ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 銀色の慟哭

「恭介く、様ー」

 

「恭介様ー」

 

「恭チャン様ー」

 

 銀羽根になってからというもの、フェントホープ内で僕の名前を呼ばれる頻度が(いちじる)しく多くなった気がする。

 いちいち気難しいマギウスの指示を(あお)がなくても中管理職が居るおかげで、スムーズに現場が動くようになったという意見も耳にするのであながち悪いことじゃない。

 ただ、灰羽根だった頃に比べて、白羽根たちからの距離感が近くなった。

 

「恭介様。この後、予定ないですか? 良かったらウチと視察を兼ねて、キレーションランドを二人っきりで回ったりなんて、どうですか?」

 

「恭介様。鶴……ウワサと融合した魔法少女について教えてくれないか? できれば、他の人の耳がない場所……アタシの部屋とかで」

 

「恭チャン様。羽根向けに作ってるメルマガの表紙に使うから、写真撮らせてくれない? そのまま撮影モデルとして、しばらく時間作ってもらえると観鳥さん的には嬉しいんだけど」

 

 

「ごめん。マギウスたちへの定期報告があるから。また今度ね。月咲さん、ももこさん、令さん」

 

 申し訳ないが部下だけに時間を費やす訳にもいかないのが中間管理職の辛いところだ。

 上司のご機嫌も取らなければ、また羽根たちが酷い目に合いかねない。

 ただでさえでも顔無し手品師たちのせいで計画スケジュールがずれて、気分が苛立っているはずだ。

 特に里見灯花は、計画通りに物事が進まないと幼稚な癇癪(かんしゃく)を起こすことがある。

 そういう面で言えば、アリナさんの方がまだ我慢強いとさえ言える。

 三人の白羽根に詫びて、気分の乗らないお茶会へと出向く。

 いつもの場所に着くと僕は座るように促され、着席した。

 空席が目立つ。

 みふゆさんとマミさんがマギウスを抜けたからだ。

 彼女たちは白羽根でありながら、僕と同じようにマギウスから一目置かれていた。

 僕が銀羽根に昇格したのは、二人の穴を埋める意味合いも含んでいたのかもしれない。

 

「アリナさんはまたアトリエですか?」

 

「アリナはこのところ様子がおかしくてね。昨日会った時には、いつもとは違って思い詰めるような顔をしていた」

 

 柊ねむに尋ねると、アリナさんはやっぱり不参加の予定だという。

 様子がおかしいのは今に始まったことじゃない。どうせ、常人には理解できない狂った芸術のことで頭が一杯なのだろう。

 会わないで済むのなら、それに越したことはない。

 できれば、もう一人の面倒なマギウスにも会いたくないのだが。

 

「恭介。随分、白羽根を手懐けるのが早いのね。この浮気者! わたくしというものがありながら」

 

 お茶菓子のマドレーヌを顔面に投げ付けてきた。

 避けると更に機嫌が悪くなるので、甘んじて受け入れる。

 べちゃっと目蓋の上にぶつかって、一部が潰れて顔に貼り付き、足元へ落ちた。

 

「申し訳ありません。マギウス・灯花」

 

「その落ちたマドレーヌを食べなさい。そしたら、許してあげるわ」

 

「灯花。そんな子供じみた嫌がらせを」

 

 里見灯花の言葉に柊ねむが眉を(しか)める。

 僕は足元に転がる潰れたマドレーヌを拾ってから口に入れた。

 汚れを取ると罰にならないと思ったので、そのまま咀嚼(そしゃく)する。

 本当にやるとは思わなかったのか、彼女は一瞬だけばつの悪そうに表情を歪め、椅子から降りて傍まで来る。

 

「ごめんなさい。言い過ぎたわ。嫌いにならないで、恭介」

 

