ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 茜色の誤算

 ──面白い作品(アート)が作れそうなんだヨネ。

 アリナがそう言ってフェントホープに連れて来たのは、くすんだ銀髪を持つ一人の男の子だった。

 状況がまるで呑み込めていない様子で、その表情は戸惑いと焦りに満ちていた。

 もしも彼の見た目が冴えないものであれば、興味も持たずに「アリナの気まぐれ」で終わらせていたと思う。

 形の良い瞳、整った鼻筋、品のある口元。

 提唱するつもりだった魔法少女至上主義も忘れて、見入ってしまうほど彼の顔立ちに惹かれた。

 それまで“一目惚れ”なんてものは脳の錯覚だと思っていた。

 外見的に好ましいパーツが揃った異性を認識することでその相手がまさに運命の相手だと勘違いしてしまうのだと。

 そもそも恋愛感情そのものが単なる錯覚によるものだと思っていたくらい、わたくしには縁遠く感じられていた。

 ねむが以前から(すす)めてくる恋愛小説もフィクションとしての娯楽でしかないと、そう思い込んでいた。

 でも、彼に……。

 上条恭介に出会った瞬間、感じた感動は錯覚の一言では到底表しきれないものだった。

 彼が欲しい。

 彼を手に入れたい。

 衝動と言ってもいいほどの感情。

 その想いは決して一時の気の迷いじゃなかった。

 恭介はアリナのドッペルの一部である呪いと、願いによる奇跡を融合させ、独自の魔法を手に入れてみせた。

 魔法少女にしか使えない魔法を獲得した彼は、見事に自分が特別な存在であることを証明した。

 わたくしの隣に立つ資格を。

 わたくしに愛される権利を。

 証明し続けた。

 だからこそ、恭介を手に入れるために色々と手を回した。

 まずアリナが彼から他に興味が移るように『ひとりぼっちの最果てのウワサ』を私物化を容認して、好みの魔女を育てさせた。

 アリナの支配下から救い出してあげることで恭介に誰が味方かを印象付ける手筈だった。

 フェントホープ内に軟禁状態にして、少しずつわたくしだけが最も信頼できる相手だと刷り込ませるつもりだった。

 だけど、梓みふゆが余計なお世話のせいで刷り込みはうまく行かなかった。

 穏健派で他羽根たちにも慕われていた彼女の存在は鬱陶(うっとう)しく思っていたけれど、排除の決め手になったのはそれだった。

 本当なら恭介本人に仲の良かったみふゆを消させて、罪悪感から逃れるためにわたくしに依存するように持っていく予定だったのに、邪魔が入って台無しにされた。

 それならばと、今度は『銀羽根』としてマギウスに次ぐ地位を与えることにした。

 普段の仕事の他に白羽根の管理をさせることでオーバーワーク状態にして思考から余裕を奪い、彼に懐いていた黒羽根たちを引き剥がしつつ、白羽根たちからの不平不満を受けることで、精神的に孤立させ、わたくしに(すが)るように仕向けた。

 でも、これもうまくは行かなかった。

 ひとえにわたくしの運命の相手が優秀過ぎたからだ。

 想定よりも恭介は、銀羽根としての業務を円滑にこなし、癖のある白羽根たちにも上司として受け入れられた。

 彼の心は繊細そうな見た目にそぐわず、強靭で、反骨精神に満ちていた。

 表面上は、わたくしに平伏しつつも、心の奥底では確固たる信念があり、他者への依存性が見られない。

 より魅力のある男性である証とも言えたが、それでは彼の心まで手に入れることはできない。

 わたくしが欲しいのは、恭介が弱い黒羽根に向ける博愛じゃない。

 誰とも比べることのできない絶対的な純愛。

 わたくしなしでは居られないほどの強い感情。

 彼にとっての一番になりたい。

 だからこそ、一度、その強靭な心を折り、手懐ける必要があった。

 どうすれば、恭介の心を(くじ)くことができるだろう?

 どうやれば、恭介にわたくしへの依存心を刷り込ませられるだろう?

