ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第四話『中沢君と珍妙な生物たち』③

 石段を越えて、水名神社の境内に辿り着くともう夕方になっていた。

 万年帰宅部の体力のなさか、それとも七海さんの話がやたら長かったせいか分からないが、早くしないと夜になってしまいそうだ。

 周りを見渡すが、ウサギ姿の顔無し手品師はもちろん、先に行ったネコっぽい生き物の姿もない。

 あれだけ七海さんに言った手前、待ち人来なかったらどうしよう……。

 とりあえず、絵馬を買って、名前を書いておこうか。

 『会いたい名前を絵馬に書き、お作法通りにお参りすれば、想いの人に会わせてくれる』。

 会いたい人の名前を絵馬に書くのが最初の条件だったよな。

 会いたい人の名前……。

 名前……。

 …………。

 ……。

 ……顔無し手品師ってそのまま、書いていいのか。

 手品師って職業だし、顔無しって特徴? だよな。

 だとするなら、これは名前ではないんじゃないか。

 好きに呼べばいいって言ってくれたけど、だからって呼んだあだ名が名前になる訳ではないだろう。

 じゃあ、書けないじゃないか!?

 なら、あのモキュモキュ言うネコっぽい生き物の方を……。

 駄目だ。あっちも名前が分からない。

 鳴き声=名前と考えて「モキュ」辺りにするか。

 ワンちゃんとか、ニャーちゃんみたいな感じで。

 でも、それもあだ名だよな。名前とは違う気がする。

 そうこう考えている間に、日はすっかりと沈み、夜と呼べる時間帯になっていた。

 

「あー……どうしよう。親になんて伝えればいいんだ」

 

 いつもこうだ。

 優柔不断で悩んでいる内に時間切れになる。

 友達には冗談交じりで『中沢の中は中途半端の中』だなんて言われる始末。

 もう素直に顔無し手品師って書こう。

 そう決めて、俺はペンを絵馬に書こうとした時、近くで話し声が聞こえてきた。

 

「モキュモキュ」

 

「また君か。はいはい。アイム ファイン モッキュ― ベリマッチ」

 

「モッキュー!」

 

「いったぁっ! 何この害獣……。猟友会呼ぶよ! 駆除してもらうよ! それでもいいの!?」

 

 振り向くと少し離れた石畳の上でネコっぽい生き物に片耳を噛みつかれたウサギの顔無し手品師が叫びを上げていた。

 あ、あれ……? まだ絵馬書いてないのに会えちゃったぞ。

 俺の存在に向こうも気が付いたようで、顔無し手品師が驚いたように言う。

 

「中沢くん。何でこの場所に居るの?」

 

「何でって……顔無し手品師さんの役に立ちたかったんだ。それでそのネコっぽい生き物の先導に従って、水名神社まで来て」

 

 言葉に詰まりそうになるも、俺は正直に彼へ告げた。

 顔無し手品師は耳に噛みついているネコっぽい生き物を睨みながら言った。

 

「余計なことをしてくれたようだねぇ、モキュべえ」

 

「モキュべえって言うの、その生き物」

 

「いや、僕がそう呼んでるだけ。キュゥべえって小動物に似てるし、鳴き声と合わせて『モキュべえ』」

 

 そのキュゥべえって何、とか色々と聞きたいことはあるけど、それ以上に。

 

「えっと、それで……俺は」

 

 仕方ないと言うかのように大きく溜め息を吐き出した顔無し手品師は、俺の隣にまでやって来る。

 

「ここまで来ちゃったからには手伝ってもらうよ。身の安全は保障できないけど」

 

「それじゃあ、俺も一緒に居ていいのか!」

 

「不本意だけどね!」

 

 認めてもらえたという訳ではないのは分かる。

 それでも初めて自分の意志で決めたことが誰かに納得してもらえたということが純粋に嬉しかった。

 

「とりあえず、俺は何をしたらいいんだ」

 

「時刻はちょうど夜になったところだし、絵馬に会いたい人の名前を書いてみて」

 

 ただ名前を書けばいいと思っていたけど、時間帯が関係していたのか。

 俺の優柔不断さがいい方に出たと考えてもいいのかな。

 それよりも名前……会いたい人の名前……。

 

「駄目だ。出て来ない」

 