 座る僕に抱き着いて、不安げに謝ってくる。

 育ちが良い彼女はこういうところがあった。

 わがままを言って、周囲を困らせるが、いざ相手が従うと申し訳なさそうにする。

 ある意味で天然めいたヘイトコントロール。

 これも計算だと思っていたが、どうやら本当に無意識のようだった。

 テーブルの上にあるおしぼりで手を拭いて、彼女を抱き締める。

 

「こんなことくらいで嫌いになりませんよ。マギウス・灯花」

 

「本当?」

 

「本当です」

 

「恭介のそういうところ大好きよ。わたくしのことを何だって許してくれるところ、本当に大好き」

 

 背中をトントンと優しく叩いて彼女を落ち着かせて、自分の席に戻ってもらう。

 柊ねむはそれを眺めて、溜め息を吐いた。

 

「マギウス・ねむにもしましょうか?」

 

「灯花が嫉妬するから……あとで別の場所でお願いするね」

 

 里見灯花に聞こえないように彼女は小声で呟いた。

 呆れているのかと思い、冗談めかしたつもりが、単純に羨ましかったらしい。

 しばらく、彼女たちと交流してわかったことが二つある。

 この幼いマギウス二人は庇護者に飢えている。

 父や母というよりも、兄や姉といった自分たちに近しい庇護者を求めているようだった。

 これだけ(だい)それたことをしておきながら、変な部分で年相応なのだ。

 それでいて、自分たち以外には背筋が凍るほど無関心なところがあった。

 里見灯花の脇に立つ由比鶴乃の存在がそれを象徴している。

 

「彼女にも掛けてもらっては?」

 

「え? ああ、コレのこと? いいのいいの、由比鶴乃はそういう目的で使うつもりはないから」

 

 お気に入りだというのに、その扱いは使用人以下。

 人形か何かのように思っている様子だ。

 ヘラヘラした気の抜ける笑顔で虚空を眺めている由比鶴乃に、僅かに心が痛んだがそれを無視した。

 彼女は必要な犠牲だ。

 いずれ、解放が成った時が来るまで彼女には道具でいてもらう。

 すべてが終わり、みかづき荘へと帰せるその時までは。

 

「それで今回の会合の内容は」

 

「ワルプルギスの夜を呼ぶ日が決まったわ。ちょうど五日後の土曜日に魔女誘導装置のウワサを起動する」

 

「それまでは引き続き、キレーションランドの警護をお願いするよ。今更、他のウワサが消えてたところで問題ない」

 

「それもこれも恭介のおかげよ。あなたが魔女を演奏で順調に育ててくれたおかげで、想定よりもイブの成長が早いの! 本当に恭介はマギウスの翼の要だわ。あなたの存在は、残りの羽根たち全員を引き換えにしたっておつりが来るくらい」

 

 誉め言葉の中に不穏な言葉が混じった。

 他の羽根たちは不要になったとも取れる発言に嫌な予感を感じる。

 すぐに彼女へ羽根たちの必要性を説いた。

 

「いえ、マギウスの翼はマギウスと、それに(つど)う羽根たちあってのものです。僕を支えてくれる白羽根たちがあるからこそ、安定してマギウスのお役に立つことができるのです」

 

「恭介は謙虚ね。そういうところも本当に好きよ。そうね。白羽根はまだ必要ね」

 

「はい」

 

「じゃあ、黒羽根はもう要らな……」

 

「はい。黒羽根こそマギウスにとって必要な存在でしょうね。偉業にはそれを讃える民衆の存在が必要不可欠です。彼女たちの存在がマギウスをより高みへと押し上げる……」

 

「冗談よ。そんなに必死に持ち上げなくても無意味に消費するつもりはないわ」

 

 遊ばれたのは僕だと気付き、安堵すると共に改めて彼女の洞察力に舌を巻く。

 僕が黒羽根をどれだけ大切に思っているか見抜いていたのだろう。

 あまり彼女たちの前では、黒羽根と懇意にしている様子は見せたことがなかったはずなのに。

 

「そんなに好きなの? 黒羽根たちが」

 