 その答えを解くヒントはあっさりと自分の方から現れた。

 

『上条様の下に戻してほしい』

 

 廊下を歩いている最中、不躾に嘆願してきたのは、一人の黒羽根。

 灰羽根だった恭介の直属の黒羽根だという彼女を見て、案を思い付いた。

 弱い魔法少女のために戦う恭介は、自分が原因で黒羽根をドッペル症にしてしまったと知った時、どうなるのだろうか。

 誰彼構わず魔法少女を魅力し、期待させてしまう彼は、きっとこう思うはず。

 ああ、自分のせいだ、と。

 自分の態度のせいで、彼女を追い詰めてしまったのだ、と。

 優しく、思いやりに溢れた彼の心は折れる。

 折れたところにすかさず、わたくしが慰めの言葉を掛けてあげる。

 あなたは悪くない。悪いのは魔法少女の運命なの。

 こういった可哀想な魔法少女を産まないためにも、これからはわたくしの指示に従って動いて。

 わたくしの言葉を何よりも優先して。

 そうすれば、もう二度とあなたは間違えることはないわ。

 弱った恭介になら、その言葉は乾いた大地に降り注ぐ雨のように染みるはず。

 身も心も完全に掌握できるようになる。

 そう考えた。

 

「顔も名前も知らないあなたのことなんて、恭介は一々覚えてないわ。そんなに暇じゃないもの。それより、恭介に付きまとうのはやめなさい。きっと迷惑してるわよ」

 

 別段、大したことは言っていない。

 黒羽根がどれだけ些細なことでソウルジェムを濁らせるかは嫌というほど見てきた。

 うんざりするくらい下らない理由で心が耐えられなくなる彼女たちを、頭がおかしくなるほど知っている。

 心が弱くて、頭が鈍くて、自分では何一つしようとしない。その癖、何かに付けて他人のせいにしたがる。

 恭介とは真逆の愚かな存在。

 言葉だけでその黒羽根は酷く落ち込み、ふらふらとした足取りで離れて行った。

 思った通り、それからしばらくして他黒羽根と同行中に感情を制御できなくなり、ドッペル化して暴走したと報告を受けた。

 わたくしが何か手を下すまでもなかった。

 放って置いてもその内、同じようになったと断言してもいい。

 ただ、予想外があるとすれば、その始末を調整屋ではなく、恭介が直接行なったことくらいのもの。

 まさか、あの恭介が自分の手で黒羽根を殺すとは思っていなかったけれど、より一層心に傷ができたのは嬉しい誤算と言えた。

 これで優しい言葉を刷り込み易くなったのだと、報告を聞いた時は思っていた。

 だけど、それは思い違いだった。

 恭介は折れたのではなかった。

 ()()()のだ。

 在り方から、その美しい容姿までも。

 根本から変わってしまった。

 

「……マギウス・灯花。報告があります」

 

 大聖堂の中央。テーブルに腰掛けるわたくしに銀色のローブを纏った彼が恭しく、一礼する。

 フードの内から覗くのは端正な顔立ち──ではなく、光沢のない銀の仮面。

 開けられた目と口の穴は真横に広がっていて、無表情を形作っている。

 

「恭介……。報告の前にその仮面を取りなさい」

 

「いいえ。マギウス・灯花。これが今の僕の顔なのです。もしも取れと(おっしゃ)るのなら……」

 

 左手に巨大な銀の糸鋸(いとのこぎり)を作り出し、仮面と皮膚の境目にそっと細い刃を押し当てた。

 耳のすぐ前にある自分の頬に尖った糸鋸の刃が食い込む。

 

「この顔を削ぎ落さねばなりません」

 

 つうっと細い刃に赤い(しずく)が伝い、柄を握る彼の白く美しい指先を濡らした。

 わたくしは言葉を失った。

 彼が本気でそれを実行する気だと分かったからだ。

 もしも、わたくしが発現を撤回しなければ、顔面から貼り付いた仮面ごと自分の肉を削ぎ落すつもりなのだ。

 

「ま、待って。……いいわ、特別にその仮面のままで許します」

 

「寛大なお心遣い、感謝致します」

 

 銀色の糸鋸が揺らめくように消える。

 頬には傷と赤い流血だけが残されていたが、彼の人差し指が傷口に触れると、(よど)んだ銀色の軌跡が皮膚を融かし、そこを塗り固めた。

 明らかに恭介が持っていた腐敗の魔法の範疇(はんちゅう)を超えている。

 彼が生み出せる武器はバイオリンだけだったはず。

 じゃあ、あの凶悪な糸鋸は何……?

 彼の魔力の色は灰色だったはず。

 じゃあ、あの澱んだ銀色の魔力は何なの……?

