ナノカレコード~顔無し手品師のうわさ~   作:唐揚ちきん

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外伝 青色の証明

 キレーション城の地下を巡る薄暗い通路。

 煌びやかな遊園地に建つ城とは思えないほど陰気で(すた)れた空間は、どこまでも続く監獄のように映った。

 硬い床の感触を身体の正面で感じる。

 しかし、それ以上に全身に染みた打撲(だぼく)や裂傷の痛む。同時に患部から発せられる微量な熱が思考へ定期的なノイズを走らせた。

 

「大人しく話せ。顔無し手品師は何処に居る? 奴もキレーションランドへ向かっているのか?」

 

「その前に、一つだけ聞かせてくれない? ……どうして貴女ほどの魔法少女がマギウスの計画になんか加担したのかを」

 

「お前にしては愚問だな、七海。ただ自分よりも強い者へと下っただけだ。弱者は強者の足の下に居ればいい。それだけのことだ。……今のお前のようにな」

 

 私の頭を踏み付けながら見下ろす十七夜は冷酷に言い放つ。

 だけど、その言葉には欺瞞でしかない。

 彼女は心の奥底で後悔している。

 だからこそ……。

 

「自分を正当化しようとしているのね。相手を必要以上に痛めつけるような苛烈な戦い方は貴女らしくないわ……ッう」

 

 後頭部に乗せられた靴が私の口を閉ざそうと更に強く踏み締めた。

 図星を突いたせいか、一層彼女から発せられる苛立ちが強まった気がした。

 小柄な彼女のどこにこんな筋力が隠されていたのか、頭蓋骨を砕かんばかりに力んだ脚がのし掛かる。

 

「……言って置くが、連れの雑魚を逃がしたのはわざとだ。己を慕う魔法少女の前で無様を晒させるのは忍びないと思ったからに過ぎない。それとも今からでも引っ立ててほしいのか?」

 

「無様、ね。ふふ……」

 

「何がおかしい」

 

 見当違いな配慮に思わず、笑みが漏れた。

 無様というなら、それはかつての私の在り方だ。

 他人の強さを信じられず、自分の魔法を恐れて、周りに居た人間を誰彼構わず、突き放していた私自身だ。

 

「私は今の自分を無様なんて思ったことはないわ」

 

「……何だと? 配下の魔法少女を逃すだけで精一杯だったお前が……! こうして、地べたを這い(つくば)るしかできないお前が……! 無様でないなら何だと言うんだっ!」

 

 冷静沈着ないつもの彼女と思えないほど、十七夜は激しく声を荒げる。

 まるで、そうであってくれなければ不安で壊れてしまうような感情的な叫び。

 ……ああ、やっぱり、そうなのね。

 昨夜、連絡を受けた時から違和感を覚えていた。

 電話越しの声には、以前まで当然のようにあった覇気が感じれなかった。

 その時は潜入しているから声を潜めていたのだと思い、一度は納得したが、突入寸前に思い直し、念のため中沢君たちを別行動にしたのは正解だった。

 十七夜は追い詰められていた。

 恐らくは、初めて味わった強者への屈服……いえ、恐怖によって。

 

「無様で、惨めな姿を晒しているのはお前だっ! 情けなく敗北を(きっ)しているのはお前の方だっ!」

 

 何度も私の頭を踏み付け、言い聞かせるように(わめ)き散らした。

 蹴り付けられる度に意識が飛びそうになる衝撃が襲い、破れた皮膚から血液が額を伝う。

 

「さあ、吐け! 命乞いをしながら、顔無し手品師の情報を差し出せ! 媚び(へつら)い、仲間を売り渡せ!」

 

「あな、たは……そう、されたの?」

 

 朦朧(もうろう)とする意識の中で、彼女へと尋ねる。

 

「────っ!」

 

 声にならない響きが十七夜の喉を震わせた。

 それが彼女の最も触れられたくないものであったことは一目瞭然だった。

 破裂した感情は(たけ)りとなって、私へ向けられた。

 小さな白い魔力の球弾が私の身体へと放たれる。威力としてはかなり抑えられていたが、それでも満身創痍の私を弾き飛ばすには充分なものだった。

 

「がふッ……」

 

 通路脇の壁に激突し、肺から全ての空気が押し出される。衝撃の痛みよりも呼吸が絶たれる苦しみが(まさ)った。

 激しく咳き込む私に十七夜が叫ぶ。

 

