ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十五話『中沢君と名も無き思い出』⑦

 目の前の巴マミから生えた巨大な蕾は開花すると、内側から巨大な砲身が迫り出す。

 更にそれを守護するように、円を描いて並んだマスケット銃が数セットずつ生み出されていく。

 ウワサと合体した魔法少女だけあって、その魔力は(けた)違いだ。

 だが、今回はヌルオさんだけではなく、頼もしい仲間が居る。

 腐敗の演奏家、上条恭介。

 青白いバイオリンを抱えて、演奏準備を整えた彼の存在は心強かった。

 ヌルオさんに砕かれた仮面は戻せないのか、覆い隠すことなく素顔を(さら)している。

 男の俺から見ても仮面を付けていない今の方が格好が良く映った。

 

「そっちの準備はいい? こっちの方は連戦続きでわりと余裕ないんだけど」

 

 ヌルオさんの言葉に上条は視線を寄こさないまま、恨みがましく返答する。

 

「僕の方もお前たちに仮面を砕かれたせいで魔法の出力が安定しない。あまり期待はしないでよ?」

 

「えー。敵だった時はブイブイ言わせてた癖に味方に回ると弱体化って、ロールプレイングゲームの途中加入キャラか、君は」

 

「そっちこそ、余裕がないのによく一人で充分みたいな顔ができたものだね。常に強気でいないと我慢できない性格なのかい?」

 

 お互い相手の不満を言い合い、協力関係にあるはずなのに険悪な雰囲気を漂わせる。

 やはり二人は相容れない敵同士で、共闘など上手くいかないのだろうか。

 俺がそう感じた時、空中に円陣を作って浮かぶ無数のマスケット銃がガトリングのように回りながら撃ち出される。

 排出された黄色の弾丸は、降り注ぐ雨水のようにヌルオさんたちに襲いかかった。

 

「『ギフト・ゾナーテ』」

 

 だが、灰色の音符が寄り集まって防壁となり、弾丸の連射は壁に呑まれ、空中で融け落ちる。

 それを横目で確認したヌルオさんは、即座に巴マミの方へ走り、距離を詰めた。

 浮遊するマスケット銃は飛び込んで来た彼へと狙いを定め、一斉に銃口を向ける。

 しかし、撃ち放たれる弾丸は標的を捉えることはない。

 湧き出す毒音符が銃口にへばり付き、弾を放つ前に先端から腐り、融けて崩れていく。

 かつてヌルオさんを一度は危機に陥れた腐敗の音符が、彼を守る最強の盾となって、弾丸の嵐を未然に防いでくれる。

 そして、ヌルオさんもまたその技巧を信頼し、最短ルートで巴マミに接近していた。

 片や魔法を否定する者、片や魔法を信じる者。

 馬の合わない二人だが、戦闘の中ではこの上なく息を合わせていた。

 巴さんから生えた巨大な蕾の砲塔が、痺れを切らせたように駆け寄るヌルオさんを標的に据える。

 

「フロー、レンス……おねがい、わたしを、まもって……」

 

 焦点の合わない瞳で口元を歪める壊れた笑顔。

 彼女が見つめる世界には果たして何が映し出されているのだろうか。

 砲塔の先から極大の発光する球体が収束し、そして――。

 

「『ティロ・セント……ドッペリオン!』」

 

 ――解き放たれた。

 美しい光とは裏腹に恐ろしい破壊力の込められた魔力の砲撃が(うな)りを上げる。

 この中庭どころか、ホテルそのものまで貫通しかねない威力を秘めた抹殺の光。

 その僅か二、三メートル前でヌルオさんは立ち止まる。

 死を覚悟した? 恐怖で足が竦んだ?