 魔法の性質が変化したとでも言うの?

 いくら彼の魔力の源が魂ではないからといって、そう簡単に性質まで変わるとは思えない。

 魔法少女と同じように、魔法の性質は彼の精神に深く関わっている。

 それはねむも交えて綿密に調べ上げたから間違いない。

 激しい感情による変化……。いや、それでもここまでの大きく性質が変異するのはおかしい。

 それこそ、ソウルジェムとウワサの融合のように、外部からまったく別の性質を持った魔力を加えでもしない限りは起こりようがない。

 

「それで恭介。報告っていうのは何かしら?」

 

 動揺を押し殺し、改めて彼の持ってきた知らせに耳を傾けた。

 

「銀羽根、とお呼びください。他ならないマギウスから(たまわ)った名です」

 

「……いいわ。銀羽根。報告を」

 

 このまま押し問答を続けても時間の無駄になる。

 仮面を外さなかった時のように決して彼は自分の意見を曲げたりはしないだろう。

 

「この度、新しい白羽根がマギウスの翼に加わりました。……おい、名乗れ」

 

 彼に促され、彼の背後から顔を出したのは純白の魔法少女だった。

 

「和泉十七夜……です。……マギウス様」

 

 見覚えのある姿。けれど、彼女の浮かべた表情は初めて見るものだった。

 敵味方問わず、常に凛とした顔で周囲を見据えていた大東区の魔法少女のまとめ役。

 七海やちよと並び、堂々とマギウスと対立していた魔法少女。

 その彼女が卑屈な表情でわたくしの機嫌を(うかが)っている。

 

「どういうこと!? どうして、彼女がここに……!」

 

「ですから、今お伝えしたでしょう? 新しく僕の配下に加わった白羽根です」

 

「ふざけないで! 七海やちよたちのフェントホープ襲撃を忘れたの? この重要な時期に、敵対している魔法少女の親玉をマギウスの翼に加えるなんて、一体何を考えてるの!? それもわたくしに何の断りもなく!」

 

 声を荒げて、恭介を睨み付ける。

 本気で彼の思考回路を疑った。何の相談もなく、計画を何もかも台無しにしかねないことをしでかしたというのに、淡々とした態度で事後報告をするなんて、正気とは到底考えられない。

 しかし、銀色の仮面の奥から帰ってきたのは、酷く冷めた声音だった。

 

「お忘れですか? 白羽根の加入もしくは黒羽根からの昇格の権限は、すべてこの銀羽根に一任されています。この程度の些事(さじ)で、わざわざマギウスのお耳を汚すような真似は致しません」

 

「それにしても限度が……」

 

「そのためにあなたは銀羽根という役職をお作りになられたのでしょう? ……違いますか? マギウス・灯花」

 

 仮面の穴から覗く視線に気圧され、喉から出る声が握り潰される。

 (かしこ)まった口調とは裏腹に、その眼差しには一切の敬意は含まれてはいなかった。

 静かに、けれど、煌々(こうこう)と燃え盛る炎のような熱を孕んだ眼光。

 目上どころか、味方に向けていいものではない。

 

「それ、は……」

 

「大東区の魔法少女のトップがマギウスに恭順を表したのです。あとは烏合(うごう)(しゅう)。これで当面の脅威はなくなりました。安心して計画を進められそうですね」

 

 明るく、穏やかに語る声が、かえって白々しく聞こえた。

 今、わたくしの目の前で喋っているのは本当に恭介なのか、不安に感じる。

 仮面の下で彼の声を真似ているのは一体何なのか。

 あれだけ愛しく思っていた彼が、得体の知れない何かにしか見えなかった。

 

「……どうしました? 喜んでくださらないのですか?」

 

「あなたは……」

 

「何でしょうか? マギウス・灯花」

 

 その言葉を吐くことが躊躇(ためら)われた。

 口に出してしまえば、それが取り返しの付かないことへの決定的な引き金になってしまうと確信があった。

 それでも言わずにはいられなかった。

 強い意志がそうさせた訳じゃなかった。

 むしろ、その逆。

 (こら)え切れない恐怖が脳を支配し、わたくしの舌と唇を動かした。

 

「あなたは、……一体誰!?」

 

「…………誰? 何を仰っているのですか? 僕に名前をくれたのはあなたでしょう?」

 

「違うっ! あなたはわたくしの知ってる恭介じゃない……!」

 

