ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 灰色の小夜曲

「……居ない? いつもならここに……」

 

「巴マミなら、少し前からねむに貸し出してるわよ」

 

 大聖堂の中でマミさんの姿を探す僕をどこから見ていたのか、何もかも見通していたかのように里見灯花が後ろから声を掛けてくる。

 冷静さを失わないように一拍置いてから僕は彼女へ振り返り、恭しく頭を垂れた。

 

「これはマギウス・灯花。どうされましたか?」

 

「ごきげんよう、恭介。わたくしの忠実なナイト。そのあなたがどうして、巴マミを探しているのか気になってたの。ねえ、教えてくれない?」

 

 微笑を浮かべて尋ねる里見灯花。

 何も知らないのか、知った上でこちらを弄んでいるのか判断が付きにくい。

 カマを掛けているだけなら、下手なことを言うだけ損だ。

 

「同じ見滝原から来た者同士、彼女と少し話がしたくて探していただけですよ」

 

「そう。じゃあ、代わりにわたくしがお話し相手になってあげる。嬉しいでしょう?」

 

 立場上断れば、余計な勘繰(かんぐ)りをされかねない。

 だが、ここでのんびり会話をしていて、本館に居るアリナさんにさやかたちが見つかってしまえば、彼女が何をされるか分からない。

 あの人は命の価値が分かっていないせいか、対話と同じくらいの気軽さで殺害という選択肢を選ぶ。

 それに比べれば、里見灯花の方がまだ話が通じるだろう。

 加えて、正直に話せば、さやかたちを恩赦で済ませてくれるくらいには僕の存在価値は高いはずだ。

 

「マギウス・灯花。実は……」

 

「ねえ、恭介。わたくしはね、この魔法少女解放のための計画には時に非情な手段を取ることも必要だって思ってるの」

 

 急に言葉を遮られ、話し出そうとしていた台詞を呑み込む。

 仕方なく、相槌(あいづち)を打って聞く側に回った。

 

「はい。それは正しいご判断かと」

 

「だからね。それが認められない子はそろそろ切り捨てようと思ってる。そのためにはわたくしたちの周りを従順な子で固めておかないといけない。この子もそのために作った一人よ」

 

 彼女がそう言って後ろを向くと、ちょうど彼女の陰に隠れるように膝を突いて控えていた少女が立ち上がって顔を上げた。

 

「その人は確か……みかづき荘の」

 

 名前は由比鶴乃。みふゆさんの友人だとも聞いていた。

 だが、僕の知る彼女とは少し容姿が異なっている。

 茶色だったサイドテールの髪は緑色に変わり、瞳も赤く染まっていて、肌は死人のように白かった。

 魔法少女の衣装の色も全体的に緑がかっていて、顔からは生気が抜け落ちている。

 文字通り、人が変わったようだった。

 

「まさか、彼女もマミさんと同じように……!」

 

「巴マミなんかと比べないでよ。“あれ”は確かに強さこそ白羽根以上だけど、不安定でエネルギー回収率もあまりよくない試作品。でも“こっち”は違う。マギウスの自信作よ」

 

 まるで工作の出来を自慢するかのように彼女たちを批評する。

 そこには自分と同じ魔法少女としての同族意識など欠片も存在していなかった。

 

「マミさんは魔法少女解放のため、自ら志願したと聞きました。ですが……彼女もそうなんですか?」

 

 我ながら無意味な問いが口を突いた。

 マミさんのことだって、本人が正常な思考ではない現状では、事実かどうかの確認もできないというのに。

 

「……恭介。あなた、言ってくれたでしょう。計画実現のためなら非情な手段も必要だって」

 

「…………」

 

「ねえ、わたくしたちは間違ってる? 夢を実現するために不要なものを排除して、必要なものを揃える。これは正しくない?」

 

 理解していたつもりだった。

 納得していたつもりだった。

 彼女たちの提示する救済の方法が、他者からの搾取で成り立っていることなど百も承知上だった。

 それでも魔法少女たちへの――同じ境遇の不幸を分かち、賛同してくれた少女たちにまでそれを強要するのか。

 

「これだけは聞かせてください」

 

