ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十七話『中沢君と悲しみの遊園地』②

 俺は手足を丸め、体育座りでぼんやりと窓の外を眺めていた。

 八雲さんから言われた言葉が頭から離れない。

 『俺のせいでヌルオさんが失われる』。

 今まで考えて来なかった。

 当たり前のようにずっと傍に居てくれると思っていた。

 でも、それは俺の勝手な思い込みだ。

 ヌルオさんがそこまで消耗していたなんて想像もせず、俺は当然のように彼の力に頼り切っていた。

 自分の鈍感さに呆れ果てる。

 どうして俺は、気付けなかったのだろうか。

 彼が無敵ではないことは上条との戦いで知っていたはずなのに、心のどこかで甘えがあった。

 ヌルオさんは神様じゃない。

 戦えば消耗するし、攻撃を直に受ければ傷だって負う。

 なのに、俺という奴は……。

 

「いつまでウジウジしてんだよ!」

 

「はぐっ!?」

 

 いきなり背中をどつかれて、俺は手足を折り畳んだままの姿勢で横に転がった。

 肺から空気が一度に抜け、真横に倒れた拍子に肩と側頭部をぶつけて咳き込みながら、痛みで足をバタつかせる。

 

「げほっ、いったぁ……!」

 

「いい加減飯食えよ、中沢。あと、その着ぐるみも脱げ」

 

 視線を上げれば、深月ちゃんが腰に手を当てて、俺を見下ろしている。

 魔法少女の衣装ではなく、薄紫色のブラウスと紺のミニスカート姿だった。

 床に転がって見上げているせいでスカートの暗がりへ目が行きそうになり、慌てて視線を逸らしてから座り直した。

 閉店時間だと神浜ミレナ座から追い出された俺たちは、その足でみかづき荘へ戻っていた。

 当然、着替える気力もなかった俺は被り物だけ置いて、着ぐるみ姿でお邪魔している。

 七海さんはどうせだから夕食を食べていきなさいと鹿目さんたちも誘い、食事を作ってくれた。

 自分だってフェントホープでの戦いで疲れていないはずもないのに、俺や他の人たちの気配りを優先する姿には頭が下がる思いだ。

 だが、俺は七海さんほど屈強でもなければ、立派でも居られない。

 出された食事にも手を付けられず、食卓から一人離れて、窓から見える庭を眺めながら自分の殻に閉じ(こも)っていた。

 

「食欲なくて……」

 

 実のところ、お腹自体は空いているが、どうしても食べる気になれなかった。

 その命を削って戦っていたヌルオさんのことを考えると自分が情けなく思えてしまい、空腹を感じていることにさえも嫌になる。

 

「あのさ。アンタ、中沢って言ったっけ?」

 

 食事を取り終えたらしい佐倉さんが俺の傍にやって来る。

 彼女には、ちゃんと自己紹介した訳ではなかったが、周りから呼ばれる名前を覚えていてくれたようだった。

 

「シャキッとしなよ。男だろ? 見るからに年下相手に心配させるんじゃないよ」

 

「……男とか女とか関係なくないですか? 大体、ここに居るの俺以外魔法少女なんだから、ただの人間の俺より身も心も強いっていうか……」

 

「グダグダうるせえよ。……アンタみたいなのを“女の腐ったようなヤツ”って言うんだろうね。まったくさぁ」

 

 屈み込んだ佐倉さんは出来の悪い弟にでも言い聞かせるように、呆れと親身さの混ざった声で言う。

 さほど親交のないのにどうしてわざわざ構うのか分からなかったが、ささくれ立った気分の俺には余計なお節介だった。

 

「関係ないですよね? 俺のことなんだから」

 

「飯がまずくなるだろ。もう食ったけど」

 

 やっぱ食べ終えてたのかよ。じゃあ、もういいじゃん……。

 口には出さなかったが、視線で内心が伝わったのか、ぺちりと俺の頬を叩く。

 ほとんど力の籠ってないビンタが今はなぜだか心に染みた。

 

「痛いです……」

 

「痛くねーだろ。アンタが痛いのは(ツラ)じゃなくて、別のところだろ?」

 

「…………」

 

 言葉を返さずに居ると、頭の後ろを掻き(むし)ってじれったそうに言った。

 

「どこまで坊やなんだよ、アンタ。ヌルオってのは、よくもまあこんなヤツと組んでたもんだな。馬鹿なんじゃねーの」

 

「……馬鹿じゃない」

 