「彼女たちは解放すべき魔法少女そのものです。好きや嫌いというよりも救うべき存在として見ています」

 

「恭介。わたくしよりも黒羽根が大切?」

 

 嫌に(こだわ)ってくる。

 何が狙いだ。何を言わせたい。

 そのままの意味でいいのか。

 

「いいえ、マギウス・灯花。僕の一番の愛はあなたへと注がれています」

 

「くふっ、くふふっ。聞いた、ねむ。一番はわたくしだって」

 

「はいはい。ご馳走様。誘導して言わせておいて、よくもまあそこまで喜べるものだね。……ちなみに二番は?」

 

「決めておりません」

 

「……そう」

 

「マギウス・ねむも同じく一番なので」

 

「……恭介。君は本当に女殺し、いや魔法少女殺しだよ」

 

 照れた顔を誤魔化すように、柊ねむは机に置いてあった本を開いて顔を隠す。

 代わりに里見灯花はむくれていた。

 

「もうねむにまで色目を使って。浮気者よ! 恭介は浮気者よ!」

 

「申し訳ありません。性分なもので」

 

「今は許すけど、実際に羽根にまで手を出したら許さないからね」

 

「はい」

 

 嘘ではない。

 マギウスの翼に居る魔法少女は全員救いたいと思っている。

 黒羽根たちの方が比重は大きいが、マギウスたちを嫌っている訳ではない。

 苦手ではあるが、アリナさんや里見灯花にも魔法少女から解放されてほしいと心から感じている。

 

「じゃあ、もうちょっと一緒に居ましょう。恭介の好きなスコーンもあるのよ。それからね、それからね」

 

「マギウス・灯花。申し訳ありません。この後は下の者と地下の巡回を行う時間なので、この辺でお(いとま)致します」

 

「えー! パトロールなんて、それこそ黒羽根辺りにやらせておけばいいでしょ?」

 

 口を尖らせる彼女に、必要な理由を説明する。

 

「このキレーションランドがある大東区にはマギウスに(あだ)なす魔法少女の一派がおります」

 

「和泉十七夜(かなぎ)が束ねる魔法少女たちね。確かにこのキレーションランドは魔女には強い半面、魔法少女には簡単に入られやすい。だから、ギリギリまでフェントホープの移転は避けてたんだけどね」

 

 里見灯花も和泉十七夜一派を危険視してはいた様子だった。

 だからこそ、別の地区にフェントホープをひた隠し、ワルプルギスの夜が襲来する直前で移転させるつもりだったようだ。

 話が蒸し返されて、矛先が月夜さんへと向く前に彼女の元へ行き、その手を取って機嫌を取る。

 

「マギウス・灯花。どうか、この銀羽根にあなたの大望を守護させてください」

 

「そうね。そのために恭介に色んな権限を渡す役職を作ったんだものね。いいわ。行ってらっしゃい」

 

「はい。ありがたく存じます」

 

 (うやうや)しい頭を下げて、茶会から先に上がらせてもらう許しを得た。

 後ろでマギウス二人の会話が聞こえて来る。

 

「やっぱり恭介、わたくしの方が好きっぽいわよね? 同じ一番だけど、わたくしの方がねむよりも愛されている気がする」

 

「気のせいだよ、灯花。わがままを言うから、君ばかり気遣ってもらっているように推察しているようだけど、ボクは就寝時に車椅子からベッドまで運んでもらっている。眠れない(むね)を発言したところ、添い寝をして本を読んでくれたこともあった」

 

「はああ? いつの間に、そんなこと! ちょっと、ねむ! 恭介はわたくしのものなんだから、気移りさせるようなことさせないでよ!」

 

「むふふ。それは分からないよ、灯花。君はわがままな発言をして彼を困惑させるけど、ボクは聞き分けのいい子で通ってるからね。彼の一番の一番はボクだ」

 

「何言ってるの? 一番の一番の一番がわたくし……」

 