「この期に及んで、まだ自分を愚弄する気か!」

 

 私の言葉を挑発と取ったのだろう。彼女は激情に思考を支配されていた。

 だけど、それは誤りだ。

 彼女の判断も──私を自由にしてしまったその行動も。

 触れた床から魔力を込めた。

 彼我距離は五メートルもない。

 この距離であれば、魔力さえ通せば武器は遠隔でも僅かな時間で生成できる。

 十七夜の意識がこちらに集中した瞬間を狙い澄まし、彼女の足元から青の槍衾(やりぶすま)を作り出した。

 平時の彼女であれば、牽制(けんせい)にもなり得なかった攻撃。

 しかし、激昂し、我を失っている今の彼女にならば、その限りではない。

 

「……ッ! 七海、お前はッ!」

 

 足元から生え伸びた十数の槍に十七夜が気付いた瞬間、反射的に飛び跳ねて(かわ)そうとするものの、鋭く尖った刃の先端は既に彼女の爪先を(えぐ)っていた。

 靴ごと肉を貫通した切先はその場に十七夜を縫い留めた。

 床から槍の柄を生成し、生え伸びる柄に寄り掛かるようにして傷付いた身を起こすと、私は床へ縫い付けられている彼女へ対峙(たいじ)する。

 

「……これで一矢(いっし)報いたつもりか? こんなもの一時の足止めにしかなり得ない」

 

 白い球状の魔力が足へ突き刺さっていた槍を消し飛ばし、血の滴る足を残骸から引き抜く。

 赤い水溜まりを作りながら、この程度では傷にも値しないと言うかのように、あえて彼女は力強く床を踏み付けた。

 

「十七夜。貴女のそういう気丈なところは否定する気はないわ。それでも傷口から目を背けて痛みを無視することは強さでもなんでもない。少なくとも私は、それをほんの数週間前に思い知ったわ」

 

「ほざけ。自分はしっかりと受けた損傷を理解している。重症なのはお前の方だ。魔力による自然治癒で開いた傷を塞ぐより、折れた骨を治す方が遥かに時間がかかる。以前、不利なのはお前の方だ! 七海!」

 

 確かに彼女にへし折られた骨は未だ回復しておらず、こうして立っているだけでも痛みと熱で思考を蝕まれている状態だ。

 けれど、私の言いたいことはそういうことではない。

 

「深く傷付いているのは貴方の心よ」

 

「……何を言うかと思えば。治癒するまでの時間稼ぎのつもりか? せせこましい努力だ。狡辛(こすから)いぞ、七海」

 

 嘲笑う彼女に、私は首を横に振る。

 私の固有魔法ではこの僅かな時間に折れた骨を治すような器用な真似はできない。

 予備のグリーフシードもみふゆにすべて託している。

 この会話に何の裏も意図もない。

 あるのは──。

 

「私にあるのは貴女への嘘偽りのない感情よ。十七夜、貴女は敗北と屈辱で深く傷付いた自分の心から目を逸らしているだけ。弱肉強食を(うた)って、私を自分と同じように屈服させようとしても無意味よ。それで傷口が癒せる訳がない」

 

(さかし)らに何を言うかと思えば……! お前に何が分かる!? さして、自分と親しくもないお前が! 自分の何を知っていると言うのだ!」

 

「そうね。私には貴女が味わった苦しみも悲しみも分からない。私が知っているのは、自分の心との向き合い方のものくらいよ」

 

 何かにつけて、ずっと周囲の魔法少女を遠ざけていた私。

 傷付いた自分の心から目を逸らしたいあまり、死んでいった仲間の献身さえ貶めていた私。

 あの腹立たしい黒ウサギに言われなければ、一生目を逸らし続けていたかもしれない。

 

「貴女は私を強い魔法少女だと思っているようだけど、とんだ思い違いよ。本当の強さは魔力の量や戦闘技術じゃ計れない。本当の強さは……自分の(あやま)ちと向き合うことよ」

 

 間違いを認め、過ちと向き合い、心の傷を見つめること。

 それが私が教えてもらった“本当の強さ”だ。

 

「きっと貴女だって、それが……」

 

「できる訳がないだろうッ!」

 

 言葉を遮って十七夜が叫ぶ。

 悲鳴に似た響きは決して苛立ちから出たものではない。

 その顔には途方もない後悔と絶望が(にじ)んでいた。

 