「何?」

 

「あなたは本当に自分以外の魔法少女を含めた解放を行っているのですか……?」

 

「ええ。だって、そうじゃなかったら黒羽根なんて弱くてどうしようもない魔法少女たちを誘う意味なんてないもの。だって、そうでしょう? 一部のそれなりに強い魔法少女が居れば、こうやってウワサと掛け合わせて、必要な人材は作れるんだから」

 

「その言葉を、信じます……」

 

 信じさせて、ください。

 それが信じられる限り、僕は――。

 里見灯花の顔を真正面から見つめて宣言する。

 

「マギウスの羽根として、あなたを支持します」

 

「嬉しい! やっぱり恭介はそう言ってくれると思ったわ」

 

 無邪気な笑みを(たた)えて、彼女は僕の胸に飛び込んで抱き着いた。

 小さな身体は見た目にそぐわず、とてもとても華奢(きゃしゃ)だった。

 この大きな組織の頂点に立っているとは到底思えないほどに、幼く(はかな)げだった。

 

「聞いて、恭介。梓みふゆはそろそろ、マギウスを裏切るわ」

 

 僕の胸板に顔を埋めながら、里見灯花は言った。

 

「だから、彼女を排除して。あなたの魔法を使って、彼女を……殺して」

 

 みふゆさんとの思い出が脳裏を()ぎる。

 訳も分からずこの場所に連れて来られた僕は、何もかもが受け入れられなくて、酷く怯えていた。

 家に帰してくれと泣き喚く僕を優しく慰めてくれたのは、他でもないみふゆさんだった。

 軟禁状態に我慢ができず、出された食事を癇癪(かんしゃく)のままに彼女へ叩き付けた。

 避けようと思えば、簡単に(かわ)すことだってできたはずの料理をみふゆさんはあえて、その身で受け止めた。

 

『ごめんなさい。アナタが今、苦しんでいるのはワタシたちのせいです。本当にごめんなさい』

 

 自分ですら理解不能な罵倒の叫びを彼女は最後まで聞いてくれた。

 僕がまともに生活を送れるようになるまで辛抱強く、見守ってくれた。

 ここでの生活に耐えられたのは彼女の支えがあったからだ。

 短い間と言えばそれまでだが、助けてもらったエピソードなら両手の指ではとても足りない。

 だが、それ以上に僕は救わなければならない親友が居る。

 守らなければならない部下たちが居る。

 

「……分かりました。僕がみふゆさんを、殺します」

 

 そのために、みふゆさん……僕はあなたを切り捨てます。

 

「その代わりに見滝原から来た美樹さやかを含む三名の魔法少女の安全を約束してください」

 

「ええ。いいわ。そのくらいならお安い御用よ」

 

 

 ***

 

 

 里見灯花と別れた僕は大聖堂を出てから、柊ねむが僕のために作り出した中庭へと移動する。

 花壇で白々しく咲き誇る季節外れの花々は、すべて具現の魔法で作られたものだ。

 シクラメンにマリーゴールド、本来なら同時期に咲くなどあり得ない組み合わせが並んでいる。

 みふゆさんはこれを見て、「まるでワタシたち、マギウスの翼のようですね」と笑っていた。

 その時にはあまり納得はできなかったが、今なら分かる気がした。

 彼女たち、魔法少女の平均寿命は短い。

 大抵は魔女に負けるか、魔女になるかで一年も持たずにこの世を去る。

 だからこそ、同じ場所で生きることが季節ごとの花よりも難しいのだ。

 そして、その季節の壁を乗り越え、共に咲き誇る花のように、魔法少女の運命から解放されて同じ時を生きていきたい。

 そういう想いの込められた言葉だったのだと思う。

 

「……でも、あなたが共に咲くことを選んだのは、その人たちなんですね。みふゆさん」

 

 花壇の花から目を離して、僕は中庭に足を踏み入れたみふゆさんを含む魔法少女たちへと視線を向けた。

 ちょうど噴水を挟んだ直線上に彼女たちが立っている。

 七海やちよを筆頭としたみかづき荘の魔法少女たち。それに加えて、さやかたち見滝原から来た魔法少女三名。おまけに一度勧誘に応じて、離反した魔法少女まで居る。

 

「恭介君。ワタシは間違っていました。アナタが咲くべき場所はこの狭い花壇の中ではなく、見滝原の大地です」

 

 僕の言葉の意図を察して、みふゆさんはそう返した。

 見滝原の大地だって……?

