」

 

「餌?」

 

 続けて杏子さんの口から出た言葉は私の理解を越えていた。

 

「アタシも盗み見ただけなんだけどね、ヤツら人工の魔女を育ててるんだよ。マギウスの連中ってば、イカれてるだろ?」

 

 人工の魔女。それを魔女を餌にして育てている。

 一体何を目的としたらそんな考えに行き着くのか……。

 ただ私の知る灯花ちゃんなら、無意味なことに労力を費やす子じゃないことだけは確かだ。

 たとえ、私のことを忘れたとしても、単なる悪趣味で魔女を作り出すことは絶対にあり得ない。

 あのアリナ・グレイって魔法少女だけなら分からないけど、灯花ちゃんはいつだってどこまでも合理的な考えで動く子だ。

 間違いなく、何か深い理由があるはず。

 

「あの、その人工の魔女について詳しく……」

 

「いろはっ! のんびりお喋りしてる場合じゃねーぞ。前からも来てる!」

 

 杏子さんとの話を遮ってフェリシアちゃんが叫ぶ。

 視線を前に戻すと、前からも魔法少女たち三人組がこちらへ向かって来ているのが見えた。

 挟まれた……!

 後ろに居る二人は身に付けていないものの、先頭のツインテールの魔法少女はしっかりと黒羽根のローブを(まと)っている。

 今通っている廊下には入れそうな部屋も曲がり角もない。

 もうこうなったら戦うしかない!

 私が覚悟を決めて、ボウガンを構えようとした時。

 向かってくる彼女たちの方を見て、声を上げた。

 

「まどかたちじゃねーか。なんだ、アンタらも神浜に来てたのか?」

 

 それを受けて、ツインテールの魔法少女はビックリしたように口を開いた。

 

「杏子ちゃん!? どうしてここに?」

 

 立ち止まった彼女の顔に敵意はなく、本当に杏子さんとの出会いに驚いている様子だ。

 とりあえず、戦わなくて済みそうで、ちょっと安心した。

 でも、マギウスの翼に杏子さんのお知り合いが居たなら、ここは丸く収まるかもしれない。

 私は思い切って、ツインテールの魔法少女へお願いをする。

 

「杏子さんのお知り合いですか? 私たち、今他の羽根の魔法少女に追われてて……よかったら取り計らってもらえませんか?」

 

「えっ、そうなの……! でも、私もマギウスの翼の魔法少女じゃないし、実は私たちも追われてる真っ最中で……」

 

 申し訳なさそうな顔で彼女は私たちの方へ歩み寄った。

 その後ろでは彼女の仲間の魔法少女の二人の他に、七、八人ほどの黒羽根が駆けて来る姿が見える。

 どうしよう。状況が悪化してる……。

 

「ああ、もうまどろっこしいな。こんだけ頭数が(そろ)ってれば、返り討ちにできるだろ?」

 

 青い顔をする私を叱咤するようにグリーフシードの入った袋をその場に降ろして、赤い槍を作って構えた。

 その袋を大人しく返せば、少なくとも私たちが追われている理由のほとんどは解決する気がしたけれど、この様子だと彼女は絶対に聞き入れてくれないだろう。

 

「やるしか……ないの?」

 

 潜入のつもりが、まさか真正面から戦闘になるなんて思いもしていなかった。

 黒羽根たちに取り囲まれた私たちは、逃げることを諦めて、それぞれ自分の武器を作り出して応戦を決意する。

 

「さあ、観念するでございます!」

 

「さあ、観念するんだよ!」

 

 白羽根である天音姉妹が指揮を執り、周りに集まった黒羽根たちを(まと)めあげる。

 彼女たちの指示一つで戦闘が始まろうとしていたその瞬間、二つの人影が黒羽根の輪の中に飛び込んできた。

 

「その戦い……」

 

「待ってください!」

 

 私たちを庇うように割って入って来たのは、やちよさんとみふゆさんだった。

 やちよさんはともかく、みふゆさんまで居ることは意外だったけれど、私たち以上に羽根たちは動揺していた。

 

「ど、どういうことでございますか? みふゆさん」

 

「そ、そうだよ。大体何で七海やちよと一緒に居るの?」

 

 特に白羽根二人は困惑したようにみふゆさんの顔を見つめている。

 みふゆさんはちらりとやちよさんに視線を投げた。それを受けたやちよさんはこくりと頷く。

 お互いにアイコンタクトで会話を終えてから、みふゆさんが話し始めた。

 

「この場はワタシ、白羽根・梓みふゆが預かります。双方、矛を収めてください」

 