「できる訳が、ない……。あの御方のやり方を否定してしまえば、自分のやって来たことも否定することになる」

 

「……どうして?」

 

「自分は、己が強さによって正しさを証明して来た。力による支配。勝利で得た従属。それらはあの御方が自分にしたことと、何ら変わらない。分かるか、七海……? 過ちだと言うのなら、最初からだ。間違いがあるとすれば、土台ごとだ。お前とは違う! それとも、在り方そのものを改めろとでも言うのか!?」

 

 彼女の悲痛な言葉に私はたじろいだ。

 想像していたよりも根深く十七夜の心を(むしば)んでいるのは敗北でも服従でもなかった。

 彼女は鏡を見せられたのだ。

 目を背けたくなるものを強調して映す(いや)らしい鏡。

 

「あの御方は……銀羽根様は自分だ! 銀羽根様を否定することは許されない! だから……死ね、七海。頼むから死んでくれ!」

 

 銀羽根……。

 恐らくは新しい上条恭介の呼び名。

 十七夜を力()くで従わせることが可能な相手は、マギウスの翼には彼くらいのもの。

 灰羽根と呼ばれていたが、新しく特別な階級を与えられたようだった。

 一度しか会ったことはないが、暴力で相手を屈服させるような性格には思えなかったけれど、彼にも何かあったのかもしれない。

 今はそれよりも十七夜の説得を再度試みないと……。

 

「待って。十七夜」

 

「いいや、待たない。もう無駄話の時間は終わりだ」

 

 馬上鞭を掲げた彼女は魔力の球体をいくつも作り上げる。

 凝縮された魔力の量は先ほどまでの痛め付けるための小手調べとは比べ物にならない。

 ……本当に私を殺すつもりで仕掛けようとしている。

 対して、こちらは相変わらずの満身創痍。

 回避する余力はもちろん、こうして槍を杖代わりにして立っているだけでも精一杯。

 ここまで、か。

 いろはたちはみふゆに任せてある。彼女たちならきっと鶴乃を助け出せるはず。

 皆を無傷で十七夜から逃がした時点で最低限の役割はこなせた。

 仲間の犠牲で生き残ってきた私にしては上出来な成果だ。

 とうとう私の番が来ただけのこと。

 

「最期に言い残すことはあるか、七海」

 

 地下通路の高い天井を照らす眩い光が螺旋を描いて、十七夜の馬上鞭の先で渦巻いている。

 豪奢(ごうしゃ)な照明器具にも見えるその無数の白い魔力弾は、いつでも発射可能な状態へ移行されていた。

 

「そうね……言い残すことがあるとするなら」

 

 白い光の球弾が輪になって空中で回転し、移動する光源が私たちの影を揺らす。

 美しさの反面、獰猛な肉食獣が牙を剥いて飛び掛かろうとしているような圧迫感を孕んでいた。

 

「十七夜。貴女の……」

 

 勝ち、と言おうとした瞬間、ふと誰かに言われた台詞が脳裏を()ぎった。

 

『これが冗談に聞こえるなら、君は随分とお花畑だ。そのまま、お花畑をどこまでも駆け抜けて行くといい』

 

 水名神社でドッペルが暴走したいろはを切り離そうとしたヌルオの台詞。

 せめて、葬式が挙げられるよう遺体だけは確保してみせようと宣言した彼の言葉を、冗談でもやめてと言った私にこう切り返してきた。

 あの時はヌルオのことさえ、よく知らなかったけれど、今思い出しても皮肉たっぷりな台詞だ。

 お花畑ね……。

 たまには駆け抜けてみるのもいいかもしれない。

 厳しい現実の中で忘れかけていた希望の花畑を全力で──。

 

「貴女の、負けよ」

 

 ──どこまでも駆け抜けてみようじゃない!

 身体を預けていた槍を手放し、傷だらけの脚で走り出した。

 

「何を……!」

 

 まさか、私がここまで無謀な足掻きを見せるとは思いもしなかったのだろう。

 動揺から精密さを欠いて放たれた球弾たちは私の脇を逸れて、(ひるがえ)った髪の端を穿つ程度に留まる。

 銀羽根へ敗北した経験からか、それとも先ほどの隙を突いての槍衾のせいか、狙いを付けることよりも私から距離を取ろうと僅かに後退したのも一因だった。

 

「……ッ!」

 