「ええ。上条恭介は死にました。僕の名前は“銀羽根”」

 

 彼は一歩ずつ、椅子に座るわたくしへと近付いてくる。

 椅子を後ろへ蹴り飛ばして、日傘を作り出して、その先端を彼へと向けた。

 ほとんど反射的な動作だった。

 恐怖がわたくしの身体を突き動かしていた。

 

「こ、来ないで! それ以上、近付くと……!」

 

「それ以外、何の名前も持たない──」

 

 警告して、なおも歩みを止めない彼に対し、虹色の火炎を先端から噴き掛けた。

 殺意からではなかった。

 ただ、一刻でも早くこの目の前に立つ怪人の動きを止めるための威嚇だった。

 けれど、彼は炎の壁すら躊躇せずに踏み込んでくる。

 いつの間にか彼を包むように発生した銀色の被膜(ひまく)が、虹色の火炎障壁を食い破る。

 炎が……火炎の壁が、液状に融けて、大聖堂の床を(こぼ)れた。

 美しくも、(おぞ)ましい光景が広がった。

 澱んだ銀が虹の炎を(むさぼ)り、(よだれ)を垂れ流している。

 その中心に居るのは銀のローブと仮面を身に付けた怪人。

 ……アリナ。あなたの言ったことは間違っていた。

 

「──亡霊(ファントム)なのです」

 

 白く細長い指がわたくしの頬を優しく撫でる。

 以前だったら、感じていた愛着も恋慕もなかった。

 ただただ他者を圧倒し、屈服させる魔力の化身だけがそこに立っていた。

 ……()()()()()()が作り上げてしまったのは面白い作品(アート)なんかじゃない。

 あらゆる魔法を融かし尽くす、銀色の魔人──“銀羽根”。

 

「お分かりいただけましたか? マギウス・灯花」

 

「……一つだけ聞かせて」

 

「はい。何なりと」

 

 抑えようのない震えを隠すのも諦めて、尋ねた。

 

「あなたは……まだ、わたくしの味方なの……?」

 

 銀色の魔人は、その問いに柔らかい声音で答える。

 

「あなたが本当に自分以外の魔法少女を含めた解放を行ってくださるのであれば、僕は変わらない忠誠を捧げます」

 

 その気になれば、彼は今、わたくしの命など花を摘むよりも簡単に奪い去ることができる。

 これは審査だ。

 彼はわたくしが行ってきたすべてを理解した上で、この場にやって来た。

 その上で改めて、見定めている。

 生かすべき価値があるのか否かを。

 彼の救いたい弱い魔法少女にとって有益かどうかを。

 すうっと小さく息を吸い込む。

 そして、告げた。

 

「誓うわ。わたくしはマギウスの翼の魔法少女を導き、その滅びの運命から解放すると」

 

「その言葉を信じましょう。ただ……三度目はないですよ? マギウス・灯花」

 

 無表情の仮面の奥から、彼の瞳がわたくしの顔を(のぞ)き込む。

 薄暗がりの中でその瞳に灯る光だけがはっきりと見えた気がした。

 

「ええ。もしあなたの期待を裏切った時には、どんなことをされても構わないわ」

 

「その誓いが破られない限り、マギウスの銀羽根としてあなたを支持します」

 

 銀色の魔人は再度、恭しく頭を下げた後、大聖堂から和泉十七夜を引き連れて、去って行った。

 全身から力が抜け、膝から崩れ落ちる。

 体中の毛穴から汗が滲み出すのが分かった。

 止めていた訳でもないのに、呼吸が次第に荒くなる。

 あれは“死”だ。

 死という概念がそのまま、人型に圧縮されたような存在。

 魔法少女になる前の、病弱だった頃のわたくしが常に感じていた不安や恐怖を形にしたもの。

 

「あれは……もう、恭介じゃ、ない……あんなものが、恭介であるはずない……」

 

 わたくしの愛する彼は永久に失われてしまった。

 何より、それを行ってしまったのが自分だということを否が応でも理解させられた。

 頬から汗以外の水滴が流れ落ちる。

 

「ごめんなさい……。ごめんなさい、恭介……」

 

 わたくしはただ、あなたに愛されたかった。

 それだけで充分だったのに。

 一番になりたかった。

 あなたにずっと隣に居てほしかった。

 それは、自分以外の誰かのためだけに流す初めての涙だった。

 

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