 見ているだけの俺でも分かる。

 それだけは絶対にあり得ないと。

 彼がその場で立ち止まったということは、動く必要がなくなったということ。

 

「おかげさまで小技で消費せずに、撃ち出せそうだ」

 

 肘を引いて、右手に握りしめたステッキを突き出した。

 先端から澄み切った黒い魔力が(ほとば)る。

 地面を余波だけで削り取って直進する極大の光球に、黒い魔力の奔流(ほんりゅう)が衝突する。

 黄色と黒の光が一瞬だけ拮抗。

 しかし、次の瞬間、(ひび)が入るように黒の亀裂となって、黄色の光球を駆け巡る。

 再度、ヌルオさんは駆けた。

 砕け散り、消し失せる光を通過するように抜け、巴マミの眼前へと辿り着く。

 最後の防衛本能か、自分の頭上に一本だけ作り出されていたマスケット銃の引き金が引かれた。

 発射された弾丸はヌルオさんの額を狙って飛来する。

 頭部へ着弾する寸前、黄色の弾丸は灰色の音符と重なって融け落ちた。

 

「前の射撃戦でウワサがソウルジェムとどう繋がっているのか大体把握した。あとは……排除するだけ」

 

 伸ばされたステッキは巴マミの額にある五弁の花型の宝石に密着する。

 

「さようなら。僕は神浜聖女(おまえ)を拒絶する」

 

 音もなく、激しく何かが起きた訳でもなかった。

 だが、瞬く間もなく、巴マミの服装が見滝原中学校の制服に変わっていた。

 背中にあった蕾も消え失せ、全身から力が抜けたように前のめりで傾く。

 ヌルオさんはそんな彼女の身体を抱き留めて、しみじみと言う。

 

「彼女……結構重いね」

 

 そういうのは、たとえ感じたとしても言っちゃ駄目だと思うんだ、ヌルオさん……。

 幸い、意識はない様子だけど本人が聞いてたら、どうするつもりなんだ。

 

「私……重いの?」

 

 聞いてたー!

 ばっちり聞いてたー!

 普通に意識があった巴マミ、いや巴さんはぼんやりとした口調で呟く。

 

「私、重いのね……? そう、重たい女なの……心も身体も……」

 

 まだ思考が正常に働いていないのか、やたらと自身の重さを気にしている。

 無意識で自分の行動を思い返しての台詞なのかもしれないが、彼女のことを名前ぐらいしか知らない俺にはよく分からない。

 だが、ヌルオさんはそれに対して、気負うこともなく返す。

 

「でも、いいんじゃないかな? 重たいものっていうのは、大抵価値があるものだ。金(しか)り銀(しか)りね」

 

「価値が、ある……? 私、重くてもいいの?」

 

「君の価値を理解して、大切に思ってくれる人が居るのなら別にいいと思うけどね。ほら」

 

 巴さんに肩を貸して、指差す。

 そちらへ彼女が顔を向けると、駆けて付けてくる三人の魔法少女の姿があった。

 鹿目さんと美樹さん、それに……暁美ほむらさん。

 三人は巴さんの傍を囲むように近寄ると立て続けに話し出す。

 

「マミさん! 今までどうしてたんですか?」

 

「凄い心配したんですよ!」

 

「……もう大丈夫、なんですか?」

 

 最初の二人の方は(した)っている相手への心配が感じられたが、最後の一人はまた暴走しないか怯えるような若干の不安が込められている気がした。

 気持ちとしては俺もそちら寄りなので非難するつもりはないが、彼女はあまり巴さんのことが得意ではないように感じられた。

 しかし、巴さんは駆け寄って来てくれた三人に素直に感激していた。

 

「鹿目さん、美樹さん、暁美さん……。あなたたち……。本当にごめんなさい。先輩なのに心配をかけてしまったわね」

 

「ったく、本当だね。こんなに後輩を心配させてちゃ世話ないだろ、マミ」

 

 遅れて一人、文句をいう魔法少女がやって来る。

 巴さんは彼女の顔を見て、驚いたように目を見開いた。

 

「佐倉さん……! あなたまで私を探しに来てくれたの?」

 

「いや、普通にグリーフシードを頂きにきただけで、マジでアンタがここに居ることも知らなかったけど」

 

 声のトーンから照れ隠しではなく、本気で言っていることがひしひしと伝わってくる。

 初対面から物事に(こだわ)らないカラリとした人だとは思っていたが、もう少しオブラートに包んであげてもいいのではないだろうか。

 

「……そう。そうよね。あなたには良い先輩で居てあげられなかったから」

 

 案の定、上向きだった彼女の感情は急降下する。

 

