ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 紫色の期待

 どうして、こんなことになったの……?

 神浜市は魔法少女を救う場所じゃなかったの……?

 いつものループと違ってイレギュラーばかり起きるのに、事態が良くなる要素は一つだってない。

 鹿目さんはもう魔法少女になっていて、巴さんは神浜市に出向いてから帰って来ない。

 美樹さんの幼馴染は何故か危険な魔法を使えるようになっていて、魔法少女の組織の幹部として、私たちを捕まえようとしてくる。

 今だって、味方をしてくれた魔法少女のお姉さんたちが、上条さんに殺されそうになっているのに、私は鎖で身体を縛られて見ていることしかできない。

 そう……。いつだって、私は見ていることしかできない。

 鹿目さんや巴さんが別の時間軸で命を落とした時も何もできなかった。

 それが嫌で魔法少女になったはずなのに……。

 私はどこまで行っても無力なままだ。せめて、この鎖から抜け出すことができたなら、少しは役に立てるかもしれないのに。

 身を(よじ)ってもきつく巻かれた鎖はチャリチャリと音を立てるだけで(ゆる)んでくれない。

 

「動かないで。上条様の指示があるまでは、あなたたちには大人しくしていてもらう。くれぐれも妙な真似はしないで」

 

 黒いフードの付いたローブ姿の魔法少女が私を見下ろして脅してくる。

 黒羽根という組織の構成員だとみふゆさんは言っていた。

 

「み、みふゆさんはあなたたちの仲間だったんじゃないんですか!? どうして上条さんは仲間の命を奪おうとしてるんですか!? おかしいですよ、こんなこと……」

 

「……黙って。軽々しく上条様の名前を呼ばないでよ。手荒な真似はする気はないけど、それ以上のあの方のことを悪く言うつもりなら許さない」

 

 私のお腹を締め付ける鎖が、更にきつく締めあげられる。

 痛みと苦しさに思わず、小さな(うめ)き声が漏れた。

 上条さんは彼女たちから慕われている。それどころか、心酔されている様子だった。

 これでは何を言ったとしても、反感を買うだけだ。

 黒羽根の少女を説得するのはとてもできそうにない。

 どうしようかと悩んでいると、彼女の身体が突然ぐらりと揺れた。

 何が起きたのかと見上げた私の目には、空中から生えた腕が黒羽根の魔法少女を支える異様な光景が映った。

 恐怖で思わず悲鳴をあげそうになったが、その空中から音もなく、シルクハットを被った少年の頭が出て、口元に人差し指を当てるジェスチャーをする。

 よく見れば、空中には縦になった黒い布があり、そこからはみ出すように腕と頭が出ていた。

 四角い穴から抜け出るように、彼は布の表面から()い出てくる。

 その顔には見覚えがあった。

 

「……中沢、さん?」

 

 この場所に来る時に出会ったあまり特徴のない男の子だ。

 

「今はヌルオだよ。何やらうるさかったから別の野暮用を早めに切り上げて来たんだ。状況を教えてくれる?」

 

 その名前とどこか品のある口調は、中沢さんの肩に乗っていた黒ウサギのヌルオさんのものだった。

 意識を失った様子の彼女を静かに地面へ寝かせると、彼は一切音を立てずに巻き付いた鎖を外してみせる。

 

「大丈夫。死んでないよ。少し気絶してもらっただけ」

 

 倒れた黒羽根の魔法少女を見ていたため、私が彼女の安否を気にしたと思ったらしく、そう答えてくれた。

 実際はただヌルオさんの手際の良さに見惚れていただけだが、あえて口にはしなかった。

 けれど、その言葉で我に返り、慌てて彼へ状況を伝える。

 

「佐倉さんたちが今、上条さんと戦ってます。マギウスの翼の梓さんとみかづき荘の七海さんって魔法少女も一緒に戦ってて、他の皆は私みたいに端の方で捕まって、それで……!」

 

 自分でも話していて、何が一番伝えるべき事柄なのか分からなくなってくる。

 ただ、早く伝えないといけないと焦りばかりが先に出て、うまく説明できない。

 そんな私の手を屈んだヌルオさんはそっと握りながら、優しい声で言う。

 

「落ち着いて。ゆっくりでいいよ。今、上条君が君たちの仲間の魔法少女たちと戦ってるんだね。そして、他の仲間は君と同じように捕らえられていると。梓さんが上条君と敵対する理由はなかったはずだから、彼女がマギウスの翼から離反したって認識でいい?」

 

「は、はい……それで合ってます」

 