 思わず、笑ってしまいそうなる。

 知らないのか。みふゆさんはそんなことさえ、マギウスから聞かされていないのか。

 マギウスが計画を成功させなければ、見滝原にワルプルギスの夜が襲来することさえも。

 こうなることはマギウスの中では既定路線だったとしか考えられない。

 みふゆさんが黒羽根たちの間ではマギウス以上に信頼を集めていたことは知っていた。

 彼女が一般人をウワサの中へ連れ込むことに心を痛めていたことも知っていた。

 里見灯花が明確に彼女を排除すると決断するよりも前から目は付けられていたのだ。

 ……恐らくはさやかたちの侵入さえもそのために見逃された。

 梓みふゆを処断する大義名分作りのために。

 例え、どれだけ彼女が慕われていようが明確な叛逆行為による処罰であれば、異を唱える者は出ないだろう。

 いや、むしろ出た方が都合がいいとも言える。

 マギウスの翼内に居る穏健派を完全に(あぶ)り出せるのだから。

 計画完遂のための邪魔者をこの機会に纏めて一掃し、組織を盤石な状態にして次のフェーズへと移行する。

 どこまでも冷徹で合理的な策略。

 

「みふゆさん。あなたは咲くことなく間引かれる哀れな花の苗だ。せめて、摘み取る役目は僕が請け負おう」

 

 左手で触れた顔の右半分が、手首に埋まった“インピュリティ・クオーツ”から漏れ出た魔力で覆われた。

 融けた鉄が冷えて固まるように仮面となって、右半面に張り付く。手元に青白いバイオリンと弓を作り出して、演奏の準備に取り掛かった。

 さやかが前に出て、僕に呼びかける。

 

「恭介! アンタ、まだ分からないの!? アンタはマギウスって奴らに騙されてるんだよ!」

 

 それに返答する言葉は不要だった。

 代わりに掻き鳴らすバイオリンの音色を合図として、花壇や噴水の陰に潜んでいた黒羽根たちが飛び出す。

 

「いつの間に……!」

 

 いざという時の待機場所として、僕はこの中庭を指定していた。

 そして、彼女たちは僕が演奏を始めるまでじっと身を潜めて、機会を(うかが)っていたのだ。

 黒羽根たちに持たせていた鎖がさやかたちとみかづき荘の弱い魔法少女たちを拘束する。

 鎖で標的を捕縛した黒羽根たちはすぐさま、彼女たちを連れて中庭の隅まで退避した。

 あえて、攻撃を控えさせたのはみふゆさん、七海やちよ。そして、赤い服の魔法少女。

 この三人だけは黒羽根では相手にならない。下手に攻撃させるだけ危険だ。

 

「『ギフト・ゾナーテ』……!」

 

 即座に、腐敗の音符を作り上げて分断させた彼女たちへと襲わせる。

 浮遊する灰色の腐敗毒は流れるように降り注がれた。

 僕の魔法を初めて見る赤い服の魔法少女は、生まれた音符を観察する。

 

「何だ、これ? 音符?」

 

「絶対に触れてはいけませんよ。僅かでも触れれば、その場所は即座に()けて腐り落ちます」

 

「はあ!? じゃあ、どうすんだよ! めちゃくちゃ来てるぞ」

 

 みふゆさんから効果を聞いた彼女はその危険性を理解し、声を荒げて聞き返した。

 先に答えたのは槍を振って性質を調べていた七海やちよだった。

 

「当たらないようにするしかない、でしょ? もし触れてしまったら、その部分は諦めて切り落とすくらいしかなさそうね」

 

 先から融けて腐り落ちる槍を床へと投げ捨て、みふゆさんへ視線を向ける。 

 

「やっちゃんの言う通りです。急所だけは絶対に避けてください。たとえ、ソウルジェムが無事でも助かりません」

 