「いやいや、ボクこそ一番の一番の一番のそのまた一番だよ……」

 

 何て不毛な会話なんだ。

 これがトップの組織だと思うと頭が痛くなる。

 とてもではないが、素直にマギウスを尊敬している黒羽根たちには聞かせられない。

 今日は地下施設を巡回の仕事を終わらせて、白羽根たちの要望を聞いて、イブの沈静化を行う。

 

「黒羽根か……」

 

 そういえば、灰羽根だった頃の部下はちゃんと上手く他白羽根の下で馴染めているだろうか。

 銀羽根以上、常に白羽根たちやマギウスの間を行き来するため、配下の黒羽根たちはそれぞれ希望の白羽根に付けた。

 大半は令さんの下を希望し、残りの何割かはももこさんを希望した。

 贔屓(ひいき)をするつもりはないが、その選択は間違いではないだろう。

 白羽根の中でも彼女たち二人が人遣いが良い。

 皆、良い子たちだ。きっと可愛がられているはず。

 地下螺旋階段を下り、一通り安全を確認していく。

 ウワサの施設同士が融合したせいで間取りが変化して、通れないところや逆に隙間になってしまった部分がないか念入りに調査を行っていった。

 次はドッペル症患者隔離施設。

 ここはドッペルの使い過ぎて、魔法少女に戻れなくなった子たちが隔離されている。

 マギウスが作り上げたシステム、正式名称・『ドッペルウィッチシステム』も完全ではない。

 ソウルジェムに溜まった穢れを具現化させ、身体の一部のみを魔女化させることでその呪いを魂全体に広がることを抑制する。

 ドッペルに変化させることで穢れのエネルギーを使い果たし、結果、グリーフシードなしでソウルジェムを浄化させるシステム。

 一見、完璧に見えるこのシステムには穴があった。

 それが強い依存性と副作用だ。

 麻薬と同じ。これは魔法少女の心を蝕んでいくものだ。

 特にその副作用は弱い魔法少女ほど陥りやすい。

 カプセルの中で眠る彼女たちのために一曲演奏してあげたいところだが、生憎そんな時間はない。

 僕はそこを点検した後、通過する。

 最後に最も重要な地下出入口エントランスに到着した。

 そこで(たたず)んでいる人影が視界に映り込む。

 背を向けているのは黒いローブ。黒羽根だ。

 

「そこの黒羽根の君。ここで何を……」

 

 そう言って近寄った時、エントランスの段差の陰に何か見えた。

 それは段差状の床に伏している黒羽根の姿だった。

 一人ではない。少なくとも全体で五人、いや六人は倒れている。

 

「──していたんだ!」

 

 すぐに顔の半分を仮面で覆い、魔力のバイオリンと弓を生み出した。

 臨戦態勢を整え、今すぐにも攻撃を仕掛けられるように演奏寸前にまで持っていく。

 

『カみじょウさま……? かミジョうサマだ。わタシです。ワタし』

 

 振り返った彼女の顔には白い仮面が笑みを浮かべていた。

 ドッペルの仮面……! 

 それはドッペルが暴走状態に入っている危険信号。

 

「君は()()? どこの白羽根の下に付いている?」

 

 とりあえず、意識があるならまだ僕の言葉が届くはずだ。

 そう考えて、攻撃する前に彼女へ尋ねた。

 

『だレ……? あ、アハハ……。ヤっぱリ、忘レてシマったんデすネ、ワたしのこトなんテ』

 

 (ひび)割れた声からは到底、個人の判別などできない。

 ただ続け様に彼女が吐いた言葉で僕は彼女の正体に気付く。

 

『アの中庭デ、ずっト、カみじょウさまノばいおりん、聞いテいたカッたデす……』

 

 中庭とバイオリン。

 その組み合わせで僕は最初に僕の演奏を聴きに来た黒羽根の少女を思い出した。

 あの時の彼女か……?

 だが、どうしてドッペルを暴走させている……?