「好きな芸能人とか、歴史上の人物でもいいよ。ほぼ確実に偽物だろうからね」

 

 顔無し手品師にそう促され、人物名を脳内で検索する。

 映画やドラマはあまり見ない。歴史の人物も言われてパッと浮かぶ名前はない。

 うんうん唸っていると、呆れた顔無し手品師が俺に言う。

 

「もう、頭に浮かんだ単語でいいよ。それくらいなら何とかなるだろう?」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 俺はちょうど今日の授業で頭に残っていたフレーズを絵馬に書く。

 

「“墾田永年私財法”っと……」

 

「……歴史の授業をやったのなら人物名くらい出るだろうに。まあ、いいや。絵馬を掛けたら拝殿に参拝にしに行こう」

 

「うん」

 

 ちらりと自分の書いた絵馬を見ると変な模様が浮き出て、カタカタと小刻みに揺れていた。

 果たして、俺は“墾田永年私財法”と出会えるのだろうか。

 絵馬掛けがカタカタと音を立てる中、参道を通り、拝殿へと向かう。

 薄暗い神社はそれこそホラー映画にでも出てきそうな不気味なオーラを放っている。

 俺は拝殿に着くと、手を合わせて祈る。

 お願いします、神様。“墾田永年私財法”に会わせてください。……今更だけど“墾田永年私財法”に合うってどういう意味だろう。人扱いで本当にいいのか?

 賽銭箱(さいせんばこ)にお金も入れた方がいいのか。今、小銭がないし、残り三千円しかないからできれば払いたくないんだけど。

 

「そろそろ来るよ。気を付けて」

 

「え?」

 

 背後へ向き直ると沈んだはずの赤い夕陽が空を照らしていた。

 異様な数の鳥居がでたらめに絡み合った橋を跨いで乱立している。

 いつの間にか橋の下は池のように水で満たされていて、先ほどまで居た水名神社とは比べ物にならないほど広大になっていた。

 ウワサの居る異空間。

 空中には羽虫のように絵馬が群れを成して飛んでいる。

 拝殿に一番近い橋の上に人型のものがこちらへ近付く姿が見える。

 あれは――。

 

「“墾田永年私財法”、なのか……?」

 

 紫色の蝋燭のような外皮、その上で黒い明朝体で墾田永年私財法と文字がうねる様に移動している。

 水面に浮かぶ木の葉のようにゆらゆらと文字同士が一定の間隔で連なって揺れていた。

 

「その、えっと、本当に、何ていうか…………適当だな!」

 

 ある意味で想像通りというか、とりあえず人型にして文字を貼り付けておけばいいみたいな姿。

 教科書かノートの端に気まぐれで書いた落書きを立体化してみた、といった感じだ。

 

『墾田、永年、私財法……墾田、永年、私財法……』

 

「予想通り、会える相手というのはウワサが作り出す偽物のようなものだね。恐らく、絵馬を書いた人間の記憶や想像から反映されたんだろう。この空間に捕えておくための疑似餌(ぎじえ)って訳さ」

 

 顔無し手品師が至極真面目に解説してくれるが、相手が相手だけにシュールな映像でしかない。

 直立していた墾田永年私財法の頭部が急にぐりぐりと捻じれるように(うごめ)く。

 

『墾田、永年、私財……死罪死罪死罪死罪死罪!』

 

「うわっ……何なに!?」

 

「君を騙そうとする演技をやめたんだろう。まあ、あれじゃあ、騙すも何もないけどね。案外、おちょくられたのが解って激怒したのかも」

 

 捻じれた墾田永年私財法の頭部が弾けて分裂する。

 枝状に分かれた頭部の先が、全て鞭のように伸び、俺を狙って素早く振り下ろされる。

 

「う、うわあああ! 殺される! 墾田永年私財法に殺されるぅ!!」

 

「字面だけ見ると大変愉快な状況だね。さしずめ、中沢君は崩壊していった公地公民制ってところかな?」

 

 危機的状況にもかかわらず、分かり辛いボケをする顔無し手品師に怒りを込めて叫んだ。

 

「顔無し手品師さんんんんーー!」

 

「はいはい。それじゃあ、前と同じように君の身体を少し借りるよ」

 

