ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十八話『中沢君と悲しみの遊園地』③

「えっとぉ……環さん。今、大丈夫ですか?」

 

 ホテルフェントホープ突入から早三日が過ぎた頃、俺はみかづき荘へと足を運んでいた。

 玄関で環さんの代わりに対応する七海さんは力なく、首を横に振る。

 

「今日も学校を休んで、部屋から出て来ないわ。はあ、貴方が余計なことを話さなければ……とは流石に言えないわね。無理やり聞いたのはいろはの方なのだから」

 

「たはは……あれ? そういえば、環さんのこと名前で呼ぶようになったんですね。前は『環さん』呼びだったのに」

 

 そう尋ねると少しだけ照れたように、彼女は答えた。

 

「あの子たちの強さを改めて、実感したからね。私の方も距離を少し縮めてみたのよ」

 

「そうなんですか。じゃあ、俺の名前も呼んでくれたりとか……」

 

 似合わない冗談を言おうとした時、廊下から足音がした。

 俺の対応をしていた七海さんが話を中断して、振り向いた。

 

「いろは……。大丈夫なの?」

 

 そこに居たのは件の環さんだった。

 彼女は目の下に薄っすらと(くま)を作り、ピンク色の表紙のノートをこちらに開いて見せた。

 

「できました……。うい救出計画、できました……」

 

 俺を認識しているかも怪しい虚ろな目で七海さんを見つめている。

 どう見ても大丈夫ではない。

 広げられたノートには丸っこい文字で『うい救出計画』なるものの、内容がびっしりと書き込まれていた。

 七海さんはふらふらした足取りの環さんを片手で抱き留め、もう片方の手でノートを受け取る。

 

「貴女、まさか、こんなものを徹夜で書いていたの?」

 

「こんなのじゃないです。『うい救出計画書』です……」

 

 うつらうつらしている様子の環さんは、そう言って指で開いているノートの中の概要を説明しようとする。

 

「まずは……ですね。ういの肉体が変化したって話のエンブリオ……ラブ? ……をばーっとやって浄化します。そしてですね、小さいキュゥべえに入っているっていう、ういの魂と浄化させた肉体を……こう、上手くコネクト……させます。肉体に魂が入りますね。これでういは助かります。分かります……?」

 

「ごめんなさい、いろは。私が分かることは、貴女が今すぐに寝た方がいいってことだけよ」

 

 困惑した表情で七海さんが環さんの頭に手を置く。

 俺も同意見だった。

 エンブリオ・ラブってなんだよ。イブだろ、イブ。ちゃんと名称は伝えたはずだぞ。

 “ばーっとやって浄化”の下りが一番端折(はしょ)ってはいけない部分だろ。

 

「環さん……」

 

「あ、中沢君。おはよう……」

 

「お、おはよう。もう夕方だけどな」

 

 本当に大丈夫なのかと心配そうに見つめていると、眠たげに目を擦りながら環さんは、俺に聞いてきた。

 

「中沢君も聞いてた? 私の計画。これで、ういをいつでも助けられるよね?」

 

「えっ……。あの、それは俺には何とも……」

 

 寝ずに考えたらしい計画に対して、「ちょっと無理だと思う」とは言い出せずに、言葉を濁す。

 こういうところはまだまだ中途半端なんだよな、俺は……。

 

「僕は案外いい線行ってると思うけどね」

 

 足元から俺の肩へと飛び上がった黒ウサギ姿のヌルオさんは、珍しく肯定的な意見を述べた。

 

「わあ、ヌルオさん……おはようとありがとう」

 

「おはよう、環さん。どこかのコマーシャルのキャッチコピーかな?」

 

 寝ぼけ過ぎて、挨拶と計画を肯定してくれた感謝がセットになってしまった環さんの言葉に適当に返した。

 だが、俺には彼の真意が分からず、つい聞いてしまう。

 

「え、ヌルオさん。環さんに気を使ってるの? だって……」

 

「魔女化した肉体をどうにかすれば、後はそれほど難しくないと思うよ。そもそもソウルジェムが肉体から魂を切り離したものなんだからね。あの珍獣をそのまま肉体のラインを繋げれば、それほどおかしな状態にはならないはずさ」

 