「別にアンタは悪い先輩だった訳じゃねーだろ? アタシとはやり方が合わなかっただけで、こうやって慕ってくれてる奴が居るんだ。マミはマミで言うほど間違ってなかったんじゃない?」

 

「佐倉さん……」

 

 佐倉杏子……いや、もう彼女もこの際、敬称で呼ぶことにしよう。

 佐倉さんもまた彼女と因縁があったようだが、別段嫌っている様子もなく、むしろ暁美さんよりも好意的にすら見えた。

 さっきのやり取りでも湿地帯のような巴さんと乾燥した大地のような佐倉さんでは、相性が良くなさそうな感じは伝わってくる。

 

「だ、そうだよ。案外、君に価値を見出している人は多いみたいだね」

 

「ヌルオさん。あなたにも迷惑かけたみたいね。(おぼろ)げだけど、覚えてるわ。何度も攻撃してしまって、本当にごめんなさい」

 

「別にいいよ。あくまで、なりゆきだしね。ほら、悪いけどこの重たい彼女に肩を貸す役目を代わってくれる奇特な子は居ないかな?」

 

 かなり失礼な軽口を交えて、ヌルオさんは巴さんを誰かに任せようと提案した。

 巴さんはまた“重い”と言われて肩を落とすが、一方的に迷惑をかけた上に世話になっている手前、言い返せずにされるがままになっている。

 手を挙げたのは一番早かったのは鹿目さんだった。

 

「あ、それじゃあ、私が代わるよ」

 

「いや、まどかは背が低いから、逆にマミさん引きずっちゃうでしょ? ここはあたしがやるよ」

 

「待ちなって。マミには昔世話になったし、アタシが肩貸してやるよ」

 

 最終的に三人が立候補するが、かえって手を挙げなかった暁美さんだけが取り残される形になる。

 自然と巴さんを含めた四人の魔法少女の視線が暁美さんに向かった。

 

「……えっ。あ、じゃあ、私も」

 

 視線に気付き、空気に読むようにおずおずと彼女も手を挙げる。

 うわ……、凄くこの居た(たま)れなさに覚えがある。自己主張できない人間あるあるだ。

 他の人がやるだろうと任せて何もしていないと、他のやる気のある人間が多くて、逆に浮いてしまう現象。

 

「それじゃあ、そこの眼鏡の君。君に決めた」

 

「ええっ」

 

「嫌ならいいのよ、暁美さん。私、重い女だから……」

 

 自虐なのか、それとも自分で言っていてフレーズを気に入ったのか、“重い女”を連呼する巴さん。

 どうしようか迷っていた素振りをしていた暁美さんだったが、巴さんの空いている方の腕に首を入れて肩を貸した。

 

「巴さん。実をいうと、巴さんのこと苦手だなって思うことが何度もありました」

 

「え……」

 

「独善的で自分が正しいって思い込んだら、周りの話を全然聞いてくれないところがあって……」

 

「そんな風に思っていたの……」

 

「重い女って自覚があるんだったら、いちいちショックを受けるな。大人しく最後まで聞いてあげなよ」

 

 手厳しいヌルオさんの言葉で巴さんは釈然としない様子ながら、黙って耳を傾ける。

 洗脳から解放されてのこの対応。流石に可哀そうになってきたが、そのせいで親しみが湧いてきた。

 前まではヤバい人でしかなかった巴さんが、すっかり面白い人のカテゴリーに入りつつある。

 

「でも、巴さんも私たちのことを考えて、ずっと悩んでいたんだなって、今回のことで気付きました。こんなふうに思っていた私ですけど……もう一度、私とも仲良くしてくれますか?」

 

 肩を貸している暁美さんが巴さんの顔を見上げる。

 巴さんはそれを見つめて、少し押し黙っていた後、クスリと小さく笑って言った。

 

「ええ。こちらこそ、不甲斐(ふがい)ない先輩でよければ、お友達になってくれる?」

 

「はい。お願いします。巴さん」

 

 その言葉に嬉しそうに暁美さんは返事をした。

 彼女たちの様子を見届けると、ヌルオさんは巴さんの脇から頭を抜く。

 重心が暁美さんだけに傾き、彼女の身体が揺れた。

 

「おっ……」

 

「『お』?」

 