 その言葉で私はホッとして左腕に付いたボウガンを魔力の粒に変える。

 二人がいつ仲直りしたのかは分からないけれど、とにかく、ここでの戦闘は避けられるようだ。

 だけど、三人の魔法少女を追いかけて来た方の黒羽根が片手を挙げる。

 

「何ですか?」

 

「……すみません。私たちの指揮系統は白羽根様ではなく、灰羽根である上条様にあります。申し訳ないですが、いくら白羽根様であっても従うことはできません」

 

 みふゆさんの命令は聞けない。そう明言した黒羽根は短い二本のクラブを握りしめる。

 フードで顔こそ隠れているが、その武器は黒江さんのものだった。

 彼女以外の近くに居た黒羽根もまた武器を下ろす気はないようで、武装したまま、こちらを向いている。

 

「……確かに灰羽根は白羽根とは別系統です。ですが、権限としては白羽根と同等のはずです。それでもワタシの命令には従えませんか?」

 

 黒江さんたちは何も言わない。

 けれど、その無言こそが彼女たちの否定の意思表示だった。

 上条という名前は聞いたことがある。

 記憶ミュージアムで灯花ちゃんの護衛をしていた男の子のことだ。

 マギウスの翼への加入を断った後、すぐにヌルオさんと戦いながらどこかに行ってしまったせいで話はしていないけど、強い魔法を持っていたことだけは知っている。

 話を聞く限りは、その上条という男の子が黒江さんの上司をしているようだった。

 

「はあ……彼の命令は?」

 

「そちらの三名の魔法少女を無傷で捕縛することです」

 

「なら、ワタシが責任を持って彼女たちを拘束し、恭介君の前に連れて行きます。これでいいですね?」

 

「ですが……」

 

 それでも引き下がろうとしない黒江さんたちに、みふゆさんは再度、同じように尋ねた。

 

「――いいですね?」

 

 ただし、その声音と向けられた眼差しは研ぎ澄まされた刃のように鋭かった。

 武器を取り出した訳でもないのに、黒羽根たちは一歩後ずさりをする。

 直接見つめられていない私でも、思わず身を(すく)ませそうになるほどに恐ろしかった。

 

「……はい。それではよろしくお願いします」

 

「聞き分けてくださって嬉しいです。それでは皆さんは持ち場に戻ってください」

 

 黒江さんたちはみふゆさんへ一礼した後、その場から去って行く。

 この光景を見せられた誰もがしばらくの間、口を(つぐ)んでいた。

 みふゆさんは次に天音姉妹へと視線を向ける。

 

「お二人もそれでよろしいですね?」

 

「は、はい。もちろんでございます。ね、月咲ちゃん」

 

「も、もちろんもちろん。みふゆさんなら安心だよね。月夜ちゃん」

 

 二人で声を揃える「ねー」という口癖もせずに、激しく上下に首を動かしていた。

 やちよさんのことを追求したがっていた月咲ちゃんですら、それ以上何も言わずに黒羽根を連れて、逃げ出すようにこの場から退場する。

 残された私たちは、みふゆさんではなく、やちよさんの方に説明を求める視線を投げかけた。

 

「一時的に協力関係を結んだの。少なくとも今回に限っては、みふゆは敵ではないわ」

 

 やちよさんは床に置かれていた袋を掴み、持ち上げるとみふゆさんへと手渡した。

 少しだけ不満そうに杏子さんはその光景を眺めていたが、流石の彼女も二人相手に喧嘩をするほど、恩知らずではなかった。

 袋の中身を確認したみふゆさんは口を縛って、肩に担いだ。

 

「佐倉杏子さんには前に一度街でお会いしましたね。今回だけは不問としますので二度とこのような真似はしないようにお願いします」

 

「はいはい。悪かったね、もうしないよ」

 

「手癖の悪いアナタのことでしょうから、既にグリーフシードを抜いているでしょう。それも返してください」

 

 悪びれてない様子で謝罪した杏子さんに手を突き出して、そう言った。

 図星だったのか、僅かに名残惜しそうにスカートのポケットからグリーフシードを一つ出して、彼女の手に乗せた。

 

「もっとあるでしょう」

 

「いや、ねぇって」

 

「嘘を吐くと(ため)になりませんよ?」

 

「くっ、持ってけ泥棒!」

 

 更に二つのグリーフシードを取り出して、みふゆさんへと差し出した。

 

「どっちがですか。まったく」

 

 杏子さんの反応も罪の内容を考えるとおかしかったが、それを(しか)るみふゆさんも全体に緩い気がする。

 イタズラをした妹を叱る姉のようで微笑ましさすら感じられた。

 そういえば、ういはイタズラなんてしたことのない良い子だったなと改めて思い返す。

 そこで私はこのマギウスの翼でういのことを何一つ調べられてないことにようやく気付いた。

 みふゆさんも居るので、この際、灯花ちゃんのことも含めて、聞いてみようと思ったが、彼女の視線は私ではなく、魔法少女三人組へと向けられていた。

 

