ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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第二十九話『中沢君と悲しみの遊園地』④

「それじゃあ、手筈通りに行くわよ」

 

 七海さんの言葉に俺は頷き、集まっていた全員がそれぞれが独自に動き始める。

 それは昨晩、七海さんの下へ一本の連絡が届いたことから始まった。

 電話の主は、潜入調査をしていた大東区の例の魔法少女だったそうだ。

 彼女が言うには、マギウスは土曜日に魔女誘導装置のウワサを使い、例のワルプルギスの夜を呼び寄せる作戦を実行するとの話だった。

 ギリギリになってしまったが、ようやく掴んだ情報だということで七海さんへ報告したのだと言う。

 俺はこの時のために用意しておいた衣装を身に纏い、キレーションランドの外壁から少し離れた場所で物陰に身を潜め、待機した。

 しばらくすると、入り口の門では守衛を務めていた一人の白羽根が、突如、脇に控えていた黒羽根たちを背後から手刀で襲う。

 声すら上げさせる間もなく、黒羽根たちを倒していた後、彼女は片手を振り上げて合図を送った。

 すぐに黒羽根のローブを着た七海さんたちが彼女の元へ駆け寄る。

 恐らく、あれが潜入していた大東区の魔法少女なのだろう。

 ここからだと顔がフードで隠れて見えないがかなり小柄な背丈の魔法少女だ。

 それにしても、ヌルオさんに魔法をなるべく使わせないようにするためとはいえ、急に魔法少女たちだけで先行するだなんて言い出すとは思わなかった。

 彼の意思を尊重すると言いながら、やはり七海さんも彼が自分を削って戦うことに納得してはいないのだろう。

 土壇場の作戦変更のせいで、協力者の魔法少女に迷惑がかからなければいいのだが。

 門の中に七海さんたちが入ってからしばらく経った後、俺は周囲に気を配りながらキレーションランドの園内へと侵入した。

 壁の内側に入ると、まず最初に目に付いたのが、いくつも並んだサーカステント。

 大きさにムラがあるが、どれも金属の脚が伸びていて、高床式倉庫のように地面から離れて建っている。

 いや、そもそも入り口らしき部分も見当たらないあれは本当にテントなのかも怪しいところだ。

 その高床式サーカステントの隙間を縫うように、ジェットコースターの線路が縦横無尽に曲がりくねって伸びていた。

 他には機関車をモチーフにしたメリーゴーランドや、やたらと高い鉄塔に備え付けられているコーヒーカップ、回転ブランコやバイキングブランコ。

 回ったり、揺れたりするタイプのアトラクションばかりが目立っていた。

 中央には大きな通りがあり、道の脇には噴水が一定間隔で設置してある。

 その奥には飛び切り大きな城が建っていて、その後ろに観覧車と聖堂のような建造物があった。

 (そう)じて、感じたのは無駄な建造物が多いこと。

 アトラクションの種類にも偏りがあり、全体的にごちゃごちゃした雰囲気が拭えない。

 写真や画像だけでイメージを膨らませた子供が脳内で作り上げた遊園地を立体化したような場所、とでも言えばいいのか。

 何となくだが、これを作り出した人間は本物の遊園地には行ったことがないのだろう。

 このキレーションランドと比べると、実際のテーマパークが入場者を飽きさせないようにどれだけアトラクションの種類や配置には気を配って建てられているのか改めて理解できた。

 もっとも、この場所は人を楽しませるアミューズメント施設として生み出された訳じゃない。

 歪な遊園地はワルプルギスの夜という魔女を呼び寄せるためだけの祭壇。

 魔女の来場者を招く狂気の遊園地だ。

 正直、ワルプルギスの夜というのがどんな存在なのかいまいち分からないが、きっと危険な魔女なのは七海さんの口ぶりから感じられた。

 大東区はもちろん、俺の住む新西区だって危なくなるかもしれない。

 一刻も早く、計画を中止させるためにも魔女誘導装置のウワサとかいうものを探して壊さないといけないのだが、ここまで色んなものがあるとどれがその装置に該当するのか判断が付かない。