「簡単に言ってくれるね……。あとで迷惑料としてグリーフシードをいくつかもらうからな?」

 

 床に落ちて灰色の液状になった七海やちよの槍を見つめながら、赤い服の魔法少女が槍を構えて脇へ跳ぶ。

 密度を増した腐敗の音符は、それぞれ三人を追跡するように接近していく。

 一旦、七海やちよは後ろへ下がり、代わりにチャクラムを手にしたみふゆさんが前に出て、その場で分身した。

 幻覚の魔法による自身の幻影だ。

 二十人ほどの幻影を生み出し、腐敗の音符を引き付ける。

 

「アンタもアタシと同じ魔法だったっけ。なら、アタシも乗ってやるよ」

 

 赤い服の魔法少女もまた十三人に幻影を作り上げて、音符の追跡を撹乱(かくらん)を試みた。

 それぞれチャクラムと三節に分かれる槍を使って、空中を占有する音符を減らそうと足掻く。

 だが、その程度では腐敗の演奏は防げない。

 音符の配置とその動きは自在に変えることが可能だ。

 

「……!」

 

「おい、マジかよ。クソッ!」

 

 渦を描くように彼女たちを中心として、外向きで高速に回転させる。

 小さな竜巻のように回り出す灰色の音符は、花壇や噴水すら巻き込み、灰色へと変えていく。

 竜巻に幻影は呑まれ、見る間に数を減らした。

 さながらミキサーで果物でも掻き混ぜているようだった。

 その奥で幻影に守られていた七海やちよが初めて動いた。

 

「もう充分よ。二人とも下がって!」

 

 彼女の一声で幻影を消したみふゆさんと赤い服の魔法少女が後ろへと大きく下がった。

 何をする気かと注意を向けた時、僕の足元の地面を抉って、斧のような刃が付いた青い槍が六本囲むように突き出された。

 地面に魔力を流して、地中で槍を生成したのだ……!

 わざと前衛に出た二人を下がらせたのは、声と動作で視線を自分自身に向けさせるため。

 音符の竜巻は消え、舞い上がっていた融解物が地面へ(こぼ)れ落ちる。

 即席でのチームワークとは思えないほどの統率。

 加えて、魔法だけではなく、相手の視線誘導や裏を掻く手際。

 どれをとっても一流としか言えない。

 魔女と戦闘による経験に裏打ちされた実力だ。

 だけど……それでもやはり僕の敵じゃない。

 七海やちよが呆然とした様子で呟く。

 

「……! 槍が……融けている!?」

 

 先端の刃が僕の身体を貫く寸前に、竜巻にしていた腐敗の音符を呼び戻して、鎧のように全身を覆っていた。

 取り囲むように地面から生えた槍は穂先から融解して、灰色の液体に変わる。

 

「七海やちよ。そして、みふゆさんとそこの赤い服の魔法少女もとても()()()()()。このまま野放しにしていたら、間違いなく計画遂行の障害になっていただろうね」

 

 弓に腐敗の音符が纏わり、巨大な灰色の剣を形作っていく。

 再び、前衛の二人が幻影を生み出して、撹乱(かくらん)しようとするが、もはや無意味だった。

 

「クソッ、何だよ。ありゃ……馬鹿みてぇな量の魔力が凝縮されてやがる……!」

 

「杏子さん! 早く幻影を! 時間はワタシたちで稼ぎます。やっちゃんは次の作戦を考えて!」

 

 範囲ごと全員斬り払ってしまえば、幻影も何も関係ない。

 みふゆさん。せめて、僕が心から尊敬するあなたには苦痛を味わう間もなく、一瞬で融け落ちてほしい。

 ――これはあなたへ向けた僕なりの最期の小夜曲(さよきょく)です。

 

「……『レッツト・ゼレナーデ』!」

 

 あらゆるものを融かし尽くす腐敗の大剣を、横薙(よこな)ぎに振り抜く。

 空気すらも融かして進む灰色の刃は羽根のように軽かった。

 残っていた僅かな後悔までも融けて腐り落ちてしまったかのように。

 とても、とても軽かった。

 

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