「いや、でも、その前の魔女化した肉体をどうするかっていうのが全然書かれてないのが問題なんだろ?」

 

「方法ならあるさ。魂そのものが変質していないなら、肉体に籠った穢れを除去してやればいい」

 

 ヌルオさんが何を言おうとしてるか、察して俺は話を終わらせようとする。

 

「それは……」

 

「リジェクト。八雲さんが名付けた名前はあまりピンと来ないけど、あれを使えば理屈の上では可能だ。魂に直接混ざり合っているウワサとの融合体の除去よりも簡単かもね」

 

 もっとも、当の肉体がちゃんと残っているのかは、まだ分からないけど。

 彼は最後にそう付け足した。

 ぼんやりとした目をしていた環さんがそれを聞いて、目を輝かせた。

 

「本当、なんですか……?」

 

「勝算はあるって程度だよ。ぬか喜びはさせたくないから絶対とは口が裂けても言えない」

 

 それでも俺はそんな提案をしてほしくなかった。

 “リジェクトを使う”。

 つまり、それはヌルオさんの魂を大きく削ることに他ならない。

 複雑そうな顔をしているのは俺だけではなく、七海さんも同じだった。

 

「立ち話も何でしょう。とりあえず、中へ入って」

 

 ノートを抱えて、嬉しそうな顔で前を歩く環さんは、八雲さんと俺の話を覚えているのか不安になる。

 別に妹さんが大事なのは当然だが、ヌルオさんの命を軽んじられているようで嫌だった。

 リビングに行くと、ソファに我が物顔で寝そべり、雑誌を読んでいる少女が居た。

 

「みふゆ。お客さん来てるから、それやめて」

 

「お客さん? ……ああ、中沢君たちですか」

 

 梓さんは一瞬だけ上半身を持ち上げ、来客が見知った顔だと分かるや否や再び、ごろりと寝ころんで雑誌の読書に戻る。

 なんだ、この怠惰な対応。前の印象と全然違う。

 もっときっちりした礼儀正しい人だと思っていたのに。

 

「あの、梓さんって……」

 

「自分を慕う後輩が居ないとわりとあんな感じよ」

 

「失礼な物言いですね。これはずっと感じていた重圧から解放されたからであって、いつでもグータラしてるナマケモノみたいに言わないでください。白羽根時代は本当にしんどかったんですから」

 

 ごろりと寝返りを打ち、仰向けからうつ伏せに体勢を変えると、脚をパタパタさせて雑誌を読み(ふけ)っている。

 決して、この(くつろ)ぎの時間は邪魔させないという固い意志を感じた。

 もう七海さんも文句を言うことを諦め、俺たちへと視線を戻す。

 

「あのリラックマのみたいな女のことは一旦忘れましょう」

 

「誰が、リラックマですか」

 

「それでさっきの話なんだけど」

 

 雑誌に目を落としながら突っ込みを入れる梓さんも、それを無視して話を進行させる七海さんにも打ち解けすぎて、数日前には敵対関係にあったとは到底思えない。

 カウンター席に座ると、環さんはその時点でこくりこくりと首を動かしていた。

 もう、この人は素直に寝た方がいいと思う。

 七海さんもそう感じたのか、彼女を部屋に連れて行こうとするが、首をぶんぶんと振って抗議する。

 

「だいじょぶです……ねむくないです……」

 

「じゃあ、せめて倒れないようにソファに座りなさい。ほら、そこ。貴女は一人掛けの方に移って」

 

「やっちゃんは(せわ)しないですねぇ……」

 

 ぶつくさと文句を言いながらも、環さんをソファに座らせるのには進んで手伝ってくれていた。

 個人としては物臭(ものぐさ)なのだが、七海さんの言葉通り年少者が居ると面倒見がよくなるらしい。

 

「じゃあ、改めて……『うい救出計画』について話し合いましょうか」

 

「はい。えっと、まずモキュゥべえ……小さいキュゥべえを探しませんか? エンブリオ・イブっていうのは置いておいて」

 

 少しでもヌルオさんがリジェクトを使う話を引き延ばしたく思っての提案だった。

 ただ本当にそれだけかというと少し違う。

 最近、まったくモキュゥべえを見かけていないからだ。

 前は探しても居ないのに向こうからやってきたあの白い珍獣はめっきり姿を見せなくなっていた。

 