 私の辿々(たどたど)しい説明を簡潔にして聞き返した彼に、何度も(うなず)いて答えた。

 白い手袋の感触が混乱していた私の心を穏やかにさせる。

 男性に手を握られるのは初めての経験なのに、安らぎを感じている自分に驚く。

 

「戦況の方は……と。これはまずいね」

 

 ヌルオさんの呟きに吸い寄せられ、私も中庭の中央へ視線を向けた。

 佐倉さんたちを襲っていた灰色の竜巻のようなものが消え、地面から生えた青い柄の槍が数本、上条さんの身体に突き刺すように伸びていた。

 あの槍は七海さんが持っていた槍と同じもの。

 つまり、佐倉さんたちの勝ち……。

 まずいどころか、決着は付いていた。

 そのため、上条さんの身体に受けた怪我に対しての発言だと思った。

 だけど、それはすぐに勘違いだと理解する。

 上条さんの身体を囲むように伸びた槍は、彼に触れた先から融けて、液状に変わっていく。

 槍はすべて刺さる前に融かされていた。

 決まったはずの攻撃を魔法によって防がれた七海さんは目を見開き、呆然とする。

 

「七海やちよ。そして、みふゆさんとそこの赤い服の魔法少女もとても強かったよ。このまま野放しにしていたら、間違いなく計画遂行の障害になっていただろうね」

 

 既に戦いは終わったかのように語る上条さんの手には、膨大な魔力が絡み付いたバイオリンの弓が巨大な剣のように形成されていく。

 信じられないほどの穢れた魔力が収束し、灰色の大剣へと姿を変えた。

 何、あれ……。魔女の魔力だってあそこまで穢れていない。

 こんな、救いようのない魔力が人間から発生するなんて、あり得ない。

 戦慄する私の手から、自分の手を離して屈んでいたヌルオさんは立ちあがろうする。

 

「ま、待ってください」

 

「君は大人しく隠れてていいから。隙を見て、こっそり逃げ出してくれれば後は僕が」

 

「私にも協力させてください!」

 

 ヌルオさんの言葉を遮って、私がそう言ったのと同時に上条さんが口を開いた。

 

「……『レッツト・ゼレナーデ』!」

 

 私は咄嗟(とっさ)に左腕に付いた盾を回す。

 時間を止めることのできる、私の魔法を発動させた。

 ちょうど上条さんは大剣を横へ振り抜こうとしているところで停止していた。

 危なかった。時間を止めなければ、今まさに穢れの大剣を振る中へヌルオさんが飛び込んで行くところだ。

 ほっとして、私は時間が停止していることを確認して、ヌルオさんの方へ向き直る。

 

「ねえ。急に周りの色彩がモノクロになったんだけど、君、何かした?」

 

 当たり前のように彼は喋りかけてきた。

 私はまだ彼の身体のどこにも触れていないのに、平然と停止した時の中で動いている。

 

「えっ? な、何で動けるんですか?」

 

「いや、知らないけど他のものは皆、止まってるみたいだね。元から色合いがモノクロだからかな?」

 

 そんな馬鹿な……。

 その理屈だと、動物園のパンダやシマウマは止まった時の中でも動けることになってしまう。

 実際にやってみた訳ではないが、絶対に違うと思う。

 

「普通は私に触れてないと動けないんですが……」

 

「これって君が任意で解除するまで続くの? もし制限があるなら早めに動かないとまずくない?」

 

 ヌルオさんに言われ、のんびり話し込んでいる場合ではなかったことを思い出す。

 早くしなければ、私の時間停止の魔法は解けてしまう。

 

「はい、早くしないとまずいです。ここから走って、私が佐倉さんたちに触れないと動かすこともできません」

 

 ここは中庭の庭園の端だ。

 中央まで行くにはそれなりの時間がかかる。

 それまでに行って戻って来ないと、彼女たちは融ける魔力の大剣に切り裂かれてしまう。

 

「触ればいいんだね。じゃあ、話は簡単だ」

 

 彼は手に黒いステッキを生み出すと、それを大きく振り被り、佐倉さんたちの方へ放り投げた。

 回転して飛んで行くステッキは、彼女たちのすぐ前で停止し、(めく)れるように一枚の大きな布へ広がる。

 続けざまにもう一枚の大きな布を手元に作り上げ、空間に立て掛けるように固定した。

 

「本物の鎖でよかった。これなら僕の魔力を伝導させても問題ない」

 