 白い仮面が黒く変色し、顔だけでなく、首からローブを着た全身にまで広がっていく。

 まずい。これはドッペル症の末期症状。ドッペル融合形態だ……!

 一度そうなってしまえば、戻す方法はない。

 

「やめろ! それ以上はいけない! 戻るんだ!」

 

 懐に入れていたグリーフシードを出して、彼女に近付けるがソウルジェムの位置が分からない。

 そうこうしている内にドッペルの魔力は彼女を完全に包み込んでしまった。

 

『ばい……お、り……────────』

 

 言葉すら失くした彼女の姿は異形の(たこ)

 背中から生えたのは長い八本の脚はケーブルとコンセントプラグを模していた。

 僕のバイオリンの演奏を愛してくれた彼女は、今や巨大な蛸足配線を背負っているかのようなドッペルへと変わってしまった。

 伸びたコンセントプラグが倒れた一番近くに居た黒羽根を狙う。

 

「やめるんだ!」

 

 跳ぶと同時に弓を振るってそれが黒羽根に何かする前に切断した。

 だが、斬り落とした切断部から、新たにコンセントプラグを持った触手が生えてくる。

 呪いが滴るそのプラグが倒れている黒羽根に刺されば、二次被害でドッペル症患者が発生しかねない。

 それでも、僕には彼女を倒すことはできなかった。

 

「うっ、上条、様……?」

 

 庇うように背にした黒羽根の一人が意識を取り戻したようで、僕に話しかけた。

 その声は新入りの黒羽根の子の声だった。

 

「君か。辛いだろうけど、現状報告を頼む」

 

「あの子は、上条様と離れ離れになったこと、凄く悲しんでて……もうバイオリンの演奏、聴けないのかなって話してたら、突然……」

 

 ……僕のせいか。

 彼女がドッペルと融合しまったのは、僕があの子を遠ざけてしまったからなのか。

 あの選択が間違いだったのか。

 

「足止めをして、ももこ様が調整屋を連れてくるまで粘ろうと、ごほっ……」

 

「もういい。あとは僕がやるから」

 

 ももこさんがみたまさんを連れて来るまで時間を稼げばいい。

 それなら延々と脚を斬り落とし続ければ、それだけで充分だ。

 あとはみたまさんに彼女を隔離瓶へ入れてもらい、ドッペル症患者隔離施設に入れる。

 そう思っていた。

 だからこそ、待った。

 待って、待って、待ち続けた。

 ドッペルの脚を斬り落としながら。

 斬り落とす度にあげる彼女の獣のような絶叫を聞きながら。

 ずっと、待ち続けた。

 心を殺して、待ち続けた。

 

「……いつまで、僕はこうしていればいい? ドッペルになった彼女を傷付け続ければいいんだ!?」

 

 既に二時間が経過していた。

 それでも調整屋は現れない。彼女を呼びに行ったももこさんも帰って来ない。

 

『────────────────────────!』

 

 泣いている。

 ドッペル症に冒された彼女が泣いている。

 痛みと苦しみで、泣いている。

 僕は思い出す。

 クラシック音楽が好きかと尋ねた時、彼女はこう答えた。

 

『はい! あ、でも、それだけじゃなくて……演奏している上条様がとても』

 

 恥じらうように答えてくれた。

 

『その、とても綺麗でした。演奏している上条様は輝いて見えて、ずっと見ていたいって……烏滸(おこ)がましいですよね。黒羽根の私なんかが……』

 

 涙が流れた。

 流す資格などない涙がそれでも瞳から溢れ、頬を(つた)う。

 不貞腐(ふてくさ)れていた僕を輝いていると評した彼女は、誰よりも僕の演奏を愛してくれた。

 

『演奏している時の上条様は静かで、でも激しい感情を抱えているようでした。それがまるで煌々(こうこう)と燃え続ける美しい炎のように見えました』

 

 ……ああ、分かったよ。

 聞きたかったんだよね、僕の演奏が。

 見たかったんだね、演奏をする僕の姿を。

 いいよ。聞かせてあげる。

 

「君のためだけのリサイタルを開こう」

 

 剣として使っていた弓を本来の用途、バイオリンを弾くために使う。

 鞭のようにしなるコンセントプラグの触手を(かわ)しながら、僕は彼女に(ささ)ぐ音楽を奏でる。

 君の目に映る僕は、今も綺麗かい? 輝いて見えるかい?