「確かにマギウスの翼の本拠地にまた乗り込んで、その人工魔女というのをどうこうするよりも、ういさんの魂が入っているらしい小さいキュゥべえを探す方がいいかもしれないわね」

 

「あ。そういえば、マギウスの翼の本拠地と言えば、やっちゃん。あの大東区の魔法少女のリーダーさんはどうなりました?」

 

 思い出したかのように、割り込んできた梓さんは七海さんへ尋ねた。

 大東区というと、例のマギウスの翼の本拠地が移動した場所だが、どうやらそこにも魔法少女のコミュニティがあるらしい。

 本当にこの街、どこにでも魔法少女が居るなぁ……。

 

「それが単独で偵察に行くと連絡を聞いてから、音沙汰もなくてね……」

 

「上手く潜入できているのなら、こちらから連絡するのは危険ですね」

 

 気にはなっている様子の七海さんだったが、あまり心配はしていない辺り、信頼できる相手なのだろう。

 上手く話も逸れたので、俺はホッと一息吐いて、ソファに座る環さんへ目を向けた。

 彼女は襲い来る睡魔に耐え切れず、すやすやと寝息を立てて眠り込んでいる。

 色々と話していた二人も環さんの様子に気付いたようで、顔を見合わせて、微かに笑い合っていた。

 

「ベッドに連れて行きますね」

 

「お願い」

 

 梓さんが眠っている環さんを起こさないように、そっと手を差し込んで持ち上げると、七海さんが開けておいた扉から出て行く。

 その際に環さんがポツリと呟く。

 

「うい……お姉ちゃんが必ず、助けて、あげるから、ね……」

 

 寝言を残して、部屋から連れて行かれた彼女を見送り、俺は下唇を噛んだ。

 七海さんも黙り込んで、喋らない。

 しばし、無言の時間が続くかに思われたが、ヌルオさんが静寂を打ち破る。

 

「さて、僕があとどのくらい保つのか話しておこうか」

 

「はあ……。やっぱりね。念のためにいろはを連れて行ってもらってよかったわ」

 

「えっ?」

 

 飛んでもない話をしようとするヌルオさんと、それを薄々勘付いていた七海さんの反応に俺は愕然とする。

 そういう話の流れだったのか。

 もしかして、梓さんも気付いていた……?

 何も分からず、話が流れたと思っていたのは俺だけ?

 察しの悪さに衝撃を受けている俺を尻目に、二人は話を続ける。

 

「具体的に言うと、あとリジェクト二回分は保つと思う。否定の魔法はあんまり大雑把(おおざっぱ)に放たなければ、それほど問題ないかな?」

 

「なら、鶴乃のことは任せない。みたまからも散々そう言い含められたわ。できれば使ってほしくはないけど……」

 

「仮に、その人工魔女とやらが環さんの妹と無関係だとしても放置して置くつもりはないよ」

 

「そうよね。貴方はそういう人よね……じゃあ、その方向で行きましょう」

 

「ちょっとちょっと。待って。俺抜きで話を進めないで」

 

 勝手に話をまとめ始めた二人を慌てて止める。

 頭の良い人たちの会話ってホントやだ。理解する前にポンポンが進んで行くから途中で追い付けなりそう。

 

「色々と聞かせてくれよ。ヌルオさん、本当にそれでいいのか? アンタ、死んじまうかもしれないんだぞ?」

 

 すると、彼はきょとんとした様子で小首を傾げる。

 

「死ぬも何も、僕はただの魔力の塊だよ。ウワサの化け物と何ら変わらない」

 

「いや、そんなこと言われても……受け入れられないよ」

 

「なら、少し昔話をしようか。上条君の魔法によって破壊されかけた僕を、環さんが魔法で治療してくれた時、全部思い出したんだ。僕がどういう存在なのかを」

 

「環さんの魔法……? いや、それより全部思い出したって」

 

 上条にやられたというのは、記憶ミュージアムに最初に訪れた時のことだろう。

 だとするなら、ヌルオさんは鹿目さんと会った時点で、俺が見た内容も全部知っていたということになる。

 色々と言いたいことはあったが、俺はそれを呑み込んで彼の話に耳を傾けた。

 

