ヌルオさんの行動は俺には計りきれない。
今日一日で一体何度そう思わされただろうか。
優勢に立ち回っていた金ピカ王冠の巴マミとの射撃合戦をいきなり中断したかと思えば、中庭に魔法で空間転移して、今度は上条を挑発して戦いを始める。
頭の回転が激し過ぎて、行動の一つ一つまで完全に理解する暇がない。
でも、ただ一つだけ俺にも分かることがある。
今の上条は無理をしている。
こいつは誰よりも優しくて、自分より弱い奴を当然のように守ってくれる。
恵まれた環境で育ってきたせいか、他人に無償で奉仕することを苦に思っていないのだ。
無意識での『
願われたのなら基本的に断らない。
前に見滝原中学校で女子たちが、どうすれば上条と付き合えるかを話しているところを耳にしたが、俺からすればそれほど難しい方法を考えるまでもないと知っていた。
正面から告白して、「あなたが必要だ」というだけでいい。
それだけで上条は告白してきた女子と付き合うだろう。
願われれば与えずにはいられない。与えることが正しいと信じている。
上条は優しい。その優しさは決して見返りを求めない。
だからこそ、与えた相手の心を徐々に腐らせていく。
俺が中途半端で居たことを許されていたように、頑張って成長しようという考えも湧かないようになってしまう。
上条が手に入れた魔法が『腐敗』だと聞いた時、妙な納得感があった。
一方的に奉仕しておきながら、相手に何も期待してない上条だからこそ、その魔法になったのだろう。
その強すぎる魔法の存在が今度はこいつ自身の心を
魔法少女を解放する前に、俺はその役目に
俺は今の上条を否定しよう。
ヌルオさんと共に……。
「僕の魔法を否定する、だって……? それで僕の何が変わる!? 最悪の状況が好転するとでも言うのか!?」
声を荒げて叫ぶ上条は弓を振るって、バイオリンをステッキで受け止めているヌルオさんへ斬りかかる。
彼はもう片方の手のひらにステッキを生み出して、それを難なく弾き返すと、事もなげに答えた。
「少なくとも君から魔法少女の件に関わるための力は奪える。魔法を失えば、君はもう非日常に居場所はなくなるよ。泣く泣く君は、日常へ戻らざるを得なくなる」
「ふざけるな! それじゃ、さやかはどうなる!? 彼女は僕の左手を治すために日常を捨てたんだ! それなのに僕だけおめおめと日常へ帰れる訳がない!」
上条の前蹴りを腹部に受け、大きく引き離されたヌルオさんへ猛毒の演奏が浴びせられる。
湧き出した無数の毒音符が灰色の
だが、二本のステッキを繋げて、布状に展開した彼は自分の身体に巻き付けるように振るって、腐毒の顎を消しながら前進。
「本人に聞いてみた? 君に救ってほしいなんで彼女、口にしたの? まさかとは思うけど、勝手にやっておいて行動の責任を押し付けてる訳じゃあないだろうね?」
再び、上条へ接敵し、広げれた大布を長杖に変えて、突きを繰り出した。
槍の如く突き出された長杖が上条の仮面を砕こうと伸びる。
しかし、寸でで首を曲げて
「言われなくてもやるに決まってるだろ!? それが親友だ! それが僕とさやかだ! 外野が口を出すんじゃない!」
バイオリンに勢いよく殴打され、長杖は二つにへし折れる。
だが。
「それは傲慢というものだよ、上条君」
「……ッ!」
折れ曲がった長杖は柔らかな紐状へと変化し、バイオリンに絡み付いた。
反射的に、腕へ絡んだ紐を切り落とそうと左手の弓で切り払う。
それが
上条は素直にバイオリンを手放せば、良かったのだ。
魔力でいくらでも作り直せる武器に
だけど、俺には分かる。
上条には、手放すという選択肢が頭になかったのだ。
片手の中にあるものを守ろうとして、もう片方の手を
まるで今の彼を象徴しているような姿。
そこへ、ヌルオさんのステッキが飛来する。
上条の両腕が絡み付いた紐に向かった隙に、彼は新たなステッキを足元に作り、蹴り上げていた。
もしもバイオリンを手放していたのなら、あるいはもう片方の弓を残していれば、余裕を持って防ぐことのできた一撃。
しかし、何も見捨てられずにいた上条は、その一撃を避けられない。
顔半面を覆う白い仮面を黒いステッキが容赦なく打ち砕く。
「がっあぁッ……」
顔に受けた衝撃によって、上条は真後ろに倒れ込んだ。
ようやくそこで握られていたバイオリンと弓は手から離れて、魔力の光に還っていく。
「終わったね」
そう呟くヌルオさんに、反論するように上条は即座に飛び起きた。
右半面を手で覆いながら、歯を食いしばって
「僕は、まだ戦える……! 魔力だって充分に……」
「恭介」