 顔無し手品師が俺に跳び付くと、温かな光が身体を包み込んだ。

 一瞬にして、俺の意識は奥へと追いやられる。

 それと同時に飛来する紫色の無数の触手は、いつの間にか握られていた黒いステッキに打ち捨てられて、弾かれながら掻き消える。

 姿勢を低くして駆けると、伸びてきた触手の元、墾田永年私財法の頭部にステッキを突き立てた。

 消しゴムで落書きを消し去るように跡形もなく、そこにあった人型の化け物は消失していく。

 それを見て警戒したのか、ひらひらと宙を舞っていた巨大な組み紐の付いた絵馬の群れが急降下して、襲来する。

 

『◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇――!』

 

『△△▲▲▲△△▲▲▲△△――!』

 

 だが、単純な物量では彼の相手は務まらない。

 絵馬と絵馬の隙間を通り抜け、ステッキで刺し貫く。

 抉られた巨大な絵馬は飴細工のようにどろりと溶けて薄く空中に広がって消え失せていった。

 映画か夢でも眺めるような心地の俺は、ただ勝手に動く自分の身体を眺めていた。

 橋の下に反射する今の俺の姿は黒のシルクハット、白い手袋とテールコートに身を包まれ、クラシックな手品師のような姿に変わっている。

 

「さて、本体を叩くとしよう。あまり遅くなると中沢君のご両親が心配しちゃうからね」

 

 俺の声音で流れるのは顔無し手品師の言葉。

 気障(きざ)なのにどこか(はま)っていて、まるで俺とは正反対だ。

 

「モキュモキュ!」

 

 欄干(らんかん)の上を大きく鳴きながらネコっぽい生き物が走ってくる。

 そういえば、構っている暇はなかったけれど、こいつはこいつで今までどこに居たんだろうか。

 

「あ、害獣」

 

「モッキュー!」

 

 顔無し手品師の辛辣な発言に尻尾を立てて怒りを表すネコっぽい生き物。

 多分、付いて来いって言っているような気がする。

 

「だろうね。他にもお客さんが来ているようだし……」

 

 お客さん……。

 そうだ。確かここに来る前に魔法少女の人たちと出会ったけど、もしかして彼女たちもここに来ているのかも。

 

「はあ……放置したいとこだけど、多分ウワサ本体をそっちだろうね。仕方ない、ガイド頼むよ」

 

 欄干の上に居るネコっぽい生き物を掴み取ると、顔無し手品師は肩へと乗せる。

 相変わらずモキュモキュと伝わらない発言をするが、尻尾で方向を示してくれるのでそれに従って移動する。

 そういえば、絶交階段の時にやった“ズル”っていうのはできないんだろうか。

 

「あれは大まかな位置が特定できていないと無駄に消耗するだけだからね。前と違って平坦な場所だから今回だと走った方が早いのさ」

 

 思っただけで意思疎通ができるっていうのは便利ではあるけれど、何を考えても伝わってしまうというのも変な感じだ。

 

「見えてきた。随分と苦戦してるみたいだね」

 

 視界の先に七海さんとフードのピンク髪の少女、そしてさっき見かけた茶髪のサイドテールの少女の三人が居た。

 その向こうに象のような長い鼻を持った長い胴の化け物が浮かんでいる。

 耳の代わりにカエルの脚のようなものが生え、胴体にもムカデのように何本も生え揃っていた。

 今まで見た中でも一番嫌悪感のある、不気味でおぞましいデザイン。

 長鼻の化け物はその特徴な鼻から泡状のものを吐き出し、魔法少女たちを弾き飛ばしていく。

 

「くっ……」

 

「痛ぁっ!」

 

 七海さんは欄干(らんかん)に背中から激突。サイドテールの子は橋の上でもんどりうつように転がった。

 フードのピンク髪の子は片膝を突き、(うずくま)っている。

 そこに追撃とばかりに長鼻の泡砲弾が放たれる。

 ――顔無し手品師さん!