「あるところに、それはそれは思い上がった少年が居りました。その少年は自分の行動で他人を誘導して、居心地の良い世界を作ろうとしました」

 

 語られたのは、ある少年の物語。

 ほんの少しだけ人の心に詳しい少年が魔法少女たちと出会い、彼女たちに教え、彼女たちから学び、共に成長していった。

 最後には少年は自分が依存させてしまった魔法少女と(いさか)いで負った怪我が原因で命を落としかけたものの、とある友人の助けを借りることで魂を肉体から切り離し、生き延びることができた。

 ただし、本来の手順を通さずに魂を肉体から抜き出したせいで、少年の魂は時間と共に少しずつ摩耗していった。

 

「まあ、色々あって少年は死にました」

 

「えっ、そこ一番重要なとこじゃないの!? せめて、もうちょっと、何か付け加えてくれよ」

 

「じゃあ、少年は馬鹿だったので死にました」

 

「酷くなった!?」

 

 俺が泣きながら見たあの光景を『馬鹿だった』の一言で片付けられるのは釈然としなかったが、また酷い形容詞が追加されるだけなのでぐっと堪えた。

 

「馬鹿な少年が死に、めでたしめでたしで物語は締め括られるはずでした」

 

 微塵もめでたくないのだが、本人が言っている以上訂正しづらい。

 そこで少し彼は呆れたような、懐かしむような複雑な眼差しを虚空に向けた。

 

「消えゆく馬鹿な少年の魂に、別世界からやって来たこれまた馬鹿な魔法少女の神サマがちょっかいを掛けてしまったのです。その魔法少女の神サマは大切で馬鹿な友達に会いに行く途中でした」

 

 主要人物を(けな)さないといけない縛りでもあるのだろうか。

 後半馬鹿しか出て来ないことになるぞ。

 枕詞(まくらことば)のように付け足される酷い形容詞は脳内で削って聞くことにする。

 俺の心中を知ってか知らずか、登場人物を罵倒しながら話を進めた。

 

 目的を忘れた魔法少女の神様と、それを望む彼女の友達と共に偽物の世界を満喫(まんきつ)していた。

 神様を偽物の世界へ招き入れる際、偶然巻き込まれた少年の魂は気付く。

 神様の友達が偽物の世界をより本物らしくするために、無関係な人々を招き入れていることに。

 何もかも忘れて、堕落した幸せに浸る彼女たちが自分の意志で目を覚ますことを待った。

 無関係な人々を少しずつ、こっそりと外の世界へ逃がしながら、少年は待ち続けた。

 

「だけど、痺れを切らした馬鹿な少年は思いました。こいつら起きる気ないぞ、と」

 

「急にフランクになったな……」

 

「なので馬鹿な少年は、馬鹿な少女たちの敵になることに決めました。思う限り方法で彼女たちの甘い夢を打ち砕きに回りました」

 

「少年の方も大概だな……」

 

 だからこそ、馬鹿と貶しているのだろうけど。

 

「馬鹿と馬鹿は戦いは激しさを増していきましたが……勝ったのはやはり馬鹿でした」

 

「いやどっちだよ、それ」

 

 同じ形容詞だけで語られると、本気で分からない。

 あえて、言っているのだろうが、()らさないで早く続きを教えてほしい。

 

「馬鹿な少年は自分の弱さを克服した魔法少女たちによって倒されました。ここでお洒落な主題歌と共にエンドロールを流したいところでしたが……ところがどっこい、話はそこで終わりません」

 

 魔法少女の神様は偽物の世界を作った友達とも永遠に一緒に居ることを望んだ。

 しかし、その友達は自分が彼女を独り占めにしたいと願いを抑えきれないことを理由に、神様の手を取ることを拒む。

 それでも諦めきれない神様に、少年は最後の力と知恵を振り絞って、神様に究極の選択を迫らせた。

 たった一人の友達か、それまで救い続けた魔法少女たちをすべてか。

 どちらかしか選べない状況を作って選ばせた。

 

「馬鹿な魔法少女の神サマは、最後には賢い選択をしました。唯一の選択は馬鹿な少年の砕けかけた魂……それに染みついた否定の魔法を取り込むことだけでした」

 

「ん! それって……」

 

「馬鹿な少年の魂を取り込み、否定の魔法とそれを使う冷徹さ、そして性格の悪さを得ました」

 