 しかし、後ろに下がろうとした時、突然何かを思い出したようにブレーキをかけたため、よろめいて中途半端に数歩下がるだけに終わった。

 理由は分からないが、痛みからではなく、後ろに飛び退くことに一瞬()()()()

 五メートルに満たない死地を抜け、屈んだ私は重心を崩している十七夜へ向けて、突進。

 その身体に両腕を回し、加速の勢いを殺さないまま、彼女を押し倒す。

 

「ぐぁっ……な、七海、お前ぇ!」

 

 私の耳元で叫び、激昂する十七夜。

 彼女に私は今し方の突拍子もない行動に我ながら苦笑してから、答えた。

 

「話を、しましょう。ちゃんと言葉を交わして、貴女のことを教えて」

 

 沈黙の後、彼女は消沈した声音で返す。

 

「…………無駄だ。自分は」

 

 密着して組み付いているせいで顔は見えない。

 けれど、その感情はほんの少しだけ先ほどよりも近付いた気がしていた。

 

「変われるわ。意志さえあれば、人はいつからだって変われる。私がそうだったようにね。間違いが土台からなら、最初から見直しましょう。私も手伝うわ」

 

 私だって同じようなものだった。

 ヌルオの言葉があって、自分を改める場所をいろはたちがくれた。

 だからこそ、変われた。変わることができた。

 十七夜の背に回した手をそっと彼女の後頭部に添える。

 

「……変わったな、お前は。前はもっと他人の感情に無頓着だった。ここまで無謀でもお節介でもなかった」

 

「少し前まで無頓着なままだったわ。変わったのはごく最近。口の悪いウサギの知り合いができてね……。私のことを何かと否定してくるせいで変わらざるを得なかったの。でも、今の私の方が好きよ」

 

「それがお前の強さの理由か。……羨ましいよ、七海」

 

 それからぽつりぽつりと語り始めた。

 彼女がキレーションランドに着いて銀羽根と出会い、どう敗北したのかを。

 手足を奪われ、顔を融かされる恐怖の中、心が完全に屈したことを。

 何より、その恐怖の中で自分の掲げてきた“正義”が如何に理不尽で(おぞ)ましいのかを思い知らされたかを。

 お互いに顔を見合わせることなく、それぞれ床と天井を見つめながら。

 話を聞き終えた私の口から出たのは安堵だった。

 

「良かったわ。それでも貴女が死なずに済んで」

 

「どこがだ。自分は……和泉十七夜はあの時、従属を選んだ時点で死んだようなものだ」

 

「いいえ。それでも貴女は生きてるわ。今、こうやって体温だって感じる」

 

「ソウルジェムが動かしているだけに過ぎない。体温も心拍も肉体を動かす魔力のおかげだ」

 

「身も(ふた)もないこと言わないで。こうして会って言葉が交わせる。それだけで貴女の命を感じられるわ」

 

 僅かだが、彼女の声に芯が戻って来ているのを感じてまた笑った。

 和泉十七夜は死んだと言いつつも風情がないところは相変わらずだ。

 

「なら、丁度いいじゃない。死んだのなら、生まれ変わりましょう。“新しい和泉十七夜”として」

 

「新しい和泉十七夜(じぶん)……?」

 

 聞き返す彼女に、見えないと分かっていながら頷いた。

 

「そうよ。生まれ変わったのなら、最初からやり直せるわ。力による正義が嫌なら、それ以外の方法で貴女の正しさを見つければいい」

 

「お前が変わったように、自分にも変われると思うか?」

 

「変われるわ。私自身がその証明よ。私たちは変わりたい自分になる資格があるわ。だって、それが希望を信じた女の子(魔法少女)なのだから」

 

「お前にしては、随分とお花畑な台詞だな……。だが、悪くない」

 

 天井を見上げている彼女から微笑みの気配を感じた。

 それから意を決したように告げた。

 

「自分の負けだ、七海。もうお前とは戦えない」

 

「それは良かったわ。こっちももう限界でね、さっき走った時に残っていた体力も、使い……果たした、から……」

 

 張っていた緊張の糸が切れて、意識が重くなる。

 言葉を紡ぐこともままならず、か細くなって中断された。

 倦怠感と滲む微熱のような痛みの中で、地下通路の床がぼやける。

 目のピントを合わせることもできないほどに疲れ果てていたようだった。

 くぐもったような音質で最後に十七夜の声が聞こえた気がした。

 

「大した奴だな、七海は。自分も少し、探してみることにするよ……新しい和泉十七夜としての正しさを」

 

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