 唖然とする私を気にせず、私を縛っていた鎖を拾い上げ、上半身を布の表面に潜り込ませる。

 布からは彼の腰までしか出ておらず、何をしているのか見当も付かなかった。

 十秒もせずに布から身体を抜いたヌルオさんは、布からはみ出した鎖の端を握り締めて、強引に引っ張り上げる。

 その瞬間、揺れる鎖と共に何か大きなものが布から引きずり出された。

 

「うっぐッ……何だよ、これっ?」

 

「げほっ、鎖、ですか?」

 

「ッ……一体何が、起きたの?」

 

 引きずり出されたのは、佐倉さん、梓さん、七海さんの三人だった。

 何が起きたのかまったく理解できていない様子だったが、彼女たちを見たことで私はようやくヌルオさんが何をしたのか把握できた。

 庭園の中央で空中に固定されていた大きな布がひらりと揺れて、地面に舞い落ち、消える。

 彼は空間を繋げて、鎖を使って(まと)めて佐倉たちを救出したのだ。

 私の中でかちりとピースが(はま)った時、停止されていた時間が解除されて、世界に色が戻る。

 上条さんの大剣は凄まじい速さで、佐倉さんたちが立っていた空間を抉り取るように振るわれた。

 通過した刃が舞い上がった砂埃さえ、液状になって地面を濡らす。

 直撃しなくてもその余波だけで、形も残さず、融けて無くなってしまうだろう。

 威力が高すぎたせいで、上条さんにはまだ標的が消えたことに気付いていない。

 仮面から露出した横顔からは、酷く悲しげな眼差しだけが残されていた。

 穢れた魔力の大剣は、纏っていた魔力を放出し切った様子で元のバイオリンの弓に戻っている。

 いち早く状況を把握したらしい七海さんは声を潜めて、ヌルオさんに尋ねた。

 

「また、貴方の世話になったという訳ね……」

 

「今回の立役者は僕じゃない。彼女さ」

 

 私へ親指を向けて、そう言ってくれる。

 だが、七海さんの言うようにほとんどはヌルオさんの力だ。

 時間停止の魔法なんてなくても、彼なら自力で助けられただろう。

 

「いえ、私はちょっと魔法を使っただけです。後は全部ヌルオさんが一人でやってくれました」

 

「それは違うよ。君が居たからこの方法で上手くいった。そうじゃなければ、今頃、この三人は魔法少女からとろろに変身してたところだよ」

 

「とろろって貴方ね……。まあ、暁美ほむらさんだったわね。ありがとう。おかげで命拾いしたわ」

 

 ヌルオさんの冗談めかしたコメントに眉を(ひそ)めつつも、七海さんは私にお礼を言ってくれる。

 続けて、梓さんや佐倉さんもまだ何が起きたのか曖昧な様子ながら、感謝の言葉を贈られた。

 何か少し独り言を吐いていたヌルオさんは、私たちに向き直って言う。

 

「落ち着いたら七海たちは、他の捕縛されてる子を助けてあげて。暁美さんは、そこで気絶してる黒羽根の様子を見ながら隠れてていいよ」

 

「ヌルオさんはどうするんですか?」

 

「ヌルオさんは、ちょっと喧嘩を売ってきます」

 

「えっ、今なんて……」

 

 聞き間違いかと思い、聞き返そうとするけれど、彼は用は済んだというように背を向けた。

 それから中庭の中央まで、緩やかに歩いて行く。その手には先程使った鎖が握られていた。

 上条さんはそんな彼の存在に気付くと、さっきまでの感傷的な表情を消して、目を吊り上げる。

 

「……顔無し手品師! お前までこの場所に入り込んでいたのか!」

 

「やあやあ。今日も元気に吠えるね、マギウスの子犬君。鎖で繋いで散歩してあげようか?」

 

 ある程度まで近付くと、彼は楽しげな声で驚くほど失礼な挑発をしてみせた。

 振り子のように揺らして、鎖の先端を見せつけた。

 

「その鎖……。お前、まさか」

 

「おやぁ? どうしたの? そんな顔して。もしかして、(うらや)ましい? これはね、黒いローブの子が持ってた鎖だよ」

 

「黒羽根に……僕の部下に何をしたっ!?」

 

「何をしたかだって? 君がついさっきお仲間にやったことと同じだよ」

 

 怒りを露わにする上条さんに対して、酷薄(こくはく)な笑みで語る。

 

()()()()あげた。眠りに落ちるように一瞬でね」

 

 私は大きな花壇の陰に寝かせた黒羽根の少女を見る。

 一応、嘘は言っていない。

 一瞬で眠るように意識を落とした彼女は今も気絶している。

 完全に脱力して、仰向けになっている彼女の体勢は、楽と言えば楽かもしれない。

 バイオリンと弓を握る上条さんの腕は彼の言葉を聞いて、わなわなと震えた。

 