「あ?」

 

「ヌルオさんは馬鹿じゃない」

 

 俺のことはどれだけ(けな)されてもいい。どうせ、そこまで大したものでもない。

 でも、ヌルオさんのことは別だ。

 あの人の俺を必要としてくれたことだけは別だ。

 

「ヌルオさんの決めたことを何も知らないあなたが勝手に決めるなよ! あの人の決めたことに間違いなんてある訳ないんだ!」

 

 立ち上がって、屈んでいる佐倉にはっきりと言い放った。

 自分でもビックリするほど大きな声が出て、言った俺自身が戸惑うほどだった。

 何より、俺の中にこんなにも譲れない強い主張が眠っていたことが衝撃だった。

 僅かに目を開いて驚いていた彼女は、その瞳を優しく細める。

 

「じゃ、あいつがあいつの命を削ったことも間違いじゃねーんだな?」

 

「……えっ?」

 

「“え”、じゃねーよ。アンタの言い分だとあいつが決めたことには間違いないんだろ? あいつが『ああなった』のもあいつが自分で決めたことだ」

 

「……それは」

 

「ちょっとだけ(うらや)ましいよ。そんな風に全面的に信頼できるヤツが居るのはさ。アタシも昔はそういう風に信じてもらいたかったし、そういう風に信じたかった」

 

 遠い目をして、そう語る彼女の顔はほんの少しだけ寂しげだった。

 彼女が今脳裏に浮かべているのは多分だが、もうこの世には居ない人なのだと薄っすらと感じた。

 

「佐倉さん……」

 

「まあ、昔の話だ。つまんない感傷だよ」

 

 思わず俺が彼女の名前を呼んだ時にはけろりとした様子で、悲しみは顔から消えていた。

 あっけらかんとした佐倉さんが見せた似合わない湿った部分は、俺に親近感を抱せるには充分だった。

 食卓に座る巴さんがおもむろに立ち上がり、こちらに顔を向ける。

 

「佐倉さん! 私との別れをそんな風に思っていてくれたなんて……今からでも遅くないわ。もう一度あなたも見滝原で一緒に!」

 

「マミのことじゃねーよ。黙って飯食ってろ」

 

 視線も返さず、電光石火の返事が飛ぶ。

 

「うう……」

 

 早とちりをした巴さんは恥ずかしさと悲しさで背中を丸めた。

 両隣に座る後輩魔法少女二人に慰められる。

 もう段々とお家芸のように見えてきたやり取りだ。

 

「とにかくだ。そんだけ信じてんならさ。最後まで信じ抜けよ。アタシはダメだったけど、アンタらならできんだろ?」

 

「佐倉さん! やっぱり、それ私のこと……」

 

「テメーじゃねぇって言ってんだろ。いちいち反応すんな。座ってろ」

 

 わざとふざけているようにしか聞こえない掛け合いのせいで、台無しになったが、佐倉さんの言う通りだ。

 俺はヌルオさんの選択を信じるだけだ。

 力もなければ、頭も悪い俺にできることはそれしかない。

 彼へ信頼感だけはこの街の誰にも負けない自信がある。

 巴さんに鬱陶しく絡まれている佐倉さんに無言の感謝を送る。

 そうと決まれば、腹ごしらえだ。

 

「深月ちゃん、俺の分のご飯は……」

 

 そう尋ねようとした時、彼女が窓の外を凝視しているのに気付く。

 何かあるのかとその横で一緒になって覗き込むと、夜闇の中で誰かが玄関へ向かって歩く姿が見えた。

 それは調整屋の主、八雲みたまさんだった。

 少し遅れて、チャイムの音が鳴る。

 リビングに居た俺たちは全員、顔を見合わせた。

 

 

 ***

 

 

「夕食の最中にお邪魔しちゃってごめんなさいねぇ」

 

 リビングとキッチンの境にあるカウンター席に腰掛け、彼女はトレードマークのような、のほほんとした笑みを浮かべる。

 つい、二時間ほど前にあった剣呑なやり取りなどこれっぽっちも覚えていないような態度に、俺は面食らった。

 家主の七海さんは不機嫌さを隠そうともせずに尋ねる。

 

「それで、調整者さん。今日はどういったご用件で?」

 

「やちよさん。そんなに邪険にしないで。笑って、ほら、笑って。この写真集の時みたいに」

 