 

「分かってるよ」

 

 走り続けつつも、大きく振り被って指の隙間に挟んだステッキを魔法少女と泡砲弾の間に滑り込ませる。

 投げられた黒いステッキは、回転すると落下傘のように開き、大きな布のように展開した。

 布地に泡砲弾に触れると、無害なシャボン玉のようにパチンと割れて消えてしまう。

 

「だ、誰?」

 

「貴方はこの前の……!」

 

 サイドテールの子と七海さんが顔無し手品師に気付いて、顔を上げる。

 

「悪いけど、ただいま質問は受け付けてないよ。まだ身体が動くなら仲間を抱えてさっさと逃げてくれる?」

 

 視線すら向けることなく、彼女たちを背にして守るように立ち塞がる。

 俺には分かる。彼は魔法少女にすこぶる辛辣だが、決して見捨てるような性格はしていない。

 

「……環さんが……仲間の一人が動けない状態なの。手を貸してくれる?」

 

 だが、ここでのんびりしている訳にもいかないのは確かだった。

 彼は何も触れなかったので俺も言及しなかったが、通ってきた橋の上には眠るようにして欄干に背を預ける人たちの姿があった。

 この異空間に連れ込まれた一般人だろう。

 意識は失っているようだが、まだ死んではいないようだった。

 だけど、放っておいて大丈夫なようには見えなかった。

 今すぐ、あの人たちには助けが必要だ。

 一度ここから出て、彼女たちを助けた後戻ってくる?

 でも、今日中にあのやり方でここに入れるか分からない。

 一日に一回だけの制約があったら? いや、それどころか、一度誘いを振り払ったらもう二度とここには来られない。

 俺はどうしたらいいのか、どう行動するのが正しいのかも分からない。

 しかし、顔無し手品師は慌てるそぶりもせず、こう返した。

 

「すぐに終わらせるから、ちょっとだけ我慢してて」

 

「無理よ。そいつに魔法は……!」

 

「君らじゃ無理だ。でも、僕ならできる。これは相性の問題だからね」

 

「相性……?」

 

 右腕を大きく真横に振る。

 手のひらの内に黒いステッキが生み出された。

 

「願いは『否定』には弱いものさ」

 

『荏sldfk螺vhnsl;ej總fcm;moiawe邇jfvniagfj;iwr!!』

 

 泡砲弾が先ほどよりも激しく、撃ち出された。

 まるで顔無し手品師の態度に激怒したように荒々しく、激しい弾幕。

 それをステッキ一本で(さば)きながら、消失させていった。

 消える泡砲弾。代わりに差し込まれるステッキ。

 徐々に後退していく長鼻の化け物。

 人でも動物でもない異形の怪物が、怯えて退いているように見えた。

 長い鼻からはもはや泡の代わりに雫のような僅かな液体しか漏れ出ない。

 俺はそこでようやく、顔無し手品師が自分をわざと集中して狙わせて、魔法少女たちが居る範囲内から徐々に離したことに気付いた。

 万が一でも巻き込まないように細心の注意を払いつつ、敵の攻撃を潰していたのだ。

 

『ljsdf哉hhl.arhli.a痲welk/jhfgulwrhghas/;je鼎ful;awi;fjhlwrhーー!!』

 

 長い鼻から液体をこぼす化け物はもはや涙を流して、助けを乞うようにすら映る。

 だが、顔無し手品師はそれを許しはしない。

 握っていたステッキの端を摘み、縦に強く振るう。

 

「さようなら、小さな神サマ。(あぶく)のように消えるといい。絵馬に書く願いごとなんてその程度でいいんだよ」

 

 棒状だったステッキは一瞬にして、大きな布へと変わっていた。

 (ひるがえ)った大布は更に膨らんで、長鼻の化け物に覆い被さるように振るわれた。

 

「じゃないと誰も安心して、無責任に祈れない。――そうだろう?」

 

 大布の端を引く。

 化け物を包んでいた大布は何の抵抗もなく床に落とされ、平面に広がった。

 その布さえも次第に薄れて消えていく。

 それを見届けると振り返り、フードをしたピンク髪の少女の元へ近付いた。

 

「さて、意識はある? すぐにこの異空間も消えると思うけど……」

 

 でたらめに繋がった橋と鳥居が消えていくと、まばゆい夕焼けの代わりに夜の(とばり)が降りていた。

 夜の水名神社に戻った時には、そこかしこに気絶した人たちが倒れている。

 これで一件落着……。

 俺はホッと胸を撫で下ろすが、ピンク髪の子を見下ろす顔無し手品師はポツリと漏らした。

 