 自分では分からない。

 それでも僕の中には激しい感情が渦巻いているのは確かだ。

 これが、僕から君にあげられる最後の贈り物。

 この曲を奏で鳴らそう。

 毒の奏鳴曲は、彼女の悲鳴(うた)を終わらせる。

 

「『ギフト……ゾナーテ』」

 

 

 ***

 

 

「う、が……」

 

「気が付いたかい?」

 

「かみ、じょ……さ、ま……?」

 

 抱き留めていた彼女は意識を取り戻し、僕の名前を呼んだ。

 仮面から向き出た方の顔で精一杯の微笑みを浮かべてみせた。

 

「ゆめを、みて、ました……わたしが、かいぶつになって……みんなを、かみじょうさまを、きずつける、ゆめ……」

 

「夢だよ。それはただの悪い夢」

 

「こわかったんです……かみじょうさまが、わたしから、はなれていってしまうことが……」

 

「……うん」

 

「まぎうすさまに、たのんだけど、だめだって、いわれました……あなたのことなんて、どうせおぼえてないから、つきまとうのはやめなさいって……」

 

「そんなことないよ。僕は君のこと覚えてる。忘れてない」

 

「よかった……わたしのなまえ、よんでもらって……いいですか?」

 

「……いいよ。教えて、君の名前」

 

 彼女の頭と太腿(ふともも)を支える手の隙間から、ぽたぽたと液状化した何かが(こぼ)れ落ちる。

 表情が強張るのを(こら)え、柔らかな笑顔を維持し続けた。

 

「わたしの、な……ま……え……」

 

 白い仮面で覆われた彼女の顔がぐずりと崩れる。

 もう笑顔を維持することができない。

 

「まだ、聞いてないよ……? 僕は、君の名前も! 君の素顔も知らないんだ! 教えてよ! ねえ!?」

 

「な……ま………………ぇ………………」

 

 指の隙間から、仮面ごと融け落ちた彼女が零れ、床へと落ちた。

 人の形は失われ、足元には灰色の水溜まりだけが残る。

 

「あ、ああ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ──」

 

 叫び声がこだまする。

 知っていたつもりだった。

 彼女たち魔法少女が、どれだけ弱い存在なのか。

 それでもほんの僅かな思慕の情ですら、彼女たちを(むしば)み、壊すなんて思ってもいなかった。

 魔法少女は淡い恋心を抱くことも許されないというのか。

 そんな当たり前の権利さえ、剥奪(はくだつ)されているというのか。

 彼女を抱き留めていた手で、顔を覆って叫び続けた。

 絶望が脳髄(のうずい)を焼き焦がす。

 炎が燃えているようだった。

 頭の中で激しい熱を持った炎が煌々(こうこう)と燃えている。

 呼応するように、手首のインピュリティ・クオーツから魔力が漏れ出し、僕の顔を覆っていく。

 熱い、熱の(こも)った魔力は皮膚へと張り付き、凝固する。

 そう……仮面だ。

 仮面が必要だった。

 もう誰も僕を愛さないように。

 彼女のような犠牲者を生まないように、決して剥がれない(いまし)めの仮面が。

 必要だった。

 

 

 ***

 

 

「はあ……はあ……っぐぅッ」

 

 身体を引きずるようにして、地下出入口エントランスに少女が一人辿り着く。

 息を切らし、堪えた(うめ)きからは苦痛の音が漏れていた。

 彼女に背を向けたまま、名前を呼んだ。

 