 カウンターの端にある雑誌入れから七海さんがバストアップで写っている写真集を抜き取り、中身を広げて見せてくる八雲さん。

 ……死にたいんだろうか。この人。

 ただでさえでも機嫌の悪い七海さんの神経を逆撫でするような行為に、見ているこっちがハラハラする。

 次の瞬間に八雲さんの頭部に槍が突き刺さっていても俺は驚けないだろう。それでも、悲鳴くらいは確実にあげると思うが。

 

「……何しに、来たの、かしら?」

 

 湧き上がる衝動を懸命に押し殺し、両眼を瞑って小刻みに震えている。

 噴火寸前の火山ってこんな感じなのだろうと、他人事のようにそれを見守った。

 深月ちゃんは矛先が自分へ向かないように、俺を盾にして背中へ隠れている。正しい判断だと思う。正直、俺も誰かの背中に隠れたい気分だ。

 そんな周囲の怯えも知らない八雲さんは七海さんに手を差し伸べた。

 

「あなたとお友達になりに来たのよ、やちよさん」

 

「……はあ?」

 

 ここまで威圧感のある「はあ?」は十四年間生きてきて初めて聞いた。

 特攻服を着た暴走族でも彼女とメンチを切れば、裸足で逃げ出すことだろう。

 七海さんをよく知る環さんたちですら、小さく悲鳴を漏らしていた。食卓に居る見滝原組は巴さんを中心に団子になるように固まっている。

 だが、当の言われた本人には暖簾(のれん)に腕押し。

 浮かべた微笑すら消えることはない。

 

「中立の誓いを破るには利害を超えた関係性の構築が必要なのよ」

 

「それはまさか」

 

「この手を取ってくれるのなら、私は調整屋としてではなく、八雲みたま個人としてあなたたちに協力するわぁ」

 

「……どういう風の吹き回し? この数時間で一体どんな心変わりがあったの?」

 

 当然ながら七海さんは(いぶか)しむ。

 俺だってそうなのだから仕方ない。この場に居る全員が急にポリシーを捨て、協力を申し出た八雲さんに不信感を抱いている。

 八雲さんが俺たちに協力するメリットが欠片も思い付かない。

 逆にマギウスの翼からのスパイとして、潜り込むように言われたと考えるほうがまだ納得が行く。

 俺にだって思い付くくらいだ。七海さんも同じだったのだろう。

 

「マギウスから何か指示でも受けたの? 敵対する魔法少女の懐に潜れとでも」

 

「マギウスは関係ないわぁ。()いて挙げるなら、友達を作るように言われたのよ。『彼』にね」

 

 八雲さんは上着のポケットから黒い宝石を取り出して見せる。

 卵型のその宝石はヌルオさんだった。

 

「嘘を吐くのならもう少し頭を捻りなさい。ウサギの状態ならいざ知らず、まだ宝石の姿のままじゃない。中沢君だって話ができるような状態じゃないと言っていたわ」

 

「私にはできるわぁ。誰よりも彼の心に触れることができる。調整屋の私なら、ね」

 

 ソウルジェムを調整することができる彼女であれば、それが可能なのかもしれない。

 だが、その事実を証明できる者はこの場には誰も居なかった。

 八雲さんは嘘を言っていたとしても俺たちはそれを判別できない。

 これだけの人口密度にも関わらず、しんと静まり返えるリビング。

 その静寂を破ったのは、鹿目さんだった。

 

「あの、調整屋さんに質問させてもらっていいですか? あまり今の状態で聞くようなことじゃないと思うんですけど……」

 

「何かしら? ソウルジェムの調整のことやコネクトについては、そっちの黄色いの……巴マミさんの時に軽く説明したと思うけれど、それとは別?」

 

「はい。別に深い意味はないのかもしれないんですけど、どうしても気になって……」

 

「いいわよぉ。何でも聞いて」

 

「じゃあ、遠慮なく。調整屋さんは、何で……髪形を変えて来たんですか?」

 

 この場で聞く質問なのか、と俺は内心で鹿目さんの疑問に突っ込みを入れる。

 確かに今の八雲さんはいつものポニーテールではなく、なぜかツインテールにしていた。

 だが、それは本当にどうでもいいことだろう。

 髪型と心変わりに一体何の因果関係があるというのか。

 場違い過ぎる質問に、俺は鹿目さんの正気を疑った。

 八雲さんはその質問に少しだけ得意げに答える。

 

「今の『彼』の好みの髪形だからよ」

 