「これはまずいね……」

 

 言っている意味が分からず、俺も目を凝らす。

 彼の視線の先には少女のブローチに付いた宝石。

 これがどうしたっていうんだろう。

 何か黒ずんでいる以外は普通な気が……。

 

「そこの人ら、グリーフシードは持ってる? かなり危険な濁り方だ。持っているなら早く持って来て!」

 

 グリーンシールド? どういう意味だろう。

 別にグリーンじゃないし、何なら黒っぽいけど。

 俺の疑問には一切答えてくれず、顔無し手品師は傍で倒れている七海さんやサイドテールに強い口調で叫ぶ。

 

「今は……ないわ」

 

「わたしも……」

 

「……分かった。とりあえず、ここから運ぼう。最悪の場合でも周りに意識のない人間が複数人居るのはまずい」

 

 何か張り詰めた気配を感じた。

 俺からは顔無し手品師の心情は分からない。

 ただ、とても危険な状況だということは何となく察せる。

 顔無し手品師がピンク髪の子の肩に手を回そうとした時、少女の髪が急激に伸びた。

 

「…………!」

 

 メジャーか、掃除機のコードのように突如長く伸びたピンク髪は重力を無視して上に巻き上がる。

 ほぼ同時に少女の顔を白い包帯のようなものが巻き付き、白い仮面のようなものに変わった。

 何が起きているのかまったく分からないが、それでも良いことではないことは辛うじて分かる。

 

「魔女化……」

 

 七海さんが『マジか』と呆然としたような声を上げた。

 気持ちは俺も分かる。本当にマジかって状況だよな……。

 空中へ舞い上がったピンク色の子は吊るされるように浮かんでいる。

 彼女に繋がっているのは毛布の様なコートを被った巨大な鳥のような怪物。

 目にあたる部分はなく、嘴は左右で模様が違い、縫い目で繋がっている。

 これもウワサの化け物なのか? もしかして、倒し切れていなくて彼女に取り付いた、みたいな感じなのか。

 

「妙だね。何で肉体がまだぶら下ってる? 魔女になれば元の肉体なんて不要なはず……」

 

 顔無し手品師だけがただ冷静に状況を眺め、魔法少女たちに声を掛けた。

 

「ぼさっとしてたいならそれでもいいけど、動けるなら周りの人たちを安全な場所に運んでくれない?」

 

「……わ、わかった」

 

「貴方はどうするつもり?」

 

「あのぶら下ってるのを切り離してみるよ。最悪でも遺族がお葬式を上げられるようにね」

 

「……冗談でもやめてくれる?」

 

「これが冗談に聞こえるなら、君は随分とお花畑だ。そのまま、お花畑をどこまでも駆け抜けて行くといい」

 

 それだけ言うともはや話は終わったとばかりに、跳ね上がり、ステッキを構える。

 巨大鳥の化け物は翼の代わりに生えた背中のマストから、ぶら下っていた数十本の白い布が伸ばすとそれを使って迎撃をしてきた。

 長く伸びた布は硬質化され、空中で身動きが取れない顔無し手品師を物量で刺し殺そうと試みる。

 いくら数があろうとも平地なら難なく(かわ)せていた攻撃。

 だけど、空中ではその攻撃を往なすことで、反撃に移れない。

 

「……やるじゃないか。あのシャボン象よりも遥かに強敵だ。時間も残り少ないっていうのに」

 

 ステッキに触れれば布の攻撃は消せる。

 しかし、次から次と無尽蔵に伸びてくる布に終わりは見えない。

 その時、伸びる布を炎を纏った扇子(せんす)が回転しながら切り落としていく。

 下からサイドテールの子の声がかかった。

 

「倒れてた人たち、片付けたからわたしも手伝うよ!」

 

 燃える扇子は白い布を焼き切った後、ブーメランのように彼女の元まで戻っていった。

 その攻撃で敵意が彼女にも映ったようで、布の穂先がサイドテールの子を狙って伸びる。

 しかし、伸びた布は彼女を貫く前に飾りの付いた槍に巻き取られた。

 

「直線的ね。環さんならもう少し考えて攻撃するわ」

 

 フォークでパスタを巻き取るように、白い布を巻いて引き寄せる。

 空中で静止していた巨大鳥の化け物は態勢を崩して、斜めによろめいた。

 