「新しく増えたみかづき荘の方たち、ではないですよね?」

 

 視線を向けずにみふゆさんが聞く。

 その質問に同じく、三人の魔法少女に向けていたやちよさんが答える。

 

「私の家は別に魔法少女保護センターじゃないわ。私も知らない子よ」

 

「あら、保護センターじゃなかったんですか? まあ、それは置いて、ワタシは梓みふゆと申します。アナタたちのお名前と、何の目的でここに来たのかを教えてください」

 

 やちよさんと漫才のようなやり取りをしつつも、やちよさんは三人の魔法少女たちに優しく話しかける。

 堂に入ったその対応は手慣れていて、魔法少女相手に何度も事情を尋ねてきたことが(うかが)えた。

 三人はお互いに顔を見合わせてから、代表してツインテールの魔法少女が答える。

 

「私は、鹿目まどかです。二人は友達の美樹さやかちゃんと、暁美ほむらちゃん。全員見滝原から来ました。私たちの目的はマミさん……大切な先輩の魔法少女を連れて帰るために来たんです」

 

「マミさん……巴マミさんのことですね」

 

「知ってるんですか!? どこに居るか教えてくれませんか? 神浜に行ってから、ずっと連絡が取れてないんです」

 

 彼女に詰め寄られたみふゆさんは、少しだけ視線を逸らして言った。

 

「彼女はもうアナタ方の知る彼女ではなくなっているかもしれません……」

 

「それっ、どういうこと意味ですか!?」

 

 問い詰めるような言い方をしたのはまどかちゃんではなく、青い髪のショートカットの女の子、さやかちゃんだった。

 

「……巴さんはウワサと呼ばれる人工の化け物と融合して、正常な状態じゃなくなっています」

 

「ウワサ……? 何なんですか、それ? どうして、マミさんがどうしてそんな目に合ってるんですか!?」

 

「それは……マギウスのご意志です。魔力の強化を目的とした実験の結果……」

 

 言葉の途中でさやかちゃんがみふゆさんに掴みかかる。

 

「アンタらがマミさんに変なことをしたってこと!? ふざけないでよ! 恭介だってそう! 久しぶりにあったらおかしくなってた! 皆、アンタらマギウスの翼の奴のせいでっ!」

 

 感情的になったさやかちゃんは、掴んだみふゆさんを廊下の壁に押し付けて叫ぶ。

 

「やめてよ、さやかちゃん!」

 

「美樹さん、落ち着いて……」

 

 悲痛な声を上げてまどかちゃんとほむらちゃんが二人を引き離そうとするが、それをやちよさんが手で押し留めた。

 みふゆさんは視線を下げて、自分の胸倉を掴むさやかちゃんを痛ましそうな表情で見つめた。

 

「そう、ですか。アナタが恭介君の言っていた大切な幼馴染だったんですね……」

 

「アンタらのせいだ! アンタらのせいで、あたしの大切な人たちは……どこかへ行っちゃう!」

 

「…………ええ。ワタシたちのせいです」

 

 さやかちゃんの怒りの嘆きを受け止めた。

 自分の所属する組織の非を認めるとは叩き付けた本人も思っていなかったのだろう。

 驚いた顔で、彼女の顔を見上げた。

 みふゆさんの手がそっとさやかちゃんの頬に触れる。

 

「アナタの幼馴染がここへ望まずに滞在して、その身を戦いの場に置いているのも。アナタの先輩が得体のしれない技術で、思想すら捻じ曲げられているのも。全部、ワタシたち、マギウスの翼の責任です」

 

 開き直る訳でもなく、ただその犯してしまった罪を告白するように彼女は言葉を(つむ)いだ。

 

「それが多くを救うためだと、それが唯一の希望だと自分に言い聞かせてきました。でも、アナタの言葉でようやく認めることができそうです。ワタシたちがやっていることが、許されざる非道なのだと」

 

 頬に添えたみふゆさんの指を流れた(しずく)が濡らした。

 それを真っ直ぐに見据えながら彼女は宣言する。

 

「ワタシは魔法少女の涙を少しでも止めるために、マギウスの翼へ入りました。けれど、そのマギウスの翼が進んで彼女たちに涙を流させるのなら、ワタシはワタシの矜持を()ってそれに抗います」

 

 




人数が増えたせいで群像劇っぽくなってしまいましたが、一応は中沢君視点が本筋です。
ただ、それだと彼の居ないところで進む状況が不明過ぎるので、外伝として別視点を入れている形になります。
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