ヌルオさんの左から、つまり上条から見て右から聞こえた声が、上条の声に被さるように響いた。
押さえていた顔から手を離して、上条はそこにいた魔法少女を見つめた。
「さやか……」
そこに立って居たのは、美樹さんだった。
その更に後ろには拘束から解かれた魔法少女と代わりに鎖で縛られた黒羽根の姿があった。
言葉はなかったが、殺したはずの梓さんたちの顔を見て、目を大きく見開かせる。
彼女は上条の傍に近付いて言った。
「もういいよ。恭介。あたしなら大丈夫だから」
「何を言ってるんだい!? 何も解決してないじゃないか? 魔法少女の解放はマギウスの翼でしか……」
美樹さんは泣きそうに顔を歪めて、首を横に振った。
「違うよ! ……違うよ。あたしが言いたいのはそういうことじゃない。あたしは恭介にそんなこと、して欲しくない……」
「さやか……でも僕は」
「聞いて、恭介。あたしね、自分でいうのもあれだけど、結構強いんだよ? そう簡単に魔女になったりしない。運命に絶望して諦めたりなんかしない。だからさ、恭介一人が頑張らなくたっていいよ」
彼女は語る。
魔法少女になって大変だったこと、辛かったこと、見っともなく友達にあたったこと、気に入らない相手と喧嘩をして負けたこと。
不安もあること、恐怖もあること。それでも魔法少女になってよかったと思えること。
「あたしさ。色々、ここで知ったけど、それでもやっぱり恭介の手を治したことは良かったって思えるんだ。これだけは間違いじゃないって。もし魔法少女になる前に戻れたって、また同じ願い事をするよ」
笑みさえ
「……な、んで?」
「え?」
「何で、そんなことが笑って言えるんだい!? 僕のせいだろう? そうなったのは僕のせいじゃないか!? あの時、病室で君に軽々しくあんなことを言わなければ、君はこんな目に合っていなかったのに!」
美樹さんの両肩を掴んで、上条は
その姿は自分よりも遥かに小さい美樹さんに
上条はずっと罪の重さに苦しんでいたのだろう。
一番聞きたかった言葉は彼女から非難だったのかもしれない。
だが、美樹さんの口から出される言葉は優しく労わるようなものだった。
「だって、あたしのためにここまでやっちゃうんだもん。幼馴染
「さやかは……」
「ん?」
「さやかは、本当に馬鹿だよ……」
瞳に涙を
いじけるような仕草に美樹さんが微笑んで抱き締める。
「どーせ、あたしは馬鹿だよ。でも、恭介だって相当馬鹿だと思うよ」
「そうだね……。否定はしないよ」
上条もまたそれに応じた。
「じゃあ、こんな組織辞めて、あたしたちと一緒に帰ろうよ。まだマミさん見つけられてないけど、皆で力を合わせれば、そのなんちゃらギスってのもきっと倒せるから」
前向きな台詞に上条の顔が少し
それは、俺が知っている上条恭介という少年の横顔だった。
だが、すぐにその表情は消え失せる。
「かみ、じょうさま……」
唯一鎖に拘束されずに横たわっていた黒羽根の少女が這い
上条の名前を呼んだ黒羽根は、弱々しく声を震わせた。
「おいて、いかないで……とおくに、いかないで……わたしたちを……みすてないで……」
その声を聞いた時、俺の知っている顔は再び、仮面に覆い隠された。
マギウスの翼の灰羽根という仮面に。
抱き合っていた美樹さんの身体を引き離して、上条は横たわる黒羽根へと近寄る。
「恭介……?」
自分の名を呼ぶ美樹さんには答えず、倒れている黒羽根の前に行って屈み込むと、その手を握り締めた。
「行かないよ。僕はどこにも行かない。君たち、黒羽根の傍に居る」
その声音は慈しみと労わりが滲んでいた。
俺は思い出す。
上条恭介という人間は、悲しいくらい優しい奴だったことを。
「そんなっ、恭介……!」
「さやか。君は強い魔法少女なんだね。凄いと思うよ。尊敬もする。でも、そうじゃない魔法少女だって居るんだ」
美樹さんに背を向けた上条は振り向くことなく、喋り続けた。
「不安と恐怖で、毎日が過ぎる度にビクビクしながら生きている魔法少女が居る。願いを叶えたことを後悔して、ふとした拍子に涙を流す魔法少女が居る。僕はそんな弱い魔法少女を見捨てられない」
「だから、それは恭介がすることじゃないでしょ!?」
「僕がしたいんだ」
「……!」
上条ははっきりと自分の意志で選んだ言葉を
「弱くて、情けなくて、でもそれでも必死で生きていたいと願う彼女たちが、僕にはどうしようもなく愛おしいんだ」
「……恭介」
幼馴染で親友の美樹さんでも、名前を呼ぶことしかできなかった。
彼の行いを否定する言葉は、たとえ、否定の手品師ですら持ち合わせていないのだから。