「魔法少女もやるものだね。見直したよ」

 

 バランスを戻すために弛んだ布の連撃。

 その隙を見逃さず、ステッキを振るい、巨大鳥の化け物の腹部を抉る。

 嘴からけたたましい叫びが漏れた。

 割れた腹部から崩れて消えていく巨大鳥の化け物は最後の力を振り絞り、顔無し手品師の頭を狙う。

 思わず、恐怖で目を(つむ)りたくなったが、それは叶わない。

 もしも声が出せたなら間違いなく、俺は絶叫していただろう。

 僅かに首を前に、すんでで避けた彼の頭上でシルクハットが(ついば)まれていた。

 腹部の亀裂から崩壊する巨大鳥の化け物から、ピンク髪の少女を奪い取ると顔無し手品師は地面へと着地した。

 

「……! ソウルジェムが、浄化されてる……」

 

 彼女のブローチを見つめながら『総務事務がジョーカーされている』と謎の発言をした顔無し手品師はそっと彼女を地面に寝かせた。

 手元から黒い布を作り出して、シルクハットに変化させると被り直す。

 

「いろはちゃん!」

 

「環さん!」

 

 駆け寄ってくる魔法少女たちのため、僅かに一歩半離れた。

 顔無し手品師はそれを見守ると振り返って、拝殿の方の石段の方を向いた。

 なぜと俺が疑問を挟む間もなく、誰かが石段を下りてくるのが見えた。

 

「もう終わったから銃口をこちらに向けるのやめてくれない?」

 

「あなたが何者か分からないけど、少なくともそこで寝ている魔女の始末は終わってはいないわ」

 

 白いライフル、いやマスケット銃を構えた金髪の少女が銃口を向けている。

 ドリルのように巻いた髪を頭の後ろに二つも付けた特徴的な髪形の彼女も、魔法少女なのだろう。

 

「僕もすべて把握している訳ではないけど、ソウルジェムは砕けていないどころか、綺麗に浄化されている。あれは魔女化ではなく、穢れを吐き出す自浄作用だと思うよ」

 

「確かにさっきまでの禍々しい魔力とは違うみたいだけど、完全に信用はできないわ。そもそも、あなた、男の子なのになぜ魔法少女と同じように魔法が使えるの?」

 

「……はあ。もう僕帰っていいかな? そこの魔法少女とも知り合いですらないんだ。お互いにお茶でもしながら仲良く喧嘩しなよ。馬鹿らしい」

 

 剣呑な金髪の魔法少女に我慢をやめ、呆れたように首を振った。

 ただでさえでも魔法少女が嫌いな彼としては、これ以上付き合ってられないというのが本音だろう。

 

「それはできない相談ね」

 

 彼女がマスケット銃を顔無し手品師の足元に撃ち込む。

 放たれた弾丸は石畳を砕き、深く埋め込まれる。そこからすぐに発芽した蔦のように黄色リボンが彼の身体を拘束するように絡み付く。

 金髪の少女はそれを確認した後、ゆっくりと近付いてきた。

 

「あなたのことを教えてもらえる?」

 

 俺からは顔無し手品師の顔は見えない。

 ただ確実に言えることは不機嫌であるということだろう。

 ステッキさえあれば否定の魔法で、この拘束を打ち破ることは可能だろうだが、両足だけなく両腕までしっかりと縛られていては文字通り手も足も出ないようだ。

 

「スリーサイズでも聞きたいの? 他人に尋ねる前にまず、自分から名乗ったらどう? ……育ちが知れるよ」

 

 動けない状態でも一切態度を崩さないどころか喧嘩を売る辺り、この人は筋金入りのアナーキストだと思う。

 もしこれが俺なら泣き叫んで助けを呼んでいる。……いや、よく考えるとこの身体は俺のじゃないか。タスケテー、ダレカー!