 その言葉に俺の記憶の一部がフラッシュバックのように蘇った。

 愛おしそうな表情で彼の亡骸を抱きしめる鹿目さんの姿。

 二人の関係性。彼女の顔。

 知らなくても感じる想い。

 最後の記憶。

 

「……俺は信じていいと思います、八雲さんの話」

 

 七海さんが信じられないものを見るように、俺へ視線を投げた。

 

「中沢君……? 本気で言ってるの? 今のどこに信用できる要素があったって言うの?」

 

 彼女の視点から見れば、俺が出した結論の過程は意味不明だろう。

 だが、俺は知っている。ヌルオさんのあの思い出を。

 あれは夢なんかじゃない。ヌルオさんの過去の記憶なんだ。

 

「ヌルオさんの記憶を辿れば、好みの髪形だって分かるかもしれません。でも、わざわざその髪型でこの場にやって来たのは、彼の……ヌルオさんの意志に応えるって意味があるんだと思います。多分、八雲さんなりの覚悟の現れっていうか……その、あの、まあ……そういうの感じます」

 

「最後最後で結論が雑ね」

 

 呆れる七海さんに、俺は苦笑いで誤魔化した。

 ヌルオさんみたいに格好よく言いきれればよかったのだろうが、俺はこれで精一杯だ。

 あとはそれが伝わるかどうかだが……。

 

「いいわ、みたま。あなたの言葉を信じましょう」

 

 がっしりと差し出されていた八雲さんの手を取って、握り締める。

 

「あなたと友達になってあげるわ」

 

「信じてくれてありがとう、やちよさん」

 

 何を考えているのか分からない八雲さんが、この時ばかりは緊張から解き放たれたように安心した表情を見せた。

 拒絶されることも考えていたのだろう。

 こうしていると、彼女も大人の女性ではなく、少女なのだと実感させられる。

 

「それじゃあ、まず鶴乃ちゃんの助け方について教えるわ」

 

「ヌルオの魔法以外でも助ける方法があるの?」

 

「ええ。むしろ、『リジェクト』は裏技のようなもの。本来であれば、その逆を行うべきねぇ」

 

「逆?」

 

「『コネクト』。『コネクト』をするつもりで鶴乃ちゃんに攻撃してみて。こちらの攻撃と、鶴乃ちゃんの精神を同調させるの。そうすれば……異物であるウワサだけが、引き()がせるはずよ」

 

「それで鶴乃を助けられるのね?」

 

 希望を見出す七海さんに待ったを掛けるように、八雲さんが付け加える。

 

「ただし。攻撃でコネクトするときには、相手の人格をかなり具体的にイメージする必要があるわ。そのイメージが本人の人格と少しでもズレるとウワサどころか……鶴乃ちゃんにまで、ダメージを与えてしまう」

 

「私たちが鶴乃のことをどれだけ分かっているかが試されるって訳ね。分かったわ」

 

 大きく頷いて、七海さんは請け負った。

 由比さんのイメージか。

 俺の中のイメージだとテンション高くて、こっちの話を聞いてくれない悪印象しかない。

 長く付き合いのある七海さんたちならまた違う印象なのだろうが、人によってイメージは異なるから何とも言えない。

 それにイメージだけで本当にその相手の人格を理解できているかは分からない。

 俺がヌルオさんのことを理解し切れていなかったように、七海さんも由比さんの人格を把握できていなかった、なんてことにならないといいのだが。

 

「それから、中沢君。あなたには謝らないといけないわね」

 

 七海さんと握手を止めた八雲さんはこちらへと近寄って、頭を下げた。

 

「あなたへの態度に嫉妬が混じっていたことも含めて謝罪させて。本当にごめんなさい」

 

 しおらしく謝罪するその様はあまりにも彼女に似付かわしくなく、謝られている俺の方が落ち着かない。

 慌てて、頭を上げてもらうよう頼んだ。

 

「いいんですって。俺がヌルオさんのこと、全然分かってなかったのは事実でしたし。それに」

 

 一度、失いかけて考えたからこそ、自分の中の本心にも気付けた。

 俺は例え何があってもヌルオさんを信じる。

 それが俺にできる、俺だけの戦いだって。

 

「俺がこれからどうすればいいのか、気付けました。だから、ヌルオさんを返してください」

 

「ええ。そのために彼を連れて来たの。はい、中沢君」

 

 ヌルオさんの宝石を握った手を俺へと差し出してくれた。

 俺は彼女の手に納まったその宝石を取ろうとして、手を重ねる。

 だが。

 

「……ん? んん? あれ?」

 

 がっちりとマシンアームのように宝石を掴んだ白い指が離れない。

 

「あの、俺に返しに来たんですよね?」

 

 目を細めた笑顔の八雲さんは、実に穏やかな雰囲気を(かも)し出していた。

 しかし、宝石を握った指は微動だにしない。元々指の形がその形状の銅像のように固まっている。

 

(かて)ぇ! 指、固ぇ!! ねえ、指を離してくださいよ、八雲さん!」

 

「返そうとは思うのよ。それでも私の指がいうことを聞かなくて。仕方ないわねぇ、このままにしておきましょうか」

 

「返す気ねぇ! この人、返す気ねぇぞ!?」

 

 両手で指をこじ開けようとするが、それでも宝石に密着した指は決して離れない。

 何なんだ、この人……。何しに来たんだ! 嫌がらせか!?

 もう噛み付いてやろうかと半ば本気で思い始めた頃、ようやく彼女の指が花開く。

 

「中沢君」

 

 黒い宝石を取り返した俺は、それを奪い返されないように背中に隠して、彼女を警戒する。

 

「な、何ですか? ヌルオさんなら返しませんよ……?」

 

「否定の魔法を使うのは構わない。それでも『リジェクト』だけは絶対に使わせないで」

 

「リジェクトって、あの巴さんをウワサから助けた時の魔法の応用でしたよね?」

 

「ええ、そうよ。あれは戦闘に使う魔法よりもずっと魔力を消費する。それこそ、彼の魂を大幅に削り取るほどにね。融合したウワサだけでなく、ドッペルから戻れなくなったものさえ助けられるかもしれない。でも、そんな機会が来ても絶対に使わせないで」

 

 (とぼ)けた雰囲気のない真面目な眼差しに俺は圧倒されそうになるが、自分の意志ではっきりと答えた。

 

「なるべくはしないでと頼むつもりです。でも、最終的に決めるのは俺じゃなく、ヌルオさん自身です」

 

「だから、あなたに頼んだのに。まあ、彼はそういう人よねぇ……」

 

 いちいち理解のある恋人みたいな発言するのは何なのだろうか。

 片手を束ねた毛先を指で弄る八雲さんはまるで自分の台詞にも気付いていない。

 なぜか七海さんがそれを凄い目で見ていたが、きっと俺には関係ないことなので視界から外した。

 

「ごちそうさまでした。色々とありがとうございました」

 

 八雲さんたちの話が一段落したのを見計らって、鹿目さんたちが礼儀正しく七海さんへお礼を述べた。

 それぞれ異口同音で感謝の言葉を言った後、代表して巴さんが言う。

 

「すみません。ここまで聞いた以上は残って由比さんの救出に手を貸すべきなのでしょうけど、そろそろ見滝原に戻らないとならなくて」

 

 申し訳なそうにする巴さんに七海さんは首を横に振る。

 

「気にしないでいいわ。明日は平日だしね。魔法少女だから日常を大切にして」

 

 確かに彼女たちの加勢があれば、心強いがこれ以上神浜に滞在してもらうのも悪いだろう。

 特に巴さんはしばらく洗脳されて神浜市に留まっていたのだから、ご両親はさぞ心配しているに違いない。

 七海さんと連絡先を交換してから、彼女たちはみかづき荘から去って行く。

 夕飯をレンジで温めてもらっている間、玄関まで見送っていた俺だったが、暁美さんが最後に振り返った。

 

「あの……」

 

「うん? どうしたの?」

 

「ヌルオさんに伝えておいてください。前に見滝原市へ来ないか誘ったこと、忘れてくださいって」

 

「え? ああ」

 

 そう言えば、彼女はヌルオさんを見滝原の自宅へ招待しようとしていたことがあった。

 すぐにヌルオさんは宝石になってしまったからうやむやになっていたが、彼女としては気になっていたらしい。

 

「私が抱えてること。全部任せようとしてました。ヌルオさんだって、苦しみながら戦ってるなんて考えもせずに……」

 

「俺も同じだから。それについては責めるつもりもないよ。ヌルオさんだって、そういうと思うし」

 

「だから……今度はまた違う時期に誘いますね。平和になったらヌルオさんと一緒に見滝原へ遊びに来てください」

 

 それだと今の見滝原が平和じゃないように聞こえてしまい、ちょっと笑いそうになるが彼の真面目な顔を見て、その気持ちは掻き消えた。

 

「うん。伝えとくよ。その時には上条も連れて行けるといいな」

 

「はい。じゃあ、お願いします。()()さん」

 

 軽快な足音で玄関から出て行く暁美さん。

 俺の名前をばっちり間違えて去って行った彼女の背中が、扉を開けて消えるまで、微妙な顔で見送った。

 夢で見たあの不快な美少女と苗字が同じことも相まって、俺はあの子が嫌いになりそうだった。

 そろそろレンジも鳴っただろうとリビングに戻ろうとした時、閉まっていた扉がまた開く。

 振り返ると鹿目さんが玄関に立っていた。

 

「あれ? 何か忘れ物?」

 

「中沢君。その黒い宝石。私にも見せてくれないかな?」

 

 変わった頼みだったが、名前を間違われず呼ばれたことに気分を良くした俺は彼女にヌルオさんの宝石を渡した。

 手渡されたそれを鹿目さんは眺め、自分の頬にそっと擦り付ける。

 瞳を閉じ、頬に付けた宝石を優しく撫でた。

 その仕草があまりにも夢の中の、彼の記憶と同じで俺は言葉を失った。

 閉じられて瞳の端から涙の雫が宝石に(こぼ)れる。

 ずっと見守りたい気持ちと、何か思い出したのではないかと聞きたい気持ちが拮抗して、何も言えないままでいた。

 

「まどかー! もう帰るよー!」

 

 だが、その気遣いは美樹さんの無遠慮な声で無に帰した。

 涙を拭った鹿目さんは俺に宝石を返して、玄関の扉へと向かう。

 

「あの、鹿目さん! 君、ひょっとして……」

 

「……中沢君。じゃあね。宝石、見せてくれてありがとう」

 

 それだけ言い残し、小さな背中は扉の外へと出て行った。

 取り残された俺は宝石を握り締め、リビングへと戻っていく。

 追いかけて聞くつもりはなかった。

 それはきっと誰も望まない。俺の知るべきことじゃない記憶(レコード)

 俺は知らないままでいい。その想いは彼女の心の中だけに記されるべきものだから。

 

 リビングに戻った俺を出迎えてくれたのは美味しそうな肉じゃがだった。

 味噌汁にお新香。それとほうれん草のお(ひた)しまで付いている。

 七海さんはパスタだけではなく、和食まで作れるらしい。見た目と匂いだけで、かなりの味が期待できる料理たちだ。どこかの中華料理店や食べ物で遊んだようなものしか出さない調整屋は、是非とも彼女を見習ってほしい。

 

「いただきます」

 

 ほかほかの白米によく似込まれたジャガイモと出汁(だし)を吸った薄切り豚肉を乗せる。

 何という美味しそうなチョモランマ。

 汁が山頂をてらてらと濡らし、早く登山を始めろと俺を急かす。

 

「鶴乃ちゃんのこともそうだけど、結局、ねむちゃんやういの手がかり、何も見つけられなかったな……」

 

 食欲で知能指数の大幅に下がっていた俺は、聞こえてきたその台詞に何も考えずに答えた。

 

「俺は会ったぞ。柊ねむ。あと、ういって子がどうなったのかも聞いた」

 

「え!? どういうこと、中沢君」

 

 ドンと食卓に両手を乗せて環さんが身を乗り出す。

 

「……え。あ」

 

 口へ持って行った肉じゃがと白米をポロリと食卓に落ちた。

 そういえば、このことヌルオさんに口止めされていたような……。

 

『妹の魂が珍妙生物になって、身体の方も魔女になったなんて言えば、平静じゃあ居られないだろう。いい? 中沢君。このことは由比さんがみかづき荘に戻って安定するまで絶対に話しちゃ駄目だよ』

 

 中庭へと向かう途中で彼にそう言い聞かされていたことを思い出す。

 じわっと全身から嫌な汗が染み出てきた。

 

「あ、あは~」

 

「あは~、……じゃないよね?」

 

 普段の温和な環さんからは想像も付かない目付きで凄まれる。

 しかし、これはヌルオさんが決めた選択。俺はそれに従うことを決めたのだ。

 確固とした意志を()って沈黙を貫いていると、肉じゃがの皿を取り上げられる。

 

「話して……くれるよね?」

 

 夕食を人質に取られた俺は、この時初めてヌルオさんの選択に(そむ)くことを余儀なくされたのだった。

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