 何か言いかけた彼女に、笑顔で問いかける巴さん。

 

「もくないです! 全然軽いですよ!」

 

 言わなければ、まだ誤魔化せただろうことを暁美さんは正直に言ってしまう。

 これも仲良くなっていくための一歩だと思えば、微笑ましいようにも思える。

 弛緩した空気を感じていた俺だったが、ヌルオさんは何かに気付いたようにその場で片膝を突くと足元へ手を当てた。

 

「……揺れてる?」

 

 小さな地震でも起きたのだろうかと思ったが、それを聞いた上条が切迫したように表情を変える。

 

「まさか、マギウスはもう移転するつもりなのか! だけど、予定よりも早すぎる!」

 

「移転? どこへ?」

 

 聞き返したヌルオの問いに答える間もなく、激しい揺れがこの場に居る全員を襲う。

 立っていられないほどの振動に魔法少女たちも耐えられず、バランスを崩して膝を突いた。

 それとほぼ同時で、上条のローブの襟首に付いた鳥のシンボルマークのペンダントが淡く光る。

 

『これより。ホテルフェントホープのウワサは大東区遊園地跡地へ移転。叛逆者・梓みふゆ及び外部からの協力者の破壊工作により甚大な被害が発生。補完のため――現地にてキレーションランドのウワサと合体する』

 

 そこから流れたゆっくりとした声音は柊ねむのものだった。

 合点が行ったようにヌルオさんが言う。

 

「そうか。予定より早くなったというのは、僕と巴さんとの戦闘で最上階のあちこちが破壊されたせいだろうね。壊される前に直そうって腹積もりだろう」

 

「首謀者がワタシになっているのは……マギウスの決定でしょうね。もっともらしい処刑の理由にちょうど良かったんでしょう。いつの間にか、シンボルが黒くなっています」

 

 地面に膝を突いていた梓さんが黒くなったペンダントを引きちぎって、投げ捨てた。

 柊ねむの音声は更に続く。

 

『叛逆者・梓みふゆ及び協力者は中庭にて、神浜聖女のウワサを撃破。魔力を消耗している間に排出を開始する。周囲に居る羽根たちは注意されたし』

 

 それを聞いた上条は即座に倒れている黒羽根を抱き上げ、他黒羽根を縛り上げていた鎖を弓で斬り裂いて、拘束を解いていった。

 

「まだ動ける者は立ち上がって、動けない者を抱えるんだ。すぐに館内に退避するよ」

 

 状況が掴めていない様子の黒羽根も居るようだったが、上条の声で弾かれたように動き出す。

 慣れた様子で迅速に命令を下し、彼女たちを館内へ続く入口へと急がせた。 

 

「恭介……」

 

 逃げ遅れるものが居ないか最後まで残っていた上条の背中へ美樹さんが声をかける。

 上条は彼女に振り向かなかった。

 

「さやかはマミさんを連れて、見滝原に帰るんだ。……君には頼れる仲間が居るようで安心したよ」

 

「恭介も帰ってくるでしょ? 今じゃなくても、いつかは……」

 

「この街に僕を必要とする魔法少女が居る限り、僕は見滝原には帰るつもりはない」

 

「恭介。あたしは……ううん。何でもない。それじゃあ、またね」

 

 何かを言おうとした美樹さんだったが、誤魔化すように打ち切って、別れの言葉を告げた。

 だが、上条は彼女の言いかけた言葉を理解したように頷いた。

 

「分かってるよ、さやか」

 

「えっ、恭介……。あたしの気持ちに気付いて……」

 

「離れていても僕らは親友だよ。君の運命にもいつか解放があることを願ってる」

 