「殺す……お前だけは!」

 

「落ち着いてよ。何をそこまで怒ってるのさ。魔法少女の辛い運命を直視せずに済むんだ。感謝こそされても恨まれる筋合いはない。そうだろう? だって、君だって同じことをしたんだから」

 

「お前と一緒に、するなっ……!」

 

 大きく振るわれた青白いバイオリンがヌルオさんの頭部を狙う。

 だけど、激情に任せたその一撃は黒いステッキに防がれた。

 

「……僕がどれほどみふゆさんを大切に想っていたかも知らないで、勝手なことを言うな!」

 

「そこまで大切に想ってた相手を自分で手にかけたんだ。ひょっとして君って倒錯者? 愛する人を殺して、悲しむ自分に()いたいの?」

 

 なおも執拗(しつよう)にヌルオさんは挑発を続ける。

 私には分からない。どうして、彼がそこまで上条さんの心を逆撫でするのか理解できない。

 単純に相手が嫌いというなら、それこそ気絶した黒羽根でも人質に取った方が安全で楽に済むはずなのに。

 

「彼女にはもうマギウスの翼に居場所はなかった! 元々、マギウスから睨まれていた彼女は切り捨てられたんだ! 僕が殺さなくてもいずれ、マギウスに処刑されていた……だから、せめて僕の手で……僕の、手で……」

 

 怒りと苦しみの入り混じった声は次第に震えて、途切れ途切れに(つむ)がれる。

 

「そこまで悔やむくらいなら、彼女を手を取って一緒に逃げ出せばよかったのに」

 

「できるはずないだろ! マギウスの翼は魔法少女解放の唯一の手段だ! さやかはどうなる? 残された黒羽根は? いずれ魔女になって死ぬかもしれない彼女たちを放置して、見滝原に帰ればよかったのか!?」

 

 内面を吐露する上条さんからは、今まであった得体の知れない恐ろしさは感じられない。

 そこには私たちと同じように運命に思い悩む年相応の少年の姿があるだけだった。

 

「教えてあげるよ! このままだと見滝原にはもうすぐ最悪の魔女、ワルプルギスの夜が来る! 街はすべて破壊される! 大勢の人間だって死ぬ! 僕の両親も! それを未然に防げるのはマギウスの計画だけなんだ!」

 

 ……ワルプルギスの夜!

 マギウスの翼がそこまで情報を掴んでいたなんて想像してなかった。

 もしかして、見滝原で謎の少女から聞いた『神浜市に来て。この街で魔法少女は救われるから』という言葉は、マギウスのことだったの……?

 

「これでもマギウスの翼から逃げればよかったって言うのか!? 答えろ!」

 

 私には言えない。

 上条さんがどれだけ苦しんで、どれだけ悩んでマギウスの翼に居るのか理解できてしまった。

 彼は私と同じだ。私が繰り返す時間の輪の中に(とら)われているように、彼はマギウスの翼に囚われている。

 それが間違いだと認めてしまったら、本当に“終わって”しまうから。

 

「言えるよ。思い詰めるくらいなら、逃げればよかったんだ」

 

 でも、ヌルオさんは言い切った。

 上条さんの苦悩も絶望も真正面から否定する。

 

「な……」

 

「別にそれは君一人が背負うことじゃない。それとも自分のことを神様か何かと勘違いしてる? なら、言ってあげるよ。勝手に一人で苦労を背負い込んで、勝手に悩んで、勝手に絶望してるただの人間だ」

 

 愕然として止まる上条さんにヌルオさんは何でもないことのように、淡々と告げる。

 

「魔法が使える程度で何もかも救えると勘違いした少年(ガキ)。それが君だよ。上条恭介君」

 

 その台詞は言われた上条さんだけではなく、聞いていた私にも深く突き刺さった。

 同時に何故だか、心にこびりついていた重みが、少しだけ軽くなった気がした。

 何もかも一人で背負う必要はない。私は神様じゃない。

 そう考えるだけで狭くて暗かった世界が少しだけ、広くて明るく感じられた。

 

「もしもその魔法が自分のすべてだと思い込んでいるのなら、僕が君の魔法(すべて)を否定してあげる」

 

 手品師は魔法を否定する。

 私はそれを聞いて、思った。

 彼だ……。

 神浜市に来たのは、きっと彼に会うためだ。

 私の中に潜む絶望を否定してもらうために、私はここまでやって来たのだ。

 私の救いはここにあった。

 不敵に笑う否定の手品師を見て、心からそう感じた。

 

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