 それらしきものに目星を付けようと園内を練り歩いていると、警備をしている黒羽根二人組とかち合った。

 

「……っ! 何だ、お前は!」

 

 俺は即座に用意していた文言を吐きながら、愉快なポーズで彼女たちに挨拶する。

 

「キレーションランドにようこそナゾー! 謎沢クンはキレーションランドのマスコットナゾ! ゆっくりまったりしていってほしいナゾー!」

 

 一瞬だけテンションの高さに圧倒された黒羽根たちだが、呆れたように警戒を解いた。

 

「なんだ、ウワサの一部か。驚いて損した」

 

「マスコットのわりにあんまり可愛くないな。というか、むしろ、キモい」

 

 俺の存在を放置して、再び巡回へと戻っていく。

 そう。今の俺は謎沢クンの着ぐるみと被り物で身を包んでいた。

 遊園地のウワサだからこそ、それに関連する存在は多少変わったものでも当たり前のように一部として受け入れてしまう。

 八雲さんからの提案で“謎沢クンの着ぐるみで行けば案外簡単に潜入できるかもしれないわぁ”と言われた時には、この人本気で俺のことをマギウスの翼に始末させるつもりなのかと疑ってしまったが、これがまさかの最善手だった。

 巡回している黒羽根たちだけではなく、キレーションランドのウワサそのものにも異物として扱われていない辺り、性質に沿ったものを排除できないらしい。

 調整屋で過ごしたあの最高に無駄な時間が、潜入の役に立つとは人生分からないものだ。

 堂々と園内を行き交う黒羽根や白羽根に挨拶をしながら、中心に(そび)え立つ城へと近づいて行く。

 

「キレーションランドへようこそナッゾー! 楽しんで行ってほしいナゾー!」

 

 キレのあるポージングで本場の着ぐるみマスコットもかくやのサービス精神で絡んでいると、もう視界にも入れたくないとばかりに近付くだけでそっぽを向かれるようになっていった。

 願ったり叶ったりの状況なのだが、マスコットとしての俺は少し寂しくなってしまう。

 あれか。あえてサービスせずに向こうから寄って来てもらう仕向けるのがプロのマスコットなのか……。

 

「謎沢クンをよろしくナゾー……ん?」

 

 駄目押しで愛想を振りまいていた時、園内にどこからともなく鐘の音が鳴り響いた。

 重厚な鐘の音色が終わると、薄っすらとだが楽し気なメロディーが流れ出す。

 音源は中央の城の上部についた蓄音機のスピーカーのようなオブジェから出ているようだった。

 愉快な音楽が流れた瞬間、ぞわりと背筋が凍るような感覚が俺を襲った。

 見上げれば、ほんの少し前まで雲一つない快晴だった青空はコーヒーでも零したように黒く濁っている。

 だが、暗雲の合間に何かカラフルなものが一つ、二つと増えていく。

 何だろうと思い、目を凝らすとそれは──様々な形状をした魔女だった。

 

「……っ!」

 

 十や二十ではない。

 大群だ。(ひょう)(あられ)のように濁った空から降り注いでいるのは魔女の群れ。

 察しの悪い俺でも分かった。

 あの鐘の音がワルプルギスの夜を呼び寄せる作戦開始の合図だったのだ。

 そして、城の天辺に付いたあのオブジェが、恐らく魔女誘導装置……!