 それだけ言い残すと上条は黒羽根を抱えて、中庭から去って行く。

 口を半開きの状態で固まる美樹さんは、離れていく彼の背中をただ黙って見つめていた。

 何か微妙に擦れ違いがあるような気がしたが、ヌルオさんはそっと視界から彼女を外したので、それ以上分からなかった。

 地面に大きな円が発生し、中央には記号のように角ばった『排』という文字が刻まれている。

 揺れが激しさを増す中で、発光する文字を中心に中庭全体が輝き出した。

 (まばゆ)い光が視界一杯に広がった時、その場に残されていた全員はさっきとは異なる花園に居た。

 フラワーアーチのあるその花園は『世界の花展』の展示会場。

 柊ねむが事前に伝達した通り、ヌルオさんたちはホテルフェントホープから追い出されたのだ。

 立ち上がったヌルオさんは周囲を見回し、取り残された魔法少女が居ないことを確認するように一人一人へと目を向けていた。

 すると、その内の一人、暁美さんと視線が合う。

 彼女は巴さんに肩を貸したまま、傍まで来ると空いている方の手でヌルオさんの手を取った。

 

「ヌルオさん! 私と一緒に見滝原に来てくれませんかっ?」

 

 彼女の眼差しには強い期待の色が浮かんでいた。

 対するヌルオさんは珍しく、戸惑い交じりの声を上げる。

 

「はい?」

 

「ちょっと……それはどういうことかしら?」

 

 何故か不機嫌そうに割って入ってきたのは七海さん。

 苛立ちを隠そうともせずに年下の少女に凄みを利かせている。

 

「彼はみかづき荘の同居人よ。家主の了承も得ずに勝手なことを決めようとしないで」

 

「ええ……でも、私にはヌルオさんの存在が絶対に必要なんです!」

 

 意外にも暁美さんは引き下がらない。

 気弱そうな外見だが、胆力はある方なのだろうか。

 本人を差し置いて、言い争いに発展しそうなところでヌルオさんは口を出す。

 

「いやいや、君が勝手に決めないでよ。というか、僕はもう中沢君を遠ざける理由もないから退去するよ。新しい同居人ならすぐに入居しそうだしね」

 

 視線を向けて、梓さんを示した。

 彼女は、面倒に巻き込まれそうなことを感じ取り、若干、嫌そうな表情をしている。

 

「まあ、それも考えなかった訳じゃないですけど、このタイミングで呼ばれるのはちょっと……」

 

「みふゆの部屋なら別にあるわ。何が不満なの? 食事だってちゃんと好みを聞いて作ってあげてるのに」

 

 梓さんが住むかどうかなどそっちのけで、七海さんがヌルオさんを問い詰める。

 ヌルオさんが俺と別れてから、みかづき荘に滞在していた一週間、わりと甲斐甲斐しく世話をされていたようだった。

 

「不満はないけど、居る理由もないからね」

 

「じゃ、じゃあ、見滝原に来てください! 私、一人暮らしなので……その、大丈夫です」

 

「何が大丈夫なのか、さっぱりなんだけど、それもパス。僕はまだ神浜でやることがあるから」

 

 改めて、自分の家に誘おうとする暁美さん。

 この子もこの子で急に積極性を見せ始める。

 ヌルオさんではないが、彼女が突然ヌルオさんを自宅に招待する理由はさっぱり分からなかった。

 好意を抱いたのだとしても、そこまで行くのは性急過ぎる。

 

「僕は中沢君の家に戻ることにするよ。まあ、そもそも別に食事も寝床も必要ないんだけど」

 

 不満げな顔の七海さんと残念そうな表情の暁美さんの視線を無視し、話をそこで強制的に終わりにする。

 俺の身体からヌルオさんが分離すると、黒ウサギの姿にはならず、卵型の宝石になって俺の手のひらの中へ(おさ)まっていた。

 

「……ヌルオさん? どうしたの?」

 

『大分、魔力を使い過ぎた。少し眠るよ。あとは任せたよ。ぐー』

 

「また、それかよ」

 

 面倒になって逃げたのか。

 そう感じた俺は苦笑いを浮かべた。

 手のひらに納まる澄んだ黒い宝石を眺める。

 あれだけの魔法を持つ存在が、こんな小さな姿に秘められているのだから不思議なものだ。

 

「……あれ?」

 

 違和感があった。

 手のひらの中にある宝石をもう一度まじまじと見つめる。

 気のせいかもしれない。前に宝石になった時もそこまで正確に計っていた訳でもない。

 だけど……。

 宝石になったヌルオさんは、こんなにも小さかっただろうか……?

 




ホテルフェントホープ編はこれで終了です。
今回は見滝原組が居たので外伝が多く入り、伸びてしまった感じがします。
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