上条は美樹さんに顔を向けることはなく、前へと視線を移した。
「みふゆさん」
処刑したはずだった元仲間へ声を掛ける。
「何ですか? 恭介君」
「黒羽根が僕が守ります。だから、あなたはここから逃げてください」
「……それは、とても辛い道ですよ? 魔法少女でもない、アナタが背負うにはあまりにも理不尽な重荷なんですよ?」
説得というよりも、祈るような声色だった。
お願いだからどうか、自分と一緒に逃げてくれないかという想いがありありと台詞から読み取れた。
「魔法少女じゃない僕だから、少しだけ重荷を肩代わりしてあげることができるんです。それに思い出したんです」
「何を、ですか?」
「僕が昔、魔法少女が好きだったこと。魔法で皆を幸せにする少女たち……現実はそんなに素晴らしいものではなかったけど、それでも僕は魔法少女が好きなんです」
「美樹さんじゃないですけど、一つだけ言わせてください」
「はい」
「馬鹿ですよ。アナタ……」
「はい。知っています」
そこで僅かに微笑みを浮かべた。
楽しそうでも、嬉しそうでもない、相手を安心させるためだけの大人の笑み。
立ち上がった上条は、ヌルオさんへと向き直る。
「顔無し手品師……。それと中沢。次に会う時には必ず、殺す。必ずだ」
彼の眼光にはさっきまでの激しい怒りはなかった。けれど、迷いの色も見えない。
凍った水面のような、純粋な眼差しからは感情が読み取れなかった。
「格付けは済んだんじゃない? まだやりたりない?」
「僕はお前の存在を許せない。お前が僕らのやり方を否定するように、弱い魔法少女の居場所を脅かすお前の存在を否定する」
「ほう……」
「それとは別に感謝もしてる。おかげでみふゆさんやその仲間を殺さずに済んだ。ありがとう」
「……んん? ああ、そう。素直だね、君」
常に
前々から思っていたが、ヌルオさんは実は他人に善意を持って対応されることに慣れていない気がする。
見返りを期待していないというよりは、自分がどれだけのものを与えているかちゃんと理解していない様子だった。
俺の中で気が緩んだ時、中庭へ新たな人影が降りて立つ。
上階から降りて来たのは放置していた金ピカ王冠の巴マミ。
「マミさん!? でも、その格好……」
美樹さんは初めて見る彼女の姿に驚きを隠せないようだった。
だが、さっきまではもっと凄かったのだと教えてあげたい。
今の彼女は背後から生えていた無数の矢のような
王冠にも罅が入り、残っているのは金の装飾が付いた白い衣装くらいのものだった。
「救って……す、すくって、あげな、きゃ……わた、わたし、がすく、う……」
正常な言葉すらも語れず、
身を削って戦う姿からは脅威よりも痛ましさが上回っていた。
「フロー……レンス。こた、えて……フロー……レンス」
背中から巨大な
上条は危機感を露わにして叫ぶ。
「ドッペルまで出しているなんて……! さやかたちのことが認識できていないのか!」
「少しずつ削っていけば、最終的には剥ぎ落せると思ったんだけど。やり過ぎたかもしれないね。ウワサとしての自己防衛本能の方が作動したみたいだ」
参ったなと言いつつも、ヌルオさんの声からはさほど焦りの色なく、冷静に分析をしている。
巴さんを視界の収めたまま、背後に命令を飛ばす。
「後ろの人たちは守りを固めて。それと美樹さんはそこに転がってる黒羽根を拾って後ろに下がっておいて」
「えっ? でも、誰かがあのマミさんを止めないと」
「それは僕がやるよ。あそこまで追い詰めたのは僕だしね。それにウワサは消しておかないと」
「待ちなよ。顔無し手品師」
上条がヌルオさんの隣にやって来る。
止めるつもりなのだろうか。
確かにウワサを守る立場からすれば、今の巴マミだって、見す見すヌルオさんに消させる訳にはいかないはずだ。
彼はマギウスの翼の一員として、ここに残ることを決めたのだから。
だが、続いた台詞は俺の予想とは違っていた。
「僕も手伝う」
「おや? あれだけ
「そんなつもりはないよ。でも、僕が守りたいのはマギウスじゃない。その下に居る魔法少女たちだ。あれが直撃すれば、ここに居る黒羽根たちだって助からない」
「なるほど。それじゃあ……」
「不本意だけどね……」
『――共闘しようか』
黒いステッキを構えたヌルオさんの隣で、青白い弓とバイオリンを握った上条が並び立つ。
たった一度切りの
上条君の魔法については、原作アニメの拡大解釈で決めました。
また否定の魔法に似て非なる効果にしたかったというのもありました。
あと、PSPのさやか編で上条君が魔法少女好きという、キャラ崩壊endがあったのでその要素だけ拾いました。