 巡回していた黒羽根たちはいつの間にかおらず、外壁や観覧車から光線が飛び出て、遊園地向かって降りてくる魔女たちを迎撃している。

 そうか。目的のワルプルギスの夜以外の魔女はマギウスの翼としても邪魔なのか。

 自分で呼び寄せておいて、やって来たら撃ち落とすとは、とんだ来客対応だ。

 いや、そんなことを考えている場合じゃない。

 先に入っていった七海さんたちと合流するべきか、それともこのまま単独であの誘導装置を壊しに行くべきか、一瞬だけ迷う。

 その時、ちょうど誰かに話しかけられた。

 

「こんなところで何してるのさ、マスコットちゃん」

 

「どなたナゾ?」

 

 一瞬で謎沢クンモードに精神を切り替えて、話しかけて来た相手に対応する。

 見れば、それは白羽根の一人。

 束ねた髪が長すぎるのか、その一部が被ったフードの内側から飛び出ている。

 

「キレーションランドにようこそナゾー! ゆっくりしていってほしいナゾー!」

 

「そりゃどうも。でも、おかしいな。キレーションランドのマスコットキャラクターはライオンの顔をしていたはずだけど……」

 

 やべぇ。キレーションランドガチ勢か。この人。

 確かウワサっていうのは柊ねむが作った架空のもの。設定までちゃんと把握してる猛者が居ようとは……。

 応援を呼ばれるとまずい。このままノリと勢いで誤魔化すしかない。

 

「新キャラナゾー! 追加戦士枠ナゾー! キレーションランドの明日を担っていく謎沢クンをよろしくナッゾー!」

 

「なんだ、新キャラかぁ……」

 

 明るい声で白羽根は頷く。

 お。納得してくれたのか。

 ほっと胸を撫で下ろして、腕を頭の後ろに回して頭を掻くお茶目な仕草をする。

 

「そーナゾ。そーナゾ。ナッーゾッゾッゾッゾ……」

 

「……そんなので丸め込めると思った?」

 

 白羽根は瞬時に白いバズーカ砲を生み出して、肩に担ぐ。

 フードから覗く彼女の口元が真っ直ぐに引き結ばれていた。

 やっぱり無理だったー! ちょっと行けるかと思ったけど、当然の如く駄目だったー!

 

「くっ、ならば喰らえ! 『謎沢ストライク』っ!!」

 

 被っていた謎沢クンの頭を外して、バズーカ砲を構えた白羽根へ投げつける。

 いきなり頭を外して放り投げたことで(きょ)を突けたのか、あるいは技名を叫びながら投げつけたことで何らかの仕掛けがあると判断したのか、手で跳ね除けけず、白羽根は後ろへ跳んで回避する。

 しかし、何の変哲もない謎沢クンの頭部は放物線を描いた後、ボテッと地面に落ちて転がった。

 白羽根は警戒してその頭部を凝視した瞬間を狙い澄まし、俺は全速疾走でその場から逃げ出す。

 なるべく障害物の多い場所を走ったが、すぐ後ろで閃光が弾け、爆風が俺の身体を(さら)った。

 

「ふがっ……」

 

 足先が地面から離れ、体勢を崩した俺は地面に激突して転がる。

 幸い、着ぐるみを着ていたことで衝撃による痛みはあまりなかった。

 

『そろそろ助けが必要かな?』

 

 胸ポケットに押し込んである宝石状態のヌルオさんが脳内に声を送ってくる。

 こんなところで余計な魔法を使わせる訳にはいかない。

 

「なんの……まだまだ!」

 

 根性を奮い立たせて立ち上がると、必死にサーカステントもどきの脚を潜り込む。

 バズーカ砲が直撃しない経路を辿り、背後で鳴り響く爆発音に追い立てられるように走り続けた。

 今ほど着ぐるみで動き回ることに慣れていて良かったと思ったことはない。

 多分、これからもこれほど思うことはないだろう。

 

「ひーっ……ひっーっ……」

 

 端の方まで命辛々(いのちからがら)逃げ延びた俺は、大きなアトラクション施設の中へ隠れた。

 首のないマネキン人形みたいな奇妙なオブジェが飾られたそこは大掛かりな舞台のようだった。

 天幕が張っていて、真下は円を描くように座席が配置されている。その中央は階段状に(くぼ)んでおり、ステージがどの座席からも観られるようになっていた。

 どうやらアトラクションショー用のステージみたいだが、がらんとした会場は退廃的に映った。

 入り口から見つからないように俺はいそいそと中央ステージへ降りて、一息吐いた。

 謎沢クンの着ぐるみを脱ぎ捨て、汗だくの身体を外気に(さら)す。

 胸ポケットから宝石状態のヌルオさんを取り出すと、彼は労いの言葉を掛けてくれた。

 