 金髪の少女もここまでふてぶてしい態度で来るとは予想もしていなかったのだろう。

 可愛らしい真面目な顔から眉根がピクリと動き、声に厳しさが増した。

 

「私は巴マミ。見滝原の魔法少女よ」

 

「あ、わたしも名乗ってなかった。わたしは由比鶴乃!」

 

「私は七海やちよ」

 

 一斉に自己紹介タイムに突入する。

 そういえば、顔無し手品師の本名は俺も知らない。

 何て名乗るのだろうと、他人事のように聞いていると、答える代わりに七海さんの方を向いて尋ねた。

 

「そっちの倒れている子の名前は?」

 

 彼女が返事をする前に倒れていたピンク髪の少女は目を開いて答えた。

 

「私の、名前はいろは、です。環いろは……」

 

「いろは、ね。いろは歌が由来かな? いろはにほへと、ちりぬるを。うん、じゃあ、僕の名前は『ヌルオ』で」

 

 ……じゃあって何? 明らかに今考えた偽名じゃないか。

 しかも、ヌルオって、ちりぬるをの“ぬるを”から付けたの丸分かりじゃん!

 この場に居る魔法少女たちも全員そう思ったのか、妙な雰囲気が漂い出す。

 

「それじゃあ、気は済んだよね。もう帰るから、君らも早く家に帰りなよ」

 

 そう言うと顔無し手品師もとい、ヌルオさんは何事もないかのようにリボンの拘束を引きちぎると、(きびす)を返して、この場から立ち去ろうとする。

 

「え、どうして、魔法の拘束がっ! いえ、待ちなさい!」

 

 金髪の少女が新たに作り出したマスケット銃を構えるが、それを防ぐように七海さんと由比さんが立ち塞がった。

 

「どいてください! まだ、彼との話は……!」

 

「どかないわ」

 

「そうそう! わたしもよく知らないけど、いろはちゃん助けてもらったし、きっと良い人だよ」

 

 ヌルオさんを庇ってくれている……!

 俺はその彼女たちの健気な態度に感動していた。

 だが、一方庇われた本人は無視して、スタスタと歩き始めていた。

 ……この人、本当に魔法少女嫌いなんだな。

 石段を飛ぶように降りると、鳥居の下で変身を解いた。

 身体に感覚が戻ってきたと思ったら、急に立ち眩みがした。どうにか鳥居にしがみ付いたものの、ずるずるとすべるように座り込んでしまう。

 黒いウサギの姿に戻ったヌルオさんはそれを見て、俺に言った。

 

「この前よりも長い時間身体を借りたからね。これ以上長かったらその程度じゃ済まなかったと思うよ」

 

「だから、時間を気にしてたのか。うっぷ、気持ち悪い……」

 

 車酔いと頭痛と吐き気が一度に押し寄せてくる。

 まともに立っていることができないほどだ。ああ、気持ちが悪い。

 

「君が選んだことだろう。甘んじて受け止めなよ」

 

「そっか。俺が選んだこと……中途半端なりに選べたんだ、俺」

 

 そう漏らすとヌルオが不思議そうに尋ねた。

 

「どういう意味?」

 

「いや、俺の二つ名っていうか、よく言われてたんだ『中沢の中は中途半端の中』だって」

 

「ふーん。僕はどちらかというと中庸(ちゅうよう)の中だと思うよ」

 

「ちゅーよーって何?」

 

「極端に(かたよ)ることなく、中立で正しく筋が通り、調和が取れている考え方って意味さ。まあ、簡単にいうと“ちょうどいい”ってことだよ」

 

 偏らず、中立で正しく筋が通り、調和が取れている。

 優柔不断な俺にはもったいないくらい良い言葉だ。

 “どっちでもいい”じゃなく、“ちょうどいい”か。

 

「嬉しいな、俺。そんな風に誰かに認められたこと一度もなかったから」

 

「中沢君。君は自分が思っているよりも勇気のある人間だよ……」

 

「ヌルオさん! うっぷ……吐きそう」

 

「ちょ、今はやめて。せめて排水溝がある場所まで耐えてよ。僕に掛けたら許さないからね、僕に掛けたら……」

 

 ちょうどいい道を歩んで行けたら、嬉しいと思う。

 それを見ていてほしい相手もできた。

 まだまだ中途半端な俺だけど、胸を張って中庸だって言えるように。

 それがきっと俺の――中沢の本来の物語(じんせい)だと信じて。

 

「おっぷっ、おえええええぇぇっ!」

 

「ぴゃああああああああああああ!」

 




口寄せ神社編完結。思ったより長くなりました。

続きを書くかは気分次第です。
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