「よくないものまで取り込んでる! 続編で暴走する奴だ」

 

 ポストクレジットシーンで、チラッとその片鱗を見せて、ハッピーエンドで喜んだ観客の心に不安を残す奴だ。

 なのに資金的な問題で続編が作られず、ただ気持ちよく終わらせてくれなかっただけになる奴でもある。

 

「どどん! そして、続編です」

 

「待ってました!」

 

「……ノリ良いわね、貴方たち」

 

 しばらく黙って聞いていた七海さんがぼそりと突っ込んできた。

 こういう時が一番男女で温度差を感じる。

 冷めた目で続きを催促する彼女によって、ヌルオさんは話を戻した。

 

「性格の悪くなった魔法少女の神サマは、自分に管理下にない魔法少女が居る、とある世界を見つけます。どうやら本来魔法少女にはならない少女が、魔法少女になったせいで因果の流れが他の世界と異なり、上手く干渉できないのです。これは面白くありません」

 

「ああ、性格悪くなってる!? 前は友達にも優しい子だったのに、どうして……」

 

「中沢君。応援上映とか好きそうね……」

 

 前作の勝利と引き換えに悪影響を受けてしまった神様に悲しんでいると、横から黙れという眼差しが突き刺さり、口を閉じた。

 

「神サマはその世界を調べました。どうやらその世界では、自分とは違う方法によって魔法少女を救済しようとしているようです。ただ、その方法があまりにも魔法少女以外に無頓着な方法でもありました。神様はそれに対して思うところはありましたが、自分たちの力で現状を変えようとしている心意気だけは買いました」

 

「わりと清濁併(せいだくあわ)せ持つ性格になったんだな、神様」

 

「…………」

 

 横からの視線を知らない振りで受け流す。

 話を熱中して聞くと、無意識に口から出てしまうのだから仕方ない。

 

「神サマは考えました。では、彼女たちに試練を与えようと。一石を投じます。自身が持つ否定の力の一部に、取り込んだ少年の僅かに残っていた自我意識を()()()、その世界へと放り込んだのです」

 

「模してって、待ってくれよ。ヌルオさん、それじゃ……?」

 

「その世界の、とある街の法則に合わせるために、僅かな一般人たちの記憶に干渉して噂話として流布し、その形質を保ったまま、生まれたのが──僕」

 

 つまり、今の物語の結論は……。

 

「僕は神サマに取り込まれた夕田政夫の魂の劣化コピーだよ。かつて生きた彼の記憶を焼き付けただけ魔力の塊。つまり、ただの物体という訳さ」

 

「そんな……だって、八雲さんだって」

 

 そうだ。八雲さんもヌルオさんのことを政夫さんと同一のように語っていたはずだ。

 ヌルオさんを人間のように評していた彼女は、正体が物だなんて思っていなかったはずだ。

 だからこそ、俺から宝石の状態のヌルオさんを取り上げたのだ。

 しかし、彼はそれすらも否定する。

 

「彼女は夕田政夫の記憶までしか見られなかったからね。でも、彼女はソウルジェムを調整する者として、無意識の内に気付いていたようだ」

 

「何、を……」

 

「彼女は宝石だった僕を一度たりとも『ソウルジェム』とは呼ばなかった。勘違いをしていても、それだけは絶対に間違えなかった。宝石の僕は『ソウルジェム』ではないからね。僕には魂なんてないのだから、大正解だよ」

 

 耐えられなかった。

 自分をコピーや物体だというヌルオさんが許せなかった。

 だから、衝動的に俺は叫んだ。

 

「だったら、ヌルオさんは……今、ここに居るアンタは一体なんだよ!」

 

 そうだね、と彼は少しだけ思考するように押し黙ってから、言った。

 

紛い物の記録(ナノカレコード)とでも言うべき存在かな?」

 

 あまりにも悲しく絶望的な正体を話しておきながら、悲痛さも空虚さも感じさせずに続ける。

 

「だから、中沢君。僕の命を気にする必要はないんだよ。最初からそんなものはどこにも存在していなかったのだから」

 

 自分のことをそう表現する彼に俺は、力なく項垂れることしかできなかった。

 




書いていたら途中で思い付いたタイトル回収。
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