『なかなか頑張ったね。中沢君』

 

「はあ……はあ……。まあ、どうにか追手も()けたみたいだしな」

 

 だが、ヌルオさんは俺の発言を否定する。

 

『いや、残念ながら撒けたんじゃない。誘い込まれたみたいだ』

 

「……え?」

 

 その瞬間、俺の意識は肉体から剥がれ、心の奥へと押し込まれる。

 ヌルオさんが主導権を握った身体はシルクハットとテールコートに包まれると同時にその場から、弾けるように跳ね飛んだ。

 横目に先ほどまで居た背後の景色が見える。

 (よど)んだ銀色の球体がいくつも空中に浮かんでいた。

 音もなく現れたそれは、つい数秒前まで俺が触れていた座席の一部を熱した飴細工のように融かしている。

 何だ、あれは……。

 

「……よく避けれたな。あれで殺せれば楽だったのだが」

 

 低く感情を抑えた声が鼓膜に響いた。

 ヌルオさんは上を向くと、天幕に垂れ下がる布の上から銀色のローブを纏った人物がステージに飛び降りる。

 くすんだ銀色の仮面に顔を覆っているが、それが誰だか俺にはすぐに分かった。

 上条恭介。俺の友達で、マギウスの翼の一員として敵対してしまった相手。

 

「やあ。上条君。お洒落な仮面を付けてるね。百円ショップで買ったの? それとも縁日の屋台で輪投げか何かの景品かな?」

 

 お決まりの煽り調子で挑発するヌルオさん。

 だが、上条はそれを無視して、返答する。

 

「僕の名は“銀羽根”。それが以外の名前は捨てた」

 

「いやいや、勝手に捨てちゃ駄目だろう? 親御さんに付けてもらった大切な名前だ」

 

「顔もないようなお前が言う台詞か? ……まあ、いい。ようこそ、僕のショーへ」

 

 冷めた口調だが、銀の仮面を付けた上条は大仰な仕草で恭しく一礼する。

 手元に黒のステッキを生み出したヌルオさんは彼のらしくない様子に何かを感じたのか、挑発台詞を止めて尋ねた。

 

「……へえ、何のショーなの?」

 

「『顔無し手品師の解体ショー』だ」

 

「それはまた穏やかじゃないねぇ。PTAが黙ってないよ?」

 

「安心しろ。観客は要らない。お前だけのためのショーだからな」

 

 その言葉と共に上条を中心にして、銀色の巨大な球体が一瞬にして十個ほど出現した。

 銀色の液体をそのまま、無理やり球体に押し留めたようなそれは空中で表面を流動させている。

 まるで理科の実験で見たことのある“水銀”のようだった。

 それを眺めていたヌルオさんはポツリといつになく真面目な声音で言う。

 

「……まずいね。何があったか知らないけど、彼、今の僕より強いよ」

 

 今までどんな相手だろうと軽口交じりで難なく倒してきた彼が『自分よりも強い』なんて表現するのは初めてのことだった。

 感覚すらヌルオさんに任せているのにも(かか)わらず、俺は寒気を感じた。

 上条はその左手に銀色の大きなバイオリンの弓を生み出す。

 いや、違う。形状こそ似ているがそれは根本的に別のものだった。

 銀色の、糸鋸(いとのこぎり)

 糸のような細い刃が天井からの照明を受けて、光を反射する。

 

「さあ、始めようか。手品師は切り刻まれるものなんだろう?」

 

 その台詞は感情というものを完全に排除した声音で(つむ)がれた。

 




謎沢クンはキレーションランドに出す予定で考えていたので、どうにか出せてよかったです。
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