「……ももこか?」

 

「恭介様!? そうだ……ここでドッペルが暴走した黒羽根が……」

 

「それはいい。もう、終わらせた」

 

 報告をしようとした彼女を(さえぎ)り、途中で終わらせた。

 

「終わらせたって……」

 

「調整屋に向かったそうだな。だが、ここに来たのはお前一人の様子だが」

 

 背中越しの無念の情が伝わってくる。

 意を決したように彼女は口を開いた。

 

「大東区の魔法少女の妨害にあって……調整屋には向かえませんでした。アタシには逃げ回ることだけしか……できなかった……」

 

「和泉十七夜か?」

 

「……はい。調整屋に行きたいだけだと伝えても、マギウスの翼の存在を認めないと言われて、交戦に……」

 

「構わない。元々、調整屋などという外部に頼ることが間違いだった」

 

「恭介、様。何があったんですか?」

 

 様子がおかしいと感じたのか、ももこは僕の方へと近付いてくる。

 彼女へと振り返り、彼女を見た。

 想像していたよりも激しく手傷を負い、四肢の皮膚が剥がれ、そこから血が滴り落ちている。

 本人は逃げ回っていたと言ったが、必死に抗ったことがありありと見て取れた。

 だが、彼女の顔はそんな自分の傷よりも、僕の顔に愕然と目を奪われていた。

 

「銀色の、仮面……まさか、恭介様もドッペルが暴走を……」

 

「何の問題もない。ただ、もう僕を恭介と呼ぶな」

 

「どうして、ですか……?」

 

「上条恭介は死んだからだ。“銀羽根”。それが僕を表すただ一つの名前だ。他の全白羽根にも通達しろ」

 

「死んだって……何が! あの黒羽根のドッペルの暴走と何か関係があるんですか!?」

 

 詰め寄るももこを突き飛ばし、床へ倒れた彼女の傍へグリーフシードを放る。

 

「そのグリーフシードで傷を治した後、残った黒羽根を再編成しろ。いいな?」

 

「つぅっ、恭介様。何で……何も答えてくれないんですか? アタシが彼女を助けられなかったから、ですか?」

 

「銀羽根と呼べ。そう言ったはずだ。お前はお前の実力でできる範囲のことをした。だからこその褒美だ」

 

 もう彼女に視線も向ける必要もない。

 彼女を置いて、地下出入口エントランスから立ち去る。

 優しさも思いやりも全部不要なものだ。

 誰も僕を愛さなくなればいい。

 上条恭介は死んだ。

 死んだ人間は誰も愛さないし、愛されない。

 死んだ人間は笑わないし、涙も流さない。

 ここに居るのは、魔法少女解放にすべてを捧げた『亡霊(ファントム)』だけなのだから。

 左手の手首で不浄の石英が銀色に鈍く輝いた。

 もう――僕は迷わない。

 この銀色の仮面にそう誓って。

 




この話だけは絶対に書こうと決めていたので、書けてよかったです。
上条君が本当の意味でファントムになる話は前から決めていました。
彼のモチーフは『人魚姫を泡にしてしまった王子様』でした。
自分への愛のせいで彼女を融かしてしまった心優しい王子様は、その絶望により、命を絶ち、亡霊となる。
という解釈で魔法及び、犠牲者の黒羽根ちゃんを設定しました。

最後に名も知られぬ黒羽根ちゃんのドッペルの設定を。

接続のドッペル

その姿は、配線。
この感情の主は分不相応の恋に悩み、
己の存在すら恋する相手に認知されていないことに絶望した。
そして、そのドッペルは繋がれない想いを繋ぐため、
自らの体から伸ばした配線を伸ばして、他者と無理やり繋がろうとする。
自身が繋いだ相手を自分の想いで塗り潰し、支配することもできるだろう。
だが、このドッペルを使い続ける限り、
胸に秘めた本当の願いを成就させることは永久